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ツマにもなりゃしない小噺集  作者: 麻戸 槊來
あちらこちらへ跳ね回る兎
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秘めたる想いに終止符を

この小説は、作者の浅い知識で綴っておりますのであしからず。

少し前の、日本の片隅で起きた出来事。旧華族×少女の淡い恋物語。


戦後、ようやく豊かになった頃の事です。

私は友人の妹である、一人の少女に懸想しておりました。彼女は艶々とした黒髪が印象的で、美人とは言い難いですが可愛らしい少女でした。控えめな性格で、異性に慣れていない彼女が『少し手が触れただけ』でも頬を赤らめるさまは、大変可愛らしく私の瞳に映りました。



この時代はまだまだ自由恋愛など珍しく、政略結婚がほとんどの割合を占めておりました。だいぶ落ちぶれたとはいえ、私も旧華族のせがれ。いずれは私も例に洩れず、彼女への想いを封じ込めたまま、他の女性と結婚する筈でした。


―――たとえ、燃え盛るほどの熱情を彼女に感じようとも、私は気持ちに蓋をしていたのです。


友人と語らう為とかこつけては、彼女とのささやかな触れ合いを楽しみ。

なめらかな手の動きも、襟足から薫る色気も、蒼い私の性をくすぐりはしますが、それさえも何と甘美な苦しみでしょう。彼女と添い遂げることは出来ないかもしれませんが、兄の友人という間柄は考えていたよりも私を満足させていました。



しかし、そんなある日こと。

突然友人に、彼女の相手としてふさわしい者を紹介してくれないかと、相談されたのです。

この男も大概妹を溺愛していますので、そこいらの男に大切な妹を譲る気はないと目の前で豪語します。こんなにも近くに彼女に懸想している男がいるというのに、なんと暢気なことでしょう。何時もはそんな気持ちを悟らせもせず「その通りだ」と賛成できる言葉ですが、本格的に彼女の相手を探すとなると話は別です。


―――彼女が他の男と結婚する?

あの白い肌を晒し、別の男に向かって、頬を染める姿を思い浮かべただけで、私の目の前は真っ赤に染まりました。


他の誰かに、奪われる事を考えた事がないとは言いません。

…けれどこんなにも実感を持って、彼女が他の男に嫁ぐ事を考えた事はありませんでした。

その日は友人の話もそこそこにお暇し、ろくに彼女の顔も見ずに帰りました。





数日後、意気消沈した私のもとに、何故か彼女から一通の手紙が届いたのです。

こんなことは初めてでした。私は戸惑いを覚えつつも、胸をときめかし手紙を受け取りました。何かいい知らせなのだろうか……それとも。私にとって最悪な『婚約相手が見つかった』という、知らせなのだろうか?想像だけが膨らみます。


カタカタ情けなく震える手を抑え、普段の倍以上の時間をかけて封を切ります。

ゆっくりと内容を読みすすめて、私は目を見開きました。

彼女の性格を表したような、頭語も綺麗な文字でさえも問題ではありません。

その手紙は、私にとって衝撃以外の何物でもなかったのです。



『~挨拶はこれくらいにして、そろそろ本題に入らせていただこうと思います。

初めてお手紙、さぞ困惑なさっていらっしゃるのではないでしょうか。

この場をお借りして……私の秘めていた想いを、少し明かさせていただこうと思います。


―――私は貴方様に嫌われとうございます。

ただ傍に居させて頂くのは、もう辛いのです。私のことを気遣って下さるのは分かっております。それはとても嬉しくもあり、ただし同時に甘い毒のような副作用をはらんでおりました。



優しさを感じる度に、貴方様の後ろにある過去の人々を思わずには、いられないのです。きっと、今頃こんな幼い私の事を笑っていらっしゃることでしょう。目の前にいる貴方には何も言う事が出来ないのに、一丁前に嫉妬だけは出来る程度に、私も大人になったようです。


兄からも、貴方様がどれほど女性に人気があるのかは聞き知っております。

このように幼い私など、貴方様は何とも思ってないことでしょう。

……こんなことは言える訳がございません。

ただ、友人の妹という立場であるだけの私には…。

だから今日、婚約が決まった今日という日には、秘めていた想いを、兄の妹という立場をかなぐり捨てて、貴方様に伝えることをお許しください。


愛しています、愛しております。

その瞳に映る事などないであろうことは、十二分に理解しています。

それでも、貴方様を想うだけで…涙が止まらないほど嬉しいのです。



勝手なことを申し上げました。お目汚しになるであろう事を心苦しく感じます。

そして、もう二度と友人の妹として会う事はないでしょう事を、嬉しくも悲しくも感じています。しばらくしたら、きっと笑顔で逢いましょう。

それまでには、何とかこの幼い心も封印して見せますので。


貴方様を困らせてしまうと分かっていながら、伝えずにいられなかった私の我が儘を…どうぞお許しください。』



最初、彼女が何を言わんとしているのか、理解することは出来ませんでした。

けれど気付けば私は友人の家に走り、彼女を貰いうけたいと願い出ておりました。






数十年後…


「あら、貴方はまたそんな古い手紙を持ちだして…。恥ずかしいからやめて下さいな」


「書斎を整理していたら、急に見たくなってね。

 あの頃はお互い若かったものだと、思い返していたんだよ」


少女のように頬を染めた妻は、年老いてしわが増えた今でも。きらきらと輝いて見えました。





もう二度と、この止めどない想いを

口にする事を躊躇したりなどはしない。


次話は、王子に恋した魔女と呼ばれる娘の話です。

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