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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
哭くを良しとしない戌
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胡蝶の夢

暑いですねぇ。

久しぶりにシリアス皆無の話を書こうと思いましたが、何故かこうなりました。


胡蝶こちょうの夢・・・現実と夢の世界の区別がつかないことのたとえ。また、人生のはかないことのたとえ。『故事ことわざ辞典』より引用。http://kotowaza-allguide.com/ko/kotyounoyume.html


俺は、仕事が忙しく疲れていた。

数年前には理想に燃えて、少しでも役に立とうと必死だった。しかし、仕事を頑張って覚えるほどに負担も増え、課の中でも抱える仕事がトップになり。ぐんと押し付けられる面倒な役目や、他人の後始末をすることもふえた。


ましてや、いろいろ厄介事を招きよせ、「同じ言語をしゃべっているのか?」と頭を抱えたくなる、後輩たちの指導まで押し付けられるのが当たり前になりつつある。




休日出勤や、サービス残業が日常となっている今、少しでも目を閉じれば気絶するように眠りにつく。ちょっとでも睡眠時間は確保したいと、奮発して1LDKの駅からも会社からも近い我が家は、古いがそれなりに愛着がわいてきている。

すべての基準が、少しでも楽に、少しでも効率よくと仕事中心になって久しい。本当は、もっとモダンなマンションにあこがれていたし、小奇麗なエントランスと大きな駐車場完備なんて文句も魅力的だったが、俺の薄給ではそんなものは夢のまた夢。時間がたてば外壁は崩れるし、地下駐車場は大雨が降ったりしたら不便だろうなんて、いくつもいちゃもんともいえる事柄を並べ立てて希望を潰していった。




そんな、あらゆる欲や希望を潰し実用性を追求する中、少しでも眠りたいというのに、邪魔をされたらどうだろう。その対象を殴り飛ばしたくなるのは、当たり前の事だろう。


「だーかーら、食べるなら絶対、塩豆大福だって言ってるじゃない!」


「いーや、イチゴ大福だね」


「―――どっちでもいいよ」


「「よくないっ!」」


今まで散々言い争っていたくせに、こういう時ばかりは声をそろえるのだから嫌になる。

俺はひょんなきっかけでこの高校生コンビに出会って以降、ずっとこの痴話げんかを聞かされている。どうにかこの広くない部屋から追い出せないかと頑張ってみたのだが、結果は言うまでもない。

もう、本当にどちらでもいいじゃねぇかと思うのだが、この二人にとっては重要なことらしい。……そうでもなければ、ただたまたま居合わせただけの赤の他人を捕まえて、少しでも時間が開こうものならこの口論に巻き込もうなんて思わないだろう。


いやむしろ、きちんとした理由がなければ許せないのだが。


「大体、好みなんて人それぞれなんだから、押し付けるのが間違っているだろうに」


俺としては、もっともな正論を口にしてどや顔をしてやりたい気持ちだった。

けれど二人は違った考えらしい。


「それは言い出したらきりがないのは分かっているけど、何がむかつくって、あのすばらしい存在の偉大さに気付いていない事だよ」


「それを言うなら、こっちだって!どうして、あの計算しつくされた芸術作品と言っていい存在を認めようとしないのか、理解できないわ」


はたで聞いていると、まるでゴッホがいいかピカソがいいかという議論にすら聞こえてしまうが、俺としてはどうでもいいし普通に眠りたいだけだ。


「たまの休みにすら、こんな痴話げんかにまきこまれるなんて、俺はなんて可哀想なんだろう……」


思わず嘆きが、口をついて出た。

俺からしたら何気ない言葉だったが、相手に取ったら違うものだったらしい。


「ちっ、痴話げんかって!」


「ちちちちっ!」


「スズメか?」


「スズメは、ちゅんちゅん」


「じゃあ、鳩だな!」


「鳩はくるっぽーって、遠くなってるわよ!」


二人の会話を、感心しながら見つめる。

あれだけ動揺し、顔を赤くしていたのにこの息の合い様。『痴話げんか』なんて単語に動揺していたくせに、そのやり取りは夫婦漫才にすら思えるのだから、やってられない。


感想としては、こんな風に自分も頭一つ分違う女子高生と、いちゃいちゃしてみたかったなぁといったところだ。残念ながら、俺がその身長差を再現しようとしたら、相手は150センチ近くになってしまうのだが。


「何が悲しくて、寝不足のなかカップルのいちゃつきに、つき合わされなきゃならないんだろう……」


「かかかか、かっぷ、かっぷ!?」


「なんだ、そんなに腹減ってんなら、この人にお湯沸かしてもらうか?」


「いや。家そもそも、今はラーメンのストック無いからごめんね?」


「えー、謎肉食べたかったのにー」


「あーあ、こいつの好物なのに」


「本当だよ。この家、塩豆大福もないっていうし、いつも何食べてるんですか?」


「塩豆大福はとりあえず、大福すらないのは理解できないな。きっと甘いもの食べないから、この人こんな疲れた顔してんだよ」


「あー、甘いものでストレス解消しないから、目元のクマも濃いんだろうね」


「……いや。そもそも睡眠妨害しているのは君たちだから」


何を言ってるんだこいつらという気持ちで、彼らを心底うんざりしつつ見つめる。

彼らの口論へ強制的に巻き込まれて、かれこれ数か月がたとうとしている。どうしてこんなくだらないことで、俺は寝不足にならなければならないのだろうとやるせなくなる。


これでも始めの頃は、意味が分からない彼らに怯えたりもしていたのだ。

くだらないことで口論していたかと思えば、知らぬ間に夫婦漫才と化している。けれど徐々に、ビビっていることにも疲れ、馬鹿らしくなってきてしまった。


「あーもう、マジで眠いわ」


こちらの呟きなど気にも留めず、二人はきゃいきゃい楽しそうだ。

さすがに疲れて放っておくと、なぜそうなるのか再び大福談義に話が戻っていた。普段あれだけ楽しそうなくせに、どうしてここまで険悪になってしまうのか。心底不思議に思って、口を開く。


「幼馴染とずっと言い争うほど、大福の種類についてもめるなんて、おっさんには理解できないよ」


本当に、心から出た疑問だった。

大福について熱く語れるだけの言葉もなければ、熱もない。ましてや、口論するより沈黙した方が楽だろうに、どうしてこんな疲れる道を選ぶのか理解できない。すさんだ心が伝わってしまったのか、攻撃ともいえる言葉の刃が可愛らしい口から飛び出してきた。


「あー、おじさん前に幼馴染とかいないって、言ってたもんね」


「……ごめん、自分で言っといて悪いけれど、JKから『おじさん』呼びされると堪えるわぁ」


傷心のまま胸元を抑えるこちらに、彼の方は馬鹿にするかのように「自分で言ったくせにな」と鼻で笑った。「この野郎」と思わないでもなかったが、さすがに大人げないかと何とかこらえる。堪えた悔し紛れではないが、それなら話題を変えてしまえと話を振る。


「どうして、そんなにイチゴが嫌いなの?」


これまで聞こう聞こうと思いつつ、チャンスを逃していたことを口にする。

けっして、おじさん呼びされた恨みからではない。


「……だって、」


「だって?」


「だって自分のニキビと同じに見えて、嫌なんだもん」


「あー」


確かに、彼女の頬には少し、ニキビの跡が見て取れる。

けれど意識してみなければ気にならないし、若いのだし心配することはないと思う。顔立ち自体は可愛らしいし、スタイルも悪くなさそうだ。


そんななか何も果物のイチゴまで嫌わなくてもと思うのだが、これのせいで散々同級生にからかわれてきたと言われれば、昔の行いを思い出して何も言えない。自分も同じような年代の頃は、良く「女心が分からない、無神経なやつだ」などと言って怒られたものだ。


「何よ!おじさんもやっぱりニキビだらけだって、思ってるんじゃない」


「えっ、いや、決してそんなことは……」


「おい。いくらおっさんて呼ばれたからって、自分よりずいぶん年の若い女苛めんじゃねぇよ」


これまでにない鋭いまなざしで男に見据えられ、ぐっと詰まる。

神に誓ってそんなつもりはなかったのだが、確かに今の反応は下手をうった。もっと「顔なんか関係ない。君の心はきれいだと僕は知っているよ」的なことを、言えればよかったのかもしれない。だが残念ながら、そんなことを想像した時点で寒イボ立てている男には、素敵な高等話術は身に着けていない。


どういったものかと頭を悩ませるこちらの横で、高校生カップルは勝手に盛りあがっていたようだ。


「お前、そんなくだらない理由で、イチゴ嫌いだったわけ?」


「何よ、どうせ私の悩みなんて、あんたに取ったらくだらないわよ」


「そりゃそうだ。甘酸っぱくて可愛いイチゴを、そんな理由で食わず嫌いしてんじゃねぇよ」


「……どっちかと言えば、甘い桃とか、メロンの方が好き」


「分かってねぇな、お前は。ただ甘いだけなんて飽きるし、桃は筋が多くてメロンは喉がイガイガするだろうが」


「それは、安い果物ばっかり食べているからじゃ……」


「うるせい」


何だ何だと、二人を見守る。

俺が過去の非モテ人生を振り返っているうちに、すぐそばでは何やらラブロマンスが展開していたらしい。

妹の少女漫画を、人目盗んでみる程度に恋愛漫画が好きな俺は、ドキドキしながら様子を見守る。もしかしたら、これで慢性的な睡眠不足を解消できるかもしれないのだ。応援したくもなるというものだ。


「第一どうして、そんなにイチゴが好きなのよ」


「そんなの、市果いちかに似ているからだろ」


「―――へっ?」


驚いた様子の市果ちゃんには悪いが、まぁ、これくらいの男なんてその程度の思考回路だ。

ただし、それを口にできるか出来ないかで、学生生活は随分変わるのだろうが。少なくとも、俺は口にできるタイプではなかった、とだけ記しておこう。


「お前、ずっと昔からイチゴ好きだったのに、突然嫌いだなんて言い出すし。別にニキビなんて誰にでもできるのに、急に前髪伸ばしたり、髪型変えたりするしよ。俺、お前のポニーテール好きだったんだぞ」


「そ、そんな事、言ったことなかったじゃない」


「お前がまともに、聞こうとしなかったんだろう」


突然、熱いまなざしで見つめあったと思うと、二人は照れくさそうに手をつなぎ微笑み合った。その光景はまるで一昔前に流行った韓流ドラマの場面のようで、胸に来るものがある。ちょっと理由は拍子抜けするものだったが、一つの若いカップルが幸せになったのだと思えば、多少のことは目もつぶれる。熱くなる目じりを抑える俺に対し、二人はこれまでの様子が嘘のように穏やかに頭を下げてきた。


「今まで、いろいろ迷惑かけて悪かったな、おっさん」


「本当に私たち、色々周りが見えなくなっていたみたい。ごめんね、おじさん」


「な、なんだよ、二人ともいきなり。そんな、そんな急に愁傷にされたら俺……」


二人が目の前に現れてから、ずっとぐちぐち文句を言っていた自分が、とんでもなく悪いやつに思えてしまう。涙をこらえながら、徐々に消えゆく二人を見守る。―――そうなのだ。二人はすでにこの世を去っているのだが、ある日たまたま目があった俺に、この世に未練があるとかでついてきたのだ。


それからずっと俺は、二人のくだらない言い争いを聞かされてきたのだが、気付けば救われていたらしい。それまでの俺は職場に居なくても仕事の事ばかり考えていて、食事中も反省したり、どうすればもっと効率が良くなるのかと頭を悩ませていた。



それが徐々に夢にまで侵食され、とうとう医者に入院を勧められるほどになった。

仕事にばかり追われている俺には、最初疎ましかった二人の存在も、良い気晴らしになったのだろう。少々うるさくて安眠とは程遠くなったが、今日で成仏してくれたから心配する必要もなくなった。


ほっと息を吐くと、これまで抱えていた心配事が体からすっと抜けていくように心が軽くなったのだ。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






散々私の部屋に居ついていた幽霊が、すべてを語り終わった後に徐々に消えだした。

きっと彼も成仏しようとしているのだろうと、黙って見守る。


私がこのマンションに越してきてすぐのころ、私は三人の幽霊に悩まされるようになった。

あまりに五月蠅く寝つきも悪いため、悩んだ私は知り合いの除霊師に無理を言って部屋へ来てもらった。




聞いてみると、どうやら最初にいたのは高校生カップルで、二人とも不慮の事故で亡くなったらしい。事故に遭うギリギリまで喧嘩をしていたという二人は、それを苦になかなか成仏が出来ず。中年の男性の方は、そんな彼らと過ごすうちに、ブラック企業に勤めていたこともあり過労死したのだという。彼の成仏できない原因が、自分を苦しめたともいえる二人のいく末なんて、そんなお人好しな人もこの世にいるのだと感心する。

幽霊なんて身近ではなかったから、本当にどうしようかと悩んだけれど、無事解決したようで安心した。



無理やり連れてきた除霊師さんには悪いけれど、私も安心したら疲れてしまったらしい。


「少し横になっていいですか?」


と聞くと、彼は穏やかに微笑んでくれるからほっと肩の力を抜く。

ここ最近は、予期せぬ同居人の様子が気になって眠れなかったから、ずっと睡眠不足だったのだ。徐々に薄くなる意識の中、「これで除霊は終わりましたから、安心していいですよ」なんて声が聞こえる。


「突然上り込んで、すみませんでした。」


「いえ、ずっと体の調子が悪かった原因が幽霊だなんて、思いもよりませんでした」


「嗚呼、どうやらここには、お人よしな幽霊がたくさん集まっていたようです」


「そんな事あるんですね」


「四体もの幽霊が居たのに、みんな悪さをしようとしておらず珍しいですよ。まぁ、意図せずとも、悪影響を及ぼしてしまう事はあるんですが」


「えぇ、最近は寝不足気味で困りました」


「私をここに連れてきた幽霊も、他の幽霊を心配していた様子ですし」


私は徐々に薄れる意識の中で、そんな会話を聞いた気がした。






少しでも、涼しくなって頂けたら本望なのですが。珍しいテイストにはなったけれど、読後不快になった方がいたら申し訳ありません。

ここまでお付き合いいただき、有難うございました。


次話は、初恋の相手に戸惑いながら、自分に自信をつけようと頑張る女性のお話です。

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