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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
盲目的なハイカラ猪
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剣を携えし盾


憤りもそのままに、目的の場所を目指して足を進める。こちらは休みあけだというのに、どうしてこんなに憂鬱な気分にならなければいけないのか。

王都は栄えているが、そこから遠い俺の故郷では、まだまだ自然豊かで良く言えば癒され、悪く言えば目立つものがない。娯楽と言えば小さな酒屋がひとつあるだけで、知人の類はみな集まってくる。そんな田舎ではくしゃみひとつすれば村中にうわさが広がり、おちおち夫婦喧嘩もしていられない。


そんな田舎の生活が嫌で、今となっては王都のとある貴族の家で護衛として働いている。

……はずなのだが、どうも職場だけではいろいろ煮え切らない思いがあり、ヤギと鶏が人よりいるのではないかという故郷に、数年ぶりに帰郷した。ここなら王都を思い出させる物もないし、故郷に残った悪友どももうるさいから余計なことを考える暇もないだろうと考えてのことだった。



どこまでも続く自然にちょっとげんなりしつつも癒やされ、わーわー近所のおばちゃんたちに言われながら、休日を終えて戻ってくれば、出迎えてくれたのは笑顔の主人などではなく。待っていたのは苦笑交じりの同僚と、本来はなじみのないはずの上質な紙を使った手紙だった。


「……俺は、もしやこういった類の物を処理するために字を覚えさせられたのか?」


「俺なんて、郵便馬車のじいさんと、顔なじみになりそうな勢いだ」


「いや。そもそもこれは、俺宛じゃないだろう」


「宛名は違っても、お嬢様は一瞥しただけでお前に渡しとけってさ」


横から手紙を覗き込んでいた同僚が、その内容を理解して「熱烈な恋文だなぁ」なんてからかってくる。これが本当に、どこぞやのお嬢様から想いを打ち明ける手紙だったら、どんなに良かったか。

最近では、自分が休んでいる間にも何か問題を起こしてはいないかと、胃が痛くなる日々だったのだが。今回もその嬉しくない勘は、当たってしまったらしい。旅の荷物もそこそこに、「それじゃあ、行ってくる」と部屋を飛び出した。




鳥たちは楽しそうにさえずり、草花は気持ちよさそうに風と戯れている。

王都からほど近い場所へ居を構えるにはいささか大きく、頑強な屋敷はこの家主を正しく表しているようだ。この屋敷は侯爵様の持ちもので、彼の御方は器が大きく実直だ。たとえ敵国が攻め込んできても、味方が駆け付けるまでは持ち越せるようにと考えられている。


領民を屋敷にかくまった時のことを考え、食料も多少の寝具もきちんと蓄えている、領主の鏡だと人気の人物だ。だから、その娘であるエデラ様も当然、素晴らしい人徳者だと思っていた。……本人にこうしてかかわるまでは。


「お嬢様……」


「あら、お疲れさま」


休みは満喫できたのかなどと、世間話を始める主を早々に遮る。護衛を気遣う言葉を、素直に受け取らないなど一部の人間には怒られるかもしれない。だが、これから先に待ち受けている出来事をしれば、多少ながら同情して頂けるだろう。


「今度は、何人ですか?」


「―――六人よ」


想定外の人数にため息を禁じ得ない。 

要するに、俺はこれから六人の人間と決闘し、彼女のために勝利をおさめなければならないのだ。いや、下手をすると一人のお嬢様に対し、二人の護衛が仇を取らんとやってくるかもしれないのだ。



彼女の護衛になった頃こそよく人にケンカを売っていたが、最近では何故か俺の休み中に問題を起こすのだ。彼女が買ったケンカは、何故か俺が処理することになるんだからやめてほしい。近頃では、エデラ様が手紙を受け取る中の一部は必ず、間接的に俺へあてられた決闘状といっても過言ではない。


パタパタと少し汚れた扇を仰ぐさますら、小憎たらしく見えてしまう。

大方、その扇で紅茶でも相手のドレスへひっかけたのだろう。いくら腹の立つことを言われたと言えど、仮にもお嬢様がやりすぎだ。


「無謀にも、この私にケンカなんて売るから悪いのよ」


偉そうに語るエデラ様だが、そんな彼女がするのは敵を煽ることと相手の傷口へ塩を塗り込むくらいなものだ。その姿たるや、常の姿よりも優しげに見えるのだから恐ろしい。


「―――どちらにせよ、ろくでもないな」


「なぁに、一人でべらべら喋っているのよ」


「いえ。どうすればお嬢様に、大人しくして頂けるのかと日々頭を悩ませています」


俺の言葉を受けて意外そうに眉を上げると、ぱちりと口元を隠していた扇を閉じそっぽを向く。見せた横顔は年相応の少女らしいのものだった。まったく、子憎たらしくてどうしてくれようかと、何度目かしれないため息を殺す。


「ずいぶん無駄なことに、頭を使っているのね」


「それは、大人しくする気などないという事でしょうか?」


「ふんっ」


言葉のとおりそっぽを向いた彼女の顔を、時々ひっぱたいてやりたくなる自分がいる。

けれど、彼女は曲がりなりにもお嬢様で、自分が守るべき対象だ。そんな人を殴れるわけもなく、そもそも俺に女性を殴る趣味などない。むしろどちらかと言えば、「今、あの屑男爵、女性の顔を殴ったわよね?」「……かしこまりました」なんて、短い言葉だけで、最低な振る舞いをした輩を制裁できるくらい分かり合っていると自負している。


男女差別も貧富の差も激しいこの時代、こんな事をしても許されるのはこのお嬢様と俺くらいな者だろう。良くも悪くも噂になりやすい我々は、すっかり女性と貧しい者の味方というあっているのか間違っているのか分からない立場を得ている。


ただ、最近ではそんな様子をつけ上がった変わり者として、煙たがられているのだが。そのせいであちらこちらからの嫌がらせがやまず、ご丁寧にもそのすべてをこのお嬢様が買い上げていくのだからこちらは堪らない。






お嬢様はどうやら俺へ見せられた手紙のほかにも、いくつか敵を作っていたらしい。

ああやって、手紙を出して日を改めてくれる奴ならまだいい。問題なのは今日のように、お茶会へ参加するお嬢様を送り終えた直後に、無理やり呼びだされるケースだ。相手の主はお茶会帰りに、ズタボロにした護衛の俺を見せて、エデラ様を笑いものにしたいのだろう。そんな悪趣味な楽しみのために利用されるこちらとしては、たまったものではない。


うんざりしたこちらの心中を知らずに、どこぞやの護衛はへらへらと笑って見せる。

「本当に鍛錬しているのか?」と疑いたくなる、ひょろひょろの体に、華美な剣を腰にぶら下げている。そんな子供騙しの剣で、どこまで本気なのか怪しいものだ。


「俺も、弱い者いじめなんてしたくないんだけどよ。主人に仇を取ってこいと言われちゃ、無視するわけにはいかなくて悪いな」


「……無駄口はいい。俺は早く済ませたいんだ」


さっきまで、護衛とは思えないほど上機嫌でしゃべっていた男は、途端にむっとした表情になる。本当にこの男は護衛なのかと、他人事ながら心配になってしまう。俺を護衛として鍛えてくれた人に見せようものなら、烈火のごとく怒りそうだ。


俺が相手の話を遮ったことで、相手の矜持を傷つけたらしい。

分かりやすい程に不機嫌になり、存外な様子でさらに言葉を重ねた。


「おうおう、粋がっちゃって。負けて帰ったら、お宅のお嬢様にどんな目にあわされるかわからないのか?可哀想に」


「はぁ……」


ため息と相槌の中間のような声を、思わず出してしまって内心焦る。

こんな声を出そうものなら、すぐにエデラ様の怒りを買ってしまうのだが、目の前の男は気づいた様子がなくてほっとする。


確かに、家のお嬢様はいくら窘めても喧嘩口調を改めてはくださらないし、無駄によそのご子息ご息女たちの怒りを買ってくる。

だが、何もこんな男に同情されなければならないほど、労働条件は悪くないのだがと内心首をかしげる。こちらは体はともかく、精神的には非常に疲れている。とっとと帰りたくて仕方がないのだが、この男は意外と暴れたくて仕方がないのかもしれない。護衛なんてやっていると嫌でも体を張る場面が出てくると思うのだが、こんな無益な戦いを強いられても飄々(ひょうひょう)としているなんて、相当の手合いか無能な未熟者ぐらいだろう。


自分だってそんなに強いわけではないが、嬉々としたこの男の様子は不可思議すぎて理解できない。あまりにも訳が分からな過ぎて、返す言葉がなかったのがいけなかったのか、男はまだべらべらしゃべっていていい加減付き合いきれない。


「お前も大変だなぁ、あんなわがままお嬢様の相手をしなきゃいけないなんて」


「…………」


にやにや笑いながらかけられた言葉に、思いがけずぴくりと眉が反応した。

こんな言葉、いつも言われている事だというのに。自分の護衛対象である主を侮辱されると、どうも心が荒んでしまってしょうがない。






思わず、剣へ添える手に力が入る。

こんな事ぐらいで、いちいち怒りを覚えてどうするのかと自身へ言い聞かせる。

彼女が主でいる限り、俺は今後もこんな言葉を向けられるだろう。今のところ、俺が暇を申し出ることもなく。彼女の方にも、「クビだ」なんだと言われた事はないのだから慣れるより他ない。



いっそ冷静さを保つために、エデラ様に教えていただいた一割も覚えることができなかった家系図でも思いだしてみるかとも考えるが、端から覚える気のなかったものをイラついた状態で思い出せるわけもなく。白けた気持になるだけだった。


どうして貴族は、ああも小難しく面倒なことが好きなのだろうか。食事なんて食えればテーブルマナーなどどうでもいいし、親類なんてそもそも居ないから覚えるどころか知りようもない。ようやく意識を逸らせたと言うのに、こんな努力をあざ笑うように新たな言葉が落とされ我慢の限界を迎えた。


「あんな傲慢な女、大金貰わなきゃ、うわっ」


最後まで言わせることなく、相手の足を払い襟元をつかむ。

防御することもできず、男は呆然とした表情で目を丸めている。この男は護衛でありながら貴族の出で、元よりプライドが高いというのは聞いていた。確か騎士を目指していたのだが、さほど上へのぼり詰めるだけの実力も頭もないとかで護衛として働いているとのことだった。


貴族と言えど、三男坊で金遣いも荒いことから破門同然で追い出されたのだとお嬢様は眉を寄せていた。意外とあの方は金銭感覚がしっかりしているし、自らの立場を理解している。身分が高いと言うだけで傅かれるのを良しとせず。それに見合うだけの努力をし、庶民だということで差別することもない。


「お嬢様をよく知りもせず、勝手な憶測だけで物を言うのは辞めていただきたい」


こちらの主は、そっちと違い貴族だと言うだけで雇う阿呆あほうな偏屈連中ではないのだ。

厳しいが、努力し実力さえあればチャンスを与えてくださる。

『身分』に苦しめられたことのない連中には到底理解できないことかもしれないが、チャンスすら与えられない悔しさを知っている我々にしてみれば、彼女のような主は希少な存在なのだ。



それこそ、己のすべてをかけてもよいと思えるほどに。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






建物の角を曲がって初めて、背後にいる存在に気付いた。

どうやら戦ったことで気が高ぶっていたらしい。いくら気配を殺すのがうまくなってきたとはいえ、これだけ存在感がある人に気付かなかったなど冷静さを欠きすぎている。剣を向けてきた相手は、動かなくなったから裏庭へ放置してきた。先程の行動がエデラ様にばれる要素はないだろう。まだまだお嬢様方のお茶会はかかるはずだし、「ちょっと用を足しに行ってました」とでもいえば、いくらでもごまかしがきく。

……そう思っていたのに、裏庭を離れてそう経たないうちに、途中でお茶会を切り上げたらしいお嬢様に見つかってしまった。


「―――怪我は?」


慣れた主の声が聞こえ、心中でため息を落とす。

自分としては特別、服の乱れや息遣いなどは変わらないつもりでいるというのに。先ほど起こったことが、主にはお見通しであるらしい。人の気配はなかったのに、バレてしまったのかと決まりが悪い。どうするべきかと逡巡したまま、立ち尽くし言葉を返す。


「御座いません」


「そう」


それなら行くわよと、横から歩いてきた彼女が俺を追い抜いて行く。

ぴんと張った背筋をみると、この方に仕えることができて本当によかったと実感する。どうして護衛を連れずにこんな場所へフラフラきたのかという、お小言は言わないでおこう。何より、「あんたがそばを離れたから悪いのでしょう」などと切り返されるのがオチだ。裏庭から馬車の控えている表玄関まで来たところで光がさし、まるで彼女自身が輝いているようにすら見える。


「―――貴女様に御使い出来て、俺は幸せです」


思わず口をついて出た言葉に、ぴたりと彼女は歩みを止めた。

周囲の木々は風にあおられ、彼女の髪もふわふわと揺れているというのに、それ以外は時を止めたようにすら見える。身じろぎ一つしないその小さな背中は、時折とても大きく感じる。


「あら、そう……。それは、何よりだわ」


普段は明瞭な言葉がすこし濁ったのは、己が言葉に動揺した結果だとうぬぼれてもよいのだろうか?






業務の合間に、真紅の薔薇を毟って散り散りにする。

エデラ様への求婚者が置いて行ったというその花束は、彼女に知られることすらなく枯らしてしまう。


その代りに、一輪白い薔薇を摘み取り、そっと唇を寄せた。

彼女に見られたら、「気障ったらしい」と眉を寄せられそうな行為だが、幸いここに彼女はいない。


「エデラ様がまとうのは、この薔薇のみで充分でしょう」


あまたの男から寄せられる情熱よりも、たった一つの実に宿した純愛をこめて、そっと彼女の寝室へと一輪飾った。






「だって、人んちの護衛を捕まえて、色目使ったり馬鹿にする方がいけないと思わない?」

「エデラ様。それは一介のメイドである私ではなく、本人へ言って差し上げてください」

「いやよ。そんなことして、決闘の最中にあいつが手を抜いたらどうするの?」

「むしろ彼なら喜んで、エデラ様に想いを寄せる相手を叩きのめすでしょうに」

「えっ、何か言った?」

「いいえ、なんでもございません」


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