表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/30

昼下がりのキャンパスと無くした言葉

昼下がりのキャンパス。


講義を終えた学生たちが芝生の横を流れていく。

笑い声やサークルの勧誘、カフェの新メニューの話。

いつもの昼休みだった。

でも葵には、ほとんど聞こえていなかった。


(ユキが足りない)


あの日から、ユキを避けている。

連絡もしていない。

それでも、帰り道の光景だけは消えなかった。

驚いた顔。

声をかけてきたユキ。

それを無視して逃げた自分。

胃の奥が重くなる。


(……俺、最低だ)


息を吐く。

そのとき横から声がした。


「葵~」


同じ学科の女子だった。

明るい茶髪で、距離の近いタイプ。自然に腕を絡めてくる。


「今度さ、飲み行かない?

この前のサークルの子も来るって」


いつもなら適当に返事くらいはする。

でも今日は、声がほとんど耳に入らなかった。

葵の視線は前を向いたまま。


「おーい、葵?」


女子が不思議そうに顔を覗き込む。

そのときだった。

通路の先に、黒髪が見えた。

細い背中。

見慣れた歩き方。

ユキだった。

心臓が強く跳ねる。

葵は女子の腕を外した。


「悪い」


それだけ言って歩き出す。

後ろで「え?」という声が聞こえたが、もう気にならない。

頭の中が一気に騒がしくなる。


(どう声かける)


謝る?

でも――今さら?

足が少しだけ遅くなる。

もし嫌われていたら。

その考えが浮かんだ瞬間、胸がきしんだ。

それでも、このまま通り過ぎたら絶対後悔する。

葵は小さく息を吸った。


「ユキ」


ユキが振り向く。

少し驚いた顔。

でもすぐ、いつもの表情に戻る。


「あ、葵」


一瞬、時間が巻き戻った気がした。

その声を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。

うまく言葉が出てこない。

それでも口を開く。


「……この前のことなんだけど」


ユキが首を傾げる。


「え?」


葵は視線を落とした。


「……ごめん」


それだけだった。

ユキは一瞬きょとんとして、それから笑った。


「全然、怒ってないよ」


あっさりした声だった。


「よくわかんなかっただけ」


肩をすくめる。


「でもまたこうして話せるならいいよ」


葵の胸の奥が、少し緩んだ。


「俺も……ユキと話せてよかった」


ユキが笑う。

その顔を見て、葵は息を吸った。

今なら――


「そんな事よりさ」


ユキが続けた。


「連絡先渡してくるってさ、やっぱ気になるのかな」


葵の思考が止まる。


「……は?」


ユキは気づいていない。


「連絡先渡されてさ、どう返したらいいかわかんなくて」


少し頬を赤くしている。


「付き合うとかじゃないと思うけどさ」

「でも、ちょっと気になるじゃん?」


何気ない声だった。

葵を見ている目も、いつもと同じだった。

幼なじみに向ける顔だった。


その瞬間、胸の奥で何かが静かに崩れた気がした。

謝罪も。

言い訳も。

好きだって言葉も。


葵は何も言えなかった。

ユキが首を傾げる。


「葵?」


葵は小さく息を吐いた。


「……知らんわ」


かすれた声だった。

ユキは少し驚いた顔をしたが、すぐに頷く。


「そっか」


その仕草が、妙に遠く見えた。

葵はそれ以上何も言えなかった。

ユキの黒髪が、風に揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ