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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
秘された丑の柄
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勇者の仲間

久しぶりに、バッドエンド色の強い話です。ご注意ください。



一瞬、腹部に熱を感じたかと思えば、痛みを感じるより先に鉄の味が口内を満たす。

息苦しさに堪えきれず口を開くと、焼けるようなのどの痛みの次に赤黒いものが床に散らばった。どうやら狙い通りに進んだらしい。


「えっ……?」


いつも冷静で感情が読みにくい男の、呆け顔に思わず笑った。

人払いしていたおかげで周囲は静かで、互いの息遣いしか聞こえない距離感は貴重だ。まるで恋人同士が語らっているような近さなのに、甘く見つめるのはこちらだけ。そんな様子さえ、私たちの心の距離を示しているようで切なくなる。


まぁ、裸の女が自分のベッドに寝ていても顔色一つ変えずに追い出すような男だ。

そんな人を驚かせることができただけでも、冥途の土産には充分かもしれない。


「血がついていなければ、キスしてあげるのに」


こんな状況でクスリと笑ったら、普段なら真剣にやれと怒られそうだ。

けれど驚きが抜けない彼は、言葉を発することもなく一歩後ろへよろめいた。


「な、なんで……」


「やっぱり、ここまでたどり着けたのは貴方だけだったわね」


質問に答えることはなく、腹部に刺さった剣へ手をやる。

彼の愛刀に触れさせて貰えるのは初めてだけど、丁寧に手入れされているのがよく分かる。寝る時や入浴の時ですら常に身近に置いていた剣は、嫉妬の対象にすらなっていた。大切に大切にいつも手入れしていて、仲間にすら預けようとしない半身。どんな女でも、彼の半身をこの身に抱いたのは私くらいなものだろう。何せ彼の剣さばきは見事なもので、剣を投げないし、すぐに抜けないような場所へ突き刺す戦い方などしないのだから。


彼と同等の力があるか……動揺させるような場面であったか。

念願かなって、どうにかここまで来ることができた。勇者と言われる彼がここまでたどり着かない可能性もゼロではなかったけれど、さすが私が見込んだ人だ。体の一部が欠けるということもなく、無事ここまで来てくれた。




短気な聖職者の女に、軟派な弓使いの男。盗賊かぶれの元女頭領と、その上陰険な拳闘士の男なんて者までいた。仲間に迎えた連中の頼りなさに不安にすらなったが、結果はともかくここまでたどり着いたのは評価してもいい。まぁ、あまりの頼りなさに、ちょこちょこ手を貸してしまったのは部下たちに申し訳ない思いもある。でも直接手を下したことなどないし、あれくらいで死ぬようならその程度だったということだ。恨むなら自らの弱さを恨んでほしい。


「なぜ、何故だ……」


始まりは、あまりに長すぎる日々に飽きたことだった。

魔族として終わりの見えない時の中、他者に奪われ蹂躙されることも、手駒のように利用されるのも嫌だった私は、生まれ持った魔力量の多さを利用し敵を屑った。そうしていれば、どんどんとやってくる敵も強くなり、気づけば魔王なんて呼ばれるようになっていた。


我々魔族は力こそすべてで、力さえ示せば他の者は従った。

普通の生き物と一線を画した存在の我々は、明確な寿命もなく戦場こそが命を散らすのにふさわしい。……むしろ、それしか誰も知り得なかった。世の中の澱みから生まれ、明確な肉親関係などないから、人間がいう所の『家族の情』など生まれようがない。同種ですら、油断をしていれば搾取の対象になる。共通の敵があれば共闘することはあれど、それは自分の強みを知っているから相手を操りやすいというだけに他ならず。弱点を知っていると、いざという時に裏切る者や自分が助かるために差し出す者もいる。


『私が助かるために必要だったのだから、利用するのは当たり前でしょう?』


何度、そんな言葉を聞いたことか。

勿論それは魔族だけの話ではない。人間の中には巧妙に隠しつつも、笑顔で畜生にも劣る悪逆非道な行いをする者もいた。ある種自らの欲求に素直な魔族の方が、まだマシだと思う下劣な人間も多く見てきた。あんな奴ら本気で滅ぼそうと思ったことすらある。

集団意識の強い魔族はまれで、時に人間と共存の道を行こうとする魔族もいたが、現在の世界を見れば結果は明白だ。


「君、いや、……お前は、だれだ?」


「私は、貴方が探し求めていた魔族の頂点。全てをも破壊する力ある者」


「ちがう、そんな事を言っているんじゃない」


混乱した様子で、腹部に刺さる剣をみる彼に同情心すら浮かぶ。

きっと、理解が追い付かなくて混乱しているのだろう。これまで散々探していた宿敵が、ずっと旅に同行していたとあっては、戸惑うなという方が無理な話だ。可哀相にも、混乱のあまり愛刀を取り戻すことすら考えつかないらしい。


「私こそが、本物の魔王」


「馬鹿を言うな!どうせ俺を油断させるために、彼女の姿をまねているだけだろうっ」


「腹部に勇者の聖剣を刺したまま、魔力すら擬態できる魔族なんて、いないわ」


名残惜しくて、まだまだ彼の姿を見ていたいのに、目がかすんできた。

体を修復しようとする先から、刺さったままの聖剣が魔力を奪う。そういえば、以前に魔族はとんでもなく生命力があるから、『本当に勝ちたい』のなら、首でも切ってとどめを刺さなければと教えたのに。動揺のあまり、忘れてしまっているらしい。

結果的に、あの姦しい聖職者の小娘が剣にかけた浄化の術が、私に引導を渡そうとしているのが気に入らない。聖職者である癖に、その立場を利用して勇者の一団に同行して。そもそも、彼と同じ人間ということすら気に入らない。私と対極の力があり、弱いくせに彼を癒す力を有する。そんなもの。そんなもの……。


「―――手に入るのなら、私が欲しかったわ」


「なんだ、何故魔王が彼女の、姿が、変わって……」


「勇者をっ、監視するため、魔王自ら出むいたのよ?ありぃがたく、思ってよね……」


始めは、ただの暇つぶしだった。

魔王としての統率も、へつらって寝首を掻こうとする人間どもにも嫌気がさしていた。そもそも、力も今の地位も私が望んだものではないし。死ぬのは嫌だから、生きていただけに他ならない。幸い私を殺せるだけの力を持つものもなかったから、だらだらと惰性でここまで来ただけだ。人間は脅威何て呼べるレベルではなく、中級程度の魔族を充てるだけで全滅状態だ。それが、国家レベルの軍事力でも歯向かえなかったくせに、たかが人間数人で何ができるのかと興味を持った。


「たのしかったなぁ……」


軟派な弓使いを軽く伸して、盗賊かぶれには城から持ち出した宝石をちらつかせて勇者との時間を作った。陰険な拳闘士はもともと人と関わるタイプじゃないから、問題は目障りな聖職者だけだった。天涯孤独な魔術師として勇者たちに近づいたけれど、あの女はいつも私に疑いの目を向けて突っかかってきた。


「いくら彼女が強い魔術師だとしても、あんな森の中に一人でいるなんておかしいですわ!低級魔族が彼女に近づかないのも気になります」


「そんなの、俺にだって低級の魔族は近づいてこないし、それだけ彼女が優秀だって言うだけだろう?」


「そんな優秀な人が、『たまたま出くわした』勇者一向に、頼まれてもいないのについてくるなんておかしいと言っているんです」


「あら、聖職者の貴女には分からないかもしれないけれど、この世の中には惚れた弱みというのがあるのよ。ねぇ勇者様?」


しな垂れかかる私を邪魔にすることなく、受け入れてくれる彼の手が嬉しかった。何度か似たような会話が繰り広げられたけれど、彼が私を疑いの目で見ることはなかった。それは嬉しくもあったけれど、私がいなくなった後に変な女に引っかからないかと、心配にもなってやきもきしたものだ。


こちらが幸せな記憶に酔っている内に、大好きな大きな手が、小刻みに震えているのを見つけてため息をつく。流れ出た血の量を見る限り、私に残された時間はあと僅かだというのに。ささやかなつもりのサプライズは、予想より彼の神経を焼いたらしい。まともな会話ができないまま終わりを迎えるのは口惜しくて、自らの血で汚れた手を添えて口づける。


「さいご、のキスが、自分の血のあじなんて……色気がないわね?」


彼の頬には、マーキングのように血が残った。

それを拭く余裕もないまま、前のめりに倒れこんだ私を、彼の体が受け止める。


「うそだ、嘘だ、だって、魔王は若い男の姿で!」


「あれは、部下のひとりぃよ。わたしがそだっ、てた腹心なの。ゆうしゅう……でしょう?」


最後の時を迎えた恋人同士が話す内容が、別の男のことなんてと不満が浮かぶけれど、こんな時まで隠し通していたのは私だから、黙って受け入れるべきだろう。何度か勇者たちの前で腹心に魔王の振りをさせていたから、疑う余地もなかったようだ。話に上がった優秀な腹心が、そろそろやってきて邪魔されるのではないかと危惧していたけれど、それより先に私の力が尽きそうでほっとする。最後くらいは、魔王や仮の姿としてではなく、純粋に一人の男を愛した女として死にたかった。


「ゆうしゃさま……、あなたが、だいっすき、よ……」


最後の時に『ごめん』だなんて言いたくなくて、すぐに口をついて出そうなのを何とかこらえた。嘘をついていて『ごめん』も、魔王としての役目を投げ出せずに中途半端に終わらせる『ごめん』も、言いたくはなかった。きっと謝罪したら、なんだかんだ優しい彼のことだ。『許す』としか言えないだろうし、言わないなら言わないで、それを悔やんでしまいそうだから。


「そこまで分かっているのなら、憎まれ役で終われ」と陰険な拳闘士ならいうかもしれないけれど、私だっていっぱしに恋する女なのだ。愛する人に想いを伝えないで終えた方が、未練が強すぎて悪霊にでもなってしまいそうだ。きっと恋に生きる軟派な弓使いなら、「そうだね」なんて頷くに違いない。それを見た盗賊かぶれが、ぎゃーぎゃーと文句を言うのだ。


ああ、どうして最後に思い出すのが、恋人同士の甘いひと時ではなく、不便で不自由な旅の記憶なのだろう。

きっと彼はこれから私を憎むことになるだろうけど、王としての役目を放棄した馬鹿な女がいたことだけは、頭の片隅にでも置いていてほしい。


「ど、して、どうして俺の恋人が、魔王の服を着て、魔王城で血をがなしているんだ……」


これが間違いであることを願うように体をまさぐられているのが分かるけれど、変化はとうの昔に解けているし、彼と逢うときが本来の姿なのだから見慣れた体でしかないはずだ。魔王としての威厳がどうのと腹心にいわれて始めた変化だったけれど、勇者たちの元へ行くときに余計な気を回さないで済んだのはむしろ良かった。


―――まるで普通の村娘のように、心ときめかせて恋人に逢いに行く。

そんなことが許される日々がくるなんて、思ってもみなかった。暖かいまなざしで見つめられ、自分より力強い腕に抱きしめられるのが、あんなに心地よいものだったなんて、彼に出逢うまで知り得なかった。


『勇者なんて大層な呼び名の人間がどれほどの者か、腕試しに行ってやるの』


何て直属の部下たちにはうそぶいていたけれど、王としての器を試されたのは私の方だった。これからの世界を変えかねない決断を、誰にも相談せずに決めてしまった。事あるごとに「俺を頼れ」と言ってくれた勇者様には、怒られてしまうだろう。


「ほん、ものなのか?本当に、君が魔王だと、いうのか……?」


もう、声は掠れて出てこない。

言いたいことも、謝りたいこともいっぱいあったはずなのに、一つだって出てこない。

これまで魔族も人もたくさん殺めてきて、最後の時くらいもっと有意義に過ごせば良いのにと思っていたけれど、いざ自分の番になると驚くほど出てこないものなのだ。死の直前までギャーギャー騒いで呪詛ともいえることを吐いていた奴らを小物扱いしていたけれど、他人事ではなくなってしまった。


「くそっ、何で抜けないんだ!ダメだ、まだ聞きたいことが山ほどあるんだからっ」


『死ぬな』と言わない所に彼の葛藤がうかがえて、ますます申し訳なくなってしまう。

私を抱きしめる腕が聖剣を抜こうとするけれど、ありったけの魔力で固定したから抜けるはずがない。そもそもいくら魔族と言えど、これだけ出血して魔力を失えば終わりも近い。


「だいすき、よ……」


最後に腹心がやってきた気がするけれど、私が死ねば聖剣も勇者の手に戻るし大丈夫だろう。彼は覚醒したての部下にやられるほど弱くはない。

早く次世代の魔王を覚醒させなければ、この世界の均衡も危うかった。たかだか魔力が多いだけの魔王に任せるには、この世界の未来なんて重すぎる。魔王が勝てば、人間たちは世界に満ちた瘴気によってすべて滅び、勇者もその限りではない。……だが、魔王が死ねば、ただ次の魔王が覚醒するだけ。選択肢など、あってないようなものだった。


最後に口にしたものが、恋人への愛を告げる言葉なんて腹心にバレたら憤死しそうだ。もう少し、もう少しと彼と別れる時間を遠ざけていた。そんなあさましい願いの終焉にあったのは、いつものように甘く見つめてくれる瞳じゃないのは残念だけど、彼を瞳に映して終われるだけでも良しとしなければ。


柄にもない甘ったるい感傷に浸りながら、魔王としての最後の役目を私は終えた。



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