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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
あちらこちらへ跳ね回る兎
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雨のなかの温もり

昔の作品を、また引っ張り出してきました。

なんだろう…、多分こういう世界観にはまっていた時なんだと思います。



深夜二時。みさこは何度もお気に入りの映画のワンシーンを繰り返してみていた。

暗い部屋の中、何度も何度も頭から毛布をかぶって。薄暗い部屋で、彼女の顔だけはテレビの光により明るく照らされていた。みさこは私の顔を一度たりとも見ようとしない。ここの所、みさこは泣かなくなった。そのかわり、最近では大好きな映画を毎晩見ている。―――それも同じシーンを、同じ体勢で何度も。


彼が亡くなってから一年経つ。

いい加減前を向いてもいい頃だと思うのに。なんともまぁ人間とは面倒なものだ。彼に先立たれたというだけの事なのに。みさこは片時も彼を忘れようとはしない。私だって彼の事は気に入っていたし、命の恩人とも言っていいような人だった…。でも、私はみさこのようにずっと引きずったりはしない。




彼とはみさこの恋人の事で、みさこと彼と私は三人で一緒に暮らしていた。彼は私の白い毛を撫でるのが好きだった。あとは蜜柑と肉じゃが、それからみさこと一緒にゆっくりしている時間が一番好きだったみたい。

彼はよく、私の事を「みい子」と呼んでいた。そういう時は必ずみさこがすかさず訂正するのだ。


「前から言っているでしょ?その子の名前はみこよ、みこ!」


「みい子のほうが可愛くていいじゃん」


彼は私を抱きしめながらそう言うのだ。

みさこは少し怒ったような顔をしながら、それでも幸せそうに笑っていた。そんな日常風景が突然がらりと音を立てて崩れた。



彼が亡くなったのは本当につまらない事故だった。

その日は雨で、スリップした車にひかれて亡くなったのだ。…だからみさこは雨が苦手。雨の日は家に早くかえってきて、夜遅くまで眠れないでいる。

しとしと、しとしと。

今は梅雨なのだから、雨が毎晩のように降ってもおかしくはないのだけれど、夜遅くまで眠れないでいるみさこを見ると慰めたくなる。―――だってまるで、親に捨てられた子猫のように頼りないのだもの。大人として面倒を見てやるのは当然のことでしょう?


「みゃあ」


私はみさこに声をかけながら、顔をみさこにすり寄せた。


「……みこ。私、ダメなやつかな?」


「みゃあお(まあね)」


それじゃあ彼に怒られちゃうねと、みさこは呟く。彼は確かに、努力しないような駄目な人間に厳しかった。

特に仕事に関してはまじめで、あの日もみさことのデートをすっぽかして仕事に行ったため、焦って家に帰ってくる途中だった。


彼女はなお言葉を続ける。


「…でもね、彼の事を忘れたくはないの」


「にゃお(そう)」


「忘れたくはないのよ…」


「にゃあ(そうね)」


私は泣いているみさこの横で丸くなった。ふと、冷たく澄んでいた空気が温かくなった。かすかに蜜柑の香りもする。きっと、人間には関知できない程度の些細な差だ。だが、こうも続くと言いたくもなる。


―――あぁ、また来たのね。あなたも好きねぇ。


彼は雨が降ると決まってみさこに会いにくる。悲しみにくれるみさこを抱きしめて。丸くなっているみさこを、それはそれは愛おしいそうに。暫らくそうしていると、だいぶ彼女の嗚咽も小さくなってきた。


みさこはやっぱり泣いているけど、優しい声で私に言った。


「……みい子、たまには一緒に眠ろうか?」


彼は嬉しそうにみさこを抱きしめ、私の方をみて笑った。


「にゃあーお(しょうがないわねー)」


私はそう答えて、みさこの後ろから寝室へと入った。

みさこは今日も、泣きながら眠る。でも、その顔はこの一年間に見たどんな表情よりもきれいな顔だった。……彼は少し、切なそうで。でもそれ以上に、嬉しそうだった。


みさこが見ている夢にはきっと、彼とみさこと私がいるだろう。





ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


次話は、小人と女子高生のお話です。

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