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映画館と手繋ぎ

日曜日。


映画館のロビーは休日らしい賑わいに包まれていた。

ポップコーンの甘い匂いが空気に混じり、スクリーンの予告編を流すモニターの光が天井に反射している。

チケット売り場には長い列ができ、カウンター越しにスタッフの声が忙しなく飛び交っている。

そんな人混みの中で、ユキは少し落ち着かない気持ちのまま立っていた。

今日の服は黒いワンピース。

いつもの大学の格好より、ほんの少しだけきれいめに整えている。

鏡の前で「やりすぎかな」と思って、アクセサリーを一つ外したくらいには、意識していた。

自分でも理由はよく分からない。

ただ、なんとなく。

隣ではナカジマがスマホの画面を見ながら、予約したチケットの時間を確認している。


「時間まだあるな」


ナカジマが言った。


「うん」


ユキは小さく頷く。

ほんの短い沈黙が落ちた。

人のざわめきがロビーの空気を満たしている。

子どもが走り回る音、ポップコーンを買う列の会話、スクリーンの予告編の低い音楽。

ナカジマが何気ない調子で聞いた。


「映画よく見る?」

「んー……ファンタジーなら」


ユキは少し考えてから答える。

ナカジマが軽く笑う。


「じゃあ今日はちょっとジャンル違うな」

「え?」

「ホラー」


ユキは一瞬だけ目を丸くした。


「……大丈夫だと思う」


ナカジマは肩をすくめる。


「怖かったら言って」


少し間を置いて続ける。


「途中で出てもいいし」


それだけ言うと、ナカジマはロビーの奥に視線を戻した。

館内アナウンスが流れる。


『1stスクリーン、まもなく上映開始です』


ロビーの客が一斉に動き出した。

ナカジマが軽く顎でシアターの入口を示す。


「行くか」

「うん」


二人は人の流れに混じって歩き出した。

シアターの中はすでに薄暗かった。

足元の誘導灯が、通路を淡い緑色で照らしている。

スクリーンにはまだ予告編が流れていて、光が観客席を淡く照らしていた。

ナカジマが先に席を見つける。


「ここ」


二人は並んで腰を下ろした。

椅子のクッションが柔らかく沈む。

隣の距離が思ったより近い。

肘掛けが一つしかないことに、ユキは座ってから気づいた。

スクリーンが一度真っ暗になったあと、

大きな警告音が鳴った。


『NO MORE 映画窃盗』


白い文字がスクリーンいっぱいに映し出される。

スマホの頭をした黒いスーツの男が走り出す。

ナカジマは表情を変えず、ぼんやりと眺めていた。

そのあと、予告編が始まる。

派手な爆発音。

暗い森。

叫び声。

ホラー映画の予告が続いて、

ユキは思わず少しだけ身を縮めた。

スクリーンの光が、客席を青く照らしている。

本編が始まる。


そのときだった。

ナカジマの手が、ゆっくり動いた。

肘掛けの上に置かれたユキの手の近くまで、指が滑ってくる。

ほんの少しだけ触れた。

ユキの呼吸が止まる。

一瞬だけ体が固まった。


ナカジマの指が、ユキの指をそっと取った。

そのまま。

何のためらいもなく、握る。

指と指が絡む。

ユキの心臓が一気に跳ねた。

映画の音が遠くなる。

スクリーンの光だけが、二人の横顔を淡く照らしている。


ナカジマは何も言わない。

ただ、普通に映画を見ている顔のまま、手だけを握っていた。

ユキは息をするのも少し忘れたような気分で、スクリーンを見つめる。

でも内容はほとんど頭に入ってこない。

隣の手。

ナカジマの手。

ずっと繋がれている。

ユキも離していない。

指の体温が妙に熱い。

心臓がまだ落ち着かない。

映画は中盤に入っていた。

ストーリーが盛り上がっているはずなのに、ユキには音だけが遠くから聞こえているようだった。


ナカジマの指が、少しだけ動いた。

ユキの手を軽く握り直す。

それから、肩を軽く叩いた。

とん、と。

ユキが顔を上げる。


「?」


ナカジマの方を見る。

ナカジマの顔が、思ったより近い。


その瞬間だった。

唇が触れた。

短いキス。

ほんの一瞬。


何が起きたのか理解する前に、もう終わっていた。

ユキの呼吸が止まる。

ナカジマはもうスクリーンを見ていた。

まるで何もなかったみたいに。

ただ、手だけは離さない。

ユキの顔が一気に熱くなる。

慌てて俯く。

心臓がうるさい。


(ちょっと……)


スクリーンの光がちらつく。

映画のセリフが流れている。

でも頭に入ってこない。


(早すぎない……?)


唇に、まださっきの感触が残っている気がする。

指はまだ絡まれている。

離されない。

ユキは何も言えなかった。

ただ。

心臓だけが、ずっと速いままだった。

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