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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
素直さを忘れた馬
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白いカラスの推理

ギリシア神話の中で、白いカラスは密告者という立場にあります。密告したために、羽が白から黒に変わったのだというような内容でした。


一応記憶が正しいか確認しましたが、間違いがあればすみません。

今回は、比較的平和?な内容になりました。


真っ白な部屋に、ともすれば溶けてしまいそうな少女が一人、ベッドで横たわっている。一人部屋のここは広々としているはずなのに、どうしてか息が詰まる感覚になじめず窓へ向かう。


「いらっしゃい」


聞き馴染んだかすれた声に、またやってしまったのかと振り返る。


「起こしたか?」


「ううん、起きてたの」


風が吹けば『彼女が起きるかもしれない』というかすかな期待を持っていたくせに、我ながら空々しくて苦笑する。ゆっくり眠らせてやりたい気持ちと、目を開いて話しかけてほしい気持ちが交差する。


いつもここに来ると、何とも言えない感情に苛まれるのだ。

彼女のそばにいるという安心感と、病院独特の潔癖な香り。白い壁や寝具が視覚や嗅覚。あらゆる感覚を埋め尽くし、体のなかから洗浄されているような不可思議な感じにとらわれる。



ここにいるのが彼女の為なのだと頭では分かっているはずなのに、今にもここから連れ出してやりたいと思ってしまう。


そんなことを考えていたのが悪いのかもしれない。

彼女は確かに俺をやさしく迎えてくれているのに、どうしてもこの部屋では招かれざる客であるように思える。


「顔色良くないけど、ちゃんとご飯食べてるの?」


椅子へ座った途端、頬に手を伸ばされ大人しく顔を寄せる。ただ触れているだけだというのに、温かな手に今日は調子がよさそうだと安堵した。入院している時でも人の体調を気遣うのは、女の性質なのか、はたまた彼女の優しさなのか。どちらにしても、くすぐったく思えど不快ではない感情が胸を満たす。


「事件を目の当たりにすると、ラーメンすら食う気にならねぇんだよ」


大好きなラーメンで、一時期では毎日これを食い。「お前の体は、血液の代わりにスープが流れている」と叔父貴に揶揄されるほどだが。


どうしても、ああいった血なまぐさい事の後には肉も油も受け付けなくなる。

だからと言って、スティック状の栄養補助食品もさほど美味いわけじゃなく。腹が膨れればいいという塩梅だ。そんな俺に「何も、食事はラーメンだけじゃないでしょう」と、彼女は呆れ笑った。


母親のように口うるさく叱って来ない彼女に、自身も笑顔を返す。


「野菜も、ちゃんと食べて」


「食ってるよ。ネギとか筍とか…」


「それ、完全にラーメンじゃない」


ネギもメンマも必要以上に食べたら逆効果だと、今度こそ怒られ口をとがらせる。

彼女の言うことは正論だとは分かっているが、好物を受け付けなくなったのは俺にとって極めて不本意なことがきっかけなのだ。そんな状態で、普段ですら食べない健康的な食事をとれというのもなかなか厳しい。


「それで…今日は、どんな事件を目撃してきたの?名探偵さん」


いたずらな笑みを浮かべる彼女は好奇心を隠せておらず、『さぁ、話を聞かせろ』とベッドを起こす。


「おい、起きて大丈夫なのか?」


「えぇ勿論です、ホームズ!ぜひ、貴方の名推理をお聞かせくださいっ」


昔から彼女がファンなのだという探偵の名で呼ばれてしまえば、自分も悪い気はしない。ここは少し乗ってやるかと、言葉を返す。


「うちのワトソンは、よほど謎解きが好きだと見える」


「はい、なにせ貴方の助手ですからね」


「よかろう、では心して聞くように」


偉そうに腕組みをしたところで、互いに目を見合わせ噴出した。

普段から口にしている軽口だとは言え、あまりに役に入り込んだ様子に笑いを抑えられなかった。俺のようなにわかファンと違い、彼女は本を熟読する熱心さだ。昔から病気がちだったという彼女と逢ったのも、ここらで一番大きな本屋だった。


線の細い彼女が必死に書籍へかじりつくさまは、とても印象的だった。

広い店内でも、ハードブックを必死に抱えている彼女はとても目立っていた。どうやら何時も本を予約していたらしいが、今回は新作が出るという情報を逃していたらしく。人気作家の数年越しの新作という事で、なかなか手に入れられなかった本を見つけ興奮状態だったのだという。


どうせ買って帰るというのに、少し中身を確認しようと読み出したら止まらなくなったのだと後に頬を染めながら教えてくれた。ずっと本にかじりつく彼女の姿を忘れられずに本屋へ通ったりもしたのだが、再び逢う機会を与えられたのは所要で病院を訪れたときだった。


たまたま居合わせた、事務所で雇っている新人の友人なのだと知り、一にも二にもなく飛びつき彼女との交流を図った結果が今だ。そんな風に彼女を夢中にした本は推理小説だったのだから、こうなることは必然だったのかもしれないが、どうにも納得いかない。


「本当に…大した事件じゃなかったんだよ」


「それでもいいの。―――ねぇ、聞かせて?」


続けられる懇願に、これ以上誤魔化しきれないかと息を吐く。

ここ数日は、ずっとこの調子で聞く耳を持たない。殺人事件なんて血なまぐさい話をしていいのかと悩むが、彼女も周囲も気にする様子はない。


さすが昔から推理小説が好きだっただけあり、この手の話くらいでは動揺しないのだ。勿論年頃の女の子らしく、実際に目するようなことがあれば恐れおののくかもしれないが、伊達に推理小説をよみサスペンスドラマを見まくっている訳ではない。彼女に言わせると、必ず完結し色々な人の人生を見ることができるから、好きなのだという事だが。


「人の人生や犯行理由を重視するなら、トリックなんてどうでもいいんじゃないのか?」


俺に至っては、犯人が何故こんなことをしたのかという事より、密室トリックなどの方がよっぽど解くのが簡単に思える。きっと、彼女が望むようなときに切なく、犯人に同情心すら覚えるような物語など俺には語ることができない。


―――いつだって現実は冷たく、虚しいものだ。


警察のエリートと呼ばれる部類の叔父貴は、ときどき捜査の進みが悪くなると俺を相手に『世間話』をしに来る。

身内に警察官僚が多い我が家で、いずれは俺もそんな組織の一部になるのだろうと考えていたのだが。何となくで勤まるほど警察は甘くなく、結局反対を押し切って探偵になった。


元より洞察力があり、IQの高かった俺がそんな道に進むと知った家族は、それこそ勘当するとまで言っていたのだが。何故かこの叔父貴だけは味方してくれた。そうだというのに、時々やってきては、とりとめのない話だと聞かされる話の内容にはげんなりする。こういった事件に関わり、命を懸ける仕事を一生続けられるか疑問を覚えてその道を諦めたのに。


「いい加減にしてくれよ」


「まぁ、まぁいいじゃないか。

 たまには忙しい叔父さんを助けると思って、『世間話』に付き合えよ」


そんな事を言われて、俺に反論できるわけがなかった。

ただでさえ感謝しているのに、捜査が行き詰まった彼は寝ておらず。食事すらまともにとっているのか怪しい。エリート官僚は大人しくしていればいいのに、目の下にはくっきりクマの跡がある。つい最近も交わした言葉と、事件の内容を思い出しげんなりする俺だったが、彼女は常のごとく粘り強く食い下がる。


「―――だけど、小説なんか比べ物にならない話しかできないぞ」


「私情を込めず、淡々とした話し方が好きなの。ここは個室だし、ホームズの助手として秘密をバラすようなことはしませんっ」


そんな風に言われてしまえば、ささやかな気遣いも逆効果なのかもしれない。

推理小説を読んでいるようなキラキラした眼差しを向けられて、『普段ではそんな眼差しで俺を見ないではないか』と苦笑する。


「―――それじゃあ、まずはどんな所で起きた出来事なのか話そうか」


本当は、口を酸っぱくして情報を漏らすなと言われているのだけれど、もうすでに犯人は絞れているし後はどうとでもなるだろう。第一、始めに素人相手に『世間話』をしたのはあちらなのだからと口を開いた。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






話せる限りのことを口にすると、ずっと興奮したように表情をくるくる変えていた彼女は満足そうにベッドへもたれかけた。


「へぇ。じゃあ…貴方がずっと頼りないと嘆いていた刑事さんが今回は、大活躍だったのね」


未だきらきらとした目を向けてくる彼女に、どこか面白くない感情を覚える。

確かにあいつも今回頑張っていたが、結局のところどんなトリックを使っているのか全く分かっていないのだ。頓珍漢な推理を口にしていたことを思い出すと、少々の捕り物劇などプラマイゼロだ。いつもただ叔父貴の『世間話』を聞いて少し発言するだけのつもりが、あいつがあまりに間抜けだからつい口を出してしまう。


そんなこちらにとっては厄介でしかない男が、彼女から格好いいと称賛の言葉を貰っているなんて、面白くないことこの上ない。


「そりゃあ…そうだけど。あいつは今回も、全くトリックを見破れていないぞ」


彼女が別の人間を褒めたとたんに饒舌になる己に、苦笑してしまう。

事件に関わることを口にするためらいはまだ薄れないが、こんなにいきいきとした眼差しを見せられては逆らえるわけがない。


俺の方が優秀なのだと、くだらないプライドが主張したがる。


「―――それなら、少し協力してあげたらどう?」


「………」


またそれかと、白い目を向ける。

こうしてトリックを見破ると、決まって彼女は警察に協力しろと進言してくる。

事件に巻き込まれるなど面倒でたまらないし、そんな暇があれば昼寝でもしたい。


「いやだね」


「あら、だって毎日お見舞いに来てくれると言っても、ここで昼寝していくだけじゃない。今は仕事も暇あるんでしょう?」


事務所の秘書兼雑用係に聞いたのだと言われ、またあいつかと舌打ちをする。

探偵事務所などとなのっているが、実質何でも屋のようなもので。小さな事務所にはたくさん人を雇う余裕などなく、俺を含めて四人しかいない。

そこで彼女とかかわりがあるのは、友人でありわが事務所の下っ端だ。



あの女は推理小説好きのミーハーで、何かと事件に首を突っ込みたがる。

ここ最近事件に関わる機会が増えてしまったのは、何も彼女の喜ぶ顔見たさに俺が断りきれないからだけではない。



彼女と付き合うきっかけをくれたのもあいつであるから、無碍にする事もできないのが忌々しい。

この下っ端は、一丁前に例の使えない刑事に想いを寄せているらしい。思い起こしてみれば、何だかんだで事件に首を突っ込むことになるのは、叔父貴ではなくこの二人が原因となっていることの方が多い気がしてきた。



一人イライラする俺を置いて、彼女はぽつりと言葉を漏らした。


「格好よく事件を解決する姿、みたいなぁ…」


ちらりと視線をやってくる彼女の狙いなど、分かり切っている。

けれどその言葉は確かに俺の心をくすぐり、こんな事で喜んでもらえるならば安いものではないかともう一人の俺がささやいてくる。


幸い、もうすでに俺はトリックは見破っているのだし。

あと足りないのは決め手だけだという。本当は、探偵とはいえ民間人がこんなことに関わるのはよくないのだが。いつも何故か巻き込まれ、危険な目に合っていることを思えば、『彼女の笑顔を見るため』というくだらない私情が理由でもいいのではないかという気がしてくる。


ほかの人間にとってはくだらなくとも、俺にとっては願ってもないものを得られるのだ。


「探偵である貴方が事件を解決するなんて、本物のシャーロックホームズみたいね」


明るく無邪気に笑われたことで、俺はしぶしぶ立ち上がる。

彼女が尊敬してやまないホームズのようだなんて、探偵である俺にしてみれば最高の褒め言葉だろう。彼女は、人を乗せるのがうまくて参ってしまう。


「……いってくる」


「うん!いってらっしゃぁい」


彼女のくすくすと笑う声を背で聞きながら、俺は病室を後にした。



次話はシスコンな姉と、そんな彼女を恋人に持った男の攻防戦です。

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