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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
哭くを良しとしない戌
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絵本の中の、王子様


それを自覚したのは、気づけば視界の端に同じ人物がよくいると思った時だった。

少し茶色がかった頬にかかる髪は、肩につかないくらいで何時も揃えられている。背は女子のなかでも高い方ではなくて、並ぶと胸元程度しかない。それなのに、ふんわりと笑う表情や、友だちの話に相槌を打つ声は心地よくてつい耳を傾けてしまう。


同じ大学に通っているとはいえ、専攻が違うと広い構内でも滅多に逢える機会はない。

ただ、幸い家の大学は都会から少し外れた地域にあるため、離れた場所に別棟などもなく、少なくともこの広い構内のどこかにいるというのは嬉しい所だ。

その上、まれとはいえ大学2年の今は、必修科目などが被っていることもあり同じ講義を取ることもある。専門的な講義は人気も高く倍率も激しいけれど、必修科目ならば間違いなく一緒に授業を受けられる。同学年でこの大学に通っている奇跡に、神に感謝したいほどだ。




本が好きな彼女は、よく図書館にいるらしい。

これまでだったら用がなければ近寄らなかったが、彼女がどんな分野に興味があるのか気になって、それとなく図書館通いを始めた。しばらく様子を見ていると、純文学に興味があるらしいと、判明した。専攻分野を見ても、納得のチョイスだ。ただし、純文学とひとまとめに言っても、簡単には語れないほど種類がある。


そんな中、友達のツテを使って彼女の友人を買収したり、彼女の読む本を盗み見たりして分かったのは、典型的なハッピーエンドを迎える本が好きそうだという結論だった。



それこそ、童話だったら奇跡的な出会いをして、王子様に見初められる。

正直、彼女への気持ちを自覚するまえの自分だったら、到底選ばないジャンルの書籍もすがるように読み漁った。漫画以外で、こんなにも本を手に取ったのはいつ振りだろうと思うほど、碌に使ったことのない自宅近くの図書館にすら通った。


これで彼女と話すための話題が出来ると思ったし、もしかしたら相手から反しかけてくれるかもしれない。そんな甘い考えを持ち続け、気づけば図書司書のおばさんに本の置き場所を教えられるようになった頃、「お前、司書になりたいなら専攻変えた方がいいぞ?」と悪友にいわれて自分は何をしているのだろうかと愕然とした。


これまで、彼女に対して常に受け身だった俺は、まともなアプローチの仕方なんてわからなかった。ましてや、男女間の駆け引きなんてやったことないし、勿論自分から告白したこともない。このままでは、大学を卒業するまで彼女と満足に会話すらできないのではないかと危惧した俺は、苦肉の策として悪友に恋愛指南を頼むことにした。


「ということで、頼む」


「はぁ?合コンでお前を連れて行けば、確実に女子の参加者が増えるといわれているお前に、何を言えばいいんだよ。っていうか、嫌味か」


「これに関しては、お前の方が詳しいと思って頼んでんだよ」


「お前と中学の頃に出会ってから、ずっと彼女が途絶えなかったと俺は把握してるんだが?今まで道理にやりゃいいじゃねぇか」


「これまで自分で告白なんてしたことないから、やり方も分からん」


「何だ今度は自慢か?自慢なのか、そうか自慢なんだな。一つ下の可愛い彼女を、面倒見てやっていた後輩に掻っ攫われたばかりの俺にたいする、挑戦だと受け止めるぞそれは」


「そのお前の可愛い『元』彼女、俺や他の奴らにも色目使ってたぞ」


「うわー!せめて綺麗な思い出だけでも、持っていたかったっ」


そんなこんなで、うまく悪友を取り込んだ俺だったが、どうも彼女は周りにいなかったタイプで、なかなか作戦が成功しない。それとなく近づいてみたり、話のきっかけを探してみたりしたのだが、一向に成果は出ない。ただただ伸びていく読書量に、教授や両親は喜んだが、今となっては心配されるレベルだ。




そんな生活を半年以上続けたところで、悪友からは「まだ効果が出ないなら、いっそ告白して当たって砕けろよ」なんて辛辣な言葉を貰うほどになっていた。当たるのはいいが、砕ける気などさらさらない俺は、無言で奴の頭を殴る。「おまっ、口で人に勝てないからって、暴力で解決しようと済んじゃねぇよ!第一、そうやってあんま喋んねぇから、彼女と話のきっかけが掴めないんだろっ」


「…………」


「おい、睨むな。殴んなきゃいいわけじゃねぇンだよ。大事な協力者に対する態度じゃねぇぞそれ。いい加減にしないと、もうアドバイスもしないからな」


さすがに、こんな状況で放っておかれて大丈夫だと思うほど楽観的ではない俺は、黙ってその場は引くことにした。後で、安かったからとまとめ買いをしてしまった、糞まっずいコーヒーを、大量に押し付けてやろうと、心に決める。


「にしても、急に教授が休みで休講なんて、ついてんのか、ついてないのか分かんねぇな」


「どうせ別の時に講義があるんだから、ついてないんじゃないか?」


「そうなんだよなー。それがなきゃ、楽なんだけどな。時間も空いたし、食堂にでも行くか?」


「この時間だし、席は空いているだろう」


講義中ということもあり、廊下は比較的静かだった。

もちろん講義の声は聞こえてくるし、空き教室から話し声が聞こえたりはするが、休憩時間を思えば全然違う。どうせお互いに抱えたレポートもないし、提出期限の迫ったものもない。どうやって時間を潰すか話しながら、とある教室を通り過ぎようと思ったところで、耳に馴染んだ声が聞こえて思わず立ち止まる。


「あ?どうした……」


「ちょっと静かにしろ」


少し空いた隙間から教室の中をこっそり窺うと、「俺は覗きなんてしないぞ!」と、訳の分からない事で騒ぐ悪友の頭を殴って黙らせた。こんなに騒いでは、中の人物に気付かれたのではないかと思ったが、一瞬の沈黙の後に再び会話は続けられてほっと息を吐く。教室の中には、友人と会話する片想い相手がいた。


「ねぇ、そういえばこの前の話どうなった?」


「この前って、どれのこと?」


「ほら、『例の彼』がすごいスピードで走ってきて、怖くて思わずトイレに駆け込んだって言ってたじゃない」


「あーあれね。しつこい女の子にでも追われていたのか、すっごい怖かったんだよね……」


思わぬ言葉に、体が固まる。

隣にいた悪友は「おまえ……ちょっと前に、曲がり角でバッタリ作戦していたよな?」なんて聞いてくる。何も言えずに目を伏せると、何も言う気がないと理解したのか黙り込んだ。

そんなこちらの様子も知らず、教室の中の二人は話を続ける。


「もう、本当に私彼に嫌われるようなことしたかなぁって、不思議なんだよね」


「確か一週間前は、レポートで使う参考資料を、横からとられちゃったんだけっけ?」


「うん、あれはあまり人気のある書籍じゃないし、周りも狙ってなかったから絶対いけると思ったんだけど……」


「色々なところ回って、ようやくゲットしたんだよね?『例の彼』は、全然専攻分野じゃないはずなんだけどなー」


「やっぱり、何か気に障ることしちゃって、嫌がらせされてるのかな?」


苦虫をかみしめたような表情で、壊れたブリキのようにぎこちなく振り向く悪友の視線を必死に無視する。正直、ここにきて中の二人が誰に関して話しているのか分からないほど、鈍感ではない。


「えーサリちゃんに限って、そんな事はないと思うんだけど」


「だって、10日前はわざとらしくぶつかってきて、ノート落とされたし。かと思えば、彼の周りにいる女の子たちに、地味だとかなんだとか馬鹿にされたりもするし」


小さな声で、「おまっ、自分の周囲の女くらい管理しとけよ」なんて抗議が聞こえた気もするが、中の会話がどんな着地をするのか恐ろしすぎて、それどころではなかった。

どうか、これ以上最悪な印象は持たれていないようにと祈る気持ちもむなしく、次に発せられたのは、狙いとは百八十度ちがった言葉だった。


「極めつけは、ジーッと睨むようにこっち見ていたりするんだよ?絶対なんか、怒らせるようなことしちゃったんだよ!」


「うーん、女の子に対して素っ気ないという噂なら聞いているけど、別に女嫌いとかでもなさそうだし、彼に興味ないサリがしつこく付きまとったりする訳ないし」


「そりゃそうだよ!だって私が好きなタイプは、ガタイが良くて守ってくれそうな人だから真逆だしっ」


「うん、そんな熱く語らなくても分かってるから。本当に、そんな大人しそうな見た目で、一人プロレス観戦しちゃうんだから、面白いよねー」


「なっ、人の趣味にケチ付ける気?それをいうなら、そっちだって筋肉フェチじゃない!」


「私のは、人の筋肉より、自分の筋肉を鍛えるのが好きなの。だからあえて言うなら、トレーニングヲタクよ」


「クール系美人と言われる友人が、実は熱烈な筋肉フェチでシックスパックを目指しているとか……。みんなに筋肉について熱く語る姿を、見せてやりたいわ」


「そんなこと言ったら、私だって大人しい小動物系のあんたが、プロレスマニアだって言いふらしたいわよ」


中から、キャーキャーと楽しそうに語る言葉が聞こえるのを、信じられない思いで聞いていた。これまで抱いていた理想や期待が、もろくもガラガラと崩れ去っていく。

呆然と立ち尽くす俺を、隣にいる悪友が顎で呼んでそっとその場を後にした。


「……いろいろ衝撃的なことを聞いてしまった訳だが、まずはいくつか確認したいことがある」


「嗚呼」


正直、こちらはさきほどの会話の内容を思い出して、膝から崩れ落ちたい気持ちになったが、どうにか壁に手をついて堪える。ギュッと握りしめた拳は、力を込めすぎたのだろう。わずかに震えていた。


「ここ最近、お前は彼女にアプローチするべく、色々やっていたよな?」


「嗚呼」


「曲がり角でバッタリ!作戦を決行するべく、彼女を全速力で追いかけたのか?」


「か、彼女が、突然方向転換するから……」


「レポートで使うマイナーで貴重な資料を、横から奪ったというのは?」


「上の方にあった本がとりにくそうだったから、とってやろうと思ったけれど、あまりに近づぎすぎて、持ったまま逃走した」


「……じゃあ、ノートを落としたというのは?」


「あれは、落としたノートをきっかけに話題を広げようと思ったんだが、彼女の方が拾うのが早くて失敗した」


「それなら、周りにいる女どもが彼女の悪口言っているのを、黙って聞いていたというのは?」


彼女の友人が、どうせ女侍らせるならきちんと管理しろって言うのよねーなどと、話していたことを思い出す。何時もは控えめな印象の彼女も、その言葉には同意して、「全く関係ない人間を、巻き込まないでほしいよねー」なんて返答していた。思い出せば思い出すほど、己の情けなさが浮き彫りになるようで、自ら穴を掘って埋まりたい衝動に駆られる。


「―――あそこで庇ったら、彼女に対する好意がバレてしまうんじゃないかと、怖かったんだ」


「んっの、ヘタレ!てめぇは、初めて恋した小学生かっ!いや、最近の小学生なら、お前よりよっぽどうまくやるわっ」


「そ、そんなこと言ったって、自分から好きな子に話しかけたことすらないんだから、しょうがないだろっ!」


「お前、それは過去の彼女たちに謝っておけっ!あんま無茶苦茶失礼なこと言っていると、さっきの彼女たちに軽蔑した眼差しで見られるぞ」


「……いや、さっきの会話を考えると、俺はサリちゃんの友人にボコボコにされそうな気がする」


幾ら生物学上は男だとしても、シックスパックを夢見る筋肉フェチの彼女に、殴られて無傷でいられる気がしない。ましてや今は、幼稚園児に足蹴にされただけでも泣けるのではないかというほど、傷ついてボロボロだった。


「とりあえず、お前は早急にやりかたを変えた方が、いいと思うぞ?」


そんな、慰めに盛らない内容な言葉を最後に、俺たちは予定通り食堂へと足を踏み入れた。






建物の端の方にある薄暗い部室で、一組の男女が真剣に言葉を交わしていた。


「で、『例の男』はどうなの。少しは反省した?」


「嗚呼、さすがに変人かなにかのように思われていると知って、考えを改めたらしい。マジで、協力してもらって感謝してるよ」


片方は『サリちゃん』の筋肉フェチの友人で、もう片方は情けない悪友の恋愛指南をさせられている男だ。早々に『例の彼』の奇行の意味に気付いた彼女の友人は、彼の悪友を捕まえてお灸をすえることにしたのだ。


「本当に、サリちゃんをこれ以上怯えさせたら、全力で叩き潰すから」


「……はい。今後は今まで以上にしっかり管理します」


多少納得がいかない気持ちはあるものの、彼に拒絶など許されることはなかった。




次話は、不器用に想いあう、夫婦の話です。

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