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お姫様の救出

うわぁーうるう年なんて、絶対投稿したかったのに間に合いませんでしたー(泣)

っていうか、この小噺集始めてから、そんなに時間がたったのかと、考え深いものがあります。



子どもの頃、王子様に助けられるお姫様の話を聞かされるたびに不満だった。

どうして、お姫様はただ待っているのだろうだとか、どうして、王子様だけ怪我をしなければならないのだろうとか。いろいろ疑問は尽きなかったけれど、一つだけ心に決めていたことがある。もしも自分にとって大切な人が出来た時は、私自身も一緒に戦って、逆に王子様を助けてあげるのだと―――。






長い長いらせん階段を、息を切らしつつ駆けていく。

どうせそんな勢いは、台風の間にのぞく青空のように続かないと分かっていても、気が急いてどうしても足が速くなってしまうのだ。何度登ってみても、この道を行くときは体を動かしているのとはまた違う、鼓動の速さを感じてしまう。夏場でもどこか冷たく感じる石の感触。密閉空間に閉じ込められているような息苦しさ。それらに慣れることはなかなかない。

唯一の救いといえば、過去に他国からの人質を閉じ込めていたといわれるこの塔は、高い石造りのものだというのに、薄汚く暗い印象などなくそういった面で言えばありがたかった。



通いはじめた頃は、それこそ息も切れ切れで、塔の真ん中まで登っただけでも胸が苦しくなっていた。肩で息をして、ドコドコとうるさい鼓動をなんとか誤魔化しつつ、ふらふらの足を無理やり動かしていたかと思うと、現在はまだマシになったと褒めてもらいたい。足を一歩踏み外せば転がり落ちて、数十分かけた時間も無駄になるというのが恐ろしく思えていた。昔は気力だけであがっていたから、目的の場所までついても、息を整えるために数分扉の前で呼吸を整えなければならなかった。


そんな日々も、ようやく過去のことと語れる日が来るのかと思えば嬉しくてしょうがない。


「とうとう、彼を連れだせる……」


嬉しくてしょうがなくて、早くなる呼吸すらどこか浮かれているように聞こえる。

この塔に王子様が閉じ込められたと知った時は、それはそれは驚いた。その上、指示を出した張本人が義理とはいえ彼の母親である女王だなんて、何の冗談かとわが耳を疑ったものだ。


子どもの頃に大国の王子と決められた婚約は、亡くなった彼の父王が結んだものだそうだけれど、それまではつぶすことができなかったようで、こっそり喜んだことは誰にも内緒だ。


「私が……お助けしなければ」


普段はじゃじゃ馬なんて呼ばれて、「もっと王族としての自覚を持ちなさい」とばあやには怒られたりするけれど。もう少しで愛おしい婚約者を助け出せるのかと思えば、やっぱり私のしてきたことは間違いではなかったのだと胸を張れる。


「一途に婚約者である王子様を想っているなんて、お姫様らしいじゃない」


なんて、ばあやに行ったときは怒られてしまったけれど。何度あきらめろと言われてもやめないから、しまいには何も言われなくなった。きっと、この情熱が伝わったのだろう。小言の代わりに増えたため息なんて、気にしている暇なんてないのだ。



自らを誇らしく思う気持ちもそのままに、行き止まりに現れた鉄製の扉を熱く見つめる。

両脇に控える警備にお願いすると、微かに肩をすくめて呆れた様子で目配せした。彼らには以前から「よく飽きもせずこんな塔を上ってきますね」なんて言われていたから、いまさら気にするつもりはない。一人が王子様に向かって声をかけると、中から元気そうな声が入室を許してくれた。


「―――どうぞ」


「失礼します。ヴァーザです」


よく言えば古めかしく、悪く言えばおんぼろの扉では、憎らしいことに荒い呼吸も筒抜けだろう。鉄のこすれる耳障りな音を聞きながら、その身を中へすべらせた。


「やぁ、また来てくれたのかい?」


「はい、ブリックス様」


中へ入り、顔の半分ほどありそうなのぞき窓を、こっそりのぞけないように細工する。

始めの頃こそ警備の騎士たちに怒られていたけれど、婚約者同士ゆっくり話したいのだといえばしぶしぶ許してくれるようになった。私にとっては好都合だけど、こんな小娘には大したことが出来ないと思われているのだろう。……ちょっとむかつく。


そんな気持ちも横へ追いやり、ベッドに座る彼の近くでひざまずいた。

これまではブリックス様への想いを伝える手段だったけれど、今日は本当に知られてはまずい秘め事を明かすために声を潜める。


「王子様、お待たせして申し訳ありません。……けれど、もう安心してください。この私が、貴方をここから連れ出してみせます」


まるで、童話に出てきた騎士のようだと、こっそり笑う。

本当は、もっと颯爽と登場できたらよかったのだけれど、これが今できる最上の対応だった。ギリギリまで計画の確認と調整を繰り返し、余計な期待を持たせないように内緒で計画を進めた。しかし、あと数日後に決行の日が迫ったところで、ようやく彼に報告できたのだ。うれしくて、これ以上気持ちを抑えることが出来なかった。


「ご不便おかけして、すみませんでした」


何度、彼に計画を打ち明けようとしたかしれない。

でも、そのたびに仲間に引き入れた者たちにとめられ、家族をはじめとする周囲の存在はもとより、彼自身にすら黙っていたのは心苦しかった。毎日この部屋は整えられているようだし、世話をしてくれる使用人もいるようだけれど、王子様がもともと使っていたベッドが二つはいるかも怪しい広さの此処はさぞ息苦しいだろう。


石造りのここには、手の届かない高さに窓があるだけだし、しょっちゅう外遊などで様々な地を巡っていた日常を思えば、痛ましくてならない。


「―――ん?ちょっと分からない部分もあるけれど、此処から出してくれるというのはありがたいなぁ」


もしかしたら、私などに助け出されるなんて冗談じゃないと怒られることも想像していたけれど、やはり彼は優しかった。伸ばした手に触れたそれの暖かさにドキドキしながら、嬉しさに微笑む顔を抑えられなかった。


「お任せください、私が必ず助けてみせます」


そして助けた暁には、童話のように幸せな未来を彼と……。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






それと同時刻、この国の元王妃である女王は激しく荒れていた。


「きぃぃぃー!どうしてあの人は、ヴァーザとあんな馬鹿息子なんかを婚約させてしまったのかしらっ」


今さら言ってもしょうがないことを、奥さまはまたも喚き散らしている。

普段はきっちり整えられた髪を振り乱すさまは、それこそ魔女にすら見える……かもしれない。ただでさえ、今度の女王は不思議な力を操ると恐れられているのを気にしているというのに、珍しいことだ。


「奥さまは、可愛らしいものがお好きですからね……」


誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。

ヴァーザ様は可愛い物好きの奥さまの心をがっつり掴んでしまったようで、彼女が幼い頃から特別気にかけていた。外見だけなら彼女よりも可愛らしい娘などたくさんいるが、厄介なことに自分の愚息へまっすぐに想いを寄せるさまに、強く心を打たれてしまったらしい。今では、盲目的な彼女の様子にハラハラせども、馬鹿にすることなどできなくて歯がゆい気持ちを抱いているらしい。


せめて、もう少しマシな男に目を向けさせようと、二人が会う機会を邪魔したり、見合いを勧めたりしているようだがことごとく失敗に終わっている。

さすがに、「もうこうなったら愚息を閉じ込めてでも、ヴァーザの目を覚まさせてあげるしかないわっ」なんて叫びだしたときは、頭を殴ってでもとめた方がいいかと迷ったが、続く「閉じ込めてしまえば、あの色情魔ともいえる愚息も、女の子をたぶらかせないだろうし!」という言葉を聞いて行動をやめてしまった。



いくら側近とはいえ女王を殴ってはただでは済まないし、貴族をはじめ、街で暮らす庶民の娘たちの身も安全になるのかと思えば止める気も失せた。なにせ、最近恋人になった花屋のテクサは、城下町に暮らしている。城に部屋をいただいている身としては、逢いにいきやすいのは大変ありがたい。だが、それは同時に女王曰く『色情魔』だという王子のテリトリーでもあるということなのだ。現に、デートのお誘いに店へ訪ねて行ったときに、何度かお忍び姿の王子を拝見した。幸なことにテクサという愛らしい女性に気付いていなかったようだが、いつその毒牙が彼女に向くかわからない身としてはひやひやしどうしだった。



そこで僕は、かねてから考えていた計画をそっと口に乗せた。


「奥さま、ヴァーザ様を諦めさせるのが難しいようなら、いっそ逆転の発想をしてはいかがですか?」


「……逆転の発想?」


何を言ってるんだ、こいつと言わんばかりの表情で見据えられて、馬鹿なことを提案したかと思いつつも、へらりと笑って見せる。どうせ、ご希望に添えなければ捨て置かれるだけだろう。第一、いつ良心の呵責に耐え切れず女王が『色情魔』を塔から出すかわからない。

一応、こんなことを言いつつも女王は王子を大切にしているのだ。世にそんな危険人物が解放される前に、安全策を取っておきたいというのが、主を心配する忠臣のささやかな希望だ。何より、恋人の貞操をこれ以上脅かされたくはない。


何を思いついたんだ、ほら言ってみろとばかりにくいっと顎で促されて、どうかこれ以上女王の怒りをあおるような結果になりませんようにと内心祈りをささげる。この際祈る相手は、神でも女王でもヴァーザ様でもよかった。微かな緊張をおくびも出さずに、こちらも澄ました様子で提案する。


「えぇ。いっそ彼女の心変わりを狙うのではなく、ブリックス様をまともにしてしまえばよろしいのではないかと」


何せ、10年間もいちずに想い続けてきた娘だ。いくら婚約者だとはいえ、ほとんどの女性が見放したあの王子をかばい立てするぐらいなのだから、早々の事では心変わりなど見込めないだろう。それならば、奥さまが「あの馬鹿にはもったいない!」とまでいうブリックス様の方を立派にしてしまえば、悩みもなくなるだろうという心づもりだ。


それまではいい案だと思っていたのだが、口に出した途端自信がなくなってきた。

あまりにも安直だったかとわびようとするが、真剣に悩んでいる様子の女王の横顔を認めて、口を閉ざした。ぶつぶつと考え込む彼女の言葉ははっきり聞こえず、「今から、アレを鍛えるとなれば寝る時間を削らせなければ……」とか、「いっそ、去勢でもしてみるべきかしら……」なんて、同姓としては心底震え上がらずにはいられないことすら聞こえてきたが、プロとして心の内が出ないように全力を要した。


数分とも数十分とも取れる間、ずっと考え込んでいた様子の女王はぱっと顔を上げると、これまでの憂い顔がウソのように笑って見せる。こんなに晴れ晴れとした笑顔を見るのは、本当に久しぶりだろう。


「えぇ、それはいい考えかもしれないわね」


ありがとうなんて言われて、嗚呼、これで国……特に妙齢の女性とその親御さんたちに、平和な日々が訪れるのだと確信した。とても良いことをした充実感に浸っていた僕は、これからひどく苦労するであろう王子のことはすっかり頭から追い出していた。



お姫様が「救出する」話であって、お姫様が救出される話ではないという……(笑)


ここまでお付き合いいただき、有難うございました。

次話はすれ違う夫婦と、それを手助けする部下のお話です。


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