狐狸の商売あがったり
今回は恋愛色なしです。
草花が寝静まり、さわやかな風が吹く小高い丘の上。
月夜の晩に小さな影が二つ蠢いていた。昼ならほど近い道を車が通り、人が行き交うその場所だが…こんな時間に出歩くものはそうはいない。故に人の気配がないことを確認した二つの生き物は、鼻をひくつかせながらおずおずと前に進み出た。いつもはもう少し多くの気配がするそこも、今日はこの者たちしかいないらしい。
―――警戒しつつも草陰から姿を現したのは、狐と狸であった。
二匹はお互いの姿を認めると僅かに目を見開き、何処か嬉しそうに尻尾を揺らしながら互いに近づいた。そよそよと吹く風で知り合いがいるであろうことは分かっていたが、正確に誰であるかはわかっていなかったようだ。
「あら、たぬ吉さん?ずいぶんお久しぶりですね」
「おお、つね華ちゃん久しぶりだね~そっちは元気にしていたかい?」
若い鈴を転がすような声で狐が言うと、のんびりした調子で狸が答えた。狐の方が多少、年齢が若いのか狸は年上風を吹かしているのがうかがえる。一生懸命先輩ぶろうとしているのが微笑ましい。
「ええ、おかげさまで何とか食いっぱぐれる事もなく、やらせて頂いています」
「そりゃあいいこった。最近では我々も住みにくくなっているからねぇ」
「はい、もう多少化けて人間を驚かす程度じゃ食べていけませんよね。
昔は騙す側だったのに、近頃では人間に学ぶことのほうが多くなるなんて皮肉ですね」
狐も狸も以前は山の小動物や果物が主な食糧であった。
雑食である両者は、滅多に味わえない『贅沢』として地蔵にお供えしてある物をいただいたり人を化かして食料を調達することもあったが、近年ではだいぶ環境が変わってしまった。
山は開発され住処も危うく、他の動物たちもどんどん数を減らしている。そんな中では人を化かして食料を得るのが一番効率的だと、皆生活のために人間を化かすようになったのだ。
「嗚呼、俺なんてこの前結婚詐欺を生業としている女と暮らしていたんだが、あいつはすげぇぞ。
何せ、最初のうちは甲斐甲斐しく俺に尽くして『あんたがいなきゃあ生きていけない』とまで言っていたくせに、やれ『親が入院した』だの『兄弟が事故を起こした』だの嘘八百並べて金の無心をしやがるんだ」
「まぁ!それは大した女ね」
狐は狸の言葉を聞いて、目をキラキラと輝かせた。
人間がどうやって同族をだますのか知ることで、自分たちの今後にも役立てると考えた狐狸の一族は同盟を結んで情報交換を活発にすることを推奨されている。
そのため、関西を拠点とした狸と関東を拠点とした狐はそれぞれお互いに歩み寄り、ほぼ真ん中と言われている冒県へ年に一度は足を向けることを義務付けている。この二匹も、その役目を果たすために今日ここまで来たのだった。
「それで、結局お金はどうしたんです?」
「もちろん我々の流儀である木の葉をたんまりと用意して渡してやったさ」
「お疲れ様です、それだけの木の葉を集めるのは大変だったでしょ?」
「まぁな~、一族の奴らに頼み込んでようやく集めて渡してやったさ。
まさか二百枚も三百枚も木の葉を欲しがるとは思わなかったから、焦った焦った」
カラカラと笑う狸は、ぽんっとお腹を一つたたき「まぁ、これも授業料と思えば安いもんさ」と言葉をつづけた。
「ふふっ、それもそうね。
たぬ吉さんのそんな話を聞くと、私はまだまだだと実感するわ」
「何言ってるんだよっ!つね華ちゃん。
俺なんて眠くなったり、くしゃみするたびに尻尾が出てきて困ったのなんの。
その点つね華ちゃんは化けるのがうまくて、尊敬するよ」
「ありがとうたぬ吉さん」
狸に褒められた狐は、僅かに赤らんだ頬に手を当てながら嬉しそうに笑った。
それを見て狸は『かわいいなぁ~』と呟きながらさらに笑みを深める。
「私もたぬ吉さんみたいにうまく化かせるように頑張るわ。
近頃は、政治家とかいう人間の演説を聞くのに夢中なの」
「おおっ、そりゃあいいな!あいつらみたいに堂々と嘘をつければ大したもんだ」
「ええ、数か月前に言ったことと真逆のことをしたり、出来もしない事をさらりと約束する所なんて本当に彼らは素晴らしいもの。何時か私もああなりたいわ」
何処か夢見るようにうっとりとした様子で狐は語る。
狸の方はというと、そんな狐をほほえましそうに眺めて同意するように頷いている。
雑誌にでてくる『もでる』という人間のように格好つけようと頑張っているが、腕が短いため一生懸命に腕を組んでも可愛らしく映る。あいにく、格好いい姿を見て欲しい対象である狐も、自分の想像に夢中で狸を見ている様子もない。
「―――でも、最近は本当に化かすのが難しくなりましたよね」
「おや?急に暗くなってどうした?」
「それがきいて下さいよ。数日前に食べ物をもった酔っ払いが、ふらふらと一人で歩いていたので人間の女に化けて近づいたんです。
ちゃんとセクシーな格好して暗がりに連れ込もうとしたのに、酔っ払いったら『俺はロリコンだっ』とか訳の分からないことを叫んでそそくさと逃げてしまったんです」
狸はその話を聞いて、狐に危険はなかったようだと安堵した。
それとともに、その酔っぱらいは何故話すら聞かずに立ち去ったのだろうかと首をかしげる。
この狐が化ける人間は容姿こそ普通だが、体のメリハリがあって所詮『ぐらびあもでる』のような『ぼでぃー』に化けるのを得意としている。酔っ払い相手ともなれば、彼女がその姿を選ばないはずがないので、狸ならば種族は違えどドキドキしたことだろう。
「この頃では、よくわかんねぇ人間が増えているな」
「はい、もうこちらはお手上げですよ。酷い時は『俺は同性愛者だから無駄だ』と恫喝されたこともあって、傷つきました」
いっそ筋肉ムキムキの男に化けるんだった…そう呟いた狐を、慌てて狸は止めに入った。いくら食料を集めるためとはいえ、せっかくきれいなものに化けられるのにそれをやめるのはもったいない。必死に「馬鹿なことはやめろっ」と訴えるのを聞かず、渋る狐にたいし狸は意識をそらそうと口を開く。
「いやぁ、俺だったら絶対美人のおねぇさんの方がいいのに、人間の好みも変わったのかねぇ?ただ、俺も幽霊に化けた時に変わったこと言われたことがあるぜ」
「あら、どんな?」
「俺が住んでいる所に特別栄えている県があるだろう?」
「確か、商人の街と言われるところでしょう?」
「そうだ、そこの人間は腰抜かしていても、幽霊相手に値切りやがったんだ。
『ひぇ~あかん、金を全部…は置いていけへんけど、半分なら置いていくさかい勘弁してぇな』って言われたときは、つい『食い物がほしいだけだ』と本音がぽろっと出そうになったよ」
「そうね、私たちは別にお金が欲しいわけじゃないものね」
「嗚呼、でもその人結局はこれで勘弁してくれって、持っていたたこ焼きを置いて行ってくれて逆にありがたかったよ」
「いやだわ、たぬ吉さんったら。…それに、さっきの関西弁も少し変ね」
「そうかい?どうやら未だに慣れなくてねぇ。仲間内にもいい加減になれろと、言われるんだわ」
はははっ!と、のんきに笑う狸に、狐はしょうがない先輩だとため息を吐く。
栄えているあの場所の方言になじむことは、人を化かすのにも友好的だと彼自身知っているだろうに…。おっとりした狸が気にした様子はない。
―――二匹が和気あいあいと会話している間にも、月は山陰へ隠れていく。
あたりに深い闇が立ち込めてきたことで、今日の情報交換も終わりを迎える頃合いだと知る。
「そろそろ、お暇しなければいけない時間かしら?」
「嗚呼……鶏の野郎が鳴くまえに行くとするか」
丸々と太った鶏を思い浮かべたことで、じゅるりと涎を垂らしながら狸が言う。狸のだらしない姿を見た狐は、苦笑しながらハンカチで口元を拭いてやった。
「まぁ、たぬ吉さんったら涎が出ているわよ?」
「おおっと、すまねぇ」
大人しく狐に身を任した後、狸は感謝の気持ちを表すためにギュッと一度狐を抱きしめた。ぽんぽんと狐の頭を撫でる様子は、まるで孫を可愛がる祖父のようにも見えて再び狐は苦笑した。
互いに軽く「じゃあ、また」とあいさつした後、一人になった狐はふっと自身の手を開けた。そこには、狸から盗み取った木の葉が数枚ある。
狐も狸も、互いに協力することを一族間で約束したが、情報交換をすること以外は特別の取り決めはなされていない。ましてや、他者をだます技術を磨くことは推奨されているため、狸からの戦利品だと言えば箔がつくというものだ。
「今日も、仲間たちに自慢しちゃおう…って、あら?」
隠し持っていた木の実を探すが、見つからない。
狸に会うまえに持っていることを確認していたから、落としたとしたらあの丘しか有り得ない。戻ってきたが、見晴らしのいい場所であるにもかかわらず、一向にみつからないため首をかしげた。
「どこに落としたのかしら?」
きょろきょろと木の実を探している狐だったが、ある一本の木で視線が止まる。
木の根元近くには、何かでひっかいたようなメモが残されていた。そこには『木の実はいただいていくよ』という言葉と共に、先ほどまで話していた狸の匂いが残されていた。
えせ関西弁を使ってしまい…誠に申し訳ありません。
一応ネットで調べたのですが、違和感がぬぐえませんでした。おまけに、狐が関東狸が関西というのは、一応文献で見たのですが手元にないので記憶をもとにしています。
また、木の葉は簡単に集められますが、きれいで長持ちするものが好まれるためたくさん集めるとなると大変です。
次話は季節外れですが、雪を楽しんでいるOLが河童に絡まれる(えっ…?)お話です。