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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
あちらこちらへ跳ね回る兎
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魔女

ふと、童話などを見ていて感じていた事をそのまま綴った形になります。(2012/06/21改稿しました)


街はずれの道を歩いていると、知り合いの男が向こう側から歩いて來るのが目に入った。


「あらっ、ずいぶんご機嫌な様子ね?」


にこにこと微笑んでいるその顔は、普段の平和ボケした様子よりもなお酷く。幸せでたまらないといったその姿は、争いが絶えないこの時代においては、あまりに不釣り合いな物だろう。

だが……皆が疲れたこの時代においてこの男の朗らかさは、必要な物なのかもしれないとも最近では感じ始めている。自分では、とても真似できない彼の穏やかな雰囲気に、私はふっと笑みを向けた。


どれだけ厭味ったらしく言葉を連ねても、ずっと相手に伝わらなければ毒気が抜かれるというものだ。―――しかし、まさか笑みを浮かべた直後に、彼から私を一瞬で凍りつかす言葉が出てくるとは思いもしなかった。


「おぉ、君か!

 聞いてくれ、嬉しいことにあの素晴らしき女性との結婚が決まったよ。この僕が彼女の心を射止められるなんて、どれだけ幸運なことだろうっ」


「―――えっ?」


彼から言われた言葉をうまく理解できなくて、私は間抜けにも口を開けたまま凍りついた。そんな私の反応を勘違いした彼は、こちらの気持ちなど知ることもなく、言葉を重ねる。


「ははっ、君が驚くのも無理はないさ。

 だが、ようやく思いが通じたんだ…君も喜んでくれるだろう?」


何の根拠もなくそう決めつけた彼は、普段にもまして饒舌だった。

その後も、勝手な事をずっとしゃべり続けている。やれ「もっと社交的になった方がいい」だの、「これからもずっと薬師として協力してくれ」だの。幸せのお裾わけだと言わんばかりに、自分の考えを浮かれた様子で押しつけてくる。


―――彼はなにも知らない。何も知りはしないのだ。

私がただの薬師ではなく、皆に忌み嫌われる魔女だという事も。人見知りなのではなく、人々に恐れられているから彼以外に友人がいないのだという事も。

この…明かすことが出来ないであろう、恋心も。




「―――そう、よかったわね」


とっさに言葉はこぼれ出たが、その言葉に気持ちは込められていない。

彼の事もあの女の事も…憎くてしょうがなかった。


だってそうでしょう?

あの女は何も努力せず、みんなから好かれて愛されて…大切にされて必要とされているというのに…。どうして努力した私だけは、のけ者にされて不幸でいなければいけないの?


『女のくせに、あんな本を読んで…。やっぱり魔女は変わり者だ』


『魔女は、人を解剖した本を愛読しているらしいぞ』


『なんて恐ろしい…やはり魔女は悪しき者なのだな』


様々な本を読み、様々な医学を学んだわ。

それによって、人の殺し方や毒薬についても知識として得てしまったけれど…。

人の急所を知っていれば、簡単な護身術を教えられるし。毒を以て毒を制すことも出来るから必要な事だった。


『また、魔女が動物を捕えていたらしい』


『きっと黒魔術にでも利用されるのだろう…可哀想に』


頭の固い人たちから見たら、禍々しい実験をしているように見えるかもしれない。けれど…それは人で取り返しのつかない失敗をしないためだ。動物たちを殺やめるのは心が痛んだが、動物実験は薬を作るにおいて欠かせない工程だった。




―――全ては人の役に立ちたいが為だった。

魔女などと大それた呼び方をしているけれど、私が出来る事など高が知れている。

永遠の命を与える薬など作れないし、直せない病だってこの世の中には多くある。


所詮私は、しがない薬師でしかないのだ。

いつまでも姿形が変わらないと言われているのは、童顔の上に日々健康や美容に気を使っているからだし。森に一人住んでいるのは、人と関わるのが少し苦手だからだ。もっとも、そんなことは昔のことで。最近では、『魔女』と呼ばれるものだと気付かれた瞬間に変わる人の目が怖くて、近づくことすら怖くなってしまった。

それだけの事で、まるで「この世の災厄すべてが私のせいだ」という風に言われるだなんて納得できない。


『この魔女めっ!村が狼に襲われたのはお前のせいだろうっ』


『病が蔓延したのは、魔女のせいだ!』


『魔女なんて、とっとと居なくなればいいっ』


これまで浴びせられた心無い言葉たちが、頭を駆け巡る。

魔女と呼ばれるようになってから、お金も払わずに薬をだまし取られたがある。

無理矢理、薬の調合法についてのノートを盗まれた事もある。悪行を働く『魔女』には、人権すら与えられていないらしい。

国は何もしてくれない。唯、厄介な人物が来たと煩わしそうにするだけだ。その為、私は全て自分の手で身に降りかかる悪意も苦難も乗り越えてきた。時には睡眠薬を使った事も、しびれ薬を盛った事もある。しかし、これはだれも守ってくれなかったから、仕方なくやった事だった。




「彼女は本当に素晴らしいんだよ。声は小鳥のさえずりのように愛らしく、その瞳は夜空の星を閉じ込めたように煌めいているんだ。髪はさらさらなのに…艶めき、白い肌は細いのに柔らかくて……」


何時までも続く彼の惚気は、私にとって苦痛でしかない。

彼の話は薬やほかのことにも飛んでいるはずなのに、気が付けば彼女をほめる言葉へと変わっている。

……これは、世間知らずな王子をだまして利用した罰なのだろうか?

でも、こうでもしなければ私の薬を多くの人に広めることなど出来なかった。


「―――そうそう、大切なことを伝え忘れていたよ。

 この前は素晴らしい薬と助言をありがとうっ。君の薬や知識のお陰で、感染症や手のつけられなかった病人が見る見るうちに治っていくんだ!本当に君は魔法を使っているみたいだな」


浮かれるあまり礼をし忘れるなんて、また君にどやされてしまうな。

そう国民の幸せを願い、心の底から嬉しそうに話す彼の姿は、何時もだったら心が温まるものなのに…。今は酷く冷めた気持ちで彼をみつめていた。

素直な彼は、私の薬や知識を素晴らしいと評価してくれているけれど、国王や宰相たちが『王子は魔女にたぶらかされているのではないか』と不審がっているから、そろそろ幕の引き時だろう。今までいた国のように、悪しき力を使うと言われ、お尋ね者になるのも時間の問題だ。


『―――ご苦労であったな。礼は、はずもう』


『礼には及びません領主様…ただ、一つお願いできるのならば。

 この土地の端で構いませんので、住居を構えることをお許し願いませんでしょうか?』


『魔女よ…今回の働きは素晴らしかったし、おぬしの薬師としての腕は確かだと認めるが、なにぶん人々が怯えてしょうがないのだ。―――わかってくれるな?』



…いつ私が空を飛んだのよ。どうやって私が人を呪い殺したのよ。

どんな質問をしても誰も答えられやしない。当り前よ、そんな事実はないのだもの。人々が畏怖の念に駆られ、噂が噂を呼んだだけ。言わば私は被害者だ。






そんな私を、魔女とは知らずに好いてくれたのは彼だけだったのに…。

ねぇ、本当にあんな女のどこが良かったの?


「どうして、あんな娘…」


熱心に話し続ける彼を前にして、つい本音がこぼれ出そうになった。もしかしたら。もっと他の女性だったら私もこうは思わなかったかもしれない。家庭的だったり、聡明であったり。とにかく私より遥かに秀でているような人だったら、哀しくはあるけれど受け入れられたと思うのだ。


…それなのに、どうしてよりによって彼女なの?

動物たちに好かれるから、善良な人間なの?

生まれ持って美人だから、愛されて当然なの?


「彼女は神からの贈り物のようだ」


―――分からない。

どうしてみんな寄って(たか)って、彼女を褒めそやすのかが分からない。


ひび割れ一つない手が、洗濯婦や料理人より気高いの?

裏表のない言葉が、商人や外交官より価値あるものなの?


ねぇ、誰でもいいから答えて。

彼女のいいところは、警戒心のかけらもない行動?恵まれた容姿?家事などした事のない生まれ?知性の感じられない性格?


すべて私は持っていなかった。

警戒しなければ、誰かに搾取され続けるだけだったし、それでは生きてこられなかった。容姿など、どれだけ気にかけても元の素材が変わることはない。貧しいながらに愛してくれた父も、体の弱い母を助けるためにしてきた家事も、恥じたことなど一度もない。


女性が男性と同じく学問を身につけて何が悪いというの?悔しければ、貴方たちも死に物狂いで勉強すればいいのよ。


「君もきっと彼女を好きになるよ」


どうかお願い。私が愛しい彼も、憎い彼女のことも手にかけて本当の『魔女』になってしまう前に…


誰か私に答えをちょうだい。




某有名な『お姫様が動物たちと何故か会話出来たり、歌いながら踊ったりする話』って、そういうものだと知っているから違和感ないですけれど、知らない人から見たら何だこれ?ですよねっというお話でした。


家族や誰かの為に「荒れた手」を馬鹿にすることも、生きていく為に「腹の探り合い」をする人たちを非難する事も、私はしたくないしすべきではないと感じます。

それなのに、いろいろ恵まれているお姫様が正義のように言われたら、頑張っている人たちは否定されているようで悲しいではないか!…という、考え過ぎの人間でした。


勝手な一人語り、失礼しました。

次話は、11月22日のとある夫婦の過ごし方です。

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