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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
秘された丑の柄
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合図


ぱち、ぱちっと音が鳴りそうな勢いで、幼馴染が目を瞬かさせている。

俺と違って、バサバサ鳴りそうなほど長いまつげも、守るはずの瞳が大きければゴミや外敵から守り切れないものらしい。両目にゴミが入るなんて早々ないから、なおのこと大変そうだ。俺のように眼鏡をするでもなく、コンタクトをするでもない彼女だから、目を洗ってくればいいじゃないかと言えばそういう問題でもないらしい。


「そんなに辛そうに目をパチパチさせている位なら、目を洗ってくれば?」


「っっ別に、目にゴミが入った訳じゃないし!」


プイッと顔をそむけたようは、小さな鼻をツンとさせている。

地元野菜くらいしか特産物がなく、観光名所もパッとしない。ともすればほかの県でも似たような物がありそうな感じで、唯一都会からちょっと近いのが自慢という際立ったところのない地域に俺は生まれた。もっとも、さんざんコケにしておいてなんだが、俺自身も成績は勿論外見もよく言って中の上とくればこんなもんだろうという気持ちが湧かないでもない。そんな普通を絵に描いたような俺だが、この幼馴染の存在は異質と言っていいだろう。


十人いれば、八人が可愛いというだろう顔立ち。

少し派手さには欠けるが、その愛嬌で友だちは多くおしゃれに余念がない。中学の頃から、成績は上から数えた方が早いほど利口で今もそれは続いている。それを鼻にかけるでもない彼女はクラスでも中心的なグループにいて、今となってはどうして俺に構い立てしてくるのか本当に謎だ。




今日もどうやら俺は、また声のかけ方を間違ったらしい。時々幼馴染の求める言葉や対応が分からずに、こうして機嫌を損ねてしまうことがある。向こうは一人っ子でこちらは五つ離れた弟がいるのだが、どちらかと言えばこちらの方が自由人で一人っ子に見えると周囲から言われることが多い。



普段は愛想よくにこにこしている彼女がこうも危険を損ねているということは、「お前が圧倒的に悪い」と悪友の木崎には言われてしまう。陽は突然機嫌が悪くなることがあるし、母と父の関係を見る限り、女特有のものだろう。「女心と秋の空」なんて言葉もあるだろうと不機嫌もあらわに言い返したのだが、「お前の場合は、もっと女心を学べ!」なんて彼女が途絶えない木崎に言われれば言い返すすべはなかった。にしても、心配した幼馴染に向ける言葉にしては、あまりに辛辣でつれない態度過ぎる。気づいた時には恨めし気な言葉が口をついて出ていた。


「いつも、学校では優等生キャラ演じているくせになぁ」


「キャラなんて演じていないわよ!失礼なこと言わないでくれる?」


蔑むような冷たいまなざしに、これはいっそ新たな扉を開いた方がいいのではないかと思えるほど教室ではまず見せない顔に黙り込む。

俺にばかり冷たい姿は歯がゆくもあり、幼馴染にだけ許された気安さなのだという風にも自惚れる。幼い頃からの癖で、つい『陽菜ひな』という本名ではなく、陽というあだ名で呼んでしまうのも許してくれている。そういう特別扱いがあるからこそ、期待する気持ちが止められないのだ。


「まったく、こちらの気も知らないで……」


買ったばかりの漫画を手に、彼女はごろりとベッドに寝転ぶ。

制服からわざわざ着替えてきたのだろう。だぶだぶのシャツは肩が見えているし、ハーフパンツは少し捲れて、太ももがあらわになっている。年頃の男子としては、本当に目に毒なのでやめていただきたい。


小学生の頃ならまだしも、中学に入ってからは俺の部屋に足を踏み入れようともしなかったくせに。どうして高2に進んだ頃から、度々人の部屋を訪れてはゴロゴロして帰っていく。こっちは気を使ってリビングで待っていてくれれば、読みたい漫画は持ってくると言ったりしているのに「自分で選びたいから直接見せて」なんて言われてしまえば、断るのも気まずくてそのまま部屋に入れてしまう。そのせいで、いかがわしい本などはまずその辺に放置できないし、部屋を見て「汚い」なんて言われたら立ち直れないから最低限綺麗にしている。そんな努力や葛藤を知らず、彼女は簡単に『男の部屋』に足を踏み入れるのだ。


「別に、今更でしょう?」


なんてまっすぐな瞳で言われれば、「女として意識しています」なんて言えないのは俺だけじゃないはずだ。


―――まったく、この幼馴染は人の気持ちを分かっていない。


深くため息をついて、頭を抑える。


「また、頭抑えている」


「へっ?なんか言ったか?」


「何でもない」


フィッと視線を漫画に戻した陽は、それからもうこちらを気にするのはやめたらしい。

集中しだした彼女はもうこちらの存在も忘れて、無言でパラパラページをめくる。本当は電子書籍を登録しているし、周囲にも「まだ本屋に行ってんのかよ」なんて揶揄われたりする。


けれど、俺はなんだかんだ言っても本をめくる感覚が好きだし、かすかに香る本特有のにおいも好きだ。スマホやパソコンのタイピングオンなどならイライラするが、誰かが本をめくる音なら気にならないどころか心地よくすら感じる。陽もおしゃれに余念がなく、一見真逆の人間に思える。だが俺同様、本の魅力に取りつかれた同士として、しょっちゅう本を貸し借りする仲だ。



幾らバイトをしていても、欲しい本を際限なく買える訳ではない。

今でも時々、学校の図書館に行っては本を借りている。俺は図書委員にまでなって入り浸っているが、彼女は友だちとの付き合いもあるし大変なのだろう。以前にたまたま図書委員の仕事をしているところを見られたら、やけに恨めしい目をされたことがある。


「こっちは、話しかけるのすら遠慮しているのに」


「ねぇ、さっきからブツブツ言っているけど、この続きってどこにある?」


「……その続きは、今木崎に貸しているからここにはないよ」


「えー、めちゃくちゃいい所なんだけど!」


「木崎も同じこと言って、昨日持って行ったな」


「木崎、許すまじ」


「あー、早く返すように言っとくわ」


普段なら、貸した本を早く返すように急かしたりしない。

好きな本のすばらしさを共有したい気持ちもあるし、一刻でも早く続きを読みたい気持ちもわかる。たとえ読むのが遅くても、続きが気にならない訳ではないし、楽しんでいない訳でもない。テストを目前に控えた今は課題も多いし、なかなか没頭できない気持ちもわかる。


読み終わったら返してくれればいいと日ごろから言っているが、今回ばかりは早めに返してもらおう。クラスの中心的なグループにいる彼女へは、学校ではあまり話しかけないようにしている。こんな事でもないと関りが持てないなんて情けない限りだが、使えるものは何でも使う。必死過ぎると笑いたければ笑うがいい。こんなにも対極にいる幼馴染を持っている人間は、大抵共感してくれるはずだ。何とも思っていない異性の、水着姿にすら目が離せなくなるのだ。好意を寄せる幼馴染の太ももなんて、目の毒以外の何物でもない。


とりあえず今は、羽織っていたパーカーを捲れている太ももにかけて「明後日までには返してもらっておく」と、いうことしかできなかった。






日付は変わって、約束の日。


「……また、目にゴミが入ったのか?」


この前とは違って、調子が悪いのは片目だけなのか、必死にパチパチしている。

まるでウィンクしているかのような表情は、ちょっと間抜けで可愛らしい。


「ちっがうわよ、馬鹿っ!」


何が気に障ったのか分からないけれど、陽は機嫌が悪そうにドスンとベッドに勢いよく座る。


「あーもうっ、ぜっんぜん分かってくれないし!あのおまじない噓ばっかりじゃないっ」


「まじない?また何か変な雑誌でも見たのかよ」


「違うし、またって何よ!そんな失礼なこと言うなら、せっかく持ってきたけどこれあげないから」


さっきから気になっていた包みを抱きしめ、そんなことを言われてほとほと困り果てる。

どうしたものかと思ったところで、コンコンッと軽く扉を叩く音がして入り口に視線を向けた。


「紅茶持ってきたわよー」


「母さん、俺は紅茶より炭酸の方が好きだって言ってるじゃん」


「えーでも、せっかくマフィン作ってきてくれたんだし、マフィンなら紅茶の方が合うでしょう?」


「マフィン?」


「なぁに、あんたまた陽菜ひなちゃんのこと怒らせてお預け喰らっているの?」


「おば様、お預けなんて表現犬みたいじゃないですか。やめてくださいよぉ」


「あら、そぉ?確かにこの物覚えの悪い愚息と比べたら、ワンちゃんの方がはるかにお利口かしら」


「もぉ、おば様ったら!」


クスクス笑った陽は、機嫌が直ったようでほっとする。

どうやら今日は、「いつも本を借してもらっているから」という理由で、マフィンを焼いてきてくれたらしい。珍しい行動に、一瞬何か裏があるのではないかと勘繰ってしまったが、どうやら本当に純粋な好意で持ってきてくれたらしい。散々からかってくれた母さんには後で文句をいう事にして、有難く差し出されたそれにかじりつく。


「うん、美味い」


「ちょっと焼きすぎたかなって心配だったから、良かった」


ホッとしたように笑った陽は、どんどん食べろと進めてくれる。

放課後は何かと腹が減ってしょうがないから、有難くパクパク食べ進めた。優しい甘さのマフィンはプレーンタイプとジャムが入ったものがあり、飽きることなく食べられる。


「いつも平日はバイトか部活で忙しいって言っているのに、珍しいな」


「試験が近いし、今はあまりバイト入らないようにしているから。それに、変なおまじないに頼るより、これからは正当法で行こうと思って」


「正当法?」


「そう。だからまずは手始めに、胃袋を掴む所から始めるわ」


「……?よくわからないけれど、頑張れ」


陽はひとつしか食わず、十個近くあったそれはほとんど俺の腹に収まった。

「また作ってくるね」と笑った陽は、その言葉にたがわず定期的に菓子を持参で訪れるようになった。




その後、教室で俺は絶句する。


「陽菜は、ウィンクできるようになったの?」


「えー何、陽菜ウィンク出来なくて練習してたとか、可愛いー!」


「それってあれでしょう?朝起きて、好きな人の名前の分だけウィンクすると気持ちが伝わるってアレ!」


「そうそう。そんなことするより、本人に向かってウィンクした方がよっぽどドキッとさせられるって陽菜と話してたんだけど、この子ウィンクすらできないって落ち込んじゃって」


「やだっ、陽菜可愛い」


「それでそれで?できるようになったの?」


「……ウィンクするよりも、胃袋掴めってアドバイスされてやめた。なんか私がウィンクしても、相手にはまったく伝わってなくて、頭抱えて悩みだすし」


「何それ、笑うー」


「あっ、言っとくけど考え事するときの奴の癖であって、私が変なことしている訳じゃないからね!」


ドキドキ、不整脈を疑うレベルで高鳴りだした胸を抑えて、耳を澄ませる。

まさかそんな訳がないと思いながら、期待する気持ちが止められない。無意識に頭に伸びかけた手を、目の前でニヤニヤ笑う顔に邪魔され机に戻す。


「何だよお前、ようやく気付いたのか?」


「へっ?」


「陽菜ちゃんの態度なんて、バレバレだったろう?少し二人の様子聞いただけでも、俺には分かったぞ」


どうして「俺より先に、木崎が陽の気持ちに気づくんだ」という怒りが芽生えかけるが、さすがにそれは八つ当たりが過ぎるだろうと机に突っ伏する。


「にしても、そんなにあからさまにアピールされていても、お相手は気づいてくれないのね」


「そうそう、陽菜がこーんなに可愛いことしているのにね」


「こっちは、眼鏡外したら格好いいとか褒めているのに、全然気づいてくれないし、鈍すぎてぜーんぜん駄目っ」


眼鏡は顔の一部なんだから、『外したら格好いい』は、我々眼鏡族にしてみれば『顔を隠していたらイケメンに見える』と同異義語でまったく褒め言葉にはなっていない。どうせ褒めるなら、もっと分かりやすくお願いしたい。ぐちゃぐちゃ反論が浮かんでくるが、「そこまで言われたら何かしらピンとくるだろう」と、木崎の嫌な視線にさらされて再びうつむく。


「―――まったく、あっちは人の気持ちを分かってくれないのよ」


以前に浮かんだ言葉をそのまま返されて、俺はしばらく机から顔を上げることができなかった。



10月11日はウィンクの日ということで書き始めたのですが、どうせならハロウィンネタを上げたいと、少し早めに投稿いたしました。


お付き合いいただき、有難うございました。

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