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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
あちらこちらへ跳ね回る兎
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天邪鬼からの手紙

今日は猫の日?いえいえ、良い夫婦の日ですよ。



『浮気してきます

 探さないでください』




深夜にようやく家へ帰りつくと、そんな置手紙が机の上にあった。

一瞬きょとんとしたが、直ぐに内容を理解して深いため息がこぼれ出す。仕事から帰って来てそうそうにコレはないだろう…。確かに最近妻を構ってやることは少なかったし、挨拶すらまともにしていなかったかもしれない。今日も「早く帰ると」いう約束を破ってしまって申し訳ないとは思っている。だが、いくらなんでもコレは酷い。

もう一度その置手紙を眺めて、机に戻した。


「……阿呆らし」


ぽつりと呟いて、冷えた飯を掻き込む。机の上には置手紙と共に明らかなる手抜きであろう親子丼が用意してあった。随分前に用意されたそれは卵が少しかたすぎるし、味が濃い。


こんな味付けだと「俺を病気にさせて、とっとと第二の人生を楽しもうとしているのではないかと」勘繰りたくもなる。


大体、亭主が帰ってきたのに『笑顔で出迎える』どころか、浮気してくるとは何事だ。―――そもそも、浮気とはこんな風に亭主に宣言してするものなのだろうか?

世間様の浮気事情など知らないから何とも言いにくいが、やっぱりうちの妻は少し変わっているのだろう。




照れ症で滅多に甘えたりすることはないくせに、時々こちらの不意を突くように、可愛らしいおねだりをしたりする。本心を晒すことが苦手なのに、こちらがドキリとさせられるような的確なアドバイスくれる。これではまるで、甘えベタな猫でも飼っている気分だ。

口下手で甘えるのが下手なうちの奥様は、よく意見のすれ違いで癇癪をおこす。


「どうして分かってくれないの!?」


「そんな説明で、分かるわけがないだろう!」


というのが、最近家でよく行われる会話だ。

そうすると決まって彼女は黙りこむ。彼女自身、説明が下手なことや言葉足らずな部分を認めてはいるのだ。だからこそ何時も悔しそうに唇をかみしめてうつむく。

本当は、俺の方にも問題があるのは分かっている。彼女と比べると俺は随分鈍いのだ。女心などさっぱりだし、幼馴染である彼女が初恋ですべて初体験であるから、普通がどんなものなのかすら分かっていない。



けれども、人一倍自尊心が強い俺は、それを簡単に認める事が出来ない。

それ故、八つ当たり紛れに「どうしてこんな面倒な女と結婚したのかと」自問自答したことなど数知れず。ただ、どれだけ問いかけてみたとしても、結果は決まっている。『惚れたから選んだのだ』という、答えしか浮かばないのだ。


…これまで、さまざまなすれ違いを経験してきたが、何とか解決してきたじゃないか。時には歩み寄り、時にはとことん衝突して。

それが無駄だったとは言わせない。俺は、これでも無駄なことは嫌いなのだ。―――だから、これまで尽くしてきた想いを、時間を。無駄になどして堪るものか。




例えば、親子丼と共に置かれた野菜たっぷりの味噌汁とおしんこ。時間があいても悪くならないようにとしっかり煮込まれた卵も。こんな些細な部分でも、いちいち愛しくてしょうがないのだ。例え疲れて帰ってきた俺をいたわってくれない薄情な奥さんだとしても。


「さぁ、そろそろ食い終わったし迎えに行くか」


彼女が怒って出ていきそうな場所は、大抵親友の家かもう一か所と決まっている。

彼女の親友は最近結婚したそうだから、こんな遅くまでいるという事はもう一か所の方だろう。車の鍵を持って家を出ようとすると、図ったようなタイミングで実家から電話がかかってきた。電話がかかって来て安心したのも事実だけれど、二度も両親から説教を受けるのかと思うとげんなりする。


「はいはい、はいはい。

 これから迎えに行くから、待っていてくださいよ」


このタイミングでかかってくるという事は、俺が奥さんの機嫌を損ねたことへのお叱りの電話だ。

彼女は何故か、俺自身よりも俺の両親と仲がいい。その為、「家出をするときは家へいらっしゃいと」俺の両親は彼女に言い聞かせている。また、彼女自身もそれに素直に従い、夫婦喧嘩をすると決まって俺は両親から怒られる。


これは有り難くもあるのだけれど、複雑な思いを抱かずにはいられない。

もしもまかり間違って彼女と破局なんて事になれば、あの人たちは俺と縁を切るとでも言いだしかねない。

勿論そんなことを認める気はさらさらないのだけれど、流石に彼女自身が匂わせた『浮気』の二文字の効力は強かったらしい。すぐにでも逢って謝らなければと、今更ながらに焦ってきた。




俺は急いで花束を持って走り出した。

きっと両親から色々言われるだろうけれど、今日ばかりは短い説教で済むだろう。

……いや、彼女との結婚記念日をやり直すためにも、早々に彼女を攫ってしまおう。


膨れ面で待っているであろう愛しの奥様を思い浮かべ、俺は一人微笑んだ。






前書きのにゃんこネタは、どれだけの人に通じるのか分からないので、知らない方はスル―でお願いします。し…下ネタじゃないよ!

おまけに残してあったのは一文ですが、色々な感情が含まれているから二人にとっては手紙なのです。


次話は、恋人を失った女性と雨の中の物語です。

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