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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
あちらこちらへ跳ね回る兎
6/132

いっそ宝箱に僕を閉じ込めて、一緒に燃やしてほしかった

こちらは、随分前にある歌に影響されて書いたものです。

突然現れた生きたお人形と、少女の話。

改稿しました(2012/05/28)

清潔さを重視した無機質な部屋で、そっと溜息を吐く。

本当は自分の部屋に置くものは、自分で選んで決めたかった。今流行りの水色の壁紙じゃなくて、もっと女の子らしい小花柄にしたかった。温かみのある木製の机や椅子にだって座りたいけれど、長く座っていることすら難しい私にはそんな必要ない物よりも、頑丈なベッドの方がなじみ深いのだから仕方がない。


病気になって、どれだけの事を諦めただろう…?


持病が悪化し、最近ではベッドから出ることが極端に少なくなった。

たとえ外が賑やかでも、私の部屋だけは別物だというように、昼夜を問わず静寂がこの空間を包んでいる。『彼』が本を読み聞かせてくれる声や歌ってくれる子守歌などを除けば、この部屋を震わせる音は多くない。彼が他の人形とは異なることを両親も含めて、私以外は誰も知らない。そのため二人の会話は、いつも小さな声で囁くように交わされる。



窓際にはお母さんが飾ってくれた花があり、毎日のように取り替えてくれている。

ベッド脇にある本棚には、お父さんが買ってきてくれた本が敷き詰められている。

四六時中傍にいるわけではないけれど、二人が気遣い大切に思っていてくれることは知っている。


部屋を眺めていた視界にふっと自身の体が入り、思わず私は眉をしかめた。

昔よりも手足は伸びたはずなのに、白かった肌は今では青白く。これまでよりも不健康そうに見えるのが嫌だった。苛立ちのままに思いっきり握り締めた私の手へ、そっと触れてくる柔らかな存在に気づいてそちらに視線を移した。いつもそばに居てくれる存在の有難さに、嗚呼自分は一人じゃないのだと思い出す。

丸々としたその手には指がなく体温など感じる訳がないのに、触れられた手がわずかに温かく思えてこぶしを開く。


「―――だいじょうぶ?」


「えぇ、心配かけてごめんなさい」


彼の表情は大して変わらないはずなのに、心配させてしまったことがありありと伝わってきて申し訳なくなる。どうにか安心させたくて、私は顔に笑みを刻む。

様々な事を諦めて、羨ましがっていた私の前に現れたあなたは、確かに私の希望だった。動いたり話したりと不思議なお人形だったけれど、彼は私に多くのものを与えてくれた。誰より近くにいてくれて、誰より私に優しく接してくれた。けれどそんな穏やかな日々もそろそろ終わりをむかえるようだ。


だからもう……此処で開放してあげるね。


「―――ねぇ約束よ?私が死んだらほかの誰かを幸せにしてあげてね。

 あなたがいてくれて私は本当に幸せだったんだから」


「ぼくがきらいなの?

 だからそばにいさせてくれないの?」


「そんな訳がないわ。本当にあなたが大好きだったんだから。

 ……でも、一緒には連れて逝きたくないの」


―――そう、このままでは共に火葬場までついてきそうなんだもの。

もう先がない私には、こんな形でしか彼を救えない。死ぬことがない彼は、これまで多くの『終わり』を見てきたという。それはとても辛いことかもしれないけれど、私はそれでも彼に生きていてほしかった。私にとって彼は単なるお人形ではなく、喜びと楽しみを運んできてくれる何より『生きていると感じられる証』だったから。


彼は間違いなく此処で『生きている』のだ。


「うそはやめて……もうひつようなくなったんでしょ?

 きみがやさしいのはしっているよ。

 ―――でも、だったらそのやさしさをさいごまでちょうだい」


ありえないことを言う彼に、苦笑して返す。

彼が必要ないという事も、最後まで彼が望むように傍におくこともありえない。こんな気持ち、最期まで言うつもりはないけれど。ほかの者ならいざ知れず、彼を巻き込むことだけはありえない。期待するだけ無駄だと、ピシリと厳しく否定する。


「それだけは駄目。いくら大好きなあなたのお願いでも聞けないの。

 もう私のことなど気にせず、幸せになってね」


「いやだっ。きみがいないところでなんていきたくない。

 いつまでもいっしょがだめなら……せめてきみのからだのちかくに、ずっといさせて」


「そんな事をしたらあなたの幸せがなくなってしまうわ。

 ほら、いい子だから聞き分けて」


「ぼくはずっときみだけをすきでいるよ」


「……ありがとう、でもねスピィー、」


「あいしつづけてもいいでしょ?」


「……愛しているわ」


そしてまた私は、あなたを縛り付けてしまう……。


聞き分けのない彼をうまくなだめることができないのは、心のどこかで彼がそう言ってくれたのを喜んでしまったからだろう。彼を苦しめたい訳でも、悲しませたい訳でもない。ましてや、共に逝ってほしいなど考えてもいないのに、私は我が身かわいさに彼の手を放すことが出来ないでいる。


病気がちな私にもたらされた、唯一の救いだったのに。

助けてくれた恩人であるあなたの事も、私は幸せにする事が出来ないのね。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






やさしいあの娘をこまらせて、ボクはまたひとつ、きたなくなった。

ずっとボクを……ひたすら、やさしくてかわいいそんざいだと。

しんじつづけたかわいい娘。やわらかな髪もしろい肌もだいすきだった。


きみに独占されるのなら本望さ。

あなたのねがいなら、なんだってかなえてあげたいけど

『きみを忘れろ』だなんて例えうそでも了承できなかった…。


ボクの幸せはきみの傍でしかありえないよ。だからあんしんして

きみは最期のときまでボクをだきしめて放さないでいてくれればいい。

はかない命と知りながら、どうしても欲しいと無理を言ったのはボクのほう。


動いてしゃべる、きみょうな人形であるボクを

こころの底から好いてくれたのは、きみだけだった。


ある人はボクを見世物にして、ある人はボクを単なるコレクションとして扱った。醜い金儲けの道具にされるのにうんざりして選んだちいさな子供だって、おとなにちかづくにつれてボクを気味悪がるようになった。飽き飽きしたながいときの中、漸くボクに与えられた大切な存在。



いとしい、いとしいかわいい人


ヒトという存在に、ここまで関心をもったのは、じつは初めてだったんだ…。

これまでだってたくさんのヒトにであってきたけれど、

終わりをむかえる瞬間をみても「嗚呼、もうこのヒトとあうことはないのだろうな」とおもうだけでかなしみの感情が湧いてくることはなかった。


だから、いままでにない感情にボクは戸惑っているのだと言ったら、きみはもっと心配してしまうよね…。


今までも、これからも。きっとあなた以外は愛せないから。



永遠につづく時のなか、あなたを想う心は。

―――きみ自身にすら邪魔させない。






そばにいるよと言ったのに、うそを吐いたのはあなたのほう……。






お願い、ぼくを置いて逝かないで…


宝箱に入れているのだから、とても大切なものでしょう?

大切だったら、共に連れて行ってくれるでしょう?


次話は、とある家のお嬢さまとそれに仕える執事の話になります。

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