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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
あちらこちらへ跳ね回る兎
7/132

私は、すべてを手に入れる事はできない

※こちらは以前短編として掲載していたものを手直ししたものです。

お互いの心情と発言を分けている為、多少読みにくいかもしれません。予めご了承ください。

改稿しました(2012/05/27)


〔お嬢さまサイド〕


これまではそれなりにいた使用人を最低限に減らし、あと残っているのは目の前の執事とわずかな使用人だけだった。今後はなんだって自分でやっていかなければいけない。慣れないことも多いだろうけれど、いざとなれば『出来ない』など弱音を吐いている場合ではないだろう。


祖父の代から続いてきた家だったけれど、今回父親が亡くなったことでこの家が傾くのも時間の問題だ。

許婚でもいたのならばどうにかなったかもしれないが、あいにく私にそんな話はなかった。家のために娘を利用するなどよくある話なのに、私の父親は自分たちのように愛する人と添い遂げることを望んでいてくれた。母が亡くなってずいぶん経つというのに、父は独り身のまま通していたのは…そういうことだったのだろう。

何年たっても母を大切に思っている父は誇りだった。


……けれど、そんな優しさがこんなところで裏目に出るなど皮肉な話だ。



葬儀や家の名義変更などやらなければいけないことはとても多かった。

父親が死んだというのに、悲しむ暇すら与えられずに動き回り。数日ぶりにゆっくりお茶を飲む時間を持つことができそうだと息をつく。


色々なことを片付けて、そっと今後の生活に思いをはせながら執事と話している時にそれは起こった。これまでだって何度も考えて答えが出なかったのに、十数年私に仕えてくれた彼の言葉で、唐突に私は理解したのだ。冷静になってみれば分かりきっていたの事なのにと、我ながらこれまで気付かなかったことに飽きれてしまう。


―――そう、わかった。


「もう解放してあげる」


わずかに目を見開いた彼の姿を見て、私は口元に笑みを刻んだ。苦しい決断をしたはずなのに、どうしてか私の気持ちはひどく晴れやかだった。滅多にうろたえることのない彼の驚いた様子を見ることができたことだし、最後にしては上等だろう。貴方はもう好きな(ところ)へ自由に行きなさい。


最後ぐらいは、笑顔で見送ってあげるから。


「今までありがとう」


貴方が私の言う事をきいてくれる度に、二人の距離を見せつけられるようで、本当はとても辛かった。それでも私は。……貴方の傍にいられて幸せだったよ。

こんなに幸せを感じることは、もうないだろうけど。そんなことはどうでもいいの。父もいなくなったことだし、もう誰に義理立てする必要もないよね?


私はこれ以上、貴方に嫌われるくらいなら―――



こんな関係


「もういらない」







〔執事サイド〕


何気ない会話をお嬢さまとしていたはずなのに、彼女にいきなり言われた一言で頭がわきあがるような感覚を味わった。

これまでにない忙しさと父親を亡くしたショックでやけになっているのかとも考えたが、彼女の瞳には確固たる決意が見て取れる。普段にはない様子と言葉に、動揺を隠せない。


すぐにでも怒鳴り散らしたくなる感情を抑え、冷静に思考を働かせようと詰めていた息を吐く。どうして、そんな事を突然言い出したのだろうか。ここ数日の様子を思い返しても気にかかる言動は見られなかった。

どうしてだ。彼女に何があった。こんな不安定な状況下で、執事である俺を遠ざけたがるなど、わずかな理由しか思い浮かべられない。俺を信用できなくなったか、それとも……?

なかなか理由が分からなかったが、ある仮説が思い浮かんだことで納得した。


―――嗚呼、そうか。君は誰かを愛したんだ。


そうだろう?

だから俺から、逃げようとしているのだろう?どこか感情の読めない表情をしている彼女に、なおのこと腹が立つ。とても長年仕えていた、重要な存在に別れを切り出している顔ではないだろう。俺は彼女がそう来るのならばと無理やり口元に笑みを貼り付け答える。


「ふざけて、いらっしゃるのですか?」


君が喜ぶなら、なんだってしてきたし。

不用意に傷つけてしまわぬよう、この湧き上がる欲望だって必死に封じてきたというのに…。


君専属の世話係になるまで、俺がどれほど努力したと思っているんだ。

異性という立場では専属の座を勝ち取るのは非常に難しくて。お嬢さまの護衛兼、世話係ということで、ようやく君の傍にいられるようになったんだ。今となってはこの家の執事としても、俺は重要な存在だろう。


―――それなのに、二人の関係が邪魔だって?

馬鹿を言うな。俺という番犬がいたから、君は誰の物にもならずにいたんだ。数多あまたいる害虫どもを蹴散らしていたのは、他でもない俺だということを君が知る訳がないのは分かっているが、さすがにこの台詞には腹が立つ。


誰が、離れてなどやるものか。


「これからもよろしくお願いします」


俺のものにする為に、こんなにも甘やかして…大切に大切に育ててきたってことにいい加減気付けよ。


……お陰で当主である彼女の父親には、苦笑されてばかりいたが。

主人が物わかりのいい人で本当に良かった。『お前は世間の親馬鹿よりも、よほどあの娘を甘やかしているな』そんな言葉をかけつつも、彼女の傍にいることを許してくれていた。


―――だが、その主人も今ではいないんだ。

唯一の肉親を亡くし天涯孤独となった君に、俺以外のだれが必要だというんだ。



「貴女には

 私だけいればいいんですよ」





I can't have everything.

訳:私はすべてを手に入れることはできない、どれかは捨てないといけない

  すべて、めでたしめでたしという訳にはいかない


以下、本文中の会話のみ


「もう、解放してあげる」

「ふざけていらっしゃるのですか?」

「今までありがとう」

「これからもよろしくお願いします」

「もういらない」

「貴女には…、私だけいればいいんですよ」


読みにくい文を、最後まで読んで頂きありがとうございました。

タイトルは、英語が苦手なくせに、辞書から借りてきました。


次話は、神に近づきすぎた娘の話になります。

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