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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
哭くを良しとしない戌
82/132

懐古すべき過去もない者たち

少し、暗い内容になっております。


ここは人が滅び、ロボットやアンドロイドだけが残された世界。

残された者たちは操縦する人も命令する人もいなくなった今、『ニンゲン』の真似事をして動いている。荒れ果てた地球の環境を整え、これまでの生活で培ってきた動作を己のことに置き換えてみることにした。


ここでは『ニンゲン』にほど近い、シリコンなどで皮膚を模範しているアンドロイドよりも、古めかしい金属むき出しのロボットの方が尊重しないされている。ここの基準で言えば、『ニンゲン』と呼ぶには不充分なアンドロイドより、かつて『ニンゲン』と生活し、さまざまな知識を得てきたロボットの方が環境を整えるのに重宝するのだ。ニンゲンでいう、恋愛感情や家族愛というものをプログラミングされているアンドロイドも多く、政府はペアになって共同生活を送ることを推奨している。



それ故、一体のアンドロイドにつき二体のロボットの世話をするのは常識どころか、義務となっている。アンドロイド同士恋人ではなくただの同居人という間柄になる者もいるが、ロボットの世話を途中放棄することなどできない。そのためロボット四体と、アンドロイド二体の共同生活となることも珍しくない。


近年ではロボットの老朽化もすすみ、アンドロイドにかかる負担が多いのではないかと言う懸念の声も上がっている。

もっとも、半数以上をロボットが占めているのだから、アンドロイドを尊重するような法令が通るはずもない。






そんな文献を読み、ギシギシと文句を言うロボットたちがいる部屋のとなりで、仕事に励む。俺が世話しているロボットにはネットワークにアクセスできる昔でいうパソコンのような物を与えているが、旧型のためやれ「もっと金を稼いでこい」だの「楽な生活がしたい」だの一日中やかましい。


今の俺は、大量の情報をデータ化し、今後地球環境を整えるのに役立つ情報をピックアップするのが仕事だ。ニンゲンたちが残した知識は膨大だが、この星が抱える問題もまた山積みで。どうすることが最善なのかと日々模索している。


仕事の合間にロボットの面倒をみているこちらとしては、そんな記事を読む時間すら惜しく感じる。何より早く仕上げてしまわなければ、ロボットたちの散歩の時間になってしまう。


「さぁ、まずは私の散歩だよ」


唐突に扉が開くと、電子的な音が聞こえてきた。

最近ではこのての音が聞こえるだけで、自分へ向けられたものでもないのにため息をつきたくなる。―――だが、俺にそんなことは許されていない。目ざとい後ろの存在に殴られ、いたぶられるのが関の山だ。


一度吐きかけたため息を殺し、普段より30分も早い呼び出しにこたえるのだった。





言いつけられた散歩道を半分も行かない所で、耳障りな声に呼び止められた。

虫が這う音すらひろう耳を塞いでしまいたいところだが、うしろの存在に「とっとと、止まりよ、このノロマ!」などとがなり立てられて足を止める。


「あの頃はよかったなぁ」


「嗚呼、本当だねぇ。今となってはこんな安いオイルしか買えやしないよ」


ギシギシと不快な音を立てて、二体の人ならず者が笑う。

一体は人に良く似せた形のロボットで、もう一体は銀色の如何にも無機質なようすのロボットだ。二体はだいぶ古びており、ところどころに欠けている個所が見える。古いこのロボットたちの部品は200年ほど前に製造を中止され、原料すらこの地球上から失われた。ニンゲンたちが散々使い切った資源問題は、彼らにとっても頭の痛い問題だった。そのためどれだけ技術が進んでいても、新品のパーツと取り換えることすらできないのだ。


「最近ではボロが来ているのか、相方のロボットもとんちんかんでねぇ。しょっちゅうオイルはまだかと、騒いでいるよ」


「昔は最先端のロボットだと、囃されていた彼がかい?」


「今となっては、スクラップに足を突っ込んでいるような物さ」


「そうなのかい。昔に、戻りたいなぁ」


「全くだよ」


そんなキィキィという不快な笑い声を聞きながら、まだ年若いアンドロイドは人型のロボットを背負いながら苦痛に耐えていた。後ろの存在は、優に600キロは越えるのだ。いくら改良されたアンドロイドとはいえ、ずっと抱えているのは容易でない。


今は日に二度ある散歩の途中なのだ。年老いたロボットは今となっては自身の足で歩くことはかなわないため、アンドロイドの青年が背負って街を歩くのが散歩のスタイルとなっている。これからまだ、二体分街を往復しなければいけないというのに、久しぶりに会った友だと言って足止めを食らっている。二体が話しているその間も、青年アンドロイドの体には重くロボットの体がのしかかる。



リアカーなどに入れて散歩しようものなら、途端にロボット警察に捕まってしまう。どれだけ進んだ技術があろうとも、ロボットはニンゲンたちが営んできた環境にほど近いことを好んでいる。ロボットたちに言わせると、「リアカーに乗せられるなど物のようで冗談じゃない。ニンゲンだったら、背負うのが当たり前だ」という事らしい。


現在となっては、『ニンゲン』に関する知識をもっているのは古いロボットだけなので、アンドロイドは無禄にすることは許されていない。初めのうちこそアンドロイドも人間とともに生活し、どれだけ人間に近づけられるか研究されてきた。



―――だが、より高性能になり人間へ近づくにつれて、アンドロイドが事件を起こすようになった。


ある時はアンドロイドの所有者であるニンゲンが危険にさらされたから。またある時は、犯罪組織にアンドロイドが利用され事件を起こしたから。よりニンゲンへ近づけられたアンドロイドは人間とさほど変わらない思考回路を有し、ニンゲン特有の愚かしさまでも模範するようになってしまった。



ニンゲンにあたえられる情状酌量はアンドロイドにはなく、みな厳しく罰則されてきた。

一体につき莫大な費用がかかるため処分こそギリギリまで見送られるが、何か問題を起こしたものはただ命令に従うように設定を変えられる。酷い時は、アンドロイドを動かす根本的な部位であるコアだけ抜き取られ、バラバラにされて闇組織に売買されるのだという、


そんな状態になっても、まだ問題が絶えなかったアンドロイドたちに、世間の批判はますます拡大。

いずれはアンドロイドを製造するにあたり最低限の個性をのこすばかりで、余分な思考はしないように設定されるようになった。今となってはニンゲンと接触したことのあるアンドロイドは一握りで、ニンゲンと暮らしていたというほんの微かな矜持からロボットを敬う考えが定着していた。






周囲にはがれきの山が積み上げられた廃墟の跡が見えるだけで、背負っているロボットを降ろすことが出来そうなところがないのだ。駄目で元々、うまく見つけることが出来れば僥倖だと周囲を探知したが、自分のレーダーに引っ掛かるものはなさそうだ。


第一、運よくそんなものを見つけられたところで、このロボットが素直に言うことを聞くかどうかは怪しいところだ。「老体は繊細なのだから、がれきの上や錆びた椅子になど座れるかっ」と、恫喝されるのがいいところだ。下手をすれば『老体にとっては数少ない楽しみである、散歩の時間をないがしろにされた』と警察にでも訴えられたら大変だ。



ひどい扱いだか、この生活から逃れられない理由がある。

俺には此処で、こうしなければいけない理由があるのだ。例えそれを逆手にとって利用されているのが分かっていても、散々にこき使われようとも……ここから離されるくらいならば俺は喜んでこの世に別れを告げるだろう。俺は絶対、此処から離れることが出来ない。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






換気のために開けていた窓から、やわらかい陽気とそよ風がカーテンを縫って部屋を満たす。十畳もない一室には、ダブルベッドとわずかな家具があるだけで、白いシンプルな壁紙がそこにいる存在を際立たせる。


「―――アイル」


ガチャリと音を立てて開いた扉の先には、白いベッドに寝かされた俺の愛しい者がいる。

白い頬を囲うように金色の髪が降り、閉じられたまぶたの下には透き通るようなブルーの瞳が隠されていることを知っている。


「アイル……君の家族はまた、無茶な要望を押し付けてくるよ。昔みたいに君が窘めてくれたら、少しは収まるのになぁ」


ギシリと音を立てた関節をさすりながら、彼女の横でオイルを注いだ。

アンドロイドとはいえ、俺は腕の関節などは機械がむき出しになっており、こうして定期的に調整をしないとならない。

昔はオイルを注ぐのが下手でよくアイルの手を煩わせていたけれど、今ではだいぶうまくなった。簡単に接合部分を確認するが、メンテナンスの必要はまだなさそうだ。今月はロボットたちが色々欲しがって金欠だったから、ほっと胸をなでおろす。ベッドの端に座っている状態から、体をひねって彼女へ笑いかけた。


「ほらっ、アイルはベッドを汚されないか心配しているかもしれないけれど、上手くなっただろ?」


誇らしげに彼女を見るが、眠っているアイルが答えてくれることはない。

昔はベッド近くにオイルを持ってくるだけで文句を言っていたのに、今は眉をひそめることすらしてくれない。


体どころか、まぶたすら全く動かない彼女を見ていると、どうしても反応が欲しくなる。俺は猫が顔をこすりつけるように、彼女へ顔を寄せた。ふわりと香った愛おしい匂いが、自分自身へすこしでも移せないかとさらに体をこすりつける。


思う存分彼女を感じた後に、手についたオイルを蒸しタオルで拭う。

アイルは綺麗好きだから、少しでも手にオイルがついていたら触れさせてもらえない。念入りに手をぬぐい、指の股まで確認してから彼女の頬へそっと手を伸ばした。


手になじんだ感触がして、ほっと息をつく。


「やっぱり、アイルの傍は安心するよ……」


サラサラと髪を手で滑らせて、柔らかな手触りを楽しむ。

俺のように管や接続部分がのぞいていない彼女は、昔に宗教学の本で見た女神より美しいかもしれない。人間の叡智が生んだ贈り物と言っていい存在は、皮肉なことに中途半端な俺よりもろかったらしい。数十年前から体に異常をきたし、とうとう最近では意思の疎通すら図ることが出来なくなった。仲間の中には「アイルは、もう『│壊れた(しんだ)』のだから、諦めろ」なんて言ってくる奴もいる。悪い噂ほど広がるのが早い物で、「死んだアンドロイドに高価なコアは必要ないだろう」なんて強盗が奪って以降、彼女の蘇生法を試したくても、今いるロボットたちが死んだ保険金便りとなりつつある。


「あの馬鹿な強盗が、ロボットじゃなかったらなぁ。どうせならすぐに叩き壊さないで、バラバラにして売り払ってやればよかった」


最悪なことに、俺が見つけた時にはすでにアイルの元々のコアは売り払われた後で、強盗はロボットであったため、そいつのコアを代わりに抉ることすらできなかった。

……それでも、俺は彼女の事を諦めることが出来ずにいる。だからこそ、技術の発展に携わる今の職を選んだのだから。




日差しという絹のカーテンが彼女を多い、珍しく暖かな陽光がこの部屋を満たす。

最近では砂漠化がすすみ、砂嵐や台風が当たり前になりつつあるのに、彼女の周辺だけは神に祝福されたかのように穏やかだ。日差しがそれをもっと傍で眺めようと彼女の横に寝ころんだ。彼女は寝乱れるようなことはなく、行儀正しく手足も体もまっすぐに伸ばしている為、これでもまだ彼女を遠くに感じる。


力ないアイルの手を動かして、自身を手と体の少ない間にねじ込んだ。腕枕まではいかないけれど、横にただ寝ているよりも彼女を近くに感じてうれしくなる。

もっともっと……彼女との距離が近くなれば満足できるかもしれないのに―――。






うつらうつらしている所で、部屋の外で自分を呼ぶ声が聞こえる。

きぃきぃと聞こえるそれは、いっそネジが数本抜けて壊れかけているんじゃないかと……わずかに期待した。


「こんな事を考えていたら、きっとアイルに怒られちゃうね」


アイルと二人駆け落ちしようと考えていた自分より、彼女の方がよっぽどロボットたちを大事にしていたのに、現実とは無常なものだ。本来なら必要ない仮眠ともとれる症状は、メンテナンスを必要としている証だと分かっているが、わずかに滲んだオイル同様無視してみせる。俺が不在のうちに押し入り、彼女のコアを無理やり奪った強盗さえ壊すだけで耐えたのだ。これくらい我慢できないはずがない。


「―――ごめん、アイル。やっぱり俺は君ほど善良には成れないようだよ」


未だ、キィキィとこちらを呼びつけるロボットの声を、俺は雑音としか感じないし。

彼女という存在がなければ、とっくの昔に見捨てていた事だろう。我ながら残酷すぎて、現実にしてしまいそうな己が恐ろしくて。ロボットたちの部品をバラバラにして売りさばく空想は、誰にも話したことはない。


「もっと頑張るから……。なんとしても、君にぴったりのコアを買って見せるから」


奪われた彼女のコアは特殊な型で販売停止したらしく、簡単には手に入れられないしろものだ。もっとも、アンドロイド技師には大金をはたいて新しいコアをいれたからと言って、元の彼女としての記憶メモリーが本体自体に残っているかは不明だと言われたが。何百年かけようとも、彼女を諦めるなんて言う選択は、選べるはずがなかった。


「お願いだから、こんな俺でも嫌いにならないでね?アイル」


祈るように彼女の指先へキスを贈ると、わがままなロボットの要望をかなえるべく部屋を後にした。





眠ったままのアイルはまるで

俺だけの女神のようだった

彼女の存在を信じるのも敬うのも

俺だけでも構わないから傍にいて



実は、明日は『ハートケアの日』ということで、悩みましたが今日の投稿にしました。『勤労感謝の日』にちなみ、勤労するのに大切な体の核である「心臓」を注目してほしい日なのだとか。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。



次話は、異形とそれに魅せられる娘の話です。

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