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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
素直さを忘れた馬
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掌中の珠

掌中しょうちゅうの珠』……掌中の珠とは、もっとも大切にしているもの。特に、最愛の妻、わが子のたとえ。『故事ことわざ辞典』より引用。


家の居間に座り、目の前でお茶をすする男を相手に言葉を荒げる。


「だからねっ。何も私だって、妹がこの世で一番かわいい容姿をしていると思っている訳じゃないのよ」


「うん」


「見た目だけなら、クラスでだって三本の指に入ればいい方だと思うし。でも、性格を考慮したら確実にクラスで一番かわいいと思うの!」


いつもの主張が終わった後には、常と変わらず独白に入る。

勿論、これが身内の欲目が入っていることなど百も承知だ。でも、妹は私に似ずとっても真っ直ぐで気配りができて、それこそ目に入れても痛くないほどに可愛い存在なのだ。そんな彼女がいろいろと『お誘い』を受け、アプローチされているとなれば、口やかましく意見したくなる気持ちも汲んでほしい。


肝心の両親は、それこそ幼い時から私が妹をねこっ可愛がりするものだから最近では完全に引いており。「ほどほどにしなさいね…」なんて遠い目をする有様だ。

そんな姿を見てより、『私がしっかりしなくてどうするのか』とやる気をみなぎらせてしまったのは、家族にとって予想外のことだったらしい。


「でも、さすがに門限決めるだけじゃなく、友達まで選ぶのはやりすぎだよ?」


「うっ……その点に関しては、反省してる」


つい最近、あまりにも異性との交際が派手な女の子が友達にいるのだと知り、少し強めに批判してしまったのだ。少々言い過ぎかというほどの言葉を向けてしまったため、妹は傷ついたのだろう。これまでになく激怒し、しばらく口をきいてくれなかった。


あんなことは初めてだったため、正直応えた。

どんなに機嫌を取ろうとしても見向きもしないし、好きなケーキをお詫びに買ってきても食べてくれなかった。余った分は、今のように泣きながら自分の彼氏と消費した。今日も、本当は妹とたべようと思ってシュークリームを買ってきたのに…。突然、友達の家へお泊りするのだと楽しそうに出かけて行ってしまった。賞味期限の問題があるし、愚痴を聞いてもらおうと彼を呼び出したところだった。


以前も、こんな風に食べながら彼は私を諭してきた。


「彼女は恋人と長続きしないこと以外は、さほど悪い人間ではなさそうだよ」


情報を信じるなら、彼女は偏見など持っていないし、周囲の雰囲気に流され無視をすると言ったたちの人間でもないらしい。輪を重視する女の子のなかでは、珍しい部類と言えるのだけれど、とくに恨まれたり疎まれたりしているといった情報もない。強いてあげるならば、『彼氏を奪われた』などと先輩後輩関わらず絡まれる事があるらしいが、問題になったとも聞いていない。そういう要領のよさそうな所も、妹の味方と考えるのならばポイントが高い。……だからこそ、妹は怒り私は困っているのだけれど。


「そうね」


彼に諭されて、そんな言葉しか返せなかった己が情けなくて、あの後はやけ食いの結果二キロも増えた体重に衝撃が走ったのは嫌な記憶だ。だが、さらに追い打ちをかけるように今日も彼は言いつのる。


「恋人の一つや二つだって出来てもおかしくないし、下手な奴に捕まるよりいいと思わないと」


「で、でも……」


「最近、あまり構ってくれなくなったんでしょう?もう少し自由にさせてあげないと、高校卒業と同時に家から出るなんて言い出しかねないよ」


恐ろしいセリフに、絶句する。

まさかそこまで妹を追い詰めていたなんて、彼に言われなければ気づかなかった。

私も来年には大学に進学するし、ようやく同じ高校に入れて喜んでいたところなのに、その先にあることを考えていなかった。


「―――そう、か」


そうだよね。いくら妹が可愛くて可愛くて堪らないとはいえ、世間知らずな箱入り娘になられても困る。妹は当初心配していた通り、友人に影響されたのか最近彼氏なるものができてしまったのだ。『可愛い妹をたぶらかしたのは、どんな男か』と、後輩に注目されながら下級生のクラスまで行ったのだが。

ぱっと見た限りでは、交際を反対するだけの理由は得られず。周囲に聞いた評判も良くて、なんとも悔しい思いをした。


「世間の親ばかは一体どうやって、そこのバランスを取っているのだろうね」


「自分が限りなく『親馬鹿』に近いことしているのは、分かっているんだ……」


ぽそりと呟かれた言葉も、私を落ち込ませるだけだった。考えてみれば、はじめは妹の交際にも私は反対していた。けれど、今のように彼が「自分は僕と付き合っているのに、葵衣あおいちゃんにはそれを禁止するの?」ともっともなことを言われ、泣く泣くあの男ならと許したのだ。


あとで名前を教えてみると、彼の幼馴染で信頼できるという事だったから安心して任していたのに。付き合いだして一か月と少しで、よもやこんなことになるとは夢にも思っていなかった。まだ衝撃から立ち直れず、こんな事ならば交際を反対したほうが良かったかとすら思いだしていた。


「―――ねぇ。

 まさか妹の交際を認めたくないから、僕と別れるなんて言わないよね?」


顔を覗き込まれたままじっと見つめられ、冷や汗を流す。たしか、妹が付き合う事になったと聞いたときも、同じような問答をした覚えがある。

普段は優しい瞳が冷たく変わり、それこそ彼の機嫌を取るのに数日を有した。



意外と執念深いのか、それとも彼がいう所の『有り得ないこと』で迷ってしまったからか。「絶対に別れない」と言いながらも終始機嫌の悪い彼と過ごすのは、本当に居心地が悪くて大変だった。まさか本気でそんな事をするわけないと言ったのだけれど、少し迷ったことを言い当てられて全然反論できなかった。


「何も、夜中まで連れまわすって言っている訳じゃないんだよ?

 他の友達もいるっていうし、変な奴らに絡まれる心配も少ないから大丈夫だよ」


「でも……お祭りなんて、酒に浮かれた厄介な連中が沢山いるじゃないっ」


祭りの最中に喧嘩が起こるなんて、珍しくなさ過ぎて話題にもならない。

妹が『友達と行きたい』と言っている町内会のお祭りには、毎年家族で行っているので、嫌でも雰囲気は知っている。その上、普段夜の外出に慣れていない『可愛い子羊』といって良い妹を送り出すなんて、危険すぎてずっと見張りたいくらいだ。それなのに―――。


「その日は、僕と花火大会に行くってずっと前から約束していたでしょう?

 今更、約束を破るなんて言ったら……怒るよ」


目を細め、わずかに怒りを湛えた表情に、びくりと肩を震わせる。

彼は、やけに鋭いところがあっていけない。どうして私の言いたいことがわかるのだろうと常ならば疑問に思うのだけれど、こと妹に関することになると私は分かりやすいらしい。


「そ…それなら、私たちも同じ町内会の、」


「僕は、二人で『花火を』見たくて、去年から楽しみにしていたんだよ?」


第一、葵衣ちゃんを尾行していたなんて知られたら、それこそ嫌われるよ。

最後にされた駄目押しで、私はぐうの音も出なくなった。去年、花火大会に一緒に行こうと誘われたのに、「妹に駄目だと言ったのに、私だけ楽しむことなんてできない」と言って断ったのだ。


彼が誘ってくれた花火大会は、電車で少し移動しなければならず。当時妹へ設けていた門限に、決して間に合わない時間帯だった。

さすがに、妹だけに門限を設けるのはフェアじゃないだろうと、私自身もなるべくその時間には家へ帰るようにしている。それを聞き交際まえの彼は唖然としていたのに、よく我慢して私に付き合ってくれていると思う。


妹には家族が一緒であれば門限は気にしないで良いと伝えている。だから、去年は町内会のお祭りに二人で浴衣をきて繰り出した。それから、何だかんだあって彼と付き合うことになった私だったが、『初めての誘いをあんな風に断った』上になぜか浴衣を見られなかったとショックを受けた様子で。そのことはずっと根に持たれて、たびたび嫌味を言われている。そして…今年こそは浴衣姿で一緒に花火大会へ行こうと、付き合いだしてすぐに約束を取り付けられていたのだ。


「僕の方からもあいつには忠告しておくから、約束は守ってね……?」


脅しとも取れる据わった目に負けて、私はしぶしぶ頷き。

妹の彼氏には『くれぐれもよろしく』と、伝えてくれるよう念を押した。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾







拓弥たくみ、いつも悪いね」


にこにこ笑いながら、幼馴染の男が口を開いた。この人は二つ年上で、兄弟がいなかった俺にとって兄貴のような存在だ。普段は優しく優等生のような人なのだが、意外と腹黒いことを知っている。俺がやると怒られるのに、習い事をさぼったり、悪戯をやらかしても上手く怒られないように立ち回るのが得意で。

それに気付いたときこそ「どうして俺だけ怒られるんだ!」と憤ったりもしたが、何だかんだ庇ってもらったり、世話をみて貰ううちに頭が上がらなくなった。


今回のことも、うまく乗せられて協力させられてしまった。


「葵衣の姉ちゃん、怒ってただろ?」


「うん?まぁね」


でも、うまく説得しておいたから大丈夫だと笑うこの人に、空恐ろしいものを覚えてしまう。

葵衣と付き合っている身としてはこの協力は嬉しいが、そもそも付き合うきっかけもこの人が与えたようなものだった。


元から意識はしていたが、どうせ駄目だろうとアピールすらしていなかった。ほかにも狙っている男はいたし、彼女の姉というラスボスを倒すことの難しさは、同じ中学の奴らから聞いていて周知の事実だった。告白し玉砕していく野郎どもを一種の見世物のように楽しみ「無謀だろう」とからかっていたのに、まさか葵衣と実際に付き合えるようになるとは思ってもみなかった。


「拓弥だってせっかくの夏祭りなのに『七時には帰る』なんて、あんまりだと思わないか?」


「ま、まぁそうだな……」


そうなのだ。彼女の姉は、妹にだけ門限やルールを押し付けるのはさすがに可哀想だと思ったのか、自身へも同じような規則を課している。それを知った時は、気の遣う方向が激しく間違っていると、頭を抱えたくなったものだが…。

「お姉ちゃんはたまに暴走するけれど、優しいの」と、笑っていた彼女のすこし困ったような表情を思い出し、何とも言えない感情をもてあます。


ちょっと前の親だって、祭りなどの特別な時には門限を緩めただろう。

そもそもバイトの時はいいのに、どうして友達と遊ぶ時だけはだめなのか。彼氏としては、ぜひとも異議を唱えたい所だ。

もともと姉に溺愛されていると分かっているから、告白にも積極的ではなかったのに…。分かっていても尚、もう少しどうにかならないものかとこの人に弱音を吐いたのが間違いだったのかもしれない。


あの時の笑顔は、某不思議な国に生息するという、ムラサキで縞模様の猫も真っ青な…にったりとした恐ろしいものだった。

それこそ、何を企んでいるのかと問いただしたくなる程に、黒かった。実際に俺は、彼女の姉ちゃんにちょくちょく苦情を頂くほどに無理をさせられた。ある時は姉ちゃんとの約束をドタキャンさせ、またある時はうまく恋人と逢う時間をずらし二人がすれ違うように画策したり。


しまいには「あんた、うちの子を誑かしたわね!」などと、目を吊り上げながら俺の教室に乗り込んできたことすらある。それもこれも、全てこの人の計画であり、指示に従った結果なのだが。


「何を思い出したか知らないけれど、そんな恨みがましい目で見るものじゃないよ?」


「っいた!」


口の端をもたれ、上方向に引っ張られる。俺自身もさほど丈がないわけではないと思うが、この人にはあと少し負けている。そんな差とにじみ出る腹黒さが恐ろしくて、何故かこの人には昔から反抗できないのだ。


「嗚呼、あと言っておくけど。僕だって『大好きな彼女』に嫌われたくないから、あまりはめを外したら駄目だよ?」


冷たく光った瞳に、びくりと体を震わせる。

まさか、そんなこと一瞬も考えたことなどないとは言えるはずもなく。あわよくば……という気持ちは何時だってもっている。そこの所、同じ男であるこの人ならわかってくれていると思っていたのだが、その考えは甘かったようだ。


「いくら彼女がシスコンなあまり構ってくれず不満に思えども、ゆくゆくは義妹になる子だし?傷ついてほしい訳じゃない」


ただ、ちょっと二人を引き離す時間が欲しかったのだと語るこの男の本性を、あの姉ちゃんに教えてやりたい。暇があれば妹の心配をしている人だが、自分はまんまとこんなたちの悪い人間に捕まっているではないか。


「―――念のため言っておくけど、余分なことは言わない方が身のためだよ?」


まさか、自分の方が彼女たちに信頼されているなんて…身の程知らずのこと考えていないよね?などと、到底確認とは思えない、脅しのような言葉を向けられて手を上げる。

所詮、降参のポーズだ。犬でいえば、寝転び腹を見せている状態と言えるだろう。この男が人の懐に入りこむのがうまい事など、嫌というほど見てきているし、実感もしている。


「心配しなくても、俺だってあの姉妹とは仲良くやっていきたいから大丈夫だよ」


姉を完全に敵に回せば、確実に厄介なことになる。

葵衣は大切にされているだけあり、シスコンとまではいかないが姉ちゃんのことが好きなのだ。下手な事を言えば、二人を仲たがいさせようと嘘を吐いた悪人とし、別れることになってしまいそうだ。


あの厄介な姉ちゃんをうまくコントロールしてくれるこの人は、俺にとっても重要なのだ。ぜひとも、このカップルにはうまくやってもらわなくては困る。

何だかんだで、デートができる事のみならず、果ては付き合うことができている事ですらこの人のお蔭と言っても過言ではない。


「せいぜい俺は俺で頑張るから、あの姉ちゃんの監視を緩めてくれよ」


悔し紛れに投げつけた言葉を受けて、彼はにこりと邪気のない笑みで「もちろん」と頷いて見せた。




次は、王道である『村娘と騎士が育む愛の物語』を横目に、ダメダメな幼馴染に恋する女の子の話です。

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