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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
懐古に溺れる酉
69/132

遠距離恋愛  後編

長くなったため、前後に分けます。



相手の固い表情や、背中から発する独特の緊張感に胃が痛くなる。

何を言われるかわからないけれど、もし何でもない事ならばやめてほしい。こっちはこの余分な間のせいで、胃に穴が開いてしまいそうだ。普段なら『プライベート』と書かれて、関係者以外立ち入りの許されていない扉を開けると、さらに長い廊下があった。


この施設は比較的白を基調としているようだと感じてはいたけれど、その廊下はシミひとつない真っ白な廊下だった。これまで外観から考えて広そうだと思ってはいたけれど、立ち入りの許されていた部分は、本当に一部なのだと実感した。



ドーム型の丸い外観をしているこの施設は、私たち一般の者が入れるところは丸みを帯びてあまり研究施設といった印象を受けない。それなのに、ここは雰囲気からいってすべてが違う。効率を重視された廊下は真っ白で余分な装飾などはなく、情報を盗まれないように考えられているのかもしれない。その証拠に天井にはいくつもカメラが仕掛けられており、何をするつもりがなくても緊張させられる。どうにも見張られている感覚が落ち着かなくて、どうしてこんな所へ連れてこられたのだろうと疑問は尽きない。犯罪抑止効果を狙ったのであっても、見える扉の数よりよっぽど監視カメラは多く思えた。


そんな中でもとりわけ厳重そうな扉を男の人が開けると、以外にも応接間のような空間が広がっていて目を見張る。この部屋も殺風景であることには変わらないが、今までの雰囲気からいって実験台のようなものが出てきても違和感はなかっただろう。


「あの……何か、あったんでしょうか?」


「まずは、お茶でも召し上がりませんか?これはわが社で開発した商品で、宇宙でも飲まれている物なんですよ」


「―――頂きます」


あまりにあからさまにかわされてしまい、とりあえず落ち着こうと喉を潤す。

たぶん家でのんびり飲んだのなら、予想していたよりおいしいと思ったかもしれないけれど、こんな緊張した状態ではしっかり味わうことも出来ないでいた。落ち着かない様子の私に、無為に時間を過ごしてもしょうがないと思ったのだろう、ようやく目の前のお偉いさんは、重い口を開いてくれた。


「千堂宙さんが、とある惑星であるプロジェクトにかかわっているのは知っていますね?」


「はい、勿論です。あの……何なんですか?」


「嗚呼、すまない。貴女の専攻は航空宇宙工学でしたね。話の土台になる部分のため確認させていただきたかったのですが、少々配慮に欠けた発言でした。謝ります」


「……いえ」


この、大人特有の謝り方はちょっと苦手だ。

私にしてみれば、「謝ります」というのは、これから謝るぞという決意表明でしかなくて、実際には謝っていないじゃないかと思ってしまうのだ。本当に誠意を見せるなら、頭を下げて「すみませんでした」と口にするべきだ。まぁ、これは私の民族に伝わる方法で、金髪碧眼の彼にとっては、頭を下げる分かなんて不思議でしかないのかもしれないけれど。そんなとりとめのないことを考えていた私は、次の瞬間凍りつく。


「実は、宙さんの参加したプロジェクトグループからの信号が途絶え、メッセージらしきものもここ数年届いていません。我々にとっても未知の領域ということで様子を窺ってきましたが、今日はとうとう貴女宛てに毎日届いていたホログラムによる連絡も途絶えました。これらのことを総合すると、……そういうことなのでしょう」


「すみませんが、私はさほど察しがいい人間ではないのではっきり言ってもらえませんか?」


「―――多分、彼らの研究していた惑星は何らかの形で異常を着たし、消滅しました」


「ほ、しが……?」


彼のいる星が消滅しているかもしれないなんて、考えもしなかった。

何故通信が途絶えただけでそんな事を言えるのかと反論したけれど、彼のいる宇宙船は自動で現在の状況を発信する機能が付いており、たとえ人が操作しなくても、周囲の情報や宇宙船内部の状況を送信し続けるようになっているのだという、だからこそ、何の通信もないというのは宇宙船に何らかの問題が起こり、それに宙さんたちも巻き込まれたのだろうという見解だった。もしも運よく宇宙船外で生き残れたとしても、今届いている情報を見る限り、数日も生き残れないのだという。


それからしばらく、彼の上司が何か言っていたけれどまったく頭へ入ってこなかった。宙さんが「良い人なんだけれど、話が長いから二人っきりでは過ごしたくない」なんて言っていたのを思い出す。


こんな時だというのに、「以前、エレベーターで二人っきりになったことがあってさぁ、冷や汗掻いたよ……物理的に」なんて言っていた笑顔が浮かんでは消える。あれだってつい数週間前の事なのに、どうしてこんなことになったのだろうと途方に暮れる。


「それじゃあ……申し訳ないけれど、婚約者であった君にはいろいろこちらで補償させていただくことになる」


「ほしょう……、ですか?」


「嗚呼。このプロジェクトはその危険性から、参加する前にもしもの時を考えて、損害補償を確約しているんです」


「で、でも、私たちはまだ籍も居れていませんし、事実婚と言えるだけの年月も過ごしていません」


自分で言った言葉に傷ついて、ぐっと浮かんできたものを飲み込む。

彼がプロジェクトに携わってからだいぶ時間が経過しているから、私たちが一緒にいた時間より、離れていた時間の方がずっと長い。こちらの無言に思う所があったのだろう。彼の上司は返事を待つこともなく説明を続ける。


「もちろん、本来なら一人しか補償対象をえらべないので、大体妻子や親兄弟を対象にしています。……ただし、貴女のような婚約者を相手に選ぶことは珍しくはないんですよ」


「そう、なんですか……」


「えぇ、何せ偉大なプロジェクトとはいえ、宇宙は人間にとって未知の領域ですからね。こちらからプロジェクトを任せたくても、家族の了解を得られず断念される方も多いのです」


「嗚呼、だから―――」


私のように家族でもなく、彼を止める権利もない人間しか周りにいなかった宙さんだからこそ、許された行動だったのかもしれない。そう考えると、悔しくてたまらなかった。もしも早く結婚していたら、彼のご両親が存命だったら。そんな考えてもしょうがない思いが、幾重にも重なって心に積み重なっていく。


「きみ、大丈夫かい?」


呼吸が徐々に苦しくなってきて、宙さんの上司の声も遠く聞こえなくなってきた。

この部屋は、とても綺麗で真っ白だ。ぽとぽと私からあふれる涙でこの床を汚すのは申し訳ないと思うものの、あとからあとから溢れてきて止まらない。気づけば視界が白一色に染まり、頬には冷たく固い感触が鈍い痛みとともに襲ってきた。


「だれっ、か、……誰か人を呼んでくるから、待っていなさい!」


何かわめきながらバタバタと上司さんは去っていく。

通された部屋には窓なんてなくて、白い壁には時計もかかっていない。喉が渇いた気がするけれど、色々な感覚が鈍くて確かではない。……ただ一つ言えるとすれば、宙さんにいつ逢えるかわからないという歯がゆさを、二度と味わうことはないということだろう。


「三笠っ!」


彼のちょっと低い声は、始めは聞き取りにくく思ったのに気づけば安心するようになっていた。あの声を聴くとどうにも落ち着いてしまって、朝の眠たい時間は最悪だった。どれだけ起そうとしてくれていても、あんな声では余計に起きられなくなってしまう。今は目の奥が重く感じて、瞬きで必死に涙を散らす。この部屋は静かすぎて、幻聴が聞こえてしまったようだ。


「っく……」


「三笠、お願いだから、呼吸を落ち着けてっ。この袋のなかでゆっくり呼吸をするんだ」


どうして、こんな時なのに耳触りの良い言葉一つ思い浮かべることが出来ないのだろう。

最悪の知らせを届けられたばかりなのだから、もっと違う言葉が聞きたかった。以前に、彼の前で発作を起こしたことが、まだ心に残っていたのだろうか?


遠くからはなぜか、わーわー騒ぐ声が聞こえてくるから、他の人もプロジェクトの失敗を知らされたところなのかもしれない。それにしても、どこか暗かった施設の人々の顔から考えると、「こんな大声を出すほど嘆いてくれるなんて」と余計に泣けてくる。



施設の人も薄々プロジェクトの失敗に気付いていたけれど、上司に最終結果を知らされてがっくりきたのかもしれない。彼らの命が失われたことを、みんなが嘆き悲しんでくれることが……こんな状態だというのに嬉しかった。気分は最悪だというのに、少し嬉しいと感じただけで呼吸が整ってきた。幸い、宙さんの上司の方が戻ってくる前に呼吸を落ち着けることが出来そうだと、胸をなでおろす。

顔をあげ、いい加減床から起き上がろうと立ち上がったところで、背中をさする手に気が付いて心底驚く。


「み、かさ。ごめん……本当にごめん」


「―――えっ?」


突然のことに、ぐるりと首を回して後ろを振り向く。

少々首が痛い程度で済んだのだけれど、「ひっ、悪魔付きの映画の子!」なんて怯えられていらっとした。さすがに、180度以上首を回してはいないし、異常な体勢で階段を下りてもいない。自分も大概混乱しているようだと思いつつ、グイッと彼の胸元を締め上げた。


「ちょっ、しょうそく!消息不明って、もう宙さんに逢えないって、言ってたのに何してんのよぉ!」


「あっ、と、ごめんなさい?ってか、非常に苦しい、です」


「そんな軽く謝るぐらいなら、小惑星を爆破して地球を救う映画みたいな事してんじゃないわよっ」


「いや、宇宙服っは着たけど、石油、会社じゃ、ないしっ。全米、泣かせてっ、ないし!……というか、そろそろ、はっ、きそう……うぷっ」


「もうっもう、本当に、ふざけんじゃないってぇのよー!」


「うおーっ!プロジェクトリーダーが恋人によって殺されるー!」


「わー!お嬢さん落ち着いて。せっかく帰ってきたのに、それ以上振り回したら宙くんが死んじゃいますよっ」


「冷静に!冷静になって、半殺し程度にすませましょう!」


それから私は、彼の同僚三人がかりで取り押さえられて、ようやく落ち着きを取り戻した。

まぁ、説明を受けてもなかなか頭に入ってこず、なぜか若返っていたりして再度「どういうこと」かと首を絞めてしまったのは良い思い出だ。おまけに、過度なストレスにより起こしていた過呼吸は、このあと診療してくれた医師にも驚かれるほど体に異常は残していなかった。


どうやら彼らはプロジェクトの合間に、調査していた惑星の近くに発生したブラックホールに取り込まれてしまったようで、その肉体だけ数年分時をさかのぼってしまったらしい。正直、宇宙を移動することでどんな影響が出るかわからないとは聞いていた。それこそ、移動距離は何億光年なんて目じゃないほどだと言われていたし、何度となく交際を反対されていたし、彼自身にも別れを匂わされてもいた。そんな中、少しでも希望を見出そうとした私の未熟な調査の中でも、このプロジェクトの難しさと技術者が戻った時の弊害はうかがいしれた。



ようするに、人類にとって新たな知識や情報を得ること以外で希望なんてない環境の中、私は愛する人を送り出してしまったのだと絶望したのも一度や二度ではない。おかげで、少しでも希望を見出そうとフィクションにはまり、今は100年以上前の宇宙映画にも手を出してしまっている。おまけに我が家の映像機器には、黒いスーツを着てサングラスをかけた二人組が、宇宙人を相手に警察のように忙しくしている。


「……私より年上のはずなのに、今は年下にすら見える」


「うーん、周囲の様子を見る限り、個人差はあれども15歳前後は若返ってそうだね」


「それでも、記憶に問題はないの?」


「そう、不思議とこれまで得た知識や記憶に問題はなし。ただ体の時間が巻き戻ったというより、驚異的な自然治癒力を得たか、体を丸ごと作り変えられたような気分かな?」


何せ、若いころから痔に苦しめられていたというチャールズさんが、狂喜乱舞していたからねなんていらない情報までもらって眉をしかめる。あの、目鼻立ちが整った素敵な英国紳士といったおじ様が、このプロジェクトに参加するために痔を必死に治していたなんて知りたくなかった。



どうやら、宇宙ではどんなことが問題になるかわからないし、医師もおらずまともな治療も出来ない事から、少しでも体に異変があるとプロジェクトには参加できなかったのだという。多少、医療経験のあるメンバーはいるそうだけれど、地上にいる時のような対象は望めない。まぁ、それを聞かされたのは旅立ってからの事だったけれど、思い起こせばやけに規則正しい生活を送るようになっていたと、思い当たる節はたくさんあった。


「虫歯一つも駄目だなんて、そりゃあ泣きながら親知らず抜くわけね」


「泣いてはいない!泣きそうだっただけだ」


「そんなこと、胸を張って主張されても……」


宇宙に行っている間に脳細胞が未知のウィルスに侵されたのかと疑ってみるけれど、よくよく考えれば元からこういう人だったと納得する。勉強はできる癖に生活能力が低くて、変なところで馬鹿な人だった。


「―――私、もしもの時に保証されるなんて聞いていなかったんだけど」


「そりゃあ、知られたら怒られると思ったし、戻ってくるつもりだったからね」


「そんなっ」


何度、行かないでくれと言ったことか。

どれだけ、危険性を示して引き止めた事か。

彼は確かに大丈夫だというばかりで気にしていない様子だったけれど、まさか本当に心の底から成功すると信じているとは思わなかった。自分の研究に自信を持ち、仲間やプロジェクトと協力して不可能を可能にした。


唖然とする私に、宙さんは悪戯っぽく笑ってみせた。


「ずっと、一緒にいるって言ったでしょ」


少し胸を張り、偉そうに語る彼をきつく見据える。

こちらは散々心配して、絶望の淵に立たされたというのに何をのんきなことを言っているのかと苛立ちすら浮かぶ。これは、何か言い返さなければと口を開く。


「忘れた」


「おい」


「……わすれた、から。もう一回言って」


もう一回言ってもらえたら、少しは勇気が出るかもしれない。

そんな、小さな期待でしかなかったのに、彼はこんな所でも思うようには動いてくれない。


「好きだよ」


「そんなこと聞いてない」


間髪入れずに言葉を返す。

宙さんはちょっと不満そうにしているけれど、本気でそんなことは聞いてない。まったく嬉しくなかったと言えば嘘になるけれど、欲しかったのはそれじゃない。


「ずっとこれから、傍にいるから」


「っっ……」


ぎゅっと抱きしめられ、震えるような声が目の前の体から発せられる。

数年ぶりに触れた体に、宙さんの体温を思い出した。彼と一緒にいる時は別段意識していなかったのに、家族や友人とも違うこの温度を、しっかり覚えていようと目をつぶる。


「また忘れられたら困るから、これからはずっと傍で伝え続けることにするよ」


「みみ、までっ……遠くなった、みたぃ。だから、もっと沢山っ、教えていて……」


「うん、好きだよ。これからは、一つも忘れられないように頑張るから」


最後に言われた言葉は、少し拗ねているような気がした。

口にせずとも、抱きしめられた時に覚えた違和感に、勘付かれてしまったらしい。そんなささやかなやり取りですら嬉しくて、涙がふたたび零れ落ちる。それからしばらく、私たちはずっと抱き合っていた。




これまでお付き合いいただき、有難うございます。すみません、ブラックホールの正体がつかめていないのをいいことに、勝手な設定を加えさせていただきました。無理やり過ぎるのは自覚しているので、お目こぼし頂けるとと幸いです。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

次話は、ロボットと少女のお話になっております。


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