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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
秘された丑の柄
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収穫祭


街でしがない一軒の店を営んでいる私は、大きな三日月をバッグにジョギングしていた。

この時期特有の、少し冷たい澄んだ空気が好きだ。日課というほど走りこんでいる訳ではないけれど、今日はオレンジ色の三日月が低い位置にあって、居てもたってもたまらなかった。今日は年に一度の収穫祭の夜だというのも関係しているのかもしれない。すでにお祭りは終わってしまっているけれど、何かが起こりそうで、店を閉めてすぐに眠るなんてことは出来なかった。そわそわした気持ちを少しでも抑えようと、久しぶりにジョギングウェアを引っ張り出したのだ。


―――でも、そうそう珍しいことなんて起こるわけではない。

幾らこの国で使い魔や魔術が珍しくなくても、自分がそういうものに近い仕事に就いていても変わらない。夜も深まっているから、祭りが終わったもの悲しさだけ味わうことになった。カランカランと少し間の抜けた音を立てる扉を抜けると、留守番をさせていた獅子の姿をした使い魔が出迎えてくれた。「ただいまー」と声をかけると、いつも返ってくる返事が今日はない。特に変わった様子は見られなかったけれど、何かあったのかと頭を撫でながら顔を覗き込んでみる。


「ん?何をほおばっているの?」


ちゃむちゃむ音を立てながら、使い魔のファイが何か、ほおばっていた。

よくよく観察してみると、嚙むのではなく口の中で舐め転がして感触を楽しんでいるらしい。獅子の姿をしているというのに、こういうしぐさは可愛らしく思える。


「えっ、なんか鳴き声みたいなの聞こえるけど、おやつじゃなくて、また変なの捕まえてきたの?」


逃げるでもなく、こちらを見るでもない。

空虚を見つめたままじぃっと動かない所を見ると、だいぶ集中しているらしい。

尻尾なども見えないことから、小型の動物を捕まえたわけではないのだと思う。血のにおいもしないから、少し大きめの虫かもしれない。


「……あれ、ちょっと待って」


よく考えれば、いくら体の大きな子とは言え、体の一部も見えないほど獲物を頬張っているのはあまり見たことがない。羽も見えなければ、尾も見えない。わずかに開いた口から何か生き物がいるのは分かるけれど、それが何なのか判断できなくてやきもきする。


「まったく見えないってことは、変な虫をまた食べているんじゃ……」


あれは、まだ雪が溶け始めた季節のことだった。

生命が栄える季節は虫に取っても例外ではなく、家にまでそいつは入りこんでいた―――。


「あの時は、一週間も臭いが取れなくて大変な思いをしたのに、どうしてまた変な物を食べようとするのよ!」


あの時食べていたのは『アオバカミ』という虫で、その名の通り青くて苦い葉を好んで食べる虫だった。厄介なことに、オスはメタリックのとてもキラキラした輝きでメスを惹きつける。それは他の生き物でも例外ではなく、うちの使い魔もまんまと誇らしげに捕まえてきた。厄介なことに、アオバカミは強烈な青臭いにおいを放つ。食べている葉だけではなく、住処も青臭い葉を体に巻き付けて木にぶら下がっているため、実際の木よりもアオバカミが住み着いている大木のほうがにおいが強いという。


野生の動物もその匂いは辛いらしく、オスはキラキラとした体を隠す以上の効果を得ているらしい。野生の動物が苦手としているのだから、うちの使い魔も苦手だと思ったのに……。キラキラした輝きには勝てなかったらしく、昔に買った給料の一か月分はある魔石を代わりに差し出すことで、何とかアオバカミを食べさせるという悪夢は逃れることができた。けれど、アオバカミを一時間以上ほおばっていた使い魔は、終始口から同じ匂いを発するようになってしまった。


「ほら、口を開いて!放しなさいったら」


無理やり頭を持ち上げさせても、顎を引っ張ってもびくともしない。

こちらを一向に見ることはないから、悪いことをしている自覚はあるのだろう。……いや、普段こちらの指示を的確に理解し行動しているのだから、こんな簡単な命令が分からないはずがない。それなのに、まるで珍味を味わうかのごとく口をもごもごさせ続けるのは、一種の使命感すら覚えているのではないか。


「あんた、以前にアオバカミを食べようとして、毎日お風呂に入れさせられてさんざん文句たれていたじゃない!今度はアレで済むか分からないわよっ」


ギクッと体を震わせたのは、炎の魔術を得意とする使い魔らしい反応だ。

本来、炎属性の低級使い魔なら、水に触れるなんてとんでもない。けれど、上級の実体化できる使い魔であるファイは、水に触れても体調を崩したりすることはない。もっとも、そんな上級使い魔が虫を捕まえて喜ぶなんて聞いたこともないけれど、炎同様キラキラした光りものが好きなファイの心をつかんでしまったらしい。


「ちょっと、本当に放しなさいったら!そんなに執着するなんて、今度は何を捕まえたのよ」


いっそこのままお風呂へ放り込んでやろうかと首輪を引っ張ったところで、身の危険を感じたらしい。ペッと吐き出されたそれは、すぐには何かわからないくらいによだれでベトベトになっていた。


「たっ、助かった……」


「へっ?」


「ちょっ、もう少し早く、助けてくれよ!いつ嚙まれるか、気が気じゃなかったぞ」


「っっ!」


とっさに口を押えられた私は、ナイス判断だったと思う。

うちの店は、強盗などの非常時に備えて、様々な防災対策を行っている。その一つに、酷く取り乱した状態で大声を上げると、自警団に直ちに連絡がいくというものがある。町の自警団といっても、魔術師や引退騎士といった人たちで成り立っている。ほかの国からの流れ者などは、舐めてかかってコテンパンにされていたりする。

それで国を逃げ出す者もいれば、何の因果かそのまま自警団に入る者もいるのだから面白い。まぁ、そんな頼れる自警団だから、警報がいくとすぐに来てしまう。来ないようにキャンセルなんてきかないし、下手をすると誤報と分かる前に家屋が半壊したなんて噂もある。


「ちょっ、師匠!なんて格好してるんですかっ」


べちゃべちゃと翼を左右に持ち上げて、床とくっつく原因となったよだれを引きはがそうとしている。


「何てことも何も、どう見たってこれはフェニックスだろう?」


「いや、そんなのは見ればわか……いや、分かる?うん、分かりますけれど」


「おい、そこは分かるって即答しておけ」


「いやいや、いきなり師匠が鳥の姿をして使い魔に食べられているなんて、センセーショナルな様子を見ても自警団を呼ばなかった優秀さを褒めてください」


「何だかんだ、図々しい主張を最後にしてきやがって。魔術の天才にして大師匠が久しぶりに顔を見に来てやったというのに、挨拶も感謝もないのか!」


「弟子としてまともな対応をしてほしいのなら、偉大な師匠として貫禄のある登場の仕方をしてください」


師匠のすごさは分かっているし、一生をかけてもかなわない相手だと尊敬もしている。

……けれど、さすがにこれはないと思う。


「ところで師匠、いつまで床にいるんですか?」


「お前の使い魔に魔力をさんざん搾り取られたせいで、元の姿に戻れないんだよ!」


私の掌に乗りそうな大きさなのは、うちのファイが師匠の魔力を奪ってしまった結果らしい。まるで生まれたてのフェニックスのように小さくて、特徴ある尾や羽根がなければ、ただの小鳥に見える。


「おい、人をじろじろ見ている暇があったら、そのタオルでこのよだれを拭いてくれ!」


「いやですよ、このタオル気に入っているんですから」


たまにジョギングをする私は、ウェアーやタオルまでお気に入りのセットとして決めている。たまにしかしないから数がないし、自分の使い魔とは言え、よだれをこのタオルで拭くのには抵抗がある。


「このままでは、元の姿に戻ってもよだれまみれの変質者になっちまうだろうが!」


「そんなの知らないですよ。第一、自分の魔術でどうにでもできるでしょう?天才魔術師なんだから、それくらいご自分でどうぞ」


「余計な魔力を使っていたら、なかなか元の姿に戻れねぇだろうがっ」


「……そもそも、いくらハロウィンの夜とはいえ、フェニックスに化けて街を飛び回るのは無駄じゃないとでも?」


「いいじゃねぇか、フェニックスを見れて街の奴らも喜んでいただろう?」


変な方向に、サービス精神を発揮しないでほしい。

フェニックスはこの国の守り神と言われていて、こういったお祭りの時に煌めきを撒きながら飛んでいると喜ばれる。大抵の民衆は、飛んでいる姿を見ても黙って祈りを捧げる。どうやらそれは、師匠がフェニックスの姿に変身できると知って以降王家が流した噂によるものらしい。いわく、フェニックスが真上を飛ぶうちに願い事を三回唱えると叶うだとか。ただの目立ちたがりで、人を驚かすのが大好きな師匠がうまくしてやられた結果だと思うと、考え深いものがある。


国からの依頼をこちらに降られたり、師匠をライバル視する魔術師の相手をさせられたり。とある貴族を怒らせて暗殺されかけた師匠の代わりに、ほかの兄弟子たちとその貴族を没落させるなんてこともしたことがあった。さんざん迷惑をかけられたこちらとしては、もう少しこのままでもいいような気がしてくる。


「―――その姿で、日ごろの行いを反省してください」


色々思い出して腹が立った私は、ギャーギャーと騒ぐ師匠を見なかったことにすることにした。




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