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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
懐古に溺れる酉
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遠距離恋愛  前編

こちらの作品で扱っている宇宙などに関する設定は、フィクションです。




私たちは、何億光年という距離分はなれた、遠距離恋愛をしている。



相手は10歳上の男性で、彼であるそらさんはもともと大学で教授として宇宙に関することを教えており、30代という若さでその実力を買われ、一部では世界的に有名なのだという。



宇宙に一般市民が気軽に足を向けられるようになった昨今、それでも莫大な資金は欠かせない。そんな中でも、彼は第二の地球を作り出すというプロジェクトに抜擢され、「タダで宇宙旅行ができる!」と浮かれていたのはたった数か月前のことに思える。


「―――ああっ、もう、本気で地球に帰りたい!」


「はいはい、きちんと仕事終えたら帰れるんだから四の五の言わないの。……というか、それまで帰してもらえないでしょう?」


人がせっかく元気づけるため、にっこり笑顔付きで鼓舞してあげたのに、宙さんは「そんな耳触りのいい事、2年前から言われてるー!」なんて泣いた真似をする。そんな子どもみたいな駄々をこねている姿を見ると、地球にいたころは相当大人ぶっていたのだと痛感する。



10歳という年の差も相まって、大学に入ったばかりの頃、私は大人な彼へ一方的な憧れを抱いていた。まわりには年上の先輩たちも沢山いたし、もはや自分と一個違いだなんて絶対信じられないような、おじさんくさい先輩もいた。学生証と免許証を見せてもらっても「到底信じられないっ」なんて言って、男泣きさせてしまったのは今では良い思い出だ。大学にはそれこそ多種多様な人がいて、見た目だけではなく実際に会社を退職したおじいさんなんかも授業を受けに来ていたし、宙さんじゃなきゃいけない理由なんてなかったはずだ。


友人にも宙さん自身にも気の迷いではないのかと聞かれたけれど、私は彼が好きでずっとアピールし続けてきてこの座を手に入れた。……それなのに、交際わずか半年足らずで彼とキロメートルどころか、億光年単位の遠距離恋愛が始まるだなんて思いもしなかった。


宙さんは、これまでの航空宇宙工学に関する研究や論文が認められて、とある惑星の調査団として選ばれるという名誉を賜ったのだ。本当ならばこんな軽口をたたくことすら罰当たりなのかもしれないけれど、その探査プロジェクトにかかわった月日の長さを思うと、これくらいの弱音は許してあげなければならないだろう。


「なんで、愛しい彼女と離れて俺はこんなところに来てしまったんだろう……」


真顔でうつろな視線を寄越す彼を、思わずひっぱたきたくなるけれど我慢する。

なにせ、これはただのホログラムの一種であり、実際の感覚なんてありはしないのだから。化学が発展した現代、遠くにいる相手とも五感を共有できるように色々な通信手段が確立されている。そんな中で、一昔前のように人の全体像を立体的に映し出すだけのバーチャル映像しか送れないこの通信手段は、本当に歯がゆくてしょうがない。



まるで、平成の初期にあったというポケベルと呼ばれていた道具を使っているような気分だ。あれを歴史の教科書で見た時も、どうして昔の人はこんなものを使っていたのだろうと不思議だったけれど、彼との通信のように何か事情があったのかもしれない。


古臭いこの通信は、彼がいう所『地球人と現地調査員唯一の逢引き方法』というもので、別惑星にいる彼らととれる数少ない連絡方法だ。他の方法ではハッキングやバグの心配などがあるため、数世紀前に流行ったこの方式がNASAで採用されているらしい。


そんなふうに、色々なことに対する不満をごまかそうと思案しているうちに、彼はどんどん暗くなっていたようだ。


「やっと付き合えたかと思ったのに、七年間も逢えないなんて……」


改めて口にされた歳月の長さに、一瞬体の中心に冷たいものが流れ落ちた。

どろどろとしたその感情はとても冷たく、時々私を苛むように奥深くへ溜っていく。泉なんて綺麗なものではなく、底なし沼のような汚い感情の溜まる場所があると意識したのは、彼がこのプロジェクトのメンバーとして名前が挙がった時だった。


彼の長年の夢である宇宙に行ってみたいというのと、人々の役に立つことをしたいという夢をかなえる絶好の機会だというのに、私は心底「彼以外の人がいけばいいのに」と願わずにはいられなかった。


「―――自分で、決めた事でしょう?」


彼のこんな愚痴を聞いても、寂しくて泣きだすなんて素直さはとうの昔に捨てた。

今の私にできるのは、大勢の学生相手に磨き上げた作り笑いというスキルで笑みを形作るだけだ。私は彼とは違い、専門職を捨て高校で科学の教師をしている。専門は航空宇宙工学だったけれど、他の教科より知識はある。好きなことを極めた彼を尊敬はしているけれど、夢を捨ててまで選んだこの道で頑張ってきたのだという自負も、確かに私の中で育っていた。


「何か……、最近化粧でも変えたか?俺が知ってる三笠みかさと違う気がする」


「もう、あれから七年たったのよ?変わりもします」


「そんなもんか?」


「そちら様は、皆さんお若いようですけど」


「……あんまり、いじめないでくれよ」


どういうからくりかは不明だけれど、彼のいる惑星は時間の流れが異なっているようなのだ。そのおかげで、みんな私と同じ時間を経たとは思えないほど出発前と変わらない姿を保っていた。……だから、情けない顔と声で同情を誘うようだけれど、思い通りになんてなってあげない。羨みこそすれど、どうして好きなことに身を投じている宙さんを憐れまなければならないのか。

私の前では情けない彼だけれど、それなりに必要とされているのだろう。後ろで時々彼を急かすような声がする。どうやら彼が手がけている調査の一つがくぎりを見せているようで、「早く戻ってきてくれないと、このプロジェクトが台無しになるぞ!」なんて言葉がちょくちょく聞こえてくる。


それでも彼の仲間たちに反感を覚えないのは、部屋の扉を開けた途端「あっ、彼女さんと逢引き中だったのか!すまん」なんて謝ってきて、私へは愛想よく手を振り去っていくからだ。さっきの男性は本当に慌てた様子だったのに、みんな優しくて気の良い人ばかりだ。


「……みんな、いい人たちだね」


「あの人たちも家族を地球に残してきているから、気持ちはわかるんだよ」


「……そっか」


「うん」


にこにことした顔を崩さない彼の内心は、一向に読めそうもない。

彼が私に逢いたいと思ってくれているのは事実だろう。なにせ、どんなにプロジェクトが忙しくて寝不足の時でも、フラフラになりながらこの通信を毎日欠かすことはないのだから。今だって、二週間前より疲れた顔をしているから、そろそろその習慣も途切れる日が来たのかもしれないとこっそり嘆息する。


文句も不満もいくらでも浮かぶけれど、しょうがない。

私には、何をすることも出来ないのだから。






あれから数日が立ち、日増しに彼の顔がやつれていった。

聞いてみると、プロジェクトの要になる機械が誤作動を起し、みんなで代わる代わる寝ずに調整をしている所らしい。正直、彼のプロジェクトで使用されている機械の事なんててんで分からないし、宇宙のことだって彼らと比べれば全然知らない。……いや、むしろ人類が知らないことが多いからこそ、宙さんは一生の研究対象として選んだのかもしれない。


そんな私が彼にできるアドバイスなんて「きっちり食べて、休憩を取って」くらいなもので、何一つ役になんてたてやしない。―――そんな、彼が旅立って数か月もしないうちに痛烈に実感したことを、今さら思い起こして落ち込んでしまう。こんな風に、白で包まれた彼の腕を見てしまうと。


「ったた、まったく嫌になっちまうね」


「怪我……なんてしたら、一大事だって自分で言っていたんだから気を付けてよ」


「はいはい。何か最近では、俺の方が年下みたいだな」


苦笑してみせる彼だけど、私の方は笑えない。一応の医者はいても、地球ほどの治療を受けられない。宇宙ではどんな感染症や病気による影響が出るかわからないから、どんな軽い症状でも命取りになると言われているのに、今日の彼は包帯をして目の前に現れた。プロジェクトにかかわる人間すべてにつけられている機械は、彼の体調や心理状態を管理しているということだけど、こんな外傷には太刀打ちできなかったのだろう。


だけど、こんなことは地球を飛び立って初めての事だった。

私が宇宙を夢見ていた頃から比べれば、だいぶテクノロジーが進化しているという。それでも、宇宙という未知の領域に足を踏み入れるには、あまりに足りないというのは彼の弁だ。講義を受けていた時は、それこそ「何をこの人は、夢のないことを言っているのだろう」と感じたものだ。


だって、宇宙に夢見て宇宙に寄せる探究心が潰えることがないからこの道に進もうとし、この道の成功者の一人である彼がそんな事を言っているなら自分たち学生はどうすればいいのだ。

宙さんにしてみれば、「宇宙は偉大且つ、人間の侵食を許さないから、心してかかわるように」という言葉が続くのだと今なら分かるけれど、当時はとっても反発していた。彼は、本当に誰よりも真剣に宇宙と向き合い、ひた向きに努力してきたからこんなプロジェクトに参加できたのだと、宇宙へ旅経つと聞かされた時は感心したものだ。



―――彼は、子どもが語る夢物語を実現させてしまった。


真剣さや努力が足りなかった私は運にすら見放され、彼のように研究職を続けることすら叶わなかった。一瞬、もっと宇宙を愛していれば金銭面や、未来の不安すら笑い飛ばして研究を続けることが出来たのかもしれないとよぎったけれど、頭を振って振り払う。私には所詮、彼が映してくるまだ見ぬ惑星の映像をみるだけで充分なのだ。



それはもう過去のことだし、今さらあらゆる労力や将来の不安をかけてまで叶えたい夢ではなくなってしまった。ほのかな憧れは常に身にまとうけれど、それを中心に人生がまわるなんてことはなかった。

それから考えれば、家族や友人と遠く離れ、未開の地へ進んだ彼が夢を実現したのは当然の成り行きのように思える。気持ちだけでどうにかなる問題では決してないけれど、明らかに私はそれに対する熱意や努力が圧倒的に足りていなかった。むしろ最近では、宇宙よりも彼に対する気持ちの方が強すぎて、そんな彼を奪った宇宙を疎む心すら芽生えつつある。


……じゃあ。私に対する彼の気持ちは、いかほどなのか。


何時も絶対に口にしない、三文芝居のような台詞が頭をよぎる。

仕事と私どっちが大事なのよなんて、絶対に口になどするものか。意味のない対抗心が、誰に向かうこともなく浮かぶ。そんな私を知ってか知らずか、突然彼が口を開く。


「愛してる」


「……言葉はくれても、抱きしめてはくれないんだね」


責めるように睨みつけた途端、彼は困ったように眉を下げホログラムのくせに私をその腕で囲い込むジェスチャーをする。所詮、抱きしめているつもりなのだろう。小さな虚栄心を見破られたようで、駄々をこねそうな自分の中の子どもをなだめる。いつだって不満はあって、それが解消されることはない。そんな中に向けられる『その言葉』は、下手な口約束よりよっぽど私を疲労させる。


「愛してる」より「逢いたい」と言って、今すぐ来てくれたらうれしいのに。


「―――ごめんな」


「別に、貴方に夢を諦めてほしいわけじゃない」


でも、時々どうしようもない孤独感にさいなまれ、まるで圧縮袋にでも入った気持ちになる。全身が押しつぶされ、呼吸すらしにくくなるのだ。

もしかしたら、ブラックホールに引き込まれると、こんな風になるのかもしれないなんて、実りのないことを考えたりする。下手をすれば、長いこと解明されていないブラックホールの内部も彼らが暴いて見せるかもしれないなんて考えて、その途方のなさに尚のこと嫌になる。


「お、おい!落ち着けって、過呼吸になってるぞ」


「っっっ!」


大好きだった宇宙のことを考えているのに、どうして過呼吸なんてパニック状態に陥るというのか。宙さんのことを馬鹿に出来たのは一瞬だけで、うまく呼吸が出来なくなっていたことに遅ればせながら気が付いた。


一度気が付いてしまえばどんどん苦しくなって、無意識に涙が目にたまる。

過去に過呼吸になったことはあるから、必死にその場の物で対処してなんとか普通の呼吸に戻す。こんな事で動揺してしまう自分が、たまらなく嫌で惨めになる。



何とか落ち着きを取り戻し上を向くと、宙さんが泣きそうな顔でこちらを覗き込んでいて思わず笑った。


「なんて顔、しているの?」


まるで、今にも自分が死んでしまいそうな青白い顔をみて、どちらが辛い状態だったのかわからなくなりそうだ。彼につけられた機械がピーピーとやかましいから、相当心配させてしまったのだろう。


「お、れ……っ俺には、声をかけてやるくらいしかできないんだから、勘弁してくれよっ」


わずかにうわずった言葉や、すすり上げる鼻の音には気づかないふりをした。

わざわざ泣きそうなどと指摘して、本当に泣きだされてしまったらかなわない。……だって、声をかけることしかできないのはお互い様なのだから。




苦しくてうずくまっていた体を、耐え切れなくなってごろりと床へ倒す。

再び具合が悪くなったのかと彼が心配しているのは分かっているけれど、今は気遣う余裕もない。とりあえず口にした「大丈夫」という言葉は、我ながら説得力がなくて笑ってしまう。


「宇宙は、広いね……」


そして、その広さの分だけ、私たちに距離はできる。

きっと、同じ太陽系にいるうちはなんてことないと言われてしまうのだろうけれど、それでも私にしてみれば大変なことだ。普段は恐ろしすぎて言葉にしないことが、口をついて出た。


何も返事がないことに諦めと寂しさと、ほんのちょっとの苛立ちを混ぜて更に言葉を重ねる。


「宇宙は広いよ……」


その後に言葉を続ける勇気もない私は、ただ目を伏せる彼に笑って手を振るしかできないでいた。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






それは、いつも通りの午後だった。

空は穏やかで、少し雲が多いけれど特別雨も降っていない。少し到着時間が遅れてしまったけれど、何も特別なことなんてない日のはずだった。焦っていたって、宙さんとの通信部屋には問題なくたどり着くことが出来る。


何せ、毎日この施設に足を踏み入れているのだ。

受付のお姉さんにも飽きられるほど通っている私は、最近まともに体を壊した記憶もない。遠くにいる彼に心配をかけさせたくないし、ほんの少しでも会える時間を減らしたくなかった。そんな私の気持ちを知っているお姉さんたちは、必要な手順を行えばすぐに案内してくれる。


今日という日が来る数か月前から面会の時間を希望を出しているし、早々のことがない限り時間が被ることもない。例え他のプロジェクト関係者が話し込んでいても、多少の時間ならば国家プロジェクトということで職場でも融通が利く。

勿論全員が理解ある人な訳じゃないけれど、ありがたく利用する以外の選択肢はなかった。だから、受付が済んでも行く手を阻まれたのは初めての経験だった。


千堂せんどう宙さんの婚約者の方ですね?申し訳ありませんが、少々お時間頂いてよろしいでしょうか?」


「……できれば、少しでも早く連絡を取りたいのですが」


今日はいつもと違って、約束の時間が少し押してしまっている。

普段余裕をもってこの施設に到着できるようにしているのに、やけに道が混んでいて遅くなってしまった。焦る私を気に知ることなく、硬い表情をした彫の深いスーツ姿の年輩の男性は、私を奥の部屋へと案内する。高そうな靴と腕時計が目につき、心臓が一つ嫌な音を奏でた。




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