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仲良しなお馬さんと鹿さん

今年もどうぞ、よろしくお願いします。

新年早々、中途半端な形で大変失礼しました。

私の夫は、表情の変化がわかりにくいとよく言われる。

そのせいでとっつきにくく思われるし、実際に訳もなく怯えられたりするなんてのもしょっちゅうだ。けれど、意外と話してみるとぼんやりしているだけで、近所で見かける猫のことや週末の予定なんかを考えていたりする。


過去の話を聞いてみると、やっぱり子どもの頃からそんな感じだったようだ。

初対面の人には怒ってもないのに『怒っているのか?』と聞かれるけれど、ちょっと親しくなった人には『集中しろっ』と逆に怒られるのだと不思議そうにしていた。確かに私も、会話の途中でぼぉーっとされるとむっとしたりするけれど、『お前が、一生懸命話している姿が可愛くて見惚れてた』なんて、歯の浮くことを言われたらころりと許したくなってしまう。そんな気障な台詞がすんなりと出ることに微かな不安はあるものの、嬉しくないと言ったらうそになる。



現に、そんなことを言われたらごまかしているだけと思いつつも、ついにへらと表情が緩んでしまうのは仕方がない。友達には『子どももいる癖に、いつまでそんなので騙されているつもりよ!』なんて手厳しい意見をもらうけど、夫を好きで何が悪い。愚痴とものろけともつかない話を会うなり、電話なりで友達とかわすたびに、『夫婦そろっていい加減にして』なんて、そっけなく返されるのが最近の決まりになってしまった。






夫が仕事から帰宅して、ようやくこの興奮を共有できると嬉々として出迎える。

何せ、実物を見ていない母やママ友に電話したところで、息子の可愛い仕草に一緒に悶えてくれないのだ。それなら「動画を送ろう!」とスマホを構えたところで、途端に恥ずかしくなるのか息子は動きを止めてしまう。


子どもの可愛い姿をとらえるのは、意外と難しいものなのだ。

前後の様子をわかっていないと感動も薄れるし、ただ今流行りの動作を真似しているだけでも、身もだえしたくなるような可愛さを共有してもらえる機会は少ない。



疲れているだろう夫には申し訳ないけど、一日中息子と家にいるこちらとしては仲間を見つけたい。息子を、着替え中の夫のところまで連れてくる。


「ほらみて、この子こんなことが出来るようになったのよー」


最近息子がおぼえた動作を、一刻も早く見せたくて夫に声をかけた。

舌っ足らずな様子で一生懸命、今流行りの芸人の真似をする子が可愛くて可愛くてしょうがない。少し色素の薄い髪を撫でて褒めると、満面の笑みを浮かべるのだからたまらない。ただでさえ可愛いというのに、近頃は少しずつ言葉も覚え始めて、大人の真似をするようになった。


そんなささやかながら確かな成長を日々確認できて、嬉しいやら可愛らしいやらときめきが止まらない。


「おいっしぃーね!」


芸人がやっていたときは大して気にしていなかったのに、息子がやるこれは本当にかわいい。少しコミカルな動作も舌っ足らずな口調にも、思わず口元が緩んでしまう。


「ね?すごいでしょう~」


男の子である息子に可愛いといったら怒られてしまうので、言外に可愛いという気持ちを込めて夫を振りむく。何気ない動作だったというのに、ふわりと空気を揺らす吐息に顔へ熱が集まるのを感じた。


「―――嗚呼、可愛いな」


滅多に笑わなかった彼は、息子が生まれてから表情がだいぶ柔らかくなった。

いまだって、こちらが赤面してしまうような優しい目をして『愛しくてたまらない』と伝えてくれる。そこまで息子を愛してくれて嬉しい反面、私と付き合っている時はそんな顔見せてくれなかったとわずかに拗ねたくなってしまう。


「ん?どうした」


「なっ、何でもない!」


慌てて顔をそむけると、ごまかすように息子を抱き上げた。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾







うちの妻は、喜怒哀楽が激しくあらわれ分かりやすい。

昔から『何を考えているのかわからない』とよく言われてきた人間としては、そんなにくるくる表情が変わって疲れないのかと心配になるほどだ。しかし、出逢った当初『そんなに顔の筋肉を使って筋肉痛にはならないのか?』と聞いて、大爆笑をされたから問題はないのだろう。もういっそ、自分とは体のつくりが違うのだと無理やり納得することにした。


そんな彼女の感情は、顔のみならず全身で伝わってくる。

時々イラついている時や忙しくて参っている時なんかは勘弁してくれと思うが、余計な詮索をせずに済むのはある意味楽と言えるだろう。




こんなにも異なる二人だが、意外と趣味は同じだったりして一緒にいるのは心地いい。

彼女が選ぶカーテンや家具は派手な感じではなくて、新居に越してからも特別もめることも我慢することもなくて拍子抜けした。


これまでの恋人は『何を考えているのかわからない』や、『私と一緒にいても楽しくないのっ?』なんて言って俺のもとを去って行った。正直なところ、いくら色素が薄いとはいえ「貴方が無精ひげをずっと生やしている人だとは思わなかった」なんて言われた日には、俺をなんだと思っているのだと言いたくなったが。休みの日くらい好きにさせてくれと、うんざりして即その娘とは別れた。

要は、彼女たちが求めるものを与えることが出来なかったのだろう。よく別れのたびに言われた『貴方のことは嫌いじゃないけど……』なんて言葉は、何の慰めにはならなかった。



実際問題、妻とは交際中も彼女たちに言われたような不満を口にされることはなく、こちらが不安に思えるほどだった。不安のあまり、それを直接ぶつけてみたこともある。


「お前は、俺の表情が分かりにくいとか、言葉が足りないとか言わないな……」


「えっ?よく見れば意外と表情読めるし、言葉は……うん。いいよそのままで」


なんて言うから、驚かされた。

心で思っていることの半分も表現できていない自覚はあったし、女が喜ぶような気障なことも出来ない。本当に、これが相性がいいということなのかと実感させられた。もしも彼女から『貴方のことは嫌いじゃないけど……』なんて別れを切り出された日には、立ち直れる気がしない。そう考えたからこそ、俺は早々に指輪を買って彼女の薬指におさめたのだ。



―――本当に、あの時の決断は間違っていなかったと胸を張れる。

数年前までは結婚なんてできる気もしていなかった俺が、こうして妻と息子を見て穏やかな気持ちになっているなんて不思議なものだ。彼女たちのためにも、頑張らなければいけないと自然とやる気が出てくる。


何より、こんなにささやかな息子の行動にも喜び、笑顔を向けてくれる彼女には感謝しなければならない。自分だって疲れているだろうに、眠いと文句を言いつつ仕事から帰った俺を迎えてくれる。


「嗚呼、可愛いな」


妻をまっすぐに見つめて言うと、彼女は息子を褒めたと思ったのだろう。

何処か照れくさそうにはにかむと、息子をぎゅっと抱きしめている。

こちらと話していたのに、どうしてそこで息子を抱きしめるんだと、わずかにむっとしてしまった俺はまだまだ若いのだろう。職場でそれなりの役職についているはずなのに、「青二才」なんて言ってくる上司や得意先の言葉に、今は反論できそうもない。息子が生まれてからは特に、丸くなったとからかわれて形無しだというのに。



息子がしゃべった、歩くことが出来た。

その他のささやかな出来事から、大きな成長を感じさせることまで、それはそれは嬉しそうに語る彼女は本当にかわいい。もちろん息子自身も可愛くて仕方がないのだが、嬉しそうにこちらへ報告する妻はそれこそ抱きしめたくなるほどだ。






そろそろ、二人目を考えるのもいいかもしれない。





次話は、意地悪な継母に幽閉された婚約者を助けだそうと奮闘する話しです。


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