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推しと控え室

「やっぱ、依緒くん神……」


テンセカのステージが終わったあと。

会場にはまだライブの余韻が残っている。

ユキは両手をこすり合わせた。


心臓がまだ速い。

さっきまで鳴っていた音が、頭の中に残っている。

照明。

歓声。

ギターの鋭い音。

そして――依緒くんの声。

全部がまだ耳の奥で鳴っていた。


「ユキほんと依緒くん好きだよねー」


隣で沙耶がくすくす笑う。


「依緒くん狙っちゃえば?」


その瞬間、ユキの顔が真っ赤になった。


「は!? 無理無理無理!」


首をぶんぶん振る。


「依緒くんは神様だから!」

「神?」

「付き合うとかそういう次元じゃない!」


真顔で言い切る。

沙耶が吹き出した。


「いや同じ人間だから」

「違う」


ユキは即答する。


「依緒くんは神」


あまりに本気なので、沙耶は笑いをこらえながら言う。


「じゃあ彼氏作る気ないの?」


ユキは少し考える。


「……いや、めっちゃある」

「あるんかい」


沙耶が即ツッコミを入れた。

ユキは声を潜める。


「正直さ」

「うん」

「彼氏もそうだけど……初体験ってどんな感じなんだろって思う」


沙耶の口元がにやっと歪む。


「ユキならすぐできそーだけどね」

「できたらいいけど!」


ユキは頬を膨らませた。


「出会いない!」

「イベコンやってるのに……」


沙耶は少し呆れた顔で笑う。


「そりゃそのへんの男はユキに話しかけられないよ」


ユキは首を傾げた。


「そうかな?」

「そうだよ」


沙耶は断言する。


「ユキ、自覚なさすぎ」


二人は軽口を叩きながらブースへ戻っていった。



そのころ。

テンセカの控え室。

ライブ直後の熱気がまだ部屋に残っている。

アンプの低いノイズ。

汗の匂い。

ベースのタカトが笑う。


「また来てたじゃん」

「最前センターの子」

「あー」


ギターのナリが頷く。


「あのめっちゃ可愛い子か」

「依緒ファンの」

「そうそれ」


タカトが肩をすくめる。


「依緒ガチ羨ましいわ。俺のファンならいいのに」


ドラムの悦汰が言う。


「そしたらタカト手出すでしょ」


タカトは一瞬だけ黙る。


「……まぁ出す」


ナリが吹き出した。


「だろうな」


タカトは天井を見上げる。


「でもさ」


少し真顔になる。


「あの子、普通に芸能人レベルじゃね?」


ナリが頷く。


「下手したらそのへんのアイドルより上」


タカトが腕を組む。


「しかもさ、あの胸」

「Tシャツ越しでもやばくなかった?」

「……まあ」

「ガチで抱きたいんだけど」

「お前はそればっかだな」


悦汰が冷めた声で言う。

タカトは続ける。


「あの眠そうな目で見上げられたら終わるじゃん」

「分かんない」

「嘘つけ」


タカトはため息をついた。


「あの子のツレの茶髪の子も可愛いけど」

「ナリくん本命そっちだろ」

「うるせぇ」


タカトがぼそっと言う。


「俺終わってる」


その会話を、依緒は黙って聞いていた。

椅子に座り、ペットボトルの水を飲む。

冷たい水が喉を通る。

タカトがにやにやする。


「依緒、あの子に手出すの?」


依緒はわずかに視線を上げた。


「……興味ない」


あっさり言った。

悦汰が肩をすくめる。


「依緒は音楽以外興味ないから」


タカトが呆れる。


「お前、性欲どこ置いてきたん?」


依緒は答えない。

ペットボトルのキャップを閉め、立ち上がる。

カーテンの隙間から外の光が見えた。


依緒は袖の方へ歩く。

ステージ前にはまだ客が残っている。

歓声の残り火が空気に揺れていた。

依緒は客席を見渡す。

最前列。

中央。

いつもの場所。

そこに、いた。

黒髪の女の子。

白い肌。

眠そうな目。

両手を胸の前で握りしめたまま、まだステージを見ている。

隣には茶髪の友達。

二人で何か話して笑っている。

依緒は一瞬だけ視線を止めた。


(またいる)


それだけ思う。

依緒はすぐ視線を外した。

そして控え室へ戻る。

客席ではまだ歓声の余韻が揺れている。


その中心で。

ユキは、幸せそうに笑っていた。

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