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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
唯一無二のヒーローを目指す鼠
102/132

裏切りのダリア

読後、ちょっとホラーテイストかもしれません。

申し訳ないです。



裏社会を牛耳る『レディ・ダリア』といえば、知らぬ者はいない。

だが、彼女が成人したばかりの、ひ弱な女だと知るものは多くない。貴族だろうが庶民だろうが、彼女の名を口にするのは覚悟がいる。彼女の姿を目にしたのなら、何かを失う必要がある。彼女の正体に気づいたなら、生きてはいられない。これが、この街にいるだれもが知っている常識だ。そんな常識を軽んじて、自らの好奇心を満たそうとしたもので、生きていたものは誰もいない。



―――それだというのに、レディ・ダリアと何度もまみえて、棺に片足突っ込んでいるような自分は、両親に顔向けできないような危うさで生きている。

レディ・ダリアは、今日も一部の隙もないドレス姿でたたずんでいる。いくら貴族街にほど近い一角とはいえ、暗い裏路地なんて彼女には到底似合わない。だが、喪中かというような黒いドレスには白いレースがあしらわれているとはいえ、こんな暗闇では気休めにもならない。むしろ、肩から腰の切り替えまでつけられたレースは、彼女をより異質なものに見せている。


装飾の施された大きな扇子は、彼女の余裕を表すように揺らめいている。物語に出てきた、海の魔物セイレーンか何かに睨まれたように動くことができない。




怪しくも魅力的な魔物が、突然裏路地に現れたのだ。

普通の市民は、さぞ騒ぐだろうと思っていたが、彼女と出くわすのは、静寂が辺りを包む夜ばかりだ。きっと何らかの方法で、こんな日を狙ってやってくるのだろう。酔っ払いの一人も通りがからない。


あまりに非日常的な彼女を前に、こちらの姿が恥ずかしくなる。

髪一筋乱れていない彼女を前に、こちらは庶民が着ている白いシャツにトラウザーズ姿だ。辛うじて紺色のポイントが腰へ入っているが、それだって連日着ているから新品とはいいがたい。いつだって、レディ・ダリアは相手に身構える隙すら与えないのが特徴だった。


「レディ・ダリアは、こんな雲の多い闇夜に、おひとりですか?」


「……今日は、無駄話なんてする気分じゃないわ」


「話をする気がないのなら、何をしにいらっしゃったんですか?」


「まさかまさかと思っていたけれど、本当にこんな事があるだなんてね。母親の死をきっかけに色々思い出した時は、それはそれは驚いたのよ?」


彼女は楽しげに話しているのに、その瞳に温度は見られない。

嗚呼どうして、こんな事になってしまったんだろうか。


「あの子は死んだ」


「…………」


「あの子は、死んだのよ」


自分に言い聞かせるかのように、何度も彼女は呟いた。

その呟きは次第に慟哭へ変わり、あまりの痛さに耳を抑えてしまいたくなる。愚かな自分の手を必死に握りしめ、なんとか逃げ出さないように自身を抑える。レディ・ダリアは、めったに表舞台に立つことがない。当たり前だ。レディ・ダリアというのは、彼女が後ろ暗いことをするときの呼び名でしかない。普段は、この国有数の公爵令嬢という立場を利用して、好き勝手にふるまっている。


生家の多額の資産も使い果たし、気づけば婚約者の第二王子を使い国庫にすら手を出したらしい。ある程度後ろ暗い貴族なら、みんなレディ・ダリアの正体に気づいている。だが、だれもそれを口にするのは許されない。「不安定」なダリアは、彼女の怒りを買ったものを生かしてはおかない。彼女が少し眉を顰めれば、マフィアのボスをしている祖父が、翌日には町の広場にそいつの生首を飾る。


「可愛い孫が悲しむさまは、見たくないからのぅ。大事な娘の忘れ形見だ。泣かせては可哀そうだろう?」


イカレタ老いぼれは、そう笑ってパイプをふかす。

季節に関係なく、常に帽子にパイプ。それが男のスタイルだ。実の娘である公爵夫人は、裏社会に生きる父親を嫌っていたらしいが、母親を亡くしてからのレディ・ダリアは、まるでタガが外れたように悪に染まった。今でこそ娘に恐れを抱いている公爵だが、公爵夫人が生きている時は、実父とのつながりが薄いのをいいことに暴力をふるっていたらしい。


「子どもができたから子爵の娘を妻にしてやったのに、実の父親がマフィアのボスだなんて聞いていないぞ!」


そんな風に鞭打つ公爵に、公爵夫人はひたすら謝って過ごしたらしい。彼女は父親の家業を嫌い、子爵家に養子縁組したことを黙っていた。それを負い目に感じていたのだ。

傷が膿、膿んだ傷がさらにえぐれたことで、ある日高熱を出して公爵夫人は儚くなった。母親に似た、チェリーブラウンの髪。「夫から娘一人守ってやれない子爵家に、任せていられるか」と、本当は葬儀後に、祖父は孫娘を引き取ろうとしたらしい。けれど、「お爺様、父にはばつが必要だと思いませんこと?」という、穏やかすら感じさせる笑顔にすべてを悟った。


レディ・ダリアはその日から、鞭を打たれるどころか父親を精神的に追い込んで、金を持ってくるだけの人形へと変えてしまったのだ。すべて後から調べさせたことだが、その手腕と冷酷さに身震いがした。


「―――なぁに、さっきはあれだけうるさかった癖に、もう何も言えないの?」


ケラケラ笑う声すら、今聞いてみると泣いているように聞こえた。

レディ・ダリアは、母親の死をきっかけに生まれた。品行方正なふるまいをやめ、マフィアの中枢にも口答えを許さないほどの実力を手にした。


嗚呼、どうして。彼女の目は透き通るような、鮮やかな青だったはずなのに。今目の前にあるのは、雷鳴とどろく深夜の濁った空だ。裏路地に月明かりが差して、怪しく彼女の瞳が光る。レンガ造りの街は、それ以外の光源などありはしないから、なおのこと目立っていた。




あんな深い色では、正しくものを見ることなんてできるはずがないというのに。

『あの時』に彼女の言葉を信じてやることができたなら、何か違っていただろうか?詮無いことに頭を支配されて、ぐるぐると同じ思考を繰り返す。


「そうよね、あの子は『あんたたちが殺した』んだものね」


海東の親は確かに殺しの件を揉み消そうとしたけれど、彼女は大切な部分を誤解している。


「ちがっ!」


「何が違うというの?」


鋭い破裂音の後、足の燃えるような痛みで、彼女の愛銃が火を噴いたのがわかった。

ロングドレスに深いスリットをいれて、彼女は見事な足さばきで凶器を俊敏に出し入れする。時々彼女の従者が「お嬢様のドレスは、いつも重い」などと嘆いているが、あれは武器をいたるところに仕込んでいるからだ。あのいけ好かない男は、それを知っていてわざとレディ・ダリアをからかって見せるのだ。ふわふわと体の倍以上ある膨らみに、どれだけの武器が隠されているのか。毒針、懐刀、眠り薬に、今向けられた銃をいれれば、少なくともそこいらの軍人より武器は多い。


あんなにジャラジャラつけられた宝石だって、どんな仕掛けがあるか分かったものではない。そこいらのスパイだって、ここまで武器を仕込んだりしていないだろう。

とある貴族など、「第二王子の花は、とんだ毒花だ」と揶揄しただけで、翌日には王都から姿を消した。国の中枢を担っていた侯爵がある日突然消えたことは、一時話題になったが、すぐさま広がりは収まった。どうやら、国が「自身の領地に帰る道すがら、不慮の事故にあった」と発表したらしい。


『国の中枢にすら及んだ、レディ・ダリアの力』


それは瞬く間に貴族間に広がり、良識ある貴族はみな汚職事件や暴行事件を起こして消えた。真相に近づけば、昼ですら背後に気を付けなければならない。夜になれば、自身の屋敷ですら安眠できない。

まことしやかに囁かれた言葉は誇張などではないと、数年もすればみんな理解した。ダリアの貴族としての権力と、そして第二王子の婚約者という身分は、マフィアの力をもさらに確固たるものにしたのだ。今となっては、国王ですらとめることはできないという。


「ねぇ、返して?」


仄暗い水の底をのぞいているような、不安を呼び寄せる瞳を黙って見つめる。


「嗚呼、私一人でやってくるとは、思わなかった?」


再び銃声がして、左耳が痛みを持つ。

弾がかすめたらしい。ドクドクと鼓動が、いやに響く。


「私自ら手を下すとなると、従者もお爺様も心配して許してくれないのよ」


「いつもと違うんだな……」


「当たり前でしょう?あの子を殺した憎い敵を、誰かに譲るわけないじゃない」


「俺は……」


「ねぇ、まさか『こっち』でまで、復讐されるとは思わなかった?」


瞳に移った炎は、めらめらと燃え盛っているのに悲しかった。

色々なものを裏で操り殺してきたのに、これまでの無感情な瞳とは違う。


「―――日本で私の可愛い弟を殺したのは、あんただろうが」


彼女は、前世もちだった。

そして俺もまた、前世の記憶をもってこの世に生を受けた。


始めはそれこそ、前世の記憶とまざり混乱した。子どもの自分では思考などうまくめぐるわけもなく、夢とうつつをさまよう感覚だったと記憶している。それが、自我が芽生えるにつれて、どうしようもない焦燥感と、自分の置かれた状況に混乱するしかなかった。


目の前にいるのは確かに血を分けた家族のはずなのに、こことは異なる世界にも家族がいた。それどころか、前世である『日本』が本当に存在するのかもわからなかったし、ここでの暮らしが本当に現実なのかも不確かだった。



しかも、前世の記憶はデータのように仕分けされている訳でも、思い出せるわけではなく、日々での暮らしで突然異なる知識や感覚が降ってくるようなものだった。

グルグルと教わったはずのない歴史の記憶がよみがえったり、算数の計算が突然できたりしたときは『神童』なんて呼ばれもした。

けれど、10歳にもなれば様々な記憶はよみがえり、自分が前世で『誰』を悲しませ、『どんな最期』を遂げたのか思い出して鬱になりかけたこともある。成人前に思い出すには、あまりに、前世の記憶は色鮮やかで酷過ぎた。


俺だってあんな形で死にたくなかったし、愛する人の悲しむ姿も見たくはなかった。

ましてや、こんな風に殺意も隠さず向きなおられれば、平静でいろという方が無理だろう。


「なぁに、私がこっちでも追いかけてくるとは思わなかったのかしら?」


「……まさか、レディ・ダリアが君だったなんて」


あんなにも、向日葵のように温かな笑顔を見せていた彼女は、今は毒を身に宿す彼岸花のようだった。

紅いルージュがゆっくり裂けて、そこから飛び出したのは驚きだった。


「私の方が、びっくりしたわよ。あんたの顔って、前と全然変わってないんだもの。こんな西洋の世界にそんな黒目黒髪なんて、見た時は本当に驚いたの。前世を思い出したとは言え、何故か犯人のことは思い出せなくて混乱してね」


「髪の色は、今は途絶えた血筋からの、隔世遺伝だと聞いている」


「途絶えた?あら、あなたもそのまま途絶えておけば良かったのに、残念ね」


消えた母方の祖国に未練はないが、こんなにもあからさまに死を望まれるのは胸が痛い。

母は東方の小さな国の生まれで、曾祖父も黒目黒髪だったらしい。カラフルな色合いの中にこの配色はどうしても異端で、子どもの頃は虫みたいだなんだとからかわれたりした。どんなに周りになじもうとしても、空回りばかりしていた子どもの頃を思い出すのはつらいが、そんなことより今は彼女だ。

前世では考えられないような彼女の発言に、俺がつけた傷の深さを知る。


「日本では珍しくなかった黒目黒髪をみて、憎い仇のことを全部思い出したんだから、記憶ってひどいわよねー」


どうせなら、あの人のことをもっと細かく思い出したかったなんて、悲し気な瞳は語る。


「ねぇ、私の弟を返して?」


今にも泣き出しそうな顔で、彼女は銃を構えている。

僅かに震えて見えるのは、俺の願望かもしれない。


「牡丹……」


「やめてよ。その声で名前を呼ばれたら、楽しむ前に殺したくなっちゃう」


少しずらされたドレスには、予想通りさまざまな武器が覗いている。


「本当の海東かいとうは、第二王子の方なんだよっ!」


「そんなウソ、信じると思っているなんて、私も舐められたものね?」


見えない速さで投げられたナイフは、腕をかすり痛みが走る。

宣言通り、俺をいたぶる気満々で、すぐに殺されることはなさそうだ。

どうしても彼女に分かってほしくて、言葉を続ける。


「出身は東京で、小中と女子校だったのが嫌で、共学の高校に頑張って受かった」


「なぁに、思い出話で信じろってこと?まぁ、弟の友だちなら、それくらい知っていてもおかしくないわね」


「牡丹の好物はフルーツがたっぷり乗ったプリンで、たまに両親が奮発して買ってくると、弟と取り合いになるっていつも怒っていた!」


「そんな情報で信じろと?笑わせてくれるわね」


「初めての恋人は大学に入ってからで、初デートは水族館」


「……そんなことまで、調べ上げていたの?ストーカーだとは知っていたけど、とんだ変態ね」


「彼氏が15分遅刻したせいで、イルカのショーが見れなかったと恋人になって初めてのけんかをした」


「…………」


「初キスは、それから一週間後の帰りの電車内で、最悪の思い出だと泣かしてしまった。しばらくずっと避けられて、連絡にもこたえてくれなくなった。あんまりにも決まらな過ぎて、年下は嫌だと振られること覚悟で講義後に半ば騙すように捕まえた。そしたら友達とたまたま出くわして、なんとか取り直してもらい、別れずに済んだのは覚えているよ」


「ーーー優斗?」


真っ直ぐな彼女の瞳は、みるみる驚愕に染められていった。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






そんな、まさかと思いながら、幾らなんでも、二人のことをそこまであの子が話すわけないと確信がある。前世で優斗は弟だったけれど、両親が再婚して互いに連れ子だったため血のつながりのない義弟だった。


弟とは出逢ったときから心惹かれるものがあったけれど、お互いに家族としてずっと気持ちを隠していた。もしも私たちがうまくいかなかったら、再婚して幸せそうな両親を裏切ることになりそうで。それも、私が大学に入学したのをきっかけに隠し切れなくなり、お互いに恋人になる覚悟を決めて、未来のことを考え始めた矢先に、海東に優斗は殺された。元々弟の友人だった海東は、何時からか私にまとわりつくようになり、気づけばストーカーへと姿を変えていったのだ。


「優斗?」


「第二王子となんか、結婚しないでくれ!」


「嗚呼、そんな、まさか……」


ひたすら傷つけてごめんなさいと謝る私に、優斗は優しく微笑んで抱きしめてくれる。

私たちは次第に惹かれていき、なんとか両親を説得していた。まだ先のことだけれど、優斗が大学を卒業したら結婚しようとしていたのに、あんなことになるなんて考えもしていなかった。私はあやうく、また優斗を失うところだったのだ。

初めての彼氏は優斗だったし、最後の人も優斗だった。ほかには誰もいらないと思っていたのに、まさか憎い敵に嫁ぎそうになっていただなんて、おぞましくてしょうがない。海東は狡猾な男で、私のストーカーだと気づかせずに、盗聴盗撮を繰り返していたらしい。……そして、結婚の話が出たところで、親友であったはずの優斗を海東は殺した。


「嗚呼、ありがとう優斗。あの海東と勘違いして破滅させようとしていただなんて、私はなんて恐ろしいことを……」


「いいんだよ、牡丹。俺はずっと、牡丹のことを愛していたんだから」


愛しい優斗が、ずっと憎んできた海東の顔をしているというのは複雑だけれど、顔なんて関係ない。中身が優斗であるということが、私にとっては何より大切だし、再び逢えたことに感謝しかなかった。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






自国に帰り、政務の忙しさに目が回る日々だ。

牡丹は第二王子と婚約を解消し、国に帰らなければいけない俺についてきてくれることになった。もともと俺は隣国の王族で、牡丹を探すために無理を言って牡丹の国に潜入させてもらっていた。第一王子の身分でこんなこと、本来なら許してもらえなかっただろう。いろいろ反対の声は上がったが、定期的に帰ることを約束し、「彼女以外とは結婚しないし、妾も作らない」と半ば脅すようにして牡丹を手に入れた。


無理を通して母親を泣かせたりしたけれど、今となっては潜入してよかった。何度も牡丹に分かってもらおうとしていたのだが、なかなか二人きりで話す機会もなく。思った以上に時間がかかり、婚約の解消は父王の手を借りることになってしまったがまぁ、結果オーライだ。


「牡丹様の隣国での噂、知っているか?」


「隣国での噂?」


執務室への移動中に、ふっと話し声が聞こえて足を止める。

どうやら、俺の可愛い婚約者のことが、みんな気になってしょうがないらしい。のちの正妃のことだしある程度は仕方がないが、『レディ・ダリア』という名前が聞こえて眉を顰める。


「―――レディ・ダリアは、もういないよ」


「へ、陛下っ!気づくのが遅れて申し訳ありません」


「そんなことより、人通りが少ないとはいえ城内でそんな無駄口をたたくなんて、不用心が過ぎるんじゃないかな?」


「すみません!」


慌てた様子で仕事に戻る連中を見て、気を引き締めるためにも、罰則でも設けようかと考えを巡らせる。


「まったく、ようやく牡丹を手に入れたのに、邪魔が入ってはたまったもんじゃない」


牡丹はうまく騙されてくれたけれど、第二王子である優斗の顔はとても見ものだった。

愛する『元義姉』であり、最愛の婚約者からあんな風に手ひどく振られるなんて、俺には耐えられない。どうやら、優斗にも途中から記憶は戻っていたらしいが、牡丹とは前世のしがらみから逃れたところで幸せになりたかったらしい。牡丹は俺が優斗を殺してから心を壊し、自ら命を絶ってしまった。もしも前世のことを思い出させるようなことを口にすれば、ダリアとしての彼女が傷つくと考えて何も言わなかったらしい。まったく馬鹿な奴だ。『愛しい恋人』の存在さえあれば、前世を思い出そうとも今のように牡丹は笑ってくれるというのに。


優斗は前世の牡丹も現世のダリアも愛しているというが、俺は牡丹を選んだのだ。

たとえ今は分かってもらえなくても、ゆくゆくは前世で俺が『海東』としてどれほど彼女を愛していたか理解してくれる日も来るだろう。


ふっと歪んだガラス窓に目を向けて、苦々しい思いで息をつく。


「こんな容姿、前世に捨ててくればいいものを……」


まったく、前世で散々恋焦がれていた牡丹たちは姿が変わっているのに、まるで俺だけは牡丹の恨みが天へ届いたかのように、日本にいたころと変わっていなかった。

牡丹の怒りをそらすために嘘をついたが、俺が本物の『海東』だ。彼女を追い詰めてしまった前世のことは申し訳ないと思うし、牡丹を悲しませたのは胸が痛い。

でも、俺だってわざと友人だった優斗を殺したわけではないし、まんまとこの世界で優斗が牡丹を手に入れようとしているのをみて怒りが湧いた。今度は、俺が彼女に愛してもらってもいいだろう?と、誰にともなく問いかけた。






「移り気」なレディ・ダリアは、第二王子を振って、隣国の第一王子に嫁いだらしい。国民から戸惑いの声はあがったものの、王子がようやく妻を迎えるとあり、歓声にかき消された。

レディ・ダリアが他国へ嫁ぐにあたり、それまで口を閉ざしていた一部の貴族により、彼女がこれまでに関わった様々な悪行が公のもとに晒された。民衆は怒り、彼女の裁きを願う声も多くあがった。だが異例のことに、様々な悪行が世に出たのにもかかわらず、友好国とは言い難い隣国の王妃になったため、身柄を引き渡されることはなかった。

かわりというように、隣国からは多額の寄付が寄せられ、いくつか国に有利な貿易も組めることになったらしい。公爵令嬢一人の身柄と国が潤い隣国に貸しをつくれる状況を天秤にかけて、前者に傾くわけがない。



王も国民もその状況に納得するしかなく、せめてもの生け贄に、悪事を働いていた公爵と数人の貴族だけ、さらし首にされたらしい。その後、第二王子は傷心のまま政務に励まれ、生涯独身を貫いたという。


レディ・ダリアは、誰にも裁けない。





ご報告遅れましたが、21話あたりに諸事情がございまして、一話追加してます。詳しくは、活動報告に書かせていただいてますので、合わせて宜しくお付き合いください。


次話は、とある不思議な経験をした男女のお話です。

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