三題噺 「Kのロボット」
三題噺とは、お題を三つ出してもらい、そのお題に使って一つの噺を作ることです。
お題・英語 人 科学者 提案者・Iさん
主人はロボット研究の第一人者だ。
主人の作るロボットは、今では福祉や家庭などでも活躍している。ワタシの後ろで働いている同僚のロボットA‐二も、いつものように廊下を行き来して床を磨いていた。
「コーヒー、お持ちしました」
「ありがとう、K」
Kとはワタシの名前だ。コーヒーを受け取った主人は、ワタシの頬に大きく温かい手を添えて、お決まりの台詞を言う。
「Kは本当に恵に似ているね。君は私の最高傑作だ」
主人は手元の湯気の立つコーヒーに視線を落とし、暗がりの自分を見つめた。
「……しかし君を作ってからというものの、私の腕はすっかり落ちてしまったようだ。中々上手くいかない」
翳りを見せる主人に、私は手を握っていつも通りの言葉をかける。
「科学でも偶然はよくあることですよ。大丈夫、いつか私を超えるロボットが作れるはずです」
そうか、と主人は言って、
「恵もよく、そう言っていたね」
少し寂しそうに笑った。
『恵』とは、今は亡き奥さんのことだ。
八年前、当時まだ一介の研究者にすぎなかった主人であったが、結婚十五年目になる奥さんと十二歳になる娘さんとで暖かな家庭を築いていた。
しかし、八年前の二月十六日。そんな仲むつましい家族を壊す、一つの事件が起きた。
奥さんの恵さんが亡くなったのだ。
死因は事故死。主人の代わりに研究所に原稿を届けに向かうはずだった恵さんは、途中、居眠り運転のダンプカーに追突され、帰らぬ人となった。
主人は狂い、慟哭し、代わりに行かせた自分を責め続け、断腸の思いで一週間を過ごした。その後も思い出す度に振り出しに戻り、娘さんの努力も報われず、医者も手を付けられない状態で今の生活になるまで三年は優にかかった。
だが、消えたのは奥さんだけではなかった。
事故後、主人が覚えていた愛する者は奥さんだけで、娘さんは存在しないことになっていた。
娘さんは事故にあったわけでもなく、ずっと主人の傍にいたはずなのに主人は全く娘さんのことを覚えていなかったのだ。
娘さんの顔を見た時に「君は、誰だい?」と言った主人の顔を、ワタシは今でも覚えている。
それから主人はいつか恵さんを蘇らせようとロボットの研究に没頭し、居場所を失った娘さんは児童養護施設に預けられることになった。今日では、もう二十歳になっているはずだ。
施設を出た娘さんのその後の消息は分からないが、今、どこで何をしていようと、それは彼女の勝手だと思う。母親を失い、父親に存在を否定された彼女には、もう止めるものも、帰る場所もないのだから。
たとえそれが、彼女が母親によく似たロボットとなって父親の傍にいたとしても。
それは彼女の勝手なのだから。
ありがとうございました。