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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
唯一無二のヒーローを目指す鼠
101/132

暴君彼氏  後編

少し長くなりましたので、前、後編に分けさせていただきました。


あーあ、あんなに怒らなくてもいいのに。

念願のお姫様抱っこの後、運悪く残っていた先生に見つかり怒られた。静かな職員室で先生の叱る声が響いて、みんなぎょっとした後は苦笑いしていた。


「まぁ、学生の頃はねぇ。憧れますよね」


「おっ。田中先生も、お姫様抱っこなんてものに憧れた時代があったんですね」


「そりゃあ、田中先生だって女性ですもの。私だって、昔は憧れたわぁ」


「りょ、涼子先生も!な、何だったら、お姫様抱っこくらい、いつでも俺が!」


「いいや、それなら僕がっ」


「理系の先生には、ちょっと荷が重いんじゃありませんか?」


「いえいえ、涼子先生くらい細ければ余裕ですよ」


突然始まった、体育教師と理系教師による、『わが校のマドンナ先生争奪戦』によって、私たちのお説教はうやむやに終わった。とりあえず、「あまり……おかしなことをするなよ。騒がしくなるから」と呟かれたセリフは、確実に先生たちに向けられたものだった。




先生たちも大変だぁと思っていたのだけれど、私の方も無害じゃなかった。

どうやら一部の生徒に見られていたらしく、あの日以来「意外と旺聖くんって、ロマンティックなんだね」なんて、旺くんの人気がうなぎのぼりだ。暴君なんて呼んでいた子たちですら馴れ馴れしく話しかけてきて、あまりに突然のことに「い、いや……優衣が強請るから、叶えただけだ」と素直に答えていた。そんな風に優しく対応されたことで、意外と話しやすいと思った女の子たちはさらに盛り上がった。


「旺聖くんって、彼女を大事にするタイプなんだー」


「い、いや。あいつは、しつこいから」


「えー照れちゃった、可愛いー!」


そんな感じで、教室へ遊びに行っても取り付く島もなく、なかなか二人で話す時間もない。

何度も言って悪いが、さんざん怖がって暴君呼びしていた子たちに限って、掌を返す鮮やかさよ。今の気持ちを俳句にしたら、平安貴族も真っ青なドロドロな句ができる気がする。


放課後になって、ようやく旺聖くんの隣を取り戻しても、胸にくすぶった想いは晴れない。

他の子に馴れ馴れしくしていなかったのなんて、ちょっと見たらわかるし。彼があの手の姦しい声が苦手なのも知っている。


彼女である私でさえ、キャーキャー言い過ぎたらうるさいと黙らされるレベルだ。

そもそも、この状況を生んだのは私のわがままのせいだし、「浮気者っ」なんて間違っても言えない。

……でも、少しつないだ手をぶんぶん振り回して、人のいない所で奇声を上げるくらい許してほしい。


「旺聖くんの、ばっ」


「あぁぁ?」


「っっか、なんて思ってないよー!このやろー!!」


途中で慌てて、軌道修正した。

ちょっと高台の公園に差し掛かったところで、これ幸いと口を開いたのだけれど、旺くんのお気に召さなかったらしい。

後ろから聞こえた声は思いのほか機嫌が悪そうで、あのまま口にしていれば本当にげんこつの一つでも貰いそうな雰囲気だった。思いのほか近い距離から呆れたため息は聞こえるものの、何とかごまかしたと思った私は甘かったらしい。


「『この野郎』なんて乱暴な言葉、お前が使うな」


こつんと軽くぶつける程度のげんこつに、ごまかしがうまくいかなかったよりも反感を覚え、口をとがらせる。普段は人目があるとつれない様子なのに、こんな時ばかり構ってくれるなんて狡い。


「……自分は、何時ももっと口が悪い癖に」


「っるせぇよ。それならなおさら、俺のせいで娘の口が悪くなったなんて、おじさんとおばさんに顔向けできねぇだろうが」


考えてもいなかった言葉は、私の頬の筋肉を役立たずにするには効果てきめんだった。

私自身の事のみならず、恋人の親の気持ちまで考えてくれちゃう高校生が、この世界にどれほどいるだろうか。さっき周囲には人もいなかったし、この喜びを我慢なんてしたくない。ちらりと周囲を確認したところで、勢いよく彼へ抱き着く。


「律っ儀ー!」


「真面目に言ってるんだから、からかうな」


「尚のこと、惚れ直しちゃうっ」


呆れた様子でポンポンと撫でられた感触は、思った以上にくすぐったかった。

人を殴ったとか、目つきが悪いとかいろいろ噂される彼の手がこんなにも暖かく優しいなんて、どれほどの人が信じてくれるだろう?きっと私は、こんな素敵な彼を独り占めしたいと思うのと同じくらい、自慢して回りたくてしょうがない。


本当に周囲に人がいなければ、『こういうこと』しても抵抗がないらしくて、他の男子のように照れた拍子に暴言を吐くなんてこともない。亭主関白なんかじゃ、全然ないのだ。……というより、口が悪い彼にしてみれば、私は圧倒的に乱暴な言葉を使われていない。そんな些細なところにも、大事にされていると実感して嬉しくなる。


「んだよ、にやにや笑って気持ち悪いな」


「かっ、彼女相手に失礼―!」


「あー?どうでもいいけど、そろそろ帰ろうぜ。腹減った」


「食欲に負けたー!」


「ほらっ。ぎゃーぎゃー言ってないで、きちんと歩け」


腰に手を回されて渋々歩き出すと、近くからお腹が鳴る音が聞こえて思わず笑った。

あんまりにもきゅーきゅー可愛い音が聞こえるから、これは大変だと足を速める。この団地をもう少し歩けば、コンビニのある通りに出るから急がなければ。


「ごめん、本当にお腹減ってたんだね」


「はらへった……」


「ごめんってば!ほら、途中で新発売の肉まん奢ってあげるから」


ずっと鳴り続けるお腹の音に急かされるように、コンビニの明かりを目指して歩き出す。

始めは私を引っ張るようにしていたというのに、最終的にはこちらが手を引くような形になった。


「ほら。旺くん。コンビニまであと少しだよ」


「あーだりぃ、今日は仕事行きたくねぇな……」


「そ、そんなこと言っていたら、職場のおじさんたちに怒られちゃうよ」


「んなこと言ったって、今日はいろいろあって疲れてんだよ」


「最近、仕事も忙しそうだしね」


彼が勉強よりも、よっぽどまじめに取り組んでいる『仕事に行きたくない』なんて、本当に疲れているようだ。


「ほらほら、美味しそうな肉まんが、湯気を立てて待っているよ!もちろん食べるなら新作だよね?」


「……おまえ、自分が食いたいだけだろう?」


「えっ、そんなことないよ!」


「だったら、俺はそんな甘そうで小さいやつより、普通の肉まんを、」


「ごめんなさい。こっちの新作にしてください」


彼の言葉が終わるより先に、深々と頭を下げて謝罪した。

このコンビニはお気に入りで、新作も前々から気になってはいたのだけれど、タイミングがなくてまだ挑戦できていなかった。早くしないとすぐに次のものと変わってしまうし、貴重な機会を逃す手はなかった。


「素直でよろしい。……けど、こんなの二人で分けないで、もう一個違うの買おうぜ」


「そんなことしたら私が食べきれないし、何よりお財布もさびしくなるから無理!」


「んなこと気にしないでも、これくらい俺が奢ってやるよ」


「それは結構!」


ビシッと断った私に向けられた笑顔に、驚いて目を見開く。

こんな楽しそうな……どことなく嬉しそうな表情、早々見せてくれないのにどうしたというのだろう。そんなに今の動きは面白かっただろうか?


ひたすら頭にはてなマークを浮かべる私に、彼は笑いながら頭を撫でてくる。

こんなに一日の内で何度も頭を撫でられていると、まるで猫か何かにでもなった気分だ。彼は大きな手をしているし力も強いけれど、加減を知っているから撫でられていても不快じゃない。むしろ、すこし髪をくしゃっと掻くような撫で方に、本当の猫だったらごろごろ喉を鳴らしてしまいそうだとまで考える。旺くんの続く言葉を聞くまでは。


「俺は闇金じゃねぇから、利子なんてとらねぇぞ?……違法なほどは」


「ちょっ、トイチの可能性もあったの?」


「十日に一割ずつ増えるなんて、最近の闇金はそんなに甘くねぇ」


「いや、真面目に闇金について指導されても」


結局、彼には特大の肉まんをおごってあげて、私は彼にデザートマンを買ってもらった。

これじゃあお礼にならないと言いつのったけれど、「礼なら、後でもらう」なんて押し切られてしまった。


「うーん。見た目は可愛くないけど、味は濃厚で美味しい」


「ただ、チョコを入れただけじゃね?どこに高級感があるのか分かんねぇ」


「えー!この美味しさが分からないのっ。皮の厚さが絶妙なうえに、チョコは甘すぎずカカオの風味が強い。今まで何個かチョコ味の物は食べてきたけれど、これは『プレミアム』って名づけて良いレベルだよ!」


つい熱くなってしまったけれど、反応のない旺くんを疑問に思って顔を見た。

すると、そこには予想外に優しげな顔をした彼がいて驚く。周囲に人がいないから判断のつけようがないけれど、もしもいたら絶対に振り向くレベルの優しい顔だ。旺くんは不機嫌そうな表情をよくするからあまり認識されていないけれど、もともと顔が整っているから、そんな顔で見つめられたらどうしていいのかわからなくなる。


「っな、なに?」


「お前、気に入ったもんがあると、眉間にしわ寄せながら食べるよな」


「げっ、そんな癖あったの?」


くすくす笑いながら肉まんを頬張っている旺くんを見て、よく好きな料理などを当てられたのはそれが原因だったのかと納得する。

楽しそうな様子の彼を見られて、嬉しいやら恥ずかしいやら。美味しいものを食べて眉間にしわを寄せるだなんて、我ながら意味が分からない。確かにちょっと食い意地が張っているから、食事をするときに良く味わおうとしてしまうけれど、そんなに真剣に食事をしていたなんて、自分でも気づかなかった。


「ちょっ、もう少し早くに教えてよ!長い付き合いなのに酷いっ」


「さぁな」


「さぁなって、他人事みたいに!」


「んー」


それから、機嫌よさ気に肉まんを頬張る彼は、こちらに目を向けることなく頭を撫でた。


「ちょっ、頭を撫でたところで、誤魔化されないから!」


「分かってる」


「じゃあ、なんで撫でるのっ」


「俺が、撫でたいからだろう」


こういう時は、本当に彼は狡いと思う。

私が頭を撫でられるのが好きなことを分かっていて、こうして私を煙に巻くのだ。彼の横顔を少し下から眺めると、穏やかなその表情にほっとする。彼がこういう表情をしているのは珍しく、一朝一夕で得られるものではない。


学校では大抵しかめっ面で、仕事先では真剣な顔か、お客様へ向ける営業スマイル。

本当はもっと穏やかにいられるはずなのに、彼がおかれている状況はそれを許さない。


「いつか結婚したら、バリバリ働いてお金に困らないよう養ってあげるからね!」


「……お前は、俺をヒモにするつもりか?」


「ヒモだなんて、とんでもない!旺聖くんには、立派な主夫として私を支えてもらいますっ」


「主夫かよ……」


心底呆れたといった様子の彼は、いったん天を仰いだ後に、私をひたと見つめた。


「―――俺は、お前に養われるつもりはねぇぞ」


「へっ?」


「今の職場だって好きだし、性に合ってる。ゆくゆくはあそこで本採用されたいと思っているし。まぁ、だからお前に働くなというつもりもないが、昔からお前の夢は専業主婦だろ?」


彼の言葉が、じわじわと胸にしみこんできて、ひたひたに卵を浸したフレンチトーストの気分になる。ぐにゃぐにゃと甘いもので満たされて、幸福感に包まれる。


「まるで、プロポーズしてくれているみたい」


「ばっ!」


思わず口にした言葉は、彼のお気に召さなかったようだ。

怒ったように、顔を真っ赤にして睨みつけてくる。


「そんなの、手に職もつけてないうちに、できる訳ないだろっ」


「はぁー!照れても、『プロポーズなんてしない』って、言わないところが超イケメンっ。愛してるっ!」


お前はうるせぇーから、口を閉じてろとピヨピヨ口にされたけれど、絶妙に痛くない。

彼の大きな手では私の両頬をつぶすなんて簡単らしく、わざとピクピク口を動かしてみても、一向に手が離れることはない。


「はなしてよぉ」


「お前、口を押えられても喋ろうとするんだな」


「えー」


「っく、その顔はさすがに、間抜けすぎるだろっ」


珍しく、くすくす笑う旺くんにカッと頬に熱が上がる。

いくら気を許していても、好きな恋人に向けて「変な顔」なんてあんまりだ。これ以上顔を見られないように、プイッとよそに顔を向ける。


「おい、へそ曲げるな」


「ふんっ、もう知らない!」


頭をなでられたり、ほっぺをつつかれたりして大分ぐらついたけれど、さっきのは酷すぎる。両手で何とかもがいても離してくれなかったくせに、あんなにも笑うことはないじゃない。


「優衣、笑って悪かった」


こんな真面目に謝られたくらいで、毎度毎度許してあげちゃうのは、正直癪だ。

いつもは真ん中によっている皺がなくなって、凛々しい眉毛がちょっと逆向きになっているからって、簡単に許してはいけない。


そう必死に我慢しているけれど、抱き着いて甘えてしまいたい気持ちがジワジワくる。

キョロキョロと辺りを見回すけれど、周囲には誰もいなくてなんの助けにもならない。「駄目よ、そんなにちょろくてどうするの!」という自分と、「こんなに申し訳なさそうな顔させたままで、彼女としてどうなの!」という自分が戦争している。


頭の中で起きている銃撃戦が飛び火して、私の頭はショート寸前だ。


「にしても、女抱き上げたくらいで、あんなにギャーギャー言われるとは思わなかったぜ」


「あー、ねぇ?まさか、生活指導の松田先生が何も言ってこないとは……」


これは嬉しい誤算なのだけれど、女性は何歳になっても女性らしい。

いつも何かとうるさい松田先生が、お姫様抱っこに関してあまりうるさく言ってこなかった。ただでさえ色々な先生、生徒にからかわれて大変だったのに、これ以上ガミガミ言われては身が持たない。一応、『私が足をひねって運んでもらった』という設定を用意していたのだけれど、それを言うと旺くんに対する眼差しが生暖かくなるらしく、早々に使えなくなった。


「あーあ、私はドキドキして嬉しかったから、またしてほしいなぁ」


「あんなの、結婚式くらいでしかしないだろう」


「じゃあ、その時まで楽しみにしているよ!」


「……まぁ、気が向いたらな」


「わーい!」


この数年後、本当にウエディングドレス姿で旺聖くんに、お姫様抱っこされるという夢をかなえることができた。―――ただ、高校時代の出来事を知る友人から、異様な拍手と歓声をもらって、また違った恥ずかしさを味わうことになろうとは、思いもよらなかった。





この話で、サラッと百話目を迎えました。

本当に、ここまでお付き合い頂き、有難うございます。


次話は、裏社会に堕ちた女性が復讐に燃えるお話です。

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