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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
盲目的なハイカラ猪
87/132

満ちた月に啼く  後編

前後編に分かれてます。



とある、少し冷たい風が吹き始めた暖かな日。

今日も一日良く働いたと、寝支度をしている途中ですっかりなじんだ気配がして窓を振り向いた。


「……別に、そんな風にしょっちゅう見張りに来なくても、貴方のことを人に話したりしませんよ」


多大な呆れと、ほんの少しの不満をにじませ息を吐く。

本当は逢えてうれしいはずなのに、そんなにも私は信用されていないのかと思えば悔しいとともに情けなくなる。この星獣様は、「次代をまかせる人間が居なくなっては困る」といって、ちょくちょく私の家を訪れていた。考えていた以上に彼は優しかった。


「ほら、栄養豊富な果物を見つけたからやる」とか、「もっと防犯に気を付けなければ、犯罪に巻き込まれるぞ」などといって色々気を使ってくれている。

例え利用価値があるからだとしても、これだけ気遣われればほだされるというもので。自分に託された大きすぎる使命を無しにしても、彼と逢うのは楽しみになりつつあった。

だからこそ、こんな風に自分を信じてもらえていないような対応は、ちょっと悔しくなってしまうのだ。

思わず唇を尖らせた私の軽い甘えに対し、相手はとことん冷淡な返答を寄越す。


「いや、信用できない」


「……そんなに、はっきり言わなくても、わかってますよ」


信用されていない事なんて、彼の行動からわかってしまう。

悔しくて悔しくて……けれど、心のどこかではそれもしょうがないと諦めている。そんな、中途半端に物分かりの良い自分自身が、何より苛立たしくてしょうがなかった。


相手は、ほんの少しの油断で命を落とすかもしれない生き方をしてきたのだ。

ぬくぬくと安穏に生きてきた私が、彼に偉そうなことなど言えるわけがない。こんな私でも、人を信じる難しさや怖さを知っているのに、命がかかるとなればなおのこと慎重になるだろう。


「―――それでも信じてほしいだなんて、わがまま言っちゃ……駄目ですよね」


自分の言葉を肯定されるのも辛くて、瞳を落とす。

思いっきり下を向いてしまえば、彼がどんな表情をしていても傷つくことはない。……その代り、彼の反応を想像するだけで怖くてたまらないけれど。そんな私の反応に呆れたのか、しばらく彼は、私が起きている時に姿をあらわさなくなった。






まるい……まぁるい黄金色の瞳が、私のそれを見据える。

睨まれているのかと勘違いするほどの真剣さで、まじまじとその瞳はぶれることがない。どうやら彼は以前のように、私が寝ているうちに部屋へもぐりこんできたらしい。彼に言われて防犯には気を付けているのに、こうもやすやす侵入されてしまうと複雑なものがある。……だというのに、やっぱり彼に逢えるのは嬉しい。久しぶりに見たその瞳は、以前と変わらずとっても魅力的だった。もしかしたら、私の役目が訪れるまで会えないかもしれないと思っていたから、早い再会に胸が高鳴る。


「―――どんな宝石よりも、きらきら綺麗」


「っっ」


思わず口にしてしまった言葉に、不快感を与えてしまうかと口を押える。

だけど、そんな事をしたところで発した言葉を取り戻せるわけもない。彼は信じられないほど驚いたかと思えば、思いっきり体をそらして私との距離を開けようとしている。



まるで、ひと月以上着っぱなしの魔術師のローブを前にしたような反応に、心底落ち込む。


魔術師たちは、一度実験に没頭すると平気で何日も飲まず食わずで通すという。

そんな状況でお風呂に入ろうなんて意思が働くはずもなく、「体がかゆくなったら濡れタオルで体を拭いているから清潔だ」なんて偉そうに言っていた知人を思わず鞄で「近寄るな!」と殴ってしまった私は悪くないと思う。何せ、どんな効果があるか怪しい薬や薬品を組み合わせて、時に毒薬、時に良薬といった具合で作っている連中なのだ。魔術師たちは厄介な薬品を扱う手前自分に防御魔法を施しているけれど、一般人が知らず触れれば大惨事だ。


知人と少し話していただけで、「皮膚が爛れて痛みます」なんて状況になりたくない。




話はだいぶ脱線してしまったが、ある意味それだけの危険人物たちと同じような対応をされてしまい痛く傷ついたということが伝われば幸いだ。

どうして突然そんな反応をされるのかわからないけれど、きっと彼にとっては不愉快なことをしてしまったのだろう。彼のことを少し知れて分かったことは、『一般的』という狭い言葉の枠で彼を図ろうとするのは無理だということだ。「彼のことは、彼に聞くのが一番」それが私の出した答えだった。


「―――なにか、私は貴方を不快にさせることを、言ってしまいましたか?」


「……抉るのか?」


「はぁ?」


彼の意図がわからず、思わず声を出す。

多少雑な感じになったのは認めるけれど、あまりに予想外だったのだから許してほしい。何時にもまして、何を考えているのかさっぱりわからない。そんな私の反応にも構うことなく、彼は戸惑ったように言葉を紡ぐ。


「人間は、何でも……綺麗なものを収集したがるだろ?」


「抉りませんよっ!」


続けられた言葉で、ようやく合点がいく。

彼はさらりと何、恐ろしいことを口にしてくれているのだろうか。私には臓器の収集癖なんてないし、生き物を傷つけて平然としていられるほどおかしくもない。そもそも、そんな特殊な趣味の持ち主であると誤解されるだけでも嫌だ。近所迷惑も考えず、大声で否定した私は悪くないはずだ。心外すぎる問いかけに思わず怒鳴ったこちらをみて、きょとんとする彼は可愛くないこともないけれど、そんな事では騙されない。それこそ獣のように唸りながら威嚇するけれど、これでは普段と逆だと内心苦々しく思う。


「抉らないのか……」


「いい加減、しつこいです!」


話はこれで仕舞だと言っているのに、どうもしつこい彼にこちらが困惑する。

納得したような、していないような反応にも構うことなく「この話は終わりです!」と強制的に終了させた。


「大体、瞳を褒めただけで、どうしてそんな話になるんですか?」


もしや、私は彼に猟奇的な要注意人物として認識されているのかもしれないと疑ってしまう。これまでの行動も「危険人物である私の言うことなんて信用ならない」という意味合いだったのかと、内心落ち込みかけたところで、予想外の返答があり固まった。


「そもそも、『綺麗』だなんて言われたことがない」


「えっ……まさか、一度くらいあるでしょう?」


「ない。そもそも、まともに会話する相手すら限られているし、意味のないことを話すのなんてお前くらいのものだ」


『意味のない』の部分でずいぶんへこんでしまったけれど、よくよく考えてみれば喜んでいい部分かもしれない。要するに、彼は仕事関係でしか話をしないと言っていた。そんな彼が、必要に迫られて私の問いに答えてくれているだけだとしても、会話してくれている。

物は考えようだ。

どうせ導き出される答えが一緒なら、少しでも楽天的な方が気も楽になる。


「……えっと、よくわからないけど、ありがとうございます」


「?どうして、褒めたおまえが礼を言う。第一、よくわからない人間は普通そんなことを言わないだろう」


やっぱりお前は変わっているという言葉にすら、どこか肯定的なものを感じて嬉しくなる。思わずにやけてしまった私を、彼は訝しげな眼差しで見てくる。



一度思考がプラスに傾くと、どこまでも楽観的思考になれるのは、我ながら長所だと思っている。これまで信用されていないから見張られているのだと思っていたけれど、よくよく考えれば見張ることが目的ならば、わざわざ毎回逢いに来なくてもいいはずだし。


私の記憶が正しければ、仕事がない時はしょっちゅう顔を出してくれていた。

以前に長く顔を見れなくて心配していた時なんて、次からはどれほど街を離れるか教えてくれるようになった。


考えれば考えるほど、彼の優しさが向けられていた事実に心が震える。

彼は少なくとも、私との会話や交流を嫌がってはいないらしい。もしかすると、好意的にすら感じていてくれるかもしれない事実がくすぐったい。



絶対に面倒な人間だと考えられていただろうに、逢いに来て会話してくれる。

面倒なことが嫌いで、人との接触を最小限に抑えている彼からしたら、充分すごいことだろう。






冷たい風が吹き込んで、思わず首をぎゅっと引っ込める。

ここ最近では珍しくなくなってしまったけれど、突然にやってくる外の冷気はどうしても寒くて。「この部屋は、城と違って大して暑くないな」なんて、失礼な比較をしてくる彼にも今なら同意してしまいそうだ。


「また、勝手に窓を開けて入ってきたんですか?」


「―――この部屋の防犯は、不十分だ」


「何言っているんですか。最近は貴方の指示の元、国随一の鍵師に作ってもらった鍵を使用しているんですよ?これは王宮の貴重な場所で使われている物で、腕利きの軍人や魔術師にも敗れないと評判の品なのに……」


「対人間用では、不十分だった」


「嗚呼。確かに貴方は、人間には到底及ばない力を持っていますもんね!」


いい加減、呆れてしまって投げやりに返す。

どうして彼は、わざわざ私の家の防犯機能をことごとく潰してしまうのだろう。彼からしてみれば、より安全なように最善を尽くそうとしているのかもしれない。でも、それはあまりに無理が過ぎると思う。



彼からすれば人間なんてどんな賢者や大魔術師さえ、赤子とさして変わらないだろう。

そんな存在が満足するような防犯なんて、正直言って我が家に必要だとは思えない。……けれど、彼が私のことを案じてくれるのがすごくうれしくて。


「ん?お前も、やっぱり安全な家が嬉しいのか」


「嬉しいのは安全な家じゃなくて……」


「なんだ?」


「いえ、やっぱり何でもありません」


「変な奴だな」


一庶民の私に言わせていただくのなら、彼の方がよっぽど変わっていると思うのに。彼にしてみれば、私は相当変わっているらしい。あんまりにもこのままでは悔しいので、彼には別の言葉を返す。


「いいえ、ただ。貴方とこうして普通に話すことが出来るようになったのが嬉しいんです」


「……やっぱりお前は、変わっている」


今までなら一周回って落ち込んでしまいそうな言葉も、わずかに頬の色が変わっているのに気付いてからは胸も痛まない。彼の顔色は非常に読みにくいのだけれど、照れているのだろう。一度そういう表情の変化に気付くと、意外と彼の感情をとらえることが出来るようになってきた。


今日も、「城で出された菓子がうまかったから、お前に持ってきた」なんて、口元に食べかすが付いた状態で持ってきてくれた。何も知らない頃なら、気を遣わせてしまったかと申し訳なくなるところだ。だけど今は、王様との挨拶もそこそこに来てくれたなんてと、愛おしくなってしまう。


「あーもう」


この星獣様は、なんて可愛いんだろう。


最近では、特にそう感じることが多くなった。もともと本音が分からないうちから、唐突に彼を可愛らしく感じることはあった。けれど、状況が状況だったし、まさかこんな風に話せるようなるとは思いもしなかった。今だからこそわかるけれど、彼は下手な一般人よりもよっぽど純粋で、可愛らしい一面を持っている。


……だから、思わずそんな親愛の感情を表に出してしまった私は、さほど悪くないはずだ。


彼の事を引き寄せて、少し遠かった頬に軽いキスをした。

これは、いうなれば母親が子どもにするような親愛のキスで、なんの疾しい気持ちもなかったとだけ主張したい。


「…………っ?」


しばらく、呆けた顔をして口を開け閉めしていたかと思うと、彼は突然顔を真っ赤に染めて窓から出て行ってしまった。まるで変質者から逃れるうら若き少女のようで、若干傷つく。


「窓開けっ放しって、防犯意識は……?」


散々お前は警戒が足りないと怒られてきた身としては、こんな風に放置されて申し訳ない気持ちより、「どうしてここまで過剰反応されなければならないのか」と怒りすら覚えた。


「たしかに勝手なことをして申し訳なかったけれど、何もそんな全力で逃げなくても……」


まるで、こちらがとんでもない痴女になったようで居た堪れない。

その時私は知らなかった。まさか、彼がこの行為を気に入って、事あるごとにほっぺチューやら、額へのチューを求められるようになるとは。





次話は、色々な決まり事を作った夫婦の話です。

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