野良猫ハンター
続いて投稿!っと言っても、『小人さん』よりも思いつき感が半端ないので、普段の私らしい出来上がりです(残念)。
都々逸「惚れられようとは過ぎたる願い 嫌われまいとのこの苦労」(詠み人しらず)
夜も更けきった遅い時刻。
普通だったら、怒鳴り散らされても文句を言えない時間に、訪問を告げるベルが鳴った。
常識を知らない彼と出会ってからは、二年前では考えられない行動にも目くじらを立てなくなっていた。私はといえば、もう既にベッドの中でまどろんでいたのにもかかわらず、いそいそと扉を開けて夜食を用意する。
彼がいつ来るのか分からないため、夕飯を少し多めに用意するのが、私の日課になっている。余った分は明日のお弁当にでもすればいいし、お弁当に入れるのが無理なら朝ごはんにしてもいい。ただ、夕飯の残りを温めただけでは物足りないから、彼に出すときはそれに一品二品プラスする事にしている。
ヘタをしたら、私が食べた夕飯よりも品数が多くなったりもするのだけれど、自分ひとりのためにわざわざ料理を作る気にならない為ちょうどいいのだ。
誰かに食べさせる事を意図していなければ、毎日自炊をすることなどまずない。
実際に彼を家に招くようになるまでは、一人暮らしをしていてもお惣菜を買ってきて済ますことが多かった。料理が不得意なわけでもないけれど、一人で食べるのなら多少失敗しても気にしないし、凝ったものなど作りたくないというのが本心だ。
ある意味彼は、私の花嫁修業に一役買っているのかもしれない。
「でさぁ、この前なんて知り合いに奢ったら何万も使っちゃって。
多少は遠慮しろってんだよな」
「そうなんだ、面倒見がいいもんね。いろんな人に頼られちゃうんだよ」
気分よさそうに飲む彼に、私は笑いながらお酒を注ぐ。
美味い美味いと食べてくれるのはいいけれど、料理よりもお酒のほうが進んでいるのが気にかかる。今日の料理は、数時間煮込んで作ったのだけれど。
そこの所を彼に分かってもらうのは、無謀というものだと最近ようやく諦めた。
大体…
―――私は奢ってもらった事ないんだけどね?
プライドの高い彼は、集られているとも知らずにどんどん気前良くお金を使う。
そんなに給料がいいわけでもないのに、それだけ使っていたらお金なんてすぐなくなって当たり前だ。
それどころか定職にすら就いていない彼は、よくこうやってうちに来てはご飯をねだる。人には奢っておきながら、私には金がないとご飯をねだるとは…大した金銭感覚をお持ちの事で。
…時々。こうやって美味しそうにご飯をほおばっている姿をみると、嬉しいという気持ちよりも先に野良猫にでも懐かれて、餌をやっている気分になる。
こちらは明日も仕事で早いのに、彼は当たり前のように深夜に訪れてはご飯をねだる。
「はい、簡単なものだけどこれもどうぞ」
「うん、ありがとう」
外では粋がっている癖に、こうやって素直にお礼を言う所を私は気に入っていた。
簡単な料理も美味しそうに食べてくれるから、ついつい色々な物を食べさせたく
なってしまうのだ。
「何時も突然ゴメンな?」
「そう思うなら、前もって連絡してって言っているでしょう。家に着く五分前では遅いのよ?私だって予定もあるし、何時もいるとは限らないんだから」
「えぇー!だって急にお前のつくった飯、食いたくなるんだもん」
それに、居なかったら居ないで諦めるって!そういう彼に、私はため息を返す。
彼がこういう事を言うから、私は泊りがけの予定をめったに立てる事はしないし、ご飯を何時も用意してしまうのだ。彼は知らないのだろう。一人暮らしの女の部屋が、いつ来ても整っているなど、まずないという事など。仕事の書類もすぐ片付けるようになったし、化粧品を散らかしたままでかける事もなくなった。
着心地重視で何年も愛用していた部屋着も、割と可愛いデザインに変更した。
「本当っ、いい友人持ったよ俺は!」
「……」
私の男友達はそんなに多くないけれど、こうやって家に上げる事はまずない。
繰り返し『いい友人』と言う彼は、私にそれ以上踏み込ませないように壁を作っているつもりなのだろうか?
―――別にそんなに怯えなくても、とって喰いはしないのに。
彼が私を友人以上に見れないと考えている事も知っているし、この関係を壊したくないと思っている事も感じ取っている。
「いい友人もいいけれど、私はそろそろ恋人がほしいわ」
「……まっ、そのうち出来るだろう」
何せお前はいいやつだからな!と、無駄に大きな声で目をきょどらせている彼は、多少は私に恋人が出来る事に抵抗を覚えてくれているのだろうか?
…けれど、そうやってみて見ぬふりしていればこんな関係がいつまでも続くと考えているのは、間抜けとしか言いようがない。彼が考えていることは大体予想がつくけれど、それを納得しているわけでも許しているわけでもない。
目の前にいる野良猫に…。
一生懸命好かれようと努力して、何とか触らせてくれるようになったけれど。
『ご飯を食べるのなら私の元だ』と一番に思いつくほど、野良の胃袋をつかめるようになったようだけれど。所詮、野良には野良の領域があって、私はそこには踏み込ませてもらえないのだ。
私が虎視眈眈と自分の領域に連れてこようと狙っているなど、彼は気づいているのだろうか?
野良には野良の生き方があるのかもしれないけれど、私は以前よりだいぶ欲深くなった。
「…いつでもお嫁にいけるように花嫁修業しているんだけどねぇ?」
「っ!」
そういった瞬間にいそいそとお酒を飲み干し、帰り支度を始めた彼は本当に間抜けにしか見えない。「ごちそうさま~」と言いながら、彼はパタリと扉を閉めて帰って行った。
「…いつか絶対、家猫にしてやる」
そう、決意を込めてささやけば、扉の向こうでくしゃみする声が聞こえた。
雑文失礼いたしました。
次話は、閏年ということで久しぶりに誕生日を迎えた大学生の話です。