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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
素直さを忘れた馬
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ぼんくら   前編

ぼんくら……ぼんやりしていて物事が分かっていないさま。間が抜けたさま。更にそういった人を罵る言葉として使われている。「日本語俗語辞典」参考。


最近なろうでは、悪役女子が流行っているので、じゃあ男性の場合ではどうなのよと書いてみました。しかし、普段から駄目な男性を書いているから、別段物珍しくないものになった気がします。―――狙いと違う。

王道である『村娘と騎士が育む愛の物語』の傍らで、もがく人々のお話です。


私の目の前で、かわいそうな幼馴染がさめざめと泣いている。


「うっ…かのじょ、俺よりっ……騎士さま…の、ほうが…いいって」


無様に嗚咽を上げながらそう語るのは、本当に『頭が』かわいそうな男なのだ。

ジェムは彼の性格の悪い母親が言った言葉を信じ、ずっと思いを寄せていた女の子と一緒になれると信じて疑っていなかった。

私からすれば、いくらお金を貸していたからと言っても『おばさんは何を勝手な事を言っているのか』と呆れるものだったし、彼の行動もいただけなかった。あれはどう考えても、貧乏だと彼女を陥れ辱めていた。人前で、偉そうにしていた演説を思い出す。


「貧乏で貧相なお前なんて誰も嫁にもらってくれないし、あって妾の申し出くらいだろう。しょうがないから、優しい俺が嫁にもらってやるよ」


…なんて、反吐の出ることを何の恥ずかしげもなく語るさまは、こっちが見ていて恥ずかしくなった。

実際に、彼女の家は村のなかでも群を抜くほど追い込まれていたけれど、彼の両親よりよっぽどまともな親に育てられた彼女は、とてもまっすぐで周囲は好意的だ。彼女の容姿がよいというのも、理由の内かもしれないけれど悪く言う人は少ない。



対して、村のなかでちょっと裕福なだけの彼の魅力はお金くらいのものだろう。

よくある男の子が『好きな子に意地悪しちゃうんだ』のレベルを、はるかに凌駕しているこの男の行為は、目に余るものがあった。


彼とは違い『本当に』優しい私は何度かその行為をたしなめていたのだが、自称恥ずかしがりで不器用な幼馴染には一向に通じずこのような結果になった。あまり口出ししても逆効果だと控えめにせず、もっとはっきり注意してしまえばよかったかと、落ち込んだ姿を見ると哀れに思える。最後まで騎士様とのことをいろいろ邪魔していたけれど、とうとう次の手すらなくなってしまったのだろう。


「おれ、が…すき、いった…ら、彼女、いやそうに……、ありえない…って」


そりゃあ、そうだろう。

子どものころから一緒にいて、彼の残念な思考回路や親による間違った教育をみていなければ、私だってこんな男に近寄りたいとは思わなかった。勇気を出して素直になるにしても、あと十年くらい遅かった。


たまたま家が隣だというだけでお人好しな母に、村の中で孤立していて『いろいろな意味で』可哀想な幼馴染の面倒を見るよう頼まれなければ、私の人生も変わったのかなぁと意味もなく考えてしまう。


「かあさまは……将来、かのじょっと、結婚するんだっ……いって、たのにぃ」


ジェムの母親が何と言ったところで、彼らを繋いでいるのは借金という汚れた関係だけで。信頼関係を築けなかったどころか、はたで見ている限り嫌悪されていたのだと思う。だからと言って彼女は特別性格が悪い訳ではなく、むしろ評判通りいい娘だと思う。


幼馴染との事がなければ、私もよい友人になれたのではないかと思う程には人間性も問題ない。……言ってしまえば、この親子たちの方がよっぽど嫌われ、人間性も低いだろう。


「このっまま、じゃあっ!ほか…ほかの、おとこと、結婚……しちゃうっよぉぉ!」


彼女は暴漢に襲われそうになった時に騎士様へ助けれらたのがきっかけで、交流が始まったのだという。城から比較的近いとはいえ、こんな小さな村の娘が騎士様と婚約しただけでも大騒ぎになり、それこそ連夜お祭り騒ぎでお祝いした。どうやら城下の街でも話題になっているらしいのだから驚きだ。


なんやかんやのドラマチックな展開を果て、二人は結ばれてめでたく次の春に式を挙げるのだという。

それを機に騎士様が彼女の借金も返済してくれ、はらはらと見守っていた周囲も胸を撫でおろした所だった。さすがに、古くからの知り合いが借金を理由に望まない結婚を強いられるのは気分がいいものではない。下手にお金があり、自分たちが作った作物などをかわりに売ってもらっているから、みんな口を出す事もできず。騎士様とのことは、本当に喜ばしい事だった。


そう…性格の良い彼女と頼りになる騎士様の結婚は、多くの人に祝福されており。喜んでいないのはこの親子だけなのだ。


「あ、そういえば私明日は用事ができたから、街へは一人で行って」


普段であれば、街なんて早々行けないとついていくから、彼は泣き顔のまま不思議そうにこちらをみる。彼は商売人で、時々荷馬車を用意して街へ行くのだ。彼の方はもちろん仕事だし、私自身も何も遊び目的ではなく街でしか買えないような物をここぞとばかりに買うのだ。そこのところ、荷馬車を貸し切っていることは非常に好都合だ。


必要とあれば売込みなどを手伝う事もない訳じゃないけれど、大抵相手は貴族たちで私の出る幕じゃない。だから私がいなくても大して気にかけないだろうと考えた末のことだったけれど、思いのほか彼は食いついてくる。


「明日は、ラファイエット男爵様に御呼ばれしているの」


男爵様と言えば結婚相手を探していると噂になっているから、『呼ばれた』時点でその意味は推して知るべしだ。

幼馴染の毒舌の餌食になりたくなかった私は、彼の言葉を待たずにその場を立ち去った。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






馬車の窓から見えるのは闇ばかりで、どこら辺まで来たかも怪しい。だいぶ来た気がするけれど、こんな暗闇を走るのは、私たちくらいのものだ。

もしも私たち以外の光や馬駆ける音が聞こえたら、それは山賊だろう。そう考えてもおかしくないほど、真っ暗で馬を走らせるには不釣り合いな夜だった。


とんだわがままを言ってしまったと、先方に申し訳なくて仕方がない。

外を見てもかろうじて木々の動きがわかるだけなのに、はやる気持ちをどうにもできず外を眺める。光で虫が集まってくるし、何も見えはしないというのに、そうせずにはいられなかったのだ。


ふっと、記憶を少し前に戻す。






屋敷に入ると、応接間へ通された。

正直、こんなお屋敷には縁がなかったから、まさかこんな形で足を踏み入れるとは思ってもみなかった。今回、結婚相手の候補として顔見せに招かれたというのは何かの間違いだろうと考えていたのに……。朝から身支度を整え馬車へ乗っても、お屋敷についても『これは何かの間違いでした』と言われず戸惑っていた。


本音を言えば、この話を使いの人から聞かされた時点で大分混乱させられていたのだけれど。

お屋敷の主である彼が、にこにこと人付きのする笑みを浮かべたまま目のまえに座った瞬間、私がここにいるのは場違いではあっても、間違いではなかったのだと実感した。


「―――本来はこちらが窺わなければならないのに、足を運んでいただき申し訳ありません」


貴族なんて、もっと傲慢で『わたしの妾にしてやるから、感謝しろっ』なんて言われると思っていたのに。予想外のことが続きすぎて、貧相な頭はついていけずにいた。


「お若いんですね…」


若い、若いとは噂で聞いていたけれど。

よもや、自分よりたった二、三歳上の人だとは思いもしなかった。…それならば、尚のことどうしてこんな村娘を候補になんて発想になったのか全く分からない。

もし女性を何人か囲いたいという願望があっても、まずは貴族の娘を正妻として迎え入れるだろうし。


貴族の女性は扱いづらいから、体面を整えるため仮初めの妻として迎えたいというのであっても、貴族の中で身分が低い家や金銭面で困窮している家など、幾らでもやりようはあるだろう。



そんな隠しきれない疑問が伝わってしまったのだろう。

彼は、挨拶もそこそこに苦笑してみせる。その笑い方は、何故かどこかで見たことがある気がして首をかしげる。


「すみませんね。突然で驚いたでしょう」


「……えぇ、まぁ」


自分でも歯切りが悪いと思いつつも、ここで誤魔化してもしょうがないかと肯定する。

なにせ私は特別美人な訳ではないし、金銭面で豊かな訳でもない。今回の申し出だって、どこに選ばれる理由があったのかと首をかしげるほどだ。


「使いの者には、貴女は乗り気ではなかったと聞いています」


「それ……は、」


これまでの当たり障りのない話から一変した内容に、冷や汗をかく。

始めは、男爵の使いと聞いてまたジェムは何をやらかしたのだろうと目を吊り上げたりもしていたのだけれど。よくよく様子を窺っていると、村ではまず見かけない上等な服装の男は、隣家ではなく我が家を訪ねてきたのだ。

隠れて様子を窺っていた私たちは、それはそれは驚いたものだ。


何せ、ジェムのせいでこちらは何度も頭を下げてきている。馬鹿な事を言ったりやったりしては、頭を無理やりつかみ相手へ詫びさせる。そんな姿を見慣れている他の幼馴染たちなんて、「あいつは絶対おっかない女房になる」なんて噂していて、女としては全く相手にされていない。



文句を言いに来るのではなくても、隣家には商売を営んでいるだけあって、村の外の人が訪ねてくる事もあるにはある。でも、その人は我が家の扉を叩いたのだから驚きだ。


「―――実はね。貴女のことは以前に街でお見かけして、ぜひ言葉を交わしてみたいと思ってこの機会を設けさせていただいたんですよ」


「えっ……?」


薄々、こんな方と関わりあうことがあるとしたら、街に出かけて行った時ぐらいのものだろうとは思っていたけれど。特別目立った行動をとったつもりはないというのに、なぜ私のような女が彼の目をひいたのか分からない。


「……私なにか、御無礼を働いてしまいましたか?」


「あははっ!まさか、そんなきっかけなら会う機会を設けたりはしませんよ」


彼に笑われ、恥ずかしくなると共に安心したというのも本心だった。

なにせ、無礼をしたから結婚を餌に呼び出し、復讐してやるつもりだなんて言われたら恐ろしすぎて泣いてしまう。村以外をさほど知らない私は、男爵家の傍に知り合いなど到底いないし、頼れるところもない。


「以前に街で、一生懸命呼び込みをしている貴女を見かけましてね。正直、あの男の知り合いなんてろくでもない奴だろうと思いましたが、その姿があまりに健気だったので興味を持ったというのが本心です」


「……お恥ずかしい。ジェムのことは、男爵様の耳にも届いているのですか?」


「えぇ、まあ。

こんな形で相手に選ばれるなど、女性には失礼かとお話しするつもりはなかったのですがね」


貴女には隠し立てできそうもないと、苦笑いする姿へ…嗚呼、こんな所でもあいつの名前は出てくるのかと冷やりと感覚が冷えていく。

こちらは疑いながらも、それ相応の覚悟で男爵家まで来たというのに。

まさか、馬車で大分来たここでも、ジェムの悪評は広まっているようだ。ため息を吐いた後に、まぁ、当たり前かと思えてしまい力が抜けた。



力が抜けてみて初めて、自分を包むソファの柔らかさに驚かされた。

緊張のあまり、豪奢な飾りや高そうなカーペットなどを汚さないかという事ばかりに気を取られていたようだ。

よくよく見まわしてみると、都会にはそんなに背が高い人がいるのかと思えるほど天上は高いし、何に使うのか分からないのに「高そうだ」ということだけは確実な置物などで飾り立てられている。


窓なんて、ここから出入りするつもりなのかと聞きたくなる程に大きくて、急な雨が来たら一瞬で部屋は水浸しになりそうだ。カーテンは、何人の女性がどれくらいかけて織れば出来るのだろうと感嘆してしまうくらい繊細なデザインで、床を引きずりそうな長さなのに埃一つ付いていない。



私が、何もコメントせず室内を見まわしていたから変に誤解されてしまったのか、男爵様は不安そうな顔で口を開いた。


「幻滅しましたか?」


幻滅も何も、始めから男爵様のことをよくは知らなかったし。

ただ悪い噂を聞かないってだけで、ここまでやってきたのだからがっかりしようもない。

まさか、突然降ってわいたようなシンデレラストーリーが自分に訪れるなんて想像すらしていなかったし、むしろ普段通り自分が何かやらかしたのではなく、幼馴染のせいだと言われてほっとしたくらいだ。


……そうは思いながらも、心のどこかで『またか』という気持ちを拭いきれていなかったのかもしれない。少々、男爵にする返答にしては失礼なほど、ひねりのない浮かんだままの言葉を返す。


「いいんです、これは罰が当たった結果なので」


「罰…ですか」


「はい」


目を伏せ、まっすぐな視線から逃れる。恋煩っている様子では決してないが、仮にも己との結婚を望んでくれている人なのだ。

こちらがあんまりにも不純な動機で此処にいるものだから、まっすぐなまなざしを向けられるのが妙に堪える。


次にどんな言葉が降りかかっても、受け止めるつもりで素直な気持ちを口にした。

せっかくこんな私を愛人としてではなく、正式な妻として望んでくれていると言うのに…。恩知らずだと罵倒されてもしょうがないとすら考えていた。




それなのに、聞こえてきたのはそれは、それは愉快でたまらないと言った笑い声で思わず呆ける。

そこには紳士的な振る舞いをしていた見合い相手ではなく、もう少し親しみやすい男性がいるように思えた。


「やはりあなたは、私が見込んだ通り面白い方だ」


「そうですか?どこにでも居る、しがない小娘だと思うんですが」


穏やかに笑いをこぼす彼を見て、はじめて好感を持ったことに気付く。今までは、紳士的だということや柔らかい印象などどこか表面的なものだった。あの苦笑ともとれる笑い方に、ようやく彼自身の人柄に触れられた気がする。…それは飾られたものなどではなく、幼馴染にはない好ましさだった。


そんなことを呆けた頭で考えていたのだが、次に落とされた言葉に目を剥いた。


「さすがに、自分との結婚を『罰が当たった結果』などと言われるとは思いませんでした」


幸い、家柄だけはそれなりにあるのでなんていう彼に、今度こそ恐縮する。

彼の家柄は『それなり』なんてものではない。本来は一生こんなお屋敷とは縁なく暮らすはずの私を、何の間違いかわからないが選んでくれたのだ。もしかしたら、気に入らない幼馴染の代わりに近くに置いて痛めつけられる可能性などが浮かんでしまったから、ついこんな事を口走った。


申し訳なさ過ぎて、深く頭を下げたまま顔を見ることができなくなった。


「も、申し訳ありませんっ!」


「いえいえ、気にしないでください」


その口調は穏やかで少し安心したが、心中穏やかではないだろう。いくら彼が友好的だったとはいえ、失礼すぎた。

どんな仕打ちをされても文句が言える立場ではない。


「本当に、いいんですよ」


「そんな訳にはっ」


何ができる訳ではないが、ここで肯定する訳にもいかず平謝りだ。

自分の家や今後のことを考えて、震えが走る。彼が本気で私を罰しようとすれば、それこそ一家路頭に迷うことになるだろう。


「―――私も。貴女と同じなんです」


暗くなる思考にのみ込まれていた私は、一瞬何を言われたのか分からず動きを止めた。だがしばらくして、何が同じだというのかという疑問が頭の中をめぐる。この結婚に対する立場や家柄は、異なっている。あんなことを言っておいてなんだが、私は本来結婚に否を言える立場ではないし、家柄は言うまでもない。答えの出ない問いに恐る恐る顔を上げると、彼はゆっくり口を開いた。


「今、話題の『麗しの乙女』に私も懸想していましてね。それが叶わないからと、断られる可能性の少ない貴女に結婚を申し込んだのです。貴女に振られてしまったのは、間違いなく罰が当たったのでしょう」


そう思いませんか?なんて笑いかけられても、何と返事すればよいのか分からない。


麗しの乙女だけでは分からなかったかもしれないが、『今、話題である』と注釈をつけてくれたことで彼女の顔がパッと浮かんだ。どうやら彼も、あのバカな幼馴染同様、祝福に満ちた結婚を喜んでいない内の一人らしい。

彼女が素敵なことは分かるが、どうして私の周りにはこんな男ばかりが集まるのかと内心口を尖らせる。そんな心を隠しつつ、やはりそれでもけじめは必要だと謝罪した。


「いえ…、それでも私などがラファイエット様の申し出を断るなんて畏れ多いことです」


「そんな事はないのですがね…ただ、失恋を紛らわせるために誰でもよかったなどとは思わないでくださいね。

確かに貴女を好ましい人だと感じていたし、燃えるような恋ではなくとも穏やかに人生を歩んでいけると思ったから、結婚を申し込んだのです」


どうやら彼は、馬鹿な幼馴染がいつもの如くやらかし、平謝りする私の姿を目撃したのだという。よりにもよって、どうしてそんな間抜けな姿を見て結婚を意識していただけたのか分からず困ったまま見つめると、意外な答えが返ってきた。


「ふてぶてしく余所を向くだけのあの男を、必死に擁護する姿を見て…そんな貴女を私が守りたいと思ったのですが。

 やはり、誠意だけでも駄目なのに、下心があれば尚のことですね」


まさか、村のみんなも呆れる姿を見て、そんな風にとらえてくれている人がいると思うだけで、こみ上げてくるものがあった。彼にもどうせ、他の女を想っている男に尽くす馬鹿な女だと、思われているのだと信じて疑っていなかった。

村には、幼馴染とはいえまさかあんな男に惚れる訳がないから、どうせお金目当てだろうと軽蔑のまなざしを向けてくる人までいるのに。―――もしも思ったより悪そうな人ではなかったら、そのまま結婚しようとすら考えていた自分の方が、よっぽどひねくれていて恥ずかしい。


「ありがとう、ございます」


私をきちんと見て、守りたいなんて思ってくれて。

その言葉を先に聞けて、本当によかったと思う。こんな素敵な人は、もっときちんと彼自身を見て協力し合える人と結婚するべきだ。心の底から幸せになってほしいから、自分の保身や打算も無視してきっぱり断れる。こんなうれしい言葉を貰えただけで十分だと笑う私に、彼は表情を引き締めて言葉を落とした。


「ただ、一つだけ謝らないといけない事があるんです」


「なんですか?」


「実は、私はあのドラ息子が嫌いでしてね…。恋敵云々の前に、やり方が気に食わない。母親と共謀して彼女を傷つけたことも許しがたいのに、貴女のような素敵な女性に愛されていると知って、結婚を申し込む決意をしたのです」


ね?罰が当たったのだと思うでしょう。

小首を傾げ、御茶目にウィンクする彼にほとほと困り果てた。本当にこれはすべて仕組まれていた事なのだ。…それでいて、作戦の失敗をまったく悔やんでいない。それ所か、清々しい表情を作って見せる彼に今度こそ本当に、胸がうるさく鼓動を立てるのを無視できなかった。


「この人ならばと思った人が、あんな男の毒牙にかかる前に救い出さなければ!という、使命感のようなものを抱えていたのですがね。これはある種の嫉妬だったのでしょう」


他人の恋へ横入りしようとした罰か、短い間に二度も失恋してしまいました。……なんて言われて、私のみならず彼女も実はもったいない事をしたうちの一人なのかもしれないと、見当違いな事を考えてしまう。そうでもなければ、頬まで上がった熱が一向に下がりそうにないのだ。一生に一度有るかないかの素敵な出会いを、たった今、棒に振ってしまった。


こんな言葉は気休めにもならないだろうと思いつつも、何か言葉を掛けたくて迷いながら言葉を落とす。


「私が……もう少し利口だったら、間違いなく貴方を選んでいました」


「まぁ、食うに困るようなことにはさせないと約束できますね」


「いえ、そうではなく本当に。貴方は男性として、好感が持てる方だと思います」


それなのに、どうしてあのドラ息子の馬鹿男じゃないとダメなんでしょうね?

問いとも独り言とも取れる言葉をこぼすと、彼は困ったように眉を寄せる。不謹慎だったかと口を覆う私だったが、彼は別のことを考えていたようだ。


「……そんな難しいことを、自分の気持ちすら自由にできない哀れな男に聞かないでください」


悲しそうに揺らめいた瞳を見て、『嗚呼、きっと私たちは似た者同士なのだ』と、一人納得した。




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