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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
盲目的なハイカラ猪
86/132

満ちた月に啼く  前篇

少し長いので、前後編に分かれてます。


時々……黄金の瞳に見詰められている夢を見る。


それは、とてもまぁるく輝いていて、月のようにすら見える。いつもその丸い輝きしか見えなくて、魅せられたようにそれ以外は認識できない日々が続いた。

実際に、それが瞳なのだと気付くまでは、満月が視界いっぱいに広がっているのだと勘違いしていた。一度近くにあるのが瞳だと気付いてからは、とてもきれいな瞳で目が離せなくなった。透き通って見えるのに、深みがあって。時々思考するように揺らぐそれに、魅了されない訳がなかった。こんな瞳を持っている生き物が、何を考えているのかと知りたくてさらに注視する。



その瞳の持ち主は、もともと自分でこちらを見ていたというのに、私が見つめると驚いたように少し目を見開く。それは何度夢を見ても同じで、決まって驚いたようにさっきよりも珍しいものを見るように観察するのだから笑ってしまう。瞳しか見えていないのに、感情が顕著に表れてみていて楽しくなるのだ。






ある一時まで、私はずっと自分を想像力豊かな人間だと思っていた。

レンガの壁には隠し通路への入り口を探したし、荷馬車には実は秘密結社が乗っているのではないかとわくわくした。

繰り返し見る夢はとてもリアルだったし、それでいて幻想的だった。こんな夢を見ることが出来るなんて、もしかしたら私は絵の才能があるのかもしれないなんて、一時は芸術家になることすら目指していた。


早々に音楽の才能がないのはわかっていたから、消去法ともいえる。自らの中に眠る、芸術センスを腐らせるなんてもったいないと思っていた時は、思い出したくない。……まぁ、ただの幼い子どもの夢同様、自分に特別な力などないのだと実感する結果に終わったけれど。



自分の才能不足に気付いてからも、不思議と夢は潰えることなく続いていた。

夢の内容はいつも同じだったし、頻度は違えど、二月と間をおかずに必ず見ていた。何かの深層意識がこんな夢を見させるのかと悩んだこともあったし、もしや予知夢でもみているのかと、夢から何かのヒントを得ようと日記につけてみたりした事もある。……けれど、いくらリアルでも夢は夢であり、現実にはなりえない。どんなに自分がしっかり覚えていようと思っても、目が覚めた時に覚えていることなんて微々たるものだった。




いろいろ試し考えた結果、私は「これは夢なんだ」と自分の生活の一部として受け入れることにした。

暗い夜道を一人で歩いても、思い出さないくらいには。


「―――最近、帰りが遅いぞ」


暗い夜道は危険だと、諭す相手の正体が分からず恐ろしくなる。

通り慣れた道は、仕事で遅くなっても良いように選んでいた。実際に、剣士や旅人などの荒くれ者が集まる酒場は避けているし、この辺でも比較的明るい道だ。

けれど、こうなってしまえば仕方がない。不審者に怯えていると勘付かれたくないし、変に友好的だなどと思われたくもない。まるで野生の凶暴な動物に遭遇したかのように、相手を見据えたままじりじりと下がる。


相手は建物の陰から出てこようとはせず、黒い服装をしているのか身の丈もあいまいだ。

先ほどの声でかろうじて男性だと分かるだけで、どくどくと嫌な汗が流れる。


「おい、聞いているのか」


「ひっ」


「なんだ、何を怯えることがある」


「ど、どちら様ですかっ」


何を怯えるって、貴方の存在も言葉のどれをとっても、怯えない訳がないだろう。

幾ら引く手あまたとは言えなけれど、こちとら年頃の娘だし。国の中心街では、若い女性だけねらった強盗も頻発しているらしいし他人事ではない。


そんな事を考えつつも、じりじりとすり足で後ろへ下がる。

本音を言えば、ダッシュで逃げ去りたい気分なのだけれど、そんなことしては逆効果だろう。おまけに、野生の腹ペコクマに遭遇した時、「死んだふりをすると良い」というのは、大嘘らしい。最悪、生きたまま内臓を食べられるとかいう、ある意味十八禁的な展開になるというのだから恐ろしい。


そんな風に、必死に『今の脅威』から意識を家出させていたら、相手はいつの間にか街灯の元へ出てきたらしい。

ゆっくりと見上げたその顔に、「おや?」と見慣れた物を見つけて首をかしげる。

なにか、とんでもなく見慣れた気がするのに、彼の顔を見ても全然顔見知りな気がしない。それどころか、一般人にすら見えないので、頭は混乱に満ちている。


「何だ、何時もあっているだろう?」


「っっ、」


鋭く、息を飲む。

まさかまさかと思っていたけれど、本当に私のストーカーだった。どうして、こう嫌だと思った結論にばかり結びついてしまうのだろう。マーティーの法則のように、その時起こりうる最悪を招きよせなくてもいいじゃないかと顔をゆがめる。


「いつもお前は、俺が近づくとその凡庸な瞳で見つめてくるじゃないか」


凡庸な茶色の目でスミマセンと、嫌味の一つも出なかったのは衝撃が強すぎたせいだ。

驚きに見開いた目でよくよく観察してみると、『彼』は確かに黄金色の瞳をしていた。




突然だけれど、私が住んでいるこの国では、まず黄金色の瞳なんて見たことがない。

大抵が黒か茶色か、紺青色の瞳で、薄くなればなるほど珍しいとされる。それでも完全に彼のような瞳を持つ存在がいない訳ではないが、それはごく一部の限られた存在で私は初めて見た。何せそれは……。


「えっ、せ、星獣様っ?」


「……そんな呼び名に、意味はない」


彼……星獣様には否定されてしまったけれど、これは一大事だった。

なにせ星獣様とは、国ごとにいらっしゃる守り神様のような存在で、ほとんどの方はすみかである森から出てくることはない。姿は人間とさして変わらないのだけれど、注目すべきはその瞳と力だ。

八か国どこでも星獣様はいるのだけれど、それぞれ特別な力を持っているとされる。彼らはそれで世界の調和を図っているのだと聞かされている。寿命はあるらしいけれどとんでもなく長生きで、星獣様の寿命が尽きる前に次代の星獣様がお生まれになり育てられるらしい。


まぁ、一般庶民である私が知っているのなんてこの程度の知識だけで、星獣様によって性格が違くて、引きこもっていたり動き回ってばかりで会えたらラッキーといわれる存在もいるなんてゴシップみたいなネタばかりだ。


ここ数年は私の国でも、星獣様をお見かけする機会が減ったという事だったけれど、各地で目撃証言が出ていたから、生きてはいるのだろうとみんな安心していた。


「ひょっとしたら、ずっと引きこもっているのに飽きたんじゃないか?」


「そうかもしれないわね」


なんて軽く話していた自分を、叱りつけてやりたい。

あのときだって、一生に一度お目にかかるか分からない星獣様より、自分の薄くなってきた頭の方が気になるらしい父親は、読んでいた新聞の次のページに目を向けた。何せ父親が見たがっていたのは育毛薬の研究の方で、星獣様の目撃証言を定期的に載せているページではなかった。あの時はそんな記事、気にしてすらいなかった。


あなたたち親子がそんな事を軽々しく言うから、こうして出てきてしまったんじゃないかと、過去の自分たちに文句を言いたい気分にかられる。


「こ、こうして直々に星獣様の、お姿を拝見できるのは光栄ですが。わ、わたしは……何か、してしまったのでしょうか?」


「―――いや。お前たち一族は『星獣の世話係』だというのに、自覚が足りていないようだから、様子を窺っていた」


「―――っはぁ?」


ちょっと反応が悪くなってしまったのは、許していただきたい。

ひたすら困惑する私に、焦れたのだろう。一つため息をつき「お前たちは、そんな事すら忘れたのか」と呆れたように睨まれる。


「事態をうまく読み込めていませんが、なんだかすみません」


「良くわかっていないのに、どうして謝る」


「何を言ってるんだ、こいつは」と見てくる相手に、今度ばかりは反論しそうになってぐっと飲み込む。私は大人として、怒っている相手に謝罪してみせただけだ。本来ならそんな必要ないと思うけれど、相手の言い分も聞かないまま否定するのもはばかれるし、処世術のようなものなのだ。


それにいちいち突っかかってくる相手の方が、よっぽど大人げなくてよろしくないと思う。

まぁ、星獣様に『大人』とは何たるかと説教する気なんてさらさらないけれど。「この星獣様は何しに来たのか」と思ったところで、私はとんでもない爆弾発言をいただいて、泡を吹いて倒れる寸前だった。






いわく、私は『星獣様のお世話係』を賜っている一族の末裔だとか。

いわく、私が生きている時代に、新しい星獣様がお生まれになる可能性が高いだとか。


まるで蜃気楼のようにどこかから湧くイメージの星獣様だったけれど、意外と出生はしっかりしているらしい。星獣様によると、彼らは世界樹の森と呼ばれるところにある大木から生まれるらしい。その大木には不思議なことに、木の実ではなく大きな卵が生り、中には星獣様がいるという。


正直、謎すぎて全然理解できた気がしないけれど、とりあえず自然界の生き物としていろいろ規格外なことは分かった。あと、私が長年見ていた夢は、寝ぼけて実際に見た星獣様の瞳だったらしい。正直、どんな理由があるにしろ、『人が寝ているときにこっそり部屋へ侵入されていた』事実は丁重に抗議させて頂いた。第一、人の寝顔をあんな至近距離からまじまじと眺めないでほしい。


「どうして、星獣様の出生について書かれた資料はないのでしょう?」


「そんなの、私利私欲にまみれた人間共に、利用されたら困るからに決まっているだろう」


「……それならどうして、私たち家族は何も聞かされていないのでしょう?」


「それは、爺さんが破産して一家路頭に迷った挙句、お前の父親と母親が駆け落ちしたせいだろう」


「しょ、衝撃の事実っ!」


これまで聞かされたことはなかったけれど、死んだと聞かされていた父方の祖父は生きていたらしい。おまけにその祖父が破産したせいで、親戚と疎遠だとかあまり聞きたくなかった。夜逃げ当然で住み着いた土地で見つけたお母さんを見初め、さらにお父さんは別の土地へ駆け落ちしたとか、内容が濃すぎてうまく飲み込めない。確かに実家近くでは珍しい髪色をしていると思っていたけれど、「旅をし過ぎて、髪の色が抜けちまったんだ」などとお父さんは言っていたから、「抜けたのは色だけじゃなく、髪自体もよね……」なんてお母さんの言葉に惑わされていた。



―――とりあえず、いろいろ両親には聞かなければならないことは分かった。



ひとまず『星獣の世話係』と言っても、その任に就くのは私がずいぶん年を取ってからになるという。

正直、憧れの存在である星獣様が儚くなる姿なんて見たくないし、少しでも後になればいいのにと願ってしまう。もっとも、人間の子どもかそれ以上に、次代の星獣様を今の星獣様と育てていくのだというから考え深いものがある。ましてやそれが、「成体となってからも、俺は色々利用価値があるらしく命を狙われたりした」なんて存在だと、余分なことを考えないなんて不可能だった。


「それは、複雑ですね」


「?どこが複雑なんだ。世界が混乱しないように、調和できるものが次の物を用意する。お前が理解するには難しかったのか?」


心底わからないといった顔の彼には、複雑な女心も切ないといった感情も理解できないのだろうと言葉に出すことはやめておいた。最後に忠告されたことといえば、「我々の存在を一族以外に明かせば、承知しないぞ」というものだった。随分怖い瞳だったので、今日聞いたことを両親意外に話せば、私もただでは済まないだろう。

それからというもの、なぜか星獣様に見詰められたまま起きるという……ある意味ホラーな寝起きドッキリを連日経験することになった。



マーティーの法則・・・「失敗する余地があるなら、失敗する」「落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する」をはじめとする、先達の経験から生じた数々のユーモラスでしかも哀愁に富む経験則をまとめたものである(事実であるかは別)。『ウィキペディア』より抜粋。

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