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尾ける男と推し活

休憩時間だった。

ブース裏の簡易テントの下で、コンパニオンたちは紙コップの水を飲みながら一息ついている。

外では人の流れが途切れない。

遠くのスピーカーから低音が絶えず響き、昼なのに空気はどこか熱い。

立っているだけで体力が削られていく。


「はー、暑い」


誰かがうんざりした声で言った。


「今日人多いね」

「やっぱフェスってこんな感じなんだ」


そんな雑談の中で、一人がふと思い出したように言う。


「そういえばさ、ユキのいるブース、男めっちゃ寄ってこない?」


何人かが一斉に笑った。


「それな」


紙コップを揺らしながら別の子が続ける。


「特にさ、あの黒髪の男の子」

「あー、ずっとユキ見てるやつ?」

「そうそう」

「さっきからいるよね」

「え、まだいるの?」

「ほら、あそこ」


テントの隙間から外を覗く。

その視線の先に、ナカジマが立っていた。

少し離れた場所で、ブースをじっと見ている。

フェスの客はみんなステージに流れていくのに、彼だけが動かない。

妙に目立っていた。

ユキもつられて視線を向ける。


(あの人、まだ……)


さっきパンフレットを渡した男だった。

ライブはもう始まっている時間のはずだ。

それなのに、動かない。

少しだけ可笑しくなる。


そのときだった。

遠くのステージからギターが鳴った。

鋭い一音。

次の瞬間、ドラムが地面を叩く。

歓声が爆発した。


「テンセカ始まった!!」


その言葉で、ユキの顔がぱっと上がる。

胸が跳ねた。

スカイステージ。


10secDIVISION。

依緒くん。


その名前が浮かんだ瞬間、体が先に動いていた。

ユキは立ち上がる。


「ごめん、私ちょっと行ってくる!」

「え、もう?」

「また依緒くん?」


ユキはもう答えない。

テントを飛び出す。

そのままブースの前を駆け抜けた。

ナカジマの目の前を。

黒髪が揺れる。

ナカジマは思わず目を見開いた。

でもユキは気づかない。

もう耳に入るのは音だけだった。

ギター。

歓声。

そして——歌声。

依緒くん。

ユキは人混みの中へ飛び込んでいく。


その背中を、ナカジマは黙って見ていた。

手にはパンフレット。

いつの間にか、少しだけ強く握りしめている。

胸の奥が、また小さく痛んだ。

理由は分からない。


「ユキー!」


振り向くと、沙耶が走ってくる。


「もう始まってるよテンセカ!」

「分かってる!」


ユキは笑った。

二人でそのまま人混みへ飛び込む。

スカイステージの前はすでに熱気で満ちていた。

歓声が波のように広がる。

ユキは迷わず人波をかき分ける。

最前、センター。

そこが彼女の場所だった。

照明が点く。

音が膨れ上がる。


そして——

ライブが始まった。

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