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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
皮肉な視線で見据える龍
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無音の愛

ぎりぎり投稿です。

今年という意味でも、月でも最後までぎりぎりになってしまいました…。今年も一年有難うございました。次話もどうぞよろしくお願いします。


数か月前、祖母が死んだ。

平均寿命は越していたし老衰だという。そのため俺たち親族は悲しんではいたが、これも致し方がないことなのだろうと受け入れた。薬で長引かせていた命を見送る決意をしたのは祖父だった。


皆が渋るのを押し、祖母の願いを優先させた上での判断だ。反対する周囲をしり目に「こいつは充分頑張ったんだから、いい加減楽にしてやれ」という一言で親族は黙るしかなかった。ヒステリック気味な叔母までその一言で黙ったのだから、生前の祖母は相当苦労していたのだろう。入院するまでろくに顔を見せていなかった俺には、想像することしかできないが否はなかった。俺は祖父の決断に対し「なんとこの人は強いのだろう」と感じていたが、それが間違いだったと気づくのは、祖母を納棺した夜のことだった。




その晩、あまり寄り付かなくなった祖父の家は、俺にとってどうにも落ち着かずに水を飲もうと二階から台所へ降りていた。深夜おそいこの時間帯に大した娯楽もなく、虫の声と木々のざわめきだけが聞こえるここは子どもの頃ならまだしも、三十路を迎えた俺にはどうも辛いものがある。コンビニ一つ行くにしても、車で数十分かかるのだ。ろくな気分転換もできやしない。

やはり多少無理を押してでも自宅に帰るのだったかと後悔していた。家からここまでは三時間程度で別段帰るのが難しい距離ではなかったが、明日にこちらで親族間での話し合いなどがあるため泊まらせてもらったのだ。


ぐちぐちと考えてもしょうがないことを悔やんでいると、かすかにした物音に気付いてドキリとさせられる。こんな夜更けの田舎で聞こえるのは、動物の声か風のざわめきぐらいのものだ。まさか、しばらく顔を見せていなかった俺の不義理を恨んで、化けて出たんじゃないかとまで考えだした所で、音の出所がわかり安堵した。

よくよく聞いてみると、それは祖父母の寝室から聞こえてくるものだった。微かにもれ出た明かりを頼りにふすままで行くと、背を丸め声を殺しながら泣く祖父の後姿があった。


「―――ぅっ……、くっ……っ、」


頑固で頑なな印象のある祖父のそんな様子は初めて見た。

祖父の意外な一面をみた驚きもさることながら、むせび泣くという表現が相応しいほど畳の上で泣き崩れていることに驚きを隠せなかった。祖父は入院中の祖母に対しても横柄な様子で、いたわりの言葉一つもかけていなかった。


祖母は祖母で、具合が悪いというのに「心配をかけたくないから」といって化粧を施し、頑として祖父に無理な看病をさせなかった。本当につらいのは祖母だろうに、どうしてそこまでするのか理解が出来ず俺にしてみれば祖父母とも苦手意識をもっていた。


「口にはしないが、参ってはいるのか……」


さめざめと泣く姿をみなければそんな事にも気づかなかったとばつが悪く、俺は水を飲むのを諦め部屋へ戻った。


布団にはいっても、先ほどの光景が目に焼き付いて離れなかった。「これからは、寂しいだろうし少しは労わろう」と思っていたが、次の日にはそんな気持ちは失せてしまう。普段のように、こちらからしたら理不尽としか思えない言葉を爺さんが吹っ掛けてきたのだ。


「どうせ、何時潰れるかわからないような小さな会社に、勤めているんだろう」


「……確かに大きくはないが、業績は徐々に上がっているから大丈夫だよ」


棘の多分に含まれた物言いに、すぐさま踵を返すことなく平然と応じた。

常だったら怒鳴るか部屋を出ていくかする俺の反応に、爺さんは眉をピクリと一つ動かした。だが、こちらの努力を知ってか知らずか、さらに付け足された言葉で我慢が出来なくなってしまった。


「そんなこと言っても、リストラにあう人間も多いんだろう?

 それなら、こっちに根付いたらどうだ」


「余計な御世話だよっ」


荒々しく言いかえした俺にふんっと笑うと、祖父は他の人間へ小言をいうため、去って行く。


祖父はよく、人の神経を逆なでするようなことを言う。

皆話し掛けられるたびにピリピリして、今度は何を言い出すのかと警戒しているのが分かる。祖母がいる時はまだ大人しかったが、もう誰も窘める人間はいなくなってしまった。今後はさらに扱いづらくなるのかと頭を抱えていた俺は、昨晩見た涙など忘れてしまっていた。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  






しばらくして、祖父が体を壊し入院したという事で見舞いへ行くことになった。

どうも聞く話によると、祖母が亡くなってからガクリと体調を崩すようになったという。それで大人しくなったかと言うと話は別なようで、入院してからも祖父は人にげきを飛ばしているようだ。


年も年だしないがしろにする訳にもいかず、気が進まないながらも見舞いの品をもって病室に向かっていた。前に会った時よりもやせた祖父は、それでも意識ははっきりしている。


「見舞いに来たよ」


顔色をみると、今日は調子がいいらしくベッドの上で起き上がって出迎えてくれた。婆さんのことがあったばかりだし、その様子に安心した。いくら何でも、目の前で弱った身内を見れば心配にもなる。そっけない挨拶が気障りながらも、相手は病人だと自分に言い聞かせる。


「お前一人で来たのか?いい年した孫よりも、ひ孫の顔が見たいわ」


「あの子だって忙しいんだよ。

 習い事で忙しいから、今日は俺一人で我慢してくれよ」


「幼稚園の子どもに、そんな事をさせているのかっ」


何時ものごとくはじまりそうな説教を遮り「これ見舞いの品」と、買ってきた菓子を掲げてみせる。その途端厳しい顔を少しは和らげてくれて安心したが、爺さんは微かにがっかりした顔をした。説教を免れたのはよかったが、その表情に今度はこちらが苛立つ。


「なんだ、メロンじゃないのか」


「贅沢言うなよ。爺さん、ここの饅頭好きだったろ?

 わざわざ車走らせて買ってきたんだからな」


「そんな事をしている暇があったら、仕事でもしろ」


家からほど遠い店にわざわざおもむいたというのに、爺さんは終始こんな状態だ。

昔から気難しい爺さんには散々叱られてきており、どうもそりが合わない。昼食が運ばれてきて、煩わしそうに追い払われたのをきっかけに、早々に逃げ出すことを考える。


「……邪魔して悪かったな」


とっとと帰れと言わんばかりの言葉が頭に来て、挨拶もそぞろに病室を後にした。

祖父は元気な様子だったし、同居している叔母も後で荷物を届けに来ると言っていたから大丈夫だろうと思ったのだ。


憤りを押し隠したままどんどん廊下を歩いていると、一人の看護師に呼び止められ肩を揺らした。まさか祖父の容態が思った以上に悪いのではないかと心配したが、相手はただの挨拶がてら声をかけてきただけのようだ。相手は祖母のときにお世話になった人で、現在は祖父の面倒も見てくれているらしい。


「あっ、そうだったんですか。お世話になっています」


「いえいえ、お婆ちゃんが亡くなったばかりで大変ですね。

 お爺ちゃんも、すっかり意気消沈しちゃったみたいですし」


「はい、まぁ……でも、気難しい祖父の面倒をみてくれて助かります」


「仲のいいご夫婦でしたもの。きっと寂しいんですね」


そう笑う看護師に、俺は何とも言い難い感情を抱く。

確かに祖父母のけんかしている姿などめったに見ることはなかったが、あれは祖母が一方的に我慢していたから成り立っていたようなものだと、子ども心ながらに感じていた。

今でもその考えは変わらず、あの晩見た祖父の姿は幻だったのではないかと、さえ疑いだしている。


「可愛らしいお婆ちゃんと優しい旦那さんでしたね」


「えっ……?」


予想外の言葉を聞き、思わず俺は問いかけた。

優しいなんて、あの祖父をさすには程遠い言葉に感じる。祖母を可愛らしいというのは理解できなくはないが、祖父を優しいなんて言うのは初めて聞いた。


「お婆ちゃんが、比較的元気なときは毎日お見舞いに来ていたんですけど。お婆ちゃんはだらしない姿をお爺ちゃんに見られたくないからって、『具合が悪いときは来ないでいい』なんてそっけなく追い返しちゃうんです」


「祖母が、ですか……?」


何時も祖父の言うことをはいはいと聞いていた印象があったのに、そんなことを言っていたなど知りもしなかった。常に祖父のわがままに付き合っていると感じていた祖母の意外な姿を、今日初めて知ったのだ。


「お爺ちゃんが来るときは、すこしでも綺麗な姿をみて欲しいからって。お化粧をしなきゃ会ってあげなかったんですよ」


毎度施している化粧にそんな理由があったのかと、驚愕を隠せないでいる俺をみて看護師はくすくすと笑った。あまりに明るく笑う姿に怒りもわかず、呆気にとられているだけだった。


「ふふっ、二人とも照れ屋だから、ご家族のまえでは口にしなかったのかもしれませんが、私たちには意外と惚気てくれたりしていたんですよ」


「……はぁ、そうですか」


なんとも情けない返事しか出来ず、俺はおもわず頭をかいた。

顔なじみの看護師からでてくる話は、まるで知りもしない他人のことを言っているようで現実味がない。婆さんが、些細な我がままをいって爺さんを困らせる姿など予想もつかないし、怒鳴らずに堪える爺さんも見たことがない。しかし、最後の話でようやく俺の記憶にある事がでて言葉を返した。


「お婆ちゃんに、ご自宅にある柿を食べさせられなかったことが心残りだと仰ってました。最期にどうしても食べたいと望んでくれたのにって…」


「嗚呼、青い柿ですね」


そのことはよく覚えている。

店には食べ頃の柿がたくさん売っているというのに、何を思ったのか祖父は我が家にあるまだ青い柿をもいできたのだ。あと数日もすれば食べごろになりそうな柿だったが、我が家の柿は熟すのが遅く、とても食べられる状態ではなかった。それなのに「うちの柿が一番あいつには効くんだ」と、根拠のないことをいって無理やり俺の妻に青い柿を剥かせていた。


「残念でしたよね。お二人が結婚した記念に、植えた思い出の柿だっておっしゃっていたから、食べたら元気が出るかと期待していたんですが……」


頬に手を当て、困ったように眉を寄せる看護師は、もしかしたら俺よりもよっぽど二人のことを知っているのかもしれない。生まれてからずっと家族として接してきた俺たちより、数か月を過ごした病院の人間の方が、よっぽど会話していたのかと思うと胸が痛んだ。俺たちはこれまでどんな話をしてきたのだろうか?

思いかえそうとしても、自分がかかわっていない二人のエピソードなど浮かんで来ないことは分かっていた。


「もっと婆さんにいろいろ聞いておけばよかったかな……」


一人になってそっと呟く。

そうすれば、一回り小さくみえた爺さんを少しは元気づけられたかもしれないのに。今となってはどうしようもない事に胸を痛めた。俺は微かに肩を震わせながら、ひとり声を殺して泣いていた爺さんの姿を思い出していた。


ポケットから携帯を取り出し、娘のお迎えをしているだろう妻に電話を掛ける。

最近仕事が忙しかったから、妻とまともに話すのは久しぶりだ。普段メールばかりのそっけない物で、愚痴の一つも忙しいからと聞いてやらなかった。


「―――嗚呼、突然ごめん。爺さんのお見舞い今終わったよ」


二、三聞かれたことにこたえると、爺さんの様態が安定していることにほっとしているのが電話越しにもうかがえた。直接血がつながっていない妻がこんなにも親身になってくれているのに、俺は嫁さん達を連れていけば長くなるからとわざと二人の都合が悪い日を選んだ自分を恥じた。


「そう、それで……やっぱり三人で昼飯たべないか?」


以前に「連れて行って」と言われていた店の名をだすと、妻の後ろで娘が嬉しそうにはしゃぐ声がきこえてくる。妻の方は、簡単に一人で済ませると言っていた俺が考えを改めたことに驚いている様子だ。


『珍しいわね、貴方がそんなこと言うなんて』


まだ幼い娘は食べるのが遅いうえに落ち着きがない。娘の面倒を一緒に見ようとしても、慣れていない俺は後手に回るばかりで役に立てないからと、どうしても外で食事すると一人待つ時間が長くなる。

それ故、滅多に俺から外食しようなんて言い出したことはない。妻の驚いた様子に普段の行いを申し訳なく思いながらも、これから迎えに行くと伝えた。


「じゃあ、今から迎えに行くよ。あと……」


『なに?』


しばらく悩み、押し黙った俺へ不思議そうに問いかけてくる。

娘の様子を気にしていた爺さんに、どうしても娘の顔を見せてやりたくなった。

……そして、今後は妻のことをもっと考えようと決意も新たに口を開く。


「今度時間が出来たら、三人で爺さんに会いにいかないか…?」


何をいまさらと笑い声を立てる妻に、苦笑いを浮かべて返す。

確かに妻が「一緒に行きたいから日を変えてくれ」と言ったのを押して、俺が一人で見舞いに来たのだ。責めることもなく、考えていたよりも、軽く了承してくれた彼女に心の中で感謝した。口下手で自分本位な俺にあきれることなく、よくついて来てくれている。



―――もしかしたら、爺さんもこんな気持ちだったのかもしれない。

そんな事を考えながら、俺は車を走らせていた。




次話は、女子高生が正義の鉄槌を下す…?話です。

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