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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
秘された丑の柄
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入店拒否  前編

いつも、ありがとうございます。



まだ薄暗い空が、光にあふれていく瞬間を見るのが好きだ。

この光景は天気が良くともほんの刹那しか経験することができず、全身で光を吸収している気分になる。ここ数日は雨が降り続いていたから、なおのこと有難く思える。以前は騒がしすぎると怒られていた砂利道も、今では「真後ろに立たれても気づかなかった」と、逆に怒られるまで成長した。心が乱れているから、動作が荒くなる。自らを律することができない者が、神に仕えることなどできはしない。


この国は多神教で、様々な男神や女神が存在する。

そう『信じられている』のではなく、『存在』しているのだ。


神は昔から身近な存在で、あらゆる所で感じられる。

時には、姿を現さず超常現象として。時には、直接神の意志として。

神に仕える神官は勿論のこと、素質がある者は生まれながらその存在を認識できる。神もそれに仕える精霊にしても、人間を助けたり罰を与えたり。信者だというだけで、いつ何時でも助けてくれるほど優しくはない。だからと言って、愚かな人間をみすみす見逃すほど甘くもない。中でも私が信仰している宗派の神は、抜きん出て人間とのかかわりが深いとされている。五柱の兄妹神様からなる我が宗派は、あまりに人気であるがゆえに、それぞれの神に仕える精霊を個々で信仰する宗教まで誕生しだしている。


一神教の神官などは、我が宗派を節操がないと愚弄する者もいる。

もとより我々のような多神教を受け入れがたく思っているのだろうが、特に宗派の中でも一番攻撃を受けている。

一番上の男神は、すべてを包み込む慈愛の精神をもち、二の女神は、魅力にあふれて信者をも美しくする。三の男神は、何物をも守り通す力強さをもち、四の女神は、万病を癒すといわれる。五の女神は比較的最近生まれた神で、人々の心に寄り添ってくれる。




兄妹神様のなかでも、比較的人気が薄いとされている一番末に誕生したとされる女神。あの方の在り方は、周りの宗派から受け入れられにくいのだという。『神が人間を擁護するばかりで、明確な御利益もない』なんて、馬鹿にするにもほどがある。女神様に心酔している私のような者は、口さがない者の餌食にされたりするが気にしていない。

私は物心ついたころから今の環境が身近で、気づいた時には当たり前のようにこの神に仕えるのだと決めていた。この宗派に属しているのだし、勿論ほかの兄妹神様への思いは強い。だが、生家のほど近い場所にあった女神様の神殿は神聖で、他にはないほど心落ち着く場所だった。


両親に言わせると、言葉を覚えたころには「めがみぃ、しゃまー」と、かの方を慕っていたらしい。

ピンクの髪に、それより少し赤みの強いまつげが白い肌に映える。神でしかありえない配色だが、神々しさの中に愛らしさが加わって、年配の女性からも一定の人気を誇るあの方を崇拝するなどなかなか見る目があると思う。

懐かしい記憶に想いを寄せつつ、いつもの日課となる神殿の門前で立ち止まって祈りをささげる。微かな胸のざわめきを消しきれないのは、ひとえに私の精進が足りないせいだろう。


「わざわざ、門の前で祈りをささげるなんて、熱心なんですねぇ」


後ろから声をかけられて、そっと振り返る。

そこには人生の師と呼んで良いような年齢の男性が居て、祖父が生きていたら同じくらいの年齢かもしれないと考えを巡らせる。

にこにこと人好きのしそうな笑みを向けてくるご老人には申し訳ないが、先ほど投げかけられた言葉に首を振る。


「いえ、私は立ち入り禁止にされているんです」


別段悲観してはいないのだが、これを伝えるとみんな眉を顰めるか哀れみのこもった眼差しを向けられるか。どうせそういう反応を受けるのだから、相手を困惑させないように適当にごまかせればよいのだが。どうも自分はそういう事に疎くていけない。こんな事だから、お前は駄目なんだと眉を吊り上げる可愛らしいある方の姿を思い浮かべてクスリと笑う。


「えっ……?」


相手の男性が何事か口にしようとしたところで、後ろから快活な女性が声をかけた。

気づけば陽が上り、あたりを明るく照らしている。


「あっ、お父さん!また一人で来て、腰を痛めたばかりだって言うのに大丈夫なの?」


「おや、見つかってしまった」


どうやらこの男性は、家族に黙ってここまでやってきたらしい。

そこまでして惹かれるものがあるという『この場所』が、我がことのように誇らしい。これは大神官長様に伝えたら、さぞ喜んでいただけるだろう。日の登り具合や、彼女の額に汗が浮かんでいない所を見ると、この父親が神殿に来ているだろうと辺りはつけていたのだろう。ひどく探し回った様子はない。それだけ日々熱心に通ってくれているなど、なおのこと嬉しい。


「お父さん思いの娘さんですねぇ」


「いやいや、妻に似て口うるさくなってしまって」


「あらっ、せっかく心配して追いかけてきたのに、口うるさくて悪うございました」


「嗚呼、そんな言い方まで家内にますます似てきて、こちらは頭が上がりません」


「ほら、人の悪口を言っている暇があったら帰るわよ。可愛い孫が寝ている内に帰らないと、さすがのおじいちゃんっ子にも嫌われちゃうわよ」


「おお、それは困る。さぁ帰ろう」


「まったく、調子がいいんだから。それでは神官様、失礼します」


「えぇ、今度はぜひお孫さんと一緒にいらしてください」


「それではまた」


父親を急かすように、背中を押しながら帰っていく女性。

それだけでも仲の良さが分かるようで、ほほえましい。


「―――自分は神殿の中に入れない癖に、待っているなんてよく言うわ」


「エリカ様、おはようございます。そんな所に上って、朝日が昇るのを特等席で見ていたのですか?」


「まぁな。お主のような人間には、とてもできない芸当だろう?」


「確かに。ここいらの山の山頂にのぼっても、なかなか拝めない景色でしょうね」


「なぁに、山一つ大きく出来ないと、馬鹿にしているのか?」


「滅相もございません。第一、山を大きくするなんて、下手をすれば天災になりかねません。そのような恐ろしいこと、神官の身で望んだりいたしません」


「ふんっ、貴方は本当に減らず口が得意だな」


ぱちりと瞬きした瞬間に、目と鼻の先に可愛らしい顔が迫って息をのむ。

何を隠そう、エリカ様は私が信仰する、一番末の女神その方だ。ピンクの髪からのぞく瞳は紫色で、嗚呼、なんと美しいのだろうと見惚れてしまう。人間としての価値観を押し付けるのは筋違いというのは分かっているが、彼女を見るたびにその美しさにハッとさせられる。造形美は勿論のこと、内から発せられる清らかさが何より尊いと感じられる。


恍惚としたままではいられないと、気を引き締めるように話しかける。


「今日は裏山でハイデの花が咲き始めましたよ」


「……知っている、そんなこと」


ツンっと逸らした横顔からのぞく小鼻が可愛らしくて、思わず微笑んでしまう。

この方は度々、気分屋だ。神らしくないと言われるが、こういう所を見れば誰もそんなことは言わなくなるだろう。自らが収める土地を常に気にかけ、そこに暮らす人々をも守ってくださる。「嗚呼、やはり彼女に仕えることができるのは、これ以上ない幸せだ」とかみしめる。


「この土地を治めるあなたに、愚問でしたね」


「そりゃあ、そうだ。我が知っているなんて、あたりまえでしょう!」


「さすが我々なる崇高なる御方。この土地のことなら、何でもお見通しですね」


「馬鹿にしないで頂こうか!この土地のこと以外でも、我の手にかかればいくらでも情報は入ってくる」


「そうですね。エリカ様は素晴らしい方です」


当たり前だと胸を張る彼女の横で、そんな彼女の御神体とされる存在が祀られている本殿へ立ち入りを制限されている私は、どんな大罪を犯したのだろうと落ち込んでしまう。


先ほどのご老人に言ったのは、嘘でも脚色でもない。

私は誰より尊敬し、心をも尽くして仕えたいとしているエリカ様に、彼女の核となる御神体に近づくことを、ずっと禁止されているのだ。礼拝などを行う拝殿や、周囲の建物である社殿にまで立ち入れないのではない。だが、エリカ様の御神体が祀られている本殿は、我々神官にとっては欠かすことのできない大切な場所なのに、ずっと立ち入りを禁止されている。


私の気持ちを反映するかのように、パラパラと雨が降り出してきた。

今し方までの晴れた空が嘘のように、雨雲が立ち込めている。朝の礼拝を終えた人々が、足早に家路を急ぐのを挨拶とともに横目で見送る。


「雨がこれだけ連日降り続いていると、流石に鬱陶しいな」


パッと手を払っただけで、周辺の雨脚が弱まる。

彼女にかかれば、私も雨の様に指先一つで近づくことができなくなる。それから考えれば、こうして直々にお言葉をかけていただけるだけで、大変にありがたいことだ。だから他の神官や信者に嫉妬するなど、間違った感情だと思うのに止められない私は、まだまだ精進が足りていないようだ。






数日が経過し、変わらず私は神官として祈りをささげていた。

綺麗好きな二の女神様に叱られないように、毎日の掃除は欠かせない。兄妹神様に大変可愛がられているエリカ様は、二の女神様の教えを守り、我々信者にも環境を清潔に保つようにと常日頃からおっしゃられている。その教えを守るべく、大神官長様ですら我が宗派ではいそいそと掃除に励んでいる。いつも可愛らしい女神様だが、他の兄妹神様と一緒におられる時は、特にその可愛らしさが際立っている。拝殿を清め終わった私に、精霊様が囁いてくる。


『あのね、あのね。エリカ様にハイデの花をプレゼントしたら、喜んでくれたのよ』


「それは、良かったですね」


『貴方に裏山で咲いたって聞いたんだって、エリカ様がうれしそうに教えてくれたの。綺麗なハイデの花を毎日見られたら、よろこぶかなって集めてきたの。教えてくれてありがとう!』


本当は私が、エリカ様の瞳と同じ色の花が咲いたら殿内を彩ろうと考えていたのだが、精霊様に先を越されてしまったらしい。以前にエリカ様としていた会話を聞いていて、、喜ぶだろうと摘んできたようだ。悪戯に自然を傷つけることを良しとしない女神様は、これ以上花を摘んできても喜ばれることはないだろう。またの機会にした方がよさそうだ。


「いえいえ。私は直接、御神体に捧げることができませんから」


『ねーどうして、中に入っちゃダメなんだろうね?』


エリカ様に仕える精霊様が、ニコニコ笑ったまま残酷なことを口にする。

拝殿を清めることで凪いでいた心が、波打ちだってしまう。エリカ様に聞いても、大神官長様に聞いても明確な答えは得られなかった。気づけば、「しばらく貴方は、あそこに近づかないで」と言われたきり、二十年近く立ち入りを禁止されている。内心の落ち込みを悟らせないように会話を続けていると、たまたま通りかかった礼拝者が声をかけてきた。


「あら、神官様はまた、エリカ様の精霊様たちとお話しされているんですか?」


「えぇ。奉仕する私に、優しくお言葉をかけてくださるのです」


つい先ほど刺さった棘はなかったことにして、微笑んで見せる。

そうすると、何の脈絡もなく女性は頬を染め出した。度々あるのだが、私の顔は女性から好意的に受け取られるらしい。自分としてはもっと男らしい顔立ちに憧れたものだが、周囲は必ずしもそうとは思わないらしい。


「神官様は、昔もこんなに素敵だったんですか?」


「はぁ、比較的変わらないと言われますねぇ」


玉虫色の返答でのらりくらりとかわしていくが、相手もなかなか話を終わらせてはくれない。

掃除のほかにも色々とやらなきゃならないことがあるのだが、どうしたものかと思考を巡らせる。


「前の世では、こいつはとんでもなく太っていたわ」


頭上から声がしたかと思えば、ストンっとエリカ様が近くに降り立った。

どうやら、会話を聞かれていたらしい。


「―――えっ」


「えっ、意外です。質素倹約で神官の鑑と言っても良い姿しか見たことがないから」


「ま、まぁ、太っていたのは前の生だけで、後は嫌みなくらいに変わらなかったからな。短命の癖に、やけを起こすこともなくいつも自らを律する姿しか見せないから、見ているこっちが歯がゆくなるほどだった」


「へー、そうなんですね」


ポンポンと交わされる会話を前に、一人固まる。

あまりの情報量に、理解が追い付かない。いくら末の女神様とはいえ、数百年の時を過ごしてきたのは驚くことではない。問題は、私が何度も生まれ変わり、なおかつそれを女神様と関りがあったこと。それを分かっていたのに、これまで一度も話してくれたことがないことだ。もしや、そこに『御神体に近寄るな』というお言葉の真意があるのではないかと、思わずにはいられない。


この言いつけに、本当に思い当たる節がないのだ。

女神様の怒りに触れたというのなら、もっと何かしらの咎を受けるはずだし、最悪神官を辞することもあり得る。そもそも、エリカ様を可愛がっている兄妹神様たちに、直接手を下されるだろう。お優しいエリカ様なら私の失態を黙って耐えるということもあるかもしれないが、あの方々がエリカ様を傷つける私を許すわけがない。若干視線が厳しく思えることもあるが、気性の激しい二の女神様や三の男神様が何も言ってこないことはありえない。なるべく気にしないようにはしてきたが、自らが信仰する神にある種拒絶をされて、平気でいられるほど図太くない。


「エリカ様……」


「何だ。そんな恨みがましい瞳でみられても、嘘はついていない」


そうではなく、どうして私だけ御神体に近寄ってはいけないのでしょうか。

そんな疑問を口にする勇気が、今の私には持てないでいた。



ハイデの花:エリカの別名。七百種類以上の品種があり、一部を除いて暑さ・寒さに強い。


参考Web「https://botanica-media.jp/4815」

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