研究室とSNSモニタリング
大学院の研究室は、夕方の光で橙色に染まっていた。蛍光灯はまだ点いていない。
ブラインドの隙間から差し込む光が、机の上に斜めの線を作り、パソコンの画面だけがぼんやり光っている。
ナカジマは椅子の背もたれに体を預け、片手でスマホを持っていた。
画面にはLIMEのトーク画面が開かれている。相手はユキだ。
トーク欄の一番下には、自分が送ったメッセージが残っていた。
『駅つく』
それだけの短い連絡。既読はついているが、その下には何もない。
返信はまだ来ていなかった。
ナカジマは小さく舌打ちした。
「……なんだよ」
椅子を軽く回し、天井を見上げる。
頭の中に、ユキの顔が浮かぶ。
映画館の暗闇。肩を叩いたときの驚いた表情、キスした瞬間の目、真っ赤になって俯いた顔。
そのあと手を握ったとき、指先がほんの少し震えていた。
あれは、嫌がっている感じではなかった。
むしろ。
(……イケると思ったんだけどな)
ナカジマはスマホをもう一度見た。
画面は変わっていない。
眉がわずかに寄る。
(普通、ここで返すだろ)
机を軽く指で叩く。
少しだけ考えた。
メッセージを送るか。
――いや、やめる。
なんで俺が追わなきゃいけない。
そう思ってスマホを机に置いた。
……三秒後、また手に取った。
置いた意味がなかった。
ナカジマは小さく息を吐き、画面をスライドする。
今度はLIMEではなく、インスパを開いた。
ユキのアカウント。
実はもう見つけてある。
名前も学校も書いていないが、写真で分かった。
イベントのときの制服。髪型。間違いない。
特に罪悪感もなく、そのアカウントを開く。
最新の投稿はライブハウスの写真だった。
照明に照らされたステージと、人の波。
キャプションにはこう書かれている。
《テンセカやばかった》
ナカジマの目が少し細くなった。
テンセカ。
聞いたことはある。最近売れているバンドだ。
次の写真にはグッズのTシャツ。
その下。
《依緒くん神》
ナカジマは一度スマホから目を離し、天井を見上げた。
それからまた画面に視線を戻し、ゆっくりスクロールする。
ユキの写真。
友達との写真。
ライブ。
カフェ。
イベント。
どの写真でもユキは笑っていた。
あの、少し無防備な笑い方で。
自分の知らない笑顔だった。
改札前の光景がふと頭をよぎる。
ユキの唇。
キスを拒まれた瞬間。
ほんの少しだけ取られた距離。
ナカジマはスマホの電源ボタンを押した。
画面が暗くなる。
研究室は静かだった。
遠くで誰かが笑っている声だけが聞こえる。
ナカジマは椅子を回し、窓の外を見た。
夕方の空がオレンジ色から紫に変わってる。
しばらくそのまま眺めてから、ポケットからスマホを取り出した。
再び画面をつけ、LIMEを開く。
ユキとのトーク画面。
しばらく見ていたあと、指が動いた。
『何してんの』
送信。
メッセージが画面の下に追加される。
ナカジマはそれを見つめながら、既読がつくまでの時間をなんとなく数えていた。
「……だりぃ」




