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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
過去を読み解く蛇
28/132

被害者と加害者

ずいぶん日は経ちましたが、今年もどうぞよろしくお願いします。

設定は多少古い…かもしれませんので、そこのところを頭に入れてご覧ください。


私はずっと絵をかくのが好きで、美術部にあこがれていた。

しかし小学、中学ととある事情から他の部に入らざるおえなくて、高校に入って初めて念願の美術部入部を果たした。



一応、放課後になると部員のため美術室が開放されており、顧問の先生が相談にのってくれるという利点がある。しかし、一人で制作した方が進みがいいという理由から家に持ち返る人の方が多く、文化祭や展示会でもない限り全員は集まらないのが現状だ。

それを知っている顧問も、相談にのってほしいとお願いした時や一カ月に一度のミーティングくらいにしか会うこともない。もともと目立った活動がある訳でもないからそれで十分なのかもしれないけれど、散々あこがれてきた身としてはいささか拍子抜けした。ようやく行事ごとが終わった今は、掃除のあとすぐに駆け付けたのに誰もいなかった。




部員歴も二年目となれば、この状況にも慣れつつあった。

ため息を一つこぼし「これも予想していたことだ」と、職員室まで鍵を取りに行く。昨日はいいところで時間がなくなってしまい、随分悔しい思いをした。描きかけの絵を見ると、前回は満足したはずの部分まで「もう少し手を加えてみようか…」と言う気になるのだから不思議だ。

必要なものをそろえキャンパスに向き合うと、すぅっと気が引き締まる。


無心になり筆を動かすと、時を忘れてしまう。大抵は鐘がなりでもしないと、外の様子も気にしないのだが、今日ばかりは勝手が違った。


「……なに?」


どうやら、がやがや五月蠅い声が私の意識をひいたらしい。折角筆がのっていたのに『誰が私を邪魔したのだ』と外を窺おうと窓際へ近寄る。美術室は一階の角であるため、時々やんちゃな男子生徒が言い争っていることもある。だからどうせ今日も、そのうちの一つなのだろうと軽く考えていた。


「犯人はお前だったんだな!」


「ちっ…違います。誤解です」


「こっちは現場抑えているんだから、いい加減白状しろよっ」


窓から様子を見てぎょっとした。何とうちの弟たちが、一人の男子生徒を取り囲みつめ寄っていたのだ。その光景を見て、自分の頭へ一瞬にして血が上るのを感じた。


「あんたたち何してるのっ!」


「げっ姉ちゃん」


「やばっ」


窓を荒々しく開き怒鳴ったこちらをみたのは、やはり愚弟たちだった。

私のひとつ下の弟は双子で、二人ともスポーツマンというだけあってガタイがいい。

小さい頃は『姉ちゃ、姉ちゃ』と舌ったらずながら必死に呼び、後をついてきたのに私を見下ろしためいきを吐く最近は全く可愛くない。


生意気盛りの弟たちに対し、相手の男の子はひょろりと細く弱弱しい。結構立派なカメラを持っている所から見ても、写真部なのだろう。どこか頼りない様子の男子だった。更に怒りをあおられた私は、窓際へ張り付くようにして声を上げる。


「人を取っ捕まえて、二人で詰め寄るなんて何考えているのっ」


「ご、誤解だって…」


「俺たちは何もしてないし…」


「この期に及んで言い逃れするなんて…姉ちゃんは、そんな子に育てた覚えはないわよ!」


「「いや、育てられた覚えもないし」」


可愛くない事に、弟たちはこんな時ばかり声をそろえる。

散々こいつらがやらかした悪戯の後始末をしてやったのに、恩をあだで返すとはこういうことを言うのだ。


「あんたたちがお漏らししたときに後始末してあげたし、お母さんの高い化粧品を駄目にしたときだって庇ってあげたのに!」


「いつの話だよっ」


「そんな昔の話を持ち出すなよ、姉ちゃん!」


ぎゃーぎゃー言い合う私たちの横で、オドオドと私たちの顔を窺う気配に気づき顔を向けた。


「あっ…忘れてた」


そんな心の声が漏れたのにもかかわらず、先ほどの男子生徒はさして気にした様子もなく私をみて控えめに笑った。何か含んだような笑みに引っ掛かりを覚えつつも、きっと『大人げないやり取りだ』とでも思われたのだろうと自分を納得させる。


いまは可愛さをどこかへ置き忘れた弟たちより、こんな厳つい男たちに追い込まれた彼の方が重要だった。


「忘れてたんだから、もういいじゃん…」


自分たちのしたことを棚上げする双子に、一発ずつお見舞いして黙らせた。

何があったか知らないが、自分たちより細身で腕っぷしも強くなさそうな男の子を追い込むなど単なる弱い者いじめだ。


「で?何がきっかけでこんなことになったのかしら?」


「いやっ…あの、もう大丈夫ですから」


弟たちににらみを利かせる横で、弱弱しい声が上がった。

怯えているのか声は小さく、ますます申し訳なくなる。


「そういう訳にはいかないわっ」


「いえっ、もう…本当に、大丈夫ですから!」


オトシマエはきちんとつけさせなければ。そう意気込む私は焦った声で、止められた。さすがにここまで言われてしまえば、当事者の気持ちを無視しては可哀想だろうと目に込めた力を抜く。


「そ、そう?本当にいいの?」


「はい、大丈夫ですっ」


横をみると、コクコクと首がイカレるのではないかというほど激しく振っていた。あまりの必死さに若干こわくなり、ひきつる口元を止めるのに苦労してしまう。


「本当に、弟たちがごめんなさいね?」


男子生徒に近づき、弟たちに怯えていないかと顔を覗き込んだ。別段珍しい行動をとった訳ではないのに、わたわたと慌てて持っていた紙封筒をおとした。自然と皆の視線が足元に集まる。『大切なものだったら困る』と手を伸ばそうとした私の目は、信じられない光景をとらえていた。


「あっ、落ちたわ、よ……?」


「まっ!自分で拾いまぁ…す……」


バサッと音を立てて男子生徒が落としたものは、なんと私を隠し撮りした写真の数々だった。正面を向いている物は一枚もなく、どれも少し視線が横を向いている。

しばらく呆然として固まっていたが、脳に情報が到達し、理解した瞬間に私は大きな声で叫び声をあげた。


「あんたが犯人かっ!」


「ひぃぃっ!」


これまで不快な視線を向けてきたのも、後をつけられているような感覚がしたのも全てこいつのせいだったのだ。しかも、隠し撮りなんて卑劣で気色の悪いことをしていたなんて許せない。そう思った瞬間に、私は窓枠へガッと足をかけ行動を起こしていた。怯えたような声を出し、逃げようとしたその男子の無防備な背中へ照準を定め、思いっきり助走をつけてとび蹴りした。






姉の暴走を少し離れたところで見守り、弟たちはそっとためいきを吐いた。

数々の技が繰り出されているが、『まだまだ暴れ足りない』といった有り様の姉をここで止めてしまえば、自分たちが被害をこうむるのを知っているため離れて見守る。


「せっかく俺たちが姉ちゃんに見つかるまえに、懲らしめてやろうと思ったのになぁ」


「うん。姉ちゃんは大人しそうな見た目をしているくせに、俺たちより強くて容赦しないしな」


何時もガタイの良さや快活な様子から誤解されやすいが、姉弟のなかで一番直情的で暴れ出したら止まらないのはあの姉だ。近所ではよく知られた話だが、何人の男があの見た目に騙されて痛い目にあったか分からない。


「姉ちゃんの見た目に騙されて美術部に入部した奴も、今じゃ立派な幽霊部員だっていうしな」


彼女の入部当初には沢山いた男子生徒も、最近ではめっきり部活へ顔を出さなくなったという。それが皮肉にも、彼女へ思いを寄せるあの男にとって行動しやすい環境を作り上げてしまったようだ。


「…っていうか。

 体術から剣術まで極めている『格闘マニア』のあの人に、誰が勝てるんだ!って話だけどな。そんなこと言っている間に、じわじわ痛めつけているし」


短気な彼女を止めるため駆り出されるのはいつも彼らで、被害が拡大する前に止めるのは今となっては習慣のようなものになっている。

これ以上はダメだろうというラインで止めるようにしている為、二人の会話は自然と実況中継のようになってしまう。


「うわぁ…えげつないことすんなぁ。

 さすが、小中学とその手の部活からスカウトされていただけある。獲物前にしたら容赦ねぇ」


「おいおい、相手白目向いてないか?」


「あっ、ちょっと力抜いて意識が戻った直後にまた絞め技はいった」


「「あぁーあ、ほんとご愁傷様」」


今日は自業自得な犯人を相手にかばうつもりもなく、双子は最後まで見守った。

校舎の角とはいえ人はおり、帰宅途中の生徒から部活途中の生徒まで沢山の人だかりができていた。後日、これまで通り運動部のスカウトが増えたことは言うまでもない。




今は、文明利器のおかげでもっと狡猾に犯罪行為に及べて気持ち悪い限りですよね…。スマホだろうが、公開しなかろうが盗撮は盗撮。犯罪は犯罪です。

武力による攻撃と、迷惑行為による攻撃。というお話でした。


次の話は、母と娘の初恋に関するお話です。

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