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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
互いの想いを推しはかる羊
51/132

毒薬  前編

お時間あいて、失礼してます。


怪我をしていた小鳥がようやく回復し、よろめきながらも空へと羽ばたいていく。期待していたような感動の場面とはならなかったけれど、久しぶりの晴れ間を白い影が割いていくさまは綺麗と言えないこともない。無理を通した甲斐があるというものだ。


今日は珍しく、双子の妹が身代わりを頼んできたから、外へ出るつもりはなかったのに……。あまりに小鳥が空を見上げて鳴くものだから、ひらひらとした動きにくいドレスのまま中庭へと足を運んだのだ。子どもの頃こそ、お互いに成りすます行為を楽しんでいたものだけれど、近頃の状況を思うと楽しんでばかりもいられない。


「お名前を……お尋ねしても、よろしいですか?」


まさかいきなり名を尋ねられるとは思っていなくて、殊更ゆっくりと振り返る。妹は私と違っておっとりしているから、あの子の真似をするときは少し努力が必要だ。はたして一国の姫である身で、そんな頼りない様子で大丈夫なのかという不安も確かにあるけれど、それをここで考えてもしょうがないと意識を切り替える。


極力、素早く動くことのないように。手先からドレスの裾に至るまで、ふわりといった音が似合いそうな動きを意識する。正直、こんなことは考えるだけで気が滅入るけど、それをやらなければ『あの子』にはならないのだからしょうがない。


「―――あら、どうして?」


自分でも、空とぼけたようなことを言っている自覚はあったけれど、これも致し方がないことだと目をつぶる。第一、きっとあの子が似たようなことを聞かれても、同じように返すだろう。私と違ってそこに悪意が含まれていることはないかもしれないけれど、正直どちらもいいとこ勝負だと思っている。意識的にしろ、無自覚にしろ。招く結果事態に変わりはない。


「優しい騎士様だと思っていましたのに、お父様に言いつけるつもりですの?」


目を伏せて、弱弱しげな雰囲気を目指してそっと呟く。

本来はこの時期、この中庭には入ってはいけないと言われているのだけれど、どうしても習い事や用事の合間に小鳥を逃がさなくてはとここまでやってきた。


本音を言えば、私には似合わないこんな服装でふらふら動き回りたくはないのだけれど、ほんの少しならばと、宮内を歩いていた騎士を護衛代わりに捕まえやってきたのだ。瓜二つといわれる程似ている私たち姉妹だけれど、その性格が不思議とあらわれるのか、雰囲気は似て非なるものだった。


この騎士もここまで黙ってついてきたのだから、もういっそ黙って流されていればよかったものの、何をいきなり考えたのだと心の中で舌打ちする。


「そ、そんなことは致しません!ただ、貴女様のお名前を知ることが出来れば光栄だと……」


こちらの内心に気付くこともなく、目の前の騎士は微かに頬を染めて見せた。

どうやら、私が考えている以上に彼は初心だったらしい。慣れない業務のなかに出逢った令嬢の名前だけでも知りたいという、健気な様子に心動かされてふっと微笑んだ。


「私の名は―――」


何時もと変わらない……ちょっとした悪戯であり、気晴らしのようなもの。

双子である私たちは、こんな風にお互い入れ替わっては、うまく息抜きをして日々をやり過ごしていた。こんな関係はずっと続くものだと思っていたのに、ある日妹は私の最愛の人と共に忽然と姿を消してしまった。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






取り乱し、苛立った感情もそのままにかかとを鳴らす。


「妹はまだ、見つからないのっ?」


そんなこちらの問いに返し明確な答えはなく、この場にたくさん使用人はいるというのに困り顔をさらすばかりで声すらあげない。あまりに激しい怒りを感じるがゆえに、どうにも感情を抑えきれず扇子を鳴らす。


「揃いも揃って、世間知らずの妹一人見つけだすことが出来ないとは、どういう事なの!」


「姫様、アマリリス様のことは、もう……」


「やめて頂戴っ!」


戦場で功績をあげた騎士と結婚する話が持ち上がった妹が、忽然と姿を消してしまったのはごく最近のことだ。式典などの関係から、妹についている近衛騎士の手が足りなくなった矢先のことだった。どうしても離せない予定が入り、専門外の者より多少は顔なじみの方がいいだろうと、私の近衛騎士がついていたというのにとんだ失態だ。



ある者は、結婚がいやで逃げ出したのだと言い、またある者は事故に遭ったのだと言う。

おかしなことに、森の中で妹たちが乗っていた馬車は見つかったのに、走らせていたはずの御者ぎょしゃをはじめ、メイドも近衛騎士も誰一人搭乗者の姿はなかった。


盗賊に襲われたのでも、事故にあったのでもない。

そんな不可思議な状態で馬車が見つかったせいで、余計に様々な憶測が飛び交うのだろう。なかには、敵国が攫ったのではないかなんて好き勝手に口にする者もいるが、我が国は戦争に勝利したばかりで、相手国の様子を見てもその可能性は低いだろうと考えている。


「あの子は、きっと…どこかで、」


「姫様……」


やさしく肩に触れてくるメイドの手に、そっと手を重ねてみせる。

私が落ち込むと、決まって妹は優しく抱きしめてくれた。妹の手は乗馬を好む私のそれよりもっと柔らかくて、体温が少し低めだった。双子だというのにあの子は根っからのお姫様で、私は所詮『お姫様のフリ』をしているだけなのだと何処かいつも負い目に感じていた。子どもの頃より、私は着飾るよりも知力を求めるような変わり者だった。



素直に認めるのなら、顔形が同じ私たちはことあるごとに比べられ、辟易したことも一度や二度ではない。―――けれども、一番分かり合えるのもあの子だった。あの子が傍からいなくなるなど、想像したこともなかった。成長してからは終始一緒に行動するようなことはなかったけれど、それでも何かといえばお互いの部屋に入り浸り、一緒に過ごすのが当たり前だった。


「何か悩みがあれば、双子の私に相談するはず……。きっと、事故か何かにでもあって、連絡できない状況にいるだけ……」


自分へ言い聞かせるように強がってみせるけれど、痛々しく弱った動物を見るようなまなざしに耐え切れなくなり目線を落とす。何か言葉を発しようとして訪れた重い沈黙は、下手な慰めの言葉よりよっぽど現実を私に突き付けてきた。


「きっと……きっと、あの子はっ」


続くものが何も浮かばず、悔しさともむなしさとも取れない感情で涙がこぼれた。




どれくらいの時間、そうしていただろうか。

ふかく沈み込んでいた意識が、メイドに来客を伝えられたことで浮上した。わずかに濡れた頬をぬぐい、こんなことではいけないと気持ちを整えようとするけれどそれは叶わなかった。振り向いた時には既に扉は開かれるところで、近衛騎士の動作を待たずに自らドアノブに手をかけたその人物に眉をひそめる。


「お久しぶりです、ディセントラ様」


「えぇ」


優雅に挨拶してみせるさまは、一見剣すら持ったことがない貴族とたがわないほどだ。けれどただ守られている者と異なり、そのがっちりとした肩や太い腕は、微かに男の血なまぐさい世界を想像させた。飾ることなくこちらは不快感を表しているというのに、気にした様子すらみせやしないのは、実に可愛くないところだ。


「もうじき最良の日がやってきますが、準備はよろしいですか?」


「っっよくも、ぬけぬけと!」


思わず失いそうになった理性を、周囲の使用人が焦った様子を見せたことで何とか繋ぎ止める。以前に数度、妹の婚約者として顔を合わせた彼は、今では私の結婚相手としてその座を移していた。本来、周囲からはその功績をたたえて姉である私の夫にならないかと打診されていたのだが、彼きっての希望で妹の婚約者になったはずだったのだ。それを聞かされた時など、姉としては馬鹿にされたようで面白くない気持ちはあったものの、玉座を蹴ってまで妹を選んだとなっては嬉しい気持ちの方が強かった。


―――それだというのに、いざ玉座が手に入ると知れば惜しくなったのか、妹の不在を悲しんで見せる様子すらない。この男がはじめて挨拶しに来たときは、それこそ戦場を駆け抜けた者とは思えないほど礼儀正しく紳士的だったというのに。




初めて顔合わせをした時、婚約者の姉である私をみて驚いた様子は見せたものの、次の瞬間にはとろけるような微笑みを浮かべた。その表情をみて、同じ顔だというだけでこんな表情を見せるなら、妹を本当に好いてくれているのだろうと実感した。


姉である私を選べば玉座が手に入ったというのに、さすが妹を選んだだけのことはある。

当人ではない私まで赤面させる想いを垣間見て、これなら妹も幸せになれるだろうとほっとしていたのに。妹の安否を心配する様子がないことと、期待を裏切られたことに対する怒りで苛立ちがさらに倍増する。彼だけは私のように嘆き、心を痛めてくれると思っていたのに、その態度はあまりにひどすぎる。


「貴方の婚約者が突然姿を消したのに、『最良の日』なんてよく口にできますね」


「―――『元』婚約者です」


突然、声低く威嚇するような声を出されて、思わずたじろぐ。

彼の瞳に映ったほの暗いものにぞくりと背へ走るものがあったが、感情的になっていた私はすぐに気持ちを持ち直した。今の言葉のどこに怒るポイントがあったのかわからないけれど、こちらだって無神経な振る舞いを許すつもりはない。負けずと目に力を入れて睨みつけるが、戦いなれた相手にとっては赤子のようなものなのか、ふっと苦笑するかのように笑ってみせた。


「そうですね。貴女様にとって『大事な』妹君が失踪したというのに、少々口が過ぎました」


この場にふさわしくないほど優雅な礼は、驚くほど洗練されたものだった。

ケチのつけようがない謝罪をもらってしまい、これ以上詰め寄ることも出来なくて口をつぐむ。

第一、彼も人に言わせれば被害者の一人だという。花嫁が式を目前にして突然失踪するなど、「結婚がいやで逃げ出したのではないか」なんて浅ましく噂する者も少なくない。これが、妹の捜索に今一つ本腰の入らない理由にあげられてしまう。妹が『彼と』駆け落ちするなんてありえないことなのに、否定するだけの根拠がなくて悔しさをかみしめることしかできない。


「貴女は、やはり……」


小さく落とされた呟きが聞こえなくて、思わず聞き返すけれど答えが返ってくることはなかった。






その後、少し日にちをおいてから、私たちの式は滞りなく行われた。

本来妹が着るはずだったドレスは、憎たらしいほど容易に着こなすことが出来た。ほんの少し腕や腰周りを調節するだけで済んだから、まるでもともと私が結婚する手はずだったかのような錯覚すら起こしてしまう。実際に、ふわふわした衣装を好む妹が選んだとは思えないシンプルなデザインで、袖を通すのに抵抗がなくてよかった。


けれど、本来母の隣に並んでいるはずの妹はそこにおらず、参列者たちの顔も晴れ晴れとしていないことをみれば嫌でも不在を意識してしまう。どんなにひどい政略結婚の場ですら笑ってみせる貴族たちの暗い表情は、わずかに私の傷をいやす慰めになったことを覚えている。



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