機械仕掛けの貴方と
私は一人、研究室兼自宅でもあるところで一日を過ごしている。
もっと正確に言うのならば、スコルというロボットが同居しているのだけれど、有能なはずの彼に頼むことはあまり多くない。
朝になり、いつも通りの時間にやってきた彼に抱き上げてもらい、ベッドから移動する。これはロボットである彼に唯一与えられた仕事で、足が不自由な私にとってありがたいことだった。私の両親は数年まえに亡くなっていて、一緒に暮らしているのはスコルだけで、彼の手を借りないと碌にベッドまでたどり着けない現状は、常々不満に思っていた。全然歩くことが出来ない訳ではないけど、家の構造上、寝室へ移動する際だけは彼の手をかりるしかない。
私が過ごしているこの建物の外観は白く、縦長な塔のような作りで、屋根はまるいドームのようになっていた。周囲の一般的なマンションや一軒家からはだいぶ浮いているから、遠目にも探しやすいのが唯一の利点だ。
もともと祖父の仕事場だったものを、私が譲り受ける形で住まわしてもらっている。ちょっと不便なことがあっても、比較的都会に近いこの立地では、増築することもかなわずそのまま生活している。
私が主に一日を過ごす屋上には水回りも完備されているのだけれど、そのほとんどは研究で使う植物が植えられていてスペースがない。特殊な空間になっているから、一部だけを部屋として区切ることも出来ず、寝室とキッチンは地下にあたる部分に設置されている。要するに、研究室部分である屋上と、住居スペースである地下以外はほぼ階段と言っても差支えがない勝手の悪さなのだ。
「こんな移動方法しかないのなら、寝室を変えてしまえばいいのに……」
これはもっともな言い分だと思うのだが、祖父は頑として認めてくれない。
歯がゆい思いを誰かへぶつけることもできずに、ロボットである彼が送られてきたきっかけになった会話を思い出す。
「あれが、お前のためにわざわざあつらえた部屋なんだぞ?使わないともったいないだろうが」
「何も全く使わない訳ではなくて、時々足を向けるだけでもいいと思うの。寝室を別につくるのが難しいのなら、花畑で眠ってもいいし」
自分が世話をしている場所で眠れるなんて素敵な考えだと実行に移そうと思ったが、祖父に激怒され諦めた。
祖父の設計したこの家はらせん状に階段がはしり、塔のようになっている。もともと祖父が仕事するために作っていたようなのだが、今となっては私専用の住居と化している。塔の屋上には花畑が広がり、私は一日の大半をここで過ごすことを考えると、悪い案ではないと思うのだけど。大抵の物はそろっているし、唯一ないとすれば眠るスペースとキッチンくらいな物だ。簡易食さえ持ち込んでしまえば、ここにずっといることだってできるというのに。
怒り狂う祖父を見ていると、口にすべきことではなかったのだと理解した。
どうやら、仕事の関係で一緒に暮らせない事を心苦しく思っているらしい。空気の良い田舎はハイテクに慣れた私には暮らしにくく、自分で望んでこの家に暮らしているから気にしないでもいいのに。頭に血の上った祖父は、私の言葉を聞いてくれない。
「何も、そんなに怒らなくてもいいじゃない…」
「あんな場所で寝ようとするなど、デリアは何を考えてるんだっ」
「あそこなら暖かいし、なにか掛けて眠れば風邪もひかないわ」
ドーム状のあそこは気温も天候も穏やかだ。
調整次第では、夕立や台風並みの嵐などの天候の変化も起こすことができる凄い場所だ。けれどそんな変化を見たのは初めてここへ足を踏み入れた時のみで、実験的にたった一度見ただけだ。定期的に雨や風はあれども、めったに嵐がくることはない。登録さえしておけば、ずっと穏やかな状態を保つことすらできるのだ。
居心地の良いあそこには東屋もあるし、ずっと居られるなら本望なのに、祖父は気に入らなかったようだ。花畑にベッドを持ち込むという案も否定された。興奮した様子で顔を真っ赤に染めながら、一喝され黙り込む。
「そういう問題じゃない!第一、あんな所で寝るなんて、屋外で眠っているようなものだぞっ」
ちょっとした口論の末、こんこんと布団で眠ることの重要性や開けた場所で無防備になる危険性について説かれた。この時のことが悪かったのか、祖父は私に何の相談もなく彼を送りつけてきたのだ。
幾度となく、祖父にこんな所では彼の能力をはっき出来ないと断ったのだが。「だったらお前が仕事を与えろ」と無茶なことをいうばかりで取り合ってくれない。女の一人暮らしで、特別彼ほど優秀な存在に任せられることなどありはしないのに。祖母と言うストッパーがいなくなった今、祖父は前にもまして過保護になった。亡くなった祖母を思ってふさぎ込んでいた頃から思えばまだよいのだけれど、変な方向に熱意を燃やす祖父には困ってしまう。
「お爺ちゃんは、何を考えているのか分からないわ……」
ぽつりと零した私の言葉にも反応することなく、確かな足取りで彼は進む。
片腕を彼の首へ回し、横抱きに運ばれるというのもだいぶ慣れた。始めはつるつるとした大柄の彼に抱えられるのはどうにも居心地が悪かったのだけれど、毎日飽くことなく行われる行為に自身が慣れるしかないのだと諦めた。
銀色で頑丈な鎧を、生まれながら身にまとった彼を傷つけることはできない。慣れてきてそう考えられるようになると、自分が落ちないよう気を付ければいいから楽だった。
幸い彼は優しい手つきで、終始緩やかに動いてくれる。
必要以上の事をしゃべらない日々も、彼がつむぐ電子音にも気にすることはなくなっていた。彼が話すときの独特の音声も、動くたびにする機械的な音も気にならなくなるだなんて、人間の慣れとは恐ろしいものだと思う。
「ありがとう、自由にしていいわ」
普段通りの言葉を何ともなしに口へ乗せ、世話する花へそっと手をのばした。
花畑にはさまざまな種類の花が咲き乱れており、その日の気分でそのまま飾ることもジャムやお茶などにして頂くこともある。一日たりとも花が絶えることはないように、手をかけた甲斐があるというものだ。
私はここで植物の研究をしていて、資産家である祖父たちに資金援助を受けて生活している。好きな花々に囲まれ、植物をどうにか人々の暮らしに役立てられないか考えながら日々を送る。こんな環境、望んだって手に入れられはしない。それだけでも充分幸せだというのに、祖父は心配性で困ってしまう。私と暮らしたって、面倒を見てあげるどころか迷惑をかけるしかないのに、祖父はことあるごとに一緒に暮らそうと誘ってくる。
「綺麗に咲いた……」
触れた葉の裏側もみずみずしく、病気にかかった様子も見られない。
今日はどうしようかと視線を巡らせるが、ふと視線を感じて顔をあげた。先ほど運んできてくれた時と同じ場所で、彼が私を眺めている。『どうしたの?』と声をかけようとした私だったが、瞳を合わせて直ぐにスコルが口を開いた。
「何カ仕事ヲ、下サイ」
突然言われた言葉に驚き目を見開くが、彼はどこか困った表情で繰り返す。今まで散々お世話になっていたが、こんなことを言われたのは初めてだった。まじまじと眺めてみて、固いその体から表情がうかがえるのだと初めて知った。いつも事務的に繰り返される日々は、すでに数か月を経ているのに初めてづくしだ。
「し、ごと……?そんな、もう貴方は気にしないで休んでいいのよ?」
こちらとしても、いきなり仕事をくれなど言われても困ってしまう。今まである程度のことは自分でやってきたし、むしろ人の手を借りることには戸惑いしか感じない。自分のことは何でもできるように教えられてきたし、そうなるまでに多くの努力と時間を要していたのだ。あからさまに甘やかされても受け入れがたい。
「私ハ、デリア様ヲ、オ手伝イスル様二、言イ付カッテ来マシタ」
「そ、そうね……」
だから彼を祖父へ帰そうとしているのだけれど、そんなことは言えずにいた。
どうしてか、スコルには心を感じずにはいられないのだ。
きっと人に言えば軽く笑われておしまいだろうけれど、プログラムとはまた違った『彼らしさ』を感じずにはいられない。ある程度人間らしい言動はとれるようにされていると聞いたけれど、今日のように命令以外で何かを口に出したことすら初めてではないだろうか。
もっとも、スコルに望むことと言えば、寝室からこの場所まで移動させてほしいというのと、ちょっとしたお使い程度だ。向こうから話しかけてきたことすら驚きなのに、その内容にはほとほと困り果ててしまう。
「えっと……」
せっかくスコルが自ら行動を移そうとしたのだから、期待に応えたい気持ちはある。正直、有能な彼をまるで車か何かのように使っている現状は、非常に心苦しいものがある。けれどだからと言って、いざ彼に何をしてもらおうか考えてみても悩んでしまう。
植物の世話は私の仕事だから、特別やってほしいことはない。
機械の調整などは私の苦手分野だけど、メンテナンスの方が定期的に来てくれるからスコルの手を煩わせる必要もない。高い所の掃除も、ハウスクリーニングの方がきてやってくれている。時々大量の肥料を買ってくるのは大変だと感じる時もあるのだけれど、これまでだって何度か手伝ってもらっていたから、そう言うことではないのだろう。
むしろ、どんな仕事をしたいのかと聞いてみれば、少し困惑した様子で「デリア様ヲ、モット手助ケ出来ル事ガ、良イデス」なんて言っていて申し訳なくなる。
「め、命令することに慣れていなくてごめんなさい」
「イエ……」
スコルは人間に寄せられたロボットではなく、むしろ必要以上に機械的な見た目をしている。最近は、それこそ人間と変わらない、アンドロイドなどが人気を博しているというのに。その性能は高いというのに、見た目は無機質でぶつかったら間違いなくこちらの方が怪我をしてしまう外見をしている。
一昔前まで製造されていた、小さな丸型の全自動お掃除ロボットのほうが、まだ愛嬌があった気がする。歴史の教科書では、一人暮らしの人がそのロボットが一生懸命段差を乗り越えたり、同じ個所から抜けられなくて右往左往するのを好ましく見ることもあったと記載されていた。
「―――デリア様?」
「はっ、ごめんなさい!何か手助けしてもらう事ね」
「申シ訳アリマセン」
「いえいえ、むしろこちらこそ、命令することに慣れていなくてすみません」
本当に、普通だったら自分のロボットにこんな事を言わせるなんて、あり得ない事だろう。
正直にいえばスコルが来たとき、人型のアンドロイドではなくてよかったと、心の底からほっとした。大抵人型のアンドロイドは姿かたちが整っていて、頭脳明晰だ。AIが組み込まれていれば当たり前なのかもしれないけれど、そんな完璧な存在に面倒をみられるなんて、劣等感や羞恥心やらが刺激されてしょうがない。
その点、彼は私があくびをしようと、食事をこぼそうと気にしたりしない。
時々食事をするために移動するのも惜しくて、花畑で簡単に済ましたりすることがある。食べるのは好きなのだけれど、いったん研究に入ると見えなくなってしまうのだから、必要以上に干渉しないスコルは、都合がよかった。食べるのが好きなのに、作るのは面倒だったりするのだから、本当にこんな主人でかれには申し訳なくなる。――-そこまで考えたところで、とある考えが浮かんでふっと我に返る。
「ごはん……」
美味しい食事を作ってもらう?
それは……なんだかとても魅力的かも、しれない。だって、彼の手にかかればどんな高級レストランの食事でも、実現可能だというのだ。見たこともない異国の料理に、一度しか食べることの叶わなかった料理。レシピや材料などいろいろ用意しなければならないものは数あれど、一回実物を試食さえすれば作り方がわかるというのだから、期待は膨らむ。
「これから、私の食事を用意してもらえますか?」
目をキラキラさせている私に気付いたのだろう。
ちょっと誇らしげに「何ナリト、オ任セ下サイ」といた声は、えっへんと子どもが胸を張っているように思えた。
その日から、私の花畑には華以外の香りが時々混ざるようになった。
「オ食事ノ時間デス」
「ごめんなさい、今いいところだからもう少し後にして」
「……コチラ二、オ持チシマス」
私がとめるのも聞かずに、スコルはキッチンから食事を持ってくる。
大きなお盆を持っているのに、よくあんならせん階段を登れるものだと感心する。私が花畑へ持ってくるのは出来合いの物ばかりで、比較的持ち運びしやすい。
それなのに彼は、スープ皿やコップなんて言う持ちにくい物まで、一滴もこぼさず運んでみせる。私は頑としても途中で作業を止めたくなかったのだけれど、出来立てのパンの香りと、美味しそうなシチューの香りに負けて顔を上げた。
そこには「さぁ食べろ」といった感じで綺麗に並べられたお皿と、「東屋マデ、オ連レシマス」と身をかがめたスコルがいた。
「もう少し待ってと、言ったのに」
「デリア様ハ、夢中ニナルカラ、食事ノ時間ハ守レト、命令サレテイマス」
「もう、また勝手におじいちゃんと話したの?」
「ゴ意思ニ反シテ、スミマセン」
「怒っているわけでは、ないんだけどね」
どうも、おじいちゃんは私がまともに食事をとるようになったのが嬉しいらしく、たびたびスコルにいろいろ指示を出しているらしい。おかげでにがい野菜も、いくつか苦手を克服してしまったし、好物を作ったと言われればこうしてほいほい食事をとってしまう。
スコルは私の行動パターンを記憶しているらしく、研究がいい段階になると好物ばかりを出してくる。
「―――また何か、おじいちゃんに言われたの?」
「デリア様ノ好物ヲ、教エテ下サイマシタ」
「貴方を責めるのはお門違いだから、おじいちゃんに『また』連絡しなきゃね」
「美味シク、アリマセンカ?」
「いえ、むしろ美味しすぎて食べ過ぎてしまいそう……」
最近食べていなかったビーフシチューは、牛肉がとろとろで人参もやわらかい。
焼きたてのパンと一緒に食べると、こんなに美味しかっただろうかと新たな発見がある。彼に料理を作ってもらうようになってから、体重は増える一方だ。
「デリア様ハ、同年代ノ女性ヨリ、痩セテマス」
「なぁに?おじいちゃんったら、そんなことまで貴方に教えているの」
これはさすがに、やりすぎだと怒りかけたところで、もともと自分にインプットされているデータだと言われてはっとする。
「そういえば、貴方は有能だったわね」
忘れがちだけれど、スコルは私の世話をさせるなんて申し訳ない程、高い能力があるのだ。自分が今食べている、とろとろシチューもそのおかげだというのに、食べるのに夢中で忘れてた。お皿が空になったのを見ると、心なしか嬉しそうに「御代ワリ、オ持チシマス」といって去っていく。夜にそんなに食べたら太ってしまうと思いながらも、止めない私は今夜体重計には乗れなそうだ。
私の生活は、自分の足を治す研究に費やされている。
元々は両親が行っていたのだけれど、二人が亡くなって、その研究を祖父が別の人に引き渡そうとしていたからあわてて「私が研究するっ」と言って止めたのだ。両親が一生懸命行ってきたことを、他人の手にゆだねたくなかったのだ。
私は子どもの頃に事故に遭い、足が不自由になった。
もともと体が丈夫ではなかった私は、義足に使われている素材にアレルギーを起こしてしまい、打つ手が無くなった。数年をリハビリに費やしたけれど結果は思わしくなく、植物の研究者だった両親は、自分たちで足を治してやると言って研究に没頭した。
今まで以上に仕事人間になった両親は、交代で私の面倒を見て、こまごまとしたことは全て業者に頼んで済ませるようになった。一緒に食事をしたり、リハビリ以外は家族らしい接触はなく、家族三人そろうこともなかった。時々私が駄々をこねると旅行に連れて行ってくれたりもしたけれど、たいてい仕事の関係者に会いに行くついでのようなものだった。
来る日も来る日も、仕事に明け暮れていた。
口を開けば、私の「足を治すために」とそればかりで、私が寂しい思いをしているのも気づいていなかったのだろう。……いや、寂しい思いをしていても、足が治れば帳消しになるとでも思っていたのかもしれない。
「子どもの頃の寂しさは、大人になっても消えないのにね……」
どんなにあとで幸せになったって、昔の辛さが消えるわけではない。
例え傷をいやせたとしても、過去の自分を助けられはしないのだ。そんな風に思っているのに、どうして両親の研究を引き継いだのかと聞かれれば、意地……のようなものだったのかもしれない。
だって、この研究のせいで寂しい思いをしてきたというのに、それが無駄になるだなんて許せなかった。
「まったく、仕事人間だった二人を責めていたのに、ミイラ取りがミイラになるとはこの事ね」
「ミイラ……デリア様ハ、ロボットヨリ、ミイラガ好キデスカ?」
「えっ?」
突然背後に立たれたことよりも、聞かれた内容に驚いてしまう。
好き嫌い何て、食事の好み以外ではあまり聞かれたことがない。ましてや、自分を卑下するような発言を、スコルができることも初めて知った。
「そんなことはないわ。スコルには、本当に助けられているし感謝しているの」
「私ハ、ゴ両親ニ、デリア様ヲ助ケルヨウ、言ワレテマス」
「りょう、しん?何を言っているのスコル。貴方は、二人が亡くなってずいぶん経ってからうちに来たのに、両親の事なんて知るわけないじゃない」
スコルに限ってそんなことはないと思うのだけれど、もしや祖父を私の親だと勘違いしているのだろうか?そんな風に考えたけれど、今の表現では違うだろうと否定する。では、祖父が二人の記憶を彼にインプットしたのかと考えるけれど、何のためにそんな事をしたのかわからなかった。
「オ爺様ハ、私ヲ作ッタノハ、デリア様ノ、ゴ両親ダト……」
「えっ、何それ……ぜんぜん意味が、わからない」
「スミマセン」
うまく説明できない事にスコルが謝っているのは分かっているけれど、混乱した私は彼を気遣う余裕なんてなかった。夜だというのに、慌てて祖父の電話を鳴らした。
「おじいちゃん!いきなりスコルが可笑しなことを言い出したんだけどっ。ねぇ、スコルをお父さんたちが作ったって、嘘だよね?」
「―――ずっと黙っていて、悪かったなぁ」
祖父の話によると、二人は研究の傍ら、私を補助するロボットの開発に携わっていたらしい。もちろん機械工学などは畑違いだから、改善案などを出したり実験に付き合うだけだったらしいけれど、特別に私専用のロボットを作ってもらえるほど研究に協力していたなんて、驚きだった。
「あの馬鹿たちは、自分たちが研究している間にも、デリアが寂しい思いをしないように、スコルを作ってくれるようお願いしていたんだ」
「そんな……」
「嗚呼、デリアの言いたいことは、よぉーく分かる。寂しい思いをさせたくないなら、自分たちが傍にいなければならんのに、奴らは何度言っても聞かんでなぁ。たとえ薬の開発に失敗しても、助けてくれる存在は必要だろうなんて、言うこと聞かんかったんだ」
「だって、それじゃあ、なんで今さらになって……」
「なかなかスコルの開発に手間取ってなぁ、しばらく一人で生活させることになったのは、二人の遺志を継げなかった儂のせいじゃ。可哀想なことをさせたなぁ」
「だって、二人は私が、寂しいのなんてぜんぜん……」
「気づいとったのに、どうすればいいのか分からんかったんじゃよ」
「だってぇぇ!」
「おう。ずっと我慢させて、すまなかったのぅ」
それからしばらく話してから、電話を切った。
もう、感情がぐちゃぐちゃになってしまって、とても満足に頭が動きそうにない。こんなことなら、食欲に負けず仕事を続ければよかったと思ったけれど、「今日ハ、寝マショウ」なんて私を抱き上げるスコルには、端から叶いそうにないと首元に手を回した。
何せ、私の事を一番理解している人たちが開発にかかわったのだ。
私を抱き上げた時の安定感や、好みの料理も、すべて二人からの贈り物だった。どうして私を置いて行ったのかと恨む気持ちもあったのに、それ以上に大きな愛情を貰ってしまい、満足に文句も言えなくなった。
「あーあ、二人のせいで、お嫁になんていけないね」
こんな有能なロボットがいたら、これまで以上に結婚は遠のきそうだ。
今までだってインドアだったのに、スコルの存在価値が私の中で桁違いに伸びてしまった。こんな事を知ってしまったら、家でスコルにいろいろ甘えたくなってしまう。
「デリア様ハ、私ガズット、オ世話シマス」
はっきりと返された言葉に一つ心臓がはねたのは、どんな意味があるのか。
とりあえず疲れている今日は、何も考えずに眠りにつくことにした。
次話は、とある不器用な恋人たちのお話です。