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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
哭くを良しとしない戌
74/132

誤送信


俺は最近、彼女とけんかした。

高校一年の冬から付き合いだしたから、交際期間2年といったところだ。世間から見ればまだまだ長くはないのかもしれないけれど、周囲のくっついたり離れたりを繰り返す同年代の奴らを見ていれば、「きっとおれたちは相性がいいんだ」と惚気たって罰は当たらないだろう。


けれど長い付き合いとなると、また別の弊害もうまれてくるものなのだ。お互いに徐々に遠慮もなくなって、思ったことを口にするようになってきた。それは全然悪いことではないのかもしれない。だが、俺も彼女も口が悪い。一度喧嘩が始まってしまうと、そんなこと言わなくても良かったということまで口にしてしまう。



あれは、そろそろ制服のセーターを着ようか悩んでいる頃だった。

家の高校はずっと着ているには、少々かたっくるしいブレザーなのだ。しかしそれを脱いでしまうと薄いブラウスだけだし、いくら女子に鍛え始めた腕の筋肉をアピールするにも、寒すぎるのだが、男子同士下手なプライドがあってなかなか手を出せない。

もしも早々にセーターを着だせば、ひょろひょろの文系ヲタクや女子と同等になってしまうし、悩ましい。少しでも防寒しようとジャージをブレザーの下に着だす奴を、からかいながら彼女と下校している時に、次のデート先をどうするかという話になった時に言い合いは始まった。


「ねぇ、たまには水族館にでも行こうよ」


「はぁー?そんなのより、遊園地にでも行こうぜ」


実は、若干の下心もあり、遊園地へと誘った。

彼女は根っからの怖がりで、幽霊の類がとにかく苦手だ。そんな彼女とお化け屋敷にでも入れば、頼れる男をアピールできるし、密着も出来るかもしれない。つい先日散々男友達に自慢された内容を思えば、何としても最新のホラーが味わえる遊園地に行きたくてうずうずしていた。


「遊園地はいつでも行けるし、この寒い時期に行くよりもう少し暖かくなってからにしよう?それより!ここの水族館は、今ならオープン記念でイルカのぬいぐるみをプレゼントしてるんだよっ」


「食えない魚みて、何が面白いんだよ。ぬいぐるみくらい後で買ってやるから、こっち行こうぜ」


「……お化け屋敷なんて、ぜっったいに入らないから」


ぼそりと呟かれた言葉に、肩がはねる。

こちらとしては、狙いがばれないようにわざと絶叫系のサイト画面をスマホで見せていたのに、お化け屋敷が人気だと彼女も知っていたらしい。先に散々からかわれていたのか、「人数が多かろうと、絶対にいや!」だなんて、断られてしまった。


こちらとしても、何としてもお化け屋敷に行きたかった。

何せ、遊園地を楽しむプランなら18通りぐらい考えていたが、水族館なんて候補にすらあげていなかったから、情報はゼロだ。せめて映画館にしてくれれば、5通りくらいのプランは用意していたが、どちらにしても「お化け屋敷」というまたとない魅惑のワードを無視などしたくなかった。


「ほんっとうに、嫌だったら!」


「なぁ、まじでお化け屋敷なんて入らなくていいから、遊園地にしようって」


「ありえないっ。なに、そんなに行きたいなんて、チケットもう買っちゃったの?」


「い、いや……それは、」


「だったら、別にいいじゃないっ!水族館っていったら、水族館っ」


素直に答えなければいいのに、俺はとっさに本当のことを口に出した。

ここで「もう、用意してある」とでも言えれば遊園地に決まったかもしれないのに、仕舞には喧嘩になり、少し前に流行ったリアル脱出ゲームに参加することになった。ビルの一室を貸し切ったそのアトラクションは、とある場所に閉じ込められたという設定で、謎を解決したり、お題をクリアすることで脱出へのカギを手に入れることが出来るというものなのだ。もともとはネットなどでできるゲームに二人して熱中したこともあり、意外とそのアトラクションは楽しむことが出来た。


だが、確かに謎を解くドキドキは経験したが、ホラー風味の本格派のものは体験できず、彼女と良いムードになることすらなかった。



しかも、脱出ゲーム専用のビルからでた瞬間雨に降られ、「雨降ってきっちゃったし、水族館もちょうど近いことだし、やっぱり水族館行かない?」なんて彼女に言われてぶちぎれた。正直、俺だってお化け屋敷に行きたいし、いろいろ期待してデートの計画を練っていた。それなのに、ここから水族館に行ったら、プランの半分もこなせないし、なにより彼女の願いだけかなえるようで腹立たしかった。


そんなうまくいかないイライラが貯まった俺は、八つ当たり交じりに「もっとしおらしくなれとは言わないけど、たまには俺に合わせてくれよ」なんて、彼女へ向けて言ってしまったのだ。それを聞いた彼女は、以来怒って会話してくれず、ラインですら既読スルーされている状態だ。






ほとほと困り果てたところで、珍しいアイコンが表示されているのに気付く。

それは、滅多なことでは使わないメールのもので、ガラケーしか持っていない母親くらいしか送ってこないものだった。ドキドキしながら開いたそれは、ずっと会話していない彼女からで、恐る恐る開けた俺はあっけにとられた。


『英語のテストで、合格点がとれますように』


まるで神頼みするかのような言葉が一つ、そこには記されていた。

あまりに意味の分からない内容に、これは何かの悪戯の類ではないかと頭を抱える。大体、お互いに大学も決まった身なのに、どうして今更小テストの結果を気にするのか。意外とまじめな彼女だから、さほど意外ではないこともないが。しかし、よくよく見れば本文はまだ続いているようなので、恐る恐るスクロールする。


『失くしたグロスが見つかりますように』


そういえば、この前のデートでグロスを失くしたと言っていたから、彼女自身が送ってきているので間違いないようだ。だがそれならば、尚のことどうして喧嘩中の相手にこんな内容を送ってくるのか分からない。もしかして、最初はともかく二番目の奴は、俺にグロスを探せと言っているのかと頭をひねったところで、さらにスクロールする。


『狙っていたセーターが、取り寄せられますように』


さすがに、ここまで来てぴんときた。

確か記憶が正しければ、彼女はメールに願い事を書いて、それを自分自身に送ると願いがかなうというジンクスがあると言っていた。これは、その願い事を自分のパソコンにでも送ろうとして失敗した、誤送信メールだったのだろう。


そうわかってしまうと現金なもので、彼女はどんな願いを書いているのかと興味をそそられた。彼女からメールを消去しろと言われたらそうすればいいし、一度開いてしまったのだ。最後まで見てもバレないだろうと、さらにスクロールする。


『もっと素直になれますように』


ああ、本人も素直じゃない事は分かっていたのだなぁと苦笑する。

なにせ、彼女が俺に甘えてくるなんて、早々起こらない奇跡に等しい。俺としてはもっといちゃいちゃしたいのに、二人っきりの時でさえテレが勝るのか、彼女は一定の距離を置こうとする。……別に、俺といちゃいちゃするのが嫌な訳ではないはずだ。多分。


いささか気落ちしたまま、股指を動かす。


『今度こそ、しっかり謝れますように』


「…………」


メールの文を見て、初めてこれは彼女が狙って送ってきたのものなのではないかと、疑った。なにせ、タイミングが素晴らしすぎる。俺は数日彼女と連絡が取れない事でへこんでいるし、きっと彼女もそろそろ冷静になっている頃だろう。


『……早く仲直りしたい』


最期までスクロールして、息が詰まった。

俺は、いったい何をやっていたんだろう。くだらないプライドと、もしも別れを切り出されたらという怯えで何のアクションも起こせないでいた。俺はそんな怯えも振り切って、彼女の元へと駆け出した。



この寒いのにろくな防寒もせず、コートだけを羽織って飛び出した。

出迎えてくれた彼女には散々文句を言われたが、「俺が悪かった、本当にごめん!」と謝った時の彼女の可愛さは忘れられないものだった。





ラインじゃないです、メールです。


次話は、今より進んだ未来で、大事な存在を悼む話です。

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