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㉗お揃いの名前


 《おおいぬ座》は港街を拠点とする魔法使いである。炎を操り、魔法を帯びた道具作成と販売まで主な仕事としている。所属する貿易商会の販路を大いに活用して様々な商品を売りさばき、莫大な富を築いていた。


 作った魔法の一つが『扉』というもので、普通に歩いても決して辿り着けない場所との行き来を可能としている。距離と時間、異界の歪みを超えた先と繋がって、各地の魔女や魔法使いと付き合いがあった。

 場所によっては長年にわたって人馬族と領土争いを繰り広げているような地域もある。潜り抜ける際に現地で使用される言語を自動翻訳する魔術が仕込まれていて、意志の疎通に支障はなかった。



「あーあ、疲れちゃったね。でも《さそり座》の魔女さん、前より元気になっていて良かった」

「手伝ってくれるというから期待していたのに、ずっと探検して遊んでいたではありませんか」


 《おおいぬ座》の魔法使いが『扉』を通って同行者と共に出先から戻ると、既に夕暮れの美しい時間帯である。いくらもしないうちに、待ち構えていた少女や老婆が三人、こちらへ駆け寄って来た。

 先生は無事か、手紙や贈り物を受け取ったかどうかなどと、口々に尋ねる。先生というのは先ほど扉の向こうで山を切り開く作業に没頭していた、《さそり座》の名前を受けた魔女である。愛想はなくても丁寧な仕事をそつなくこなす優秀な教師役であったらしい。


「ええ、前よりずっと元気そうでした。次に会いに行く時までに返事を書いてくれるそうで。あの魔女さんも、あなた達をとても案じていましたよ」

「そうそう! 預かった物がたくさんあるから、……他のみんなはどこにいるの?」


 同行した少女、正体は《うお座》を冠する魔女がこの場を引き受けてくれるらしい。組織への報告が先、と囁かれた魔法使いはありがたくその場を任せて後にする。


 港街の一画に伝手で用意した施設には現在、迫害を逃れ『扉』の向こうからやって来た二十人程が生活している。薬の調合や薬草、その他様々な魔法の行使を請け負ってくれるそうなので、魔女や魔法使いを束ねる組織の代表としてはありがたい限りである。


 そして現在、『扉』の向こう側に残った最後の一人を巡って、後進の育成と技術の保全を目的とする組織は大きく揺れている。

 異端の人々に対する迫害が苛烈さを増し、息を潜めて暮らしていた隠れ里が襲撃された。他の魔女達を守るため踏みとどまった彼女は『扉』の修繕が間に合って辛うじて助け出せたものの、惨状は免れなかった。

 形はどうであれ、それほどの規模で人々を害した《さそり座》の魔女は既に人間から生まれた魔女という存在を大きく逸脱している。あちらの一帯は彼女が振り撒いた瘴気によって、魔力の強い魔女や魔法使いでなければたちまち肺が腐って死に至るほど汚染されている。元に戻すには植物や水の力を借りて、長い年月が必要となるだろう。

 子供を攫って害する前に、という意見は主に魔物退治を専門とする会員の意見からいくつも上がっている。



「魔女さんには、例の装置は渡せた?」

「ええ、抵抗も疑いもしませんでしたよ」

「……うまくいくかしら?」


 《うお座》の魔女が追いついて、深刻そうに声を潜め尋ねてくる。今日の目的はあのランタンを渡し、肌身離さず使うようそれとなく誘導する事だった。《おおいぬ座》の魔力と技術を結集させた最高傑作としても過言ではない出来栄えである。

 

 元々、火は人間に与えられたものではない。神々の御許から盗み出され長い時間が経った今でも、怖ろしい力を保ったまま、地上のあちこちで燃え続けている。


 《おおいぬ座》は先ほど《さそり座》とやりとりをし、一つ納得したのは、彼女を助けに駆けつけた際に見た不思議な光景である。倒れた魔女を周囲の火と銀の影響から守るように、青い不思議な光が取り巻くように揺れていた。元が何だったのか定かではないが、魔女を守るために消えてしまった使い魔の蟷螂の存在で、それとなく説明がつく。

 一部を回収し解析したが、経緯を知るまで結局手がかりはなかった。きっと悪いものではないだろうと判じ、あのランタンの中へ一緒に納めておいた。


「全てを燃やし尽くし浄化するだけが炎ではありませんからね。明かりの熱と輝きはゆっくりと、そして確実に影響を与えるでしょう」




 


 《さそり座》の魔女は悲願であった誰にも邪魔されない、一人きりの時間を手に入れた。入会した組織とのやり取りは頻繁だったけれど、成果物とこちらの頼んだ日用品や食糧、そして新しい注文を持ちに来るだけ。受け取るとそそくさといなくなっていて、楽だった。


 自分の身体は既に魔物となり果て、庵の周囲は危険な瘴気が渦巻いている。少しずつ浄化に取り組んでいるものの、一部の高位な魔女や魔法使いを除けば長時間の滞在は命にかかわる。

 とはいえ、特に子供を攫って食べたくなるような衝動に悩まされるわけでもない。外に広がる人間の国では怖ろしい魔女の逸話が広まっているものの、これは他国への牽制も兼ねているようだ。《さそり座》の魔女は噂の独り歩きを訂正しなかった。


 ようやく手に入れた静かな生活にランタンが加わって、苦手としていた炎系統の魔術を扱える幅はむしろ広がっている。新しい魔術や薬毒の精製に時間を費やして、成果も上場だ。


「この虫が生糸を吐くのですが、扱いが難しくて。生産は西の国が独占しているそうなのです」


 あの《おおいぬ座》を名乗る魔法使いは本業が貿易商というのもあって、金策に熱心である。血縁に魔法の力が伝わらない魔女、魔法使いにとって弟子の育成は何より大事な仕事で、莫大な費用も必要になる。儲けても利益はそれほどないようだが、その方針に異論はない。


 魔女は無事に虫を殺さずに生糸を得る技術を完成させ、持ち込む難しい依頼をこなして組織内で認められるようになった。特に高山の魔法使いは染料の出来具合を大層褒めてくれて、育てた果樹などを贈ると喜ばれた。


 時には人間の要望にも応じ、代わりに土地を拝借して結界の範囲を広げていった。鬱陶しい村の人間や、迷子の子供を追い立てながら仕事に没頭する日々は決して悪いものではない。



 そうして忙しく暮らしている時、おおい、と庵の入口から呼ぶ声があった。組織の仲間で、魔女や魔法使いの素質を持つ子供と接触して、今後の身の振り方を相談する役目を請け負っている者だった。


 《さそり座》に子供と老人を押し付けて逃げたかつての同胞達は、未だに自分の報復を怖れているらしい。誰一人戻りはしなかった。

 この国に魔女や魔法使いは自分一人だが、日々新しく魔法の力に目覚める者は生まれて来る。事情を説明し、できる限り組織に加わって魔力の制御を身に着けるように説得していた。

 

 最近は大半が親元に残って密かに魔法の教えを受けている。身一つで組織に合流する者はそれほど多くはない。これも時間が経って今のような流れに変わりつつある。

 どさくさに紛れて独立した小さな国も、治安や生活が安定している証左であるのだろう。


「……それが、いくら探しても見つからない。山奥へ置き去りにして、正確な場所は覚えてないのだと。気配はずっとしているのに、見つけ出せない。狼と三回も行き会って、多分あいつらから隠れているに違いないよ」


 魔女か魔法使いの子供を見つけ連れ帰るはずだった相手は取り乱した様子である。とにかく宥めて聞き出し、《さそり座》も捜索に加わった。


「本当に? 何の訓練も受けていない子供だろうに」


 人間以上に五感の鋭い生き物、猫は耳、犬の仲間は匂いにひどく敏感である。まだ訓練も受けていないにも拘わらず山に棲む獣から隠れおおせているとなると、相当な素質の持ち主であるらしい。

 それにしても時間が経ちすぎている。大人でも水がなければ三日持たないのに、幼児であれば尚更だ。


「悪いね、少し退いてもらおう」


 《さそり座》が生き物を使役する魔力を広げると、藪や梢が大きく揺れて、鳥や小動物達が逃げていく。鳥の雛などは巣の奥で震えあがった。あらゆる生き物が移動していく中に気配を研ぎ澄ませたものの、反応はない。


「……いや、もう一度」


 魔女はランタンを掲げて、最適な温度の調整にかかった。きっとお腹が空いて、喉が渇いているに違いない。少し可哀想に思いつつも、水と果物由来の甘い香りを正確に広範囲に撒いた。

 

「ああ、そこにいたのか」


 ほんの僅かなゆらぎを察知し駆け寄ると、子供が震えながら木の幹にしがみついていた。こちらが近づいても目はうつろで、顔を上げる事すらしない。衰弱している。よく見れば木に縄で縛り付けられていた。


 途中までは拘束を解いて逃げ出そうとしたものの、獣や鴉がうろつき始めたのを見て、隠れている事にしたのだろう。指先や、歯で噛み切ろうとしたのか、とにかく酷い有り様だった。耳の辺りは噛傷が化膿しかけて熱があって、脳にまで及びつつある。噛まれても身動き一つせず、必死で気配を押し殺していたようだ。


「……伝言を。見つけたが、このまま庵で手当てする。戻って《おおいぬ座》にも伝えて、また後で連絡する」


 《さそり座》は近くにいた蝶を捕まえて、まだ子供を探している魔女の元まで飛んでもらった。

 子供を抱えて庵へ駆け戻って、すぐさま治療を開始する。特に頭に近い場所の怪我は致命的な結果になりかねない。幼子を死なせないよう慎重に、熱を下げてこちらに反応するようになるまでに何日もかかった。

 つきっきりで看病する間、子供は寝台でようやく起き上がれるようになり、スープにくずしたパンから初めて、胃に優しいものを食べるようになった。


「まだ子供だもの、ちゃんと食べたら綺麗に治るよ」


 耳や指の傷に特製の軟膏を塗りながら、魔女は子供に話しかけた。おそらく植物と相性のいい魔女の卵であるのは間違いない。

 長く一人で過ごしたためか、薬草や稀少な草花を育てれば手堅く稼げるよ、などとまるで《おおいぬ座》の言動が移ったような話しかできなかった。


「毒じゃないよ、甘くしたから」


 こちらに興味を示すようになった子供に、《さそり座》はシロップを与えてみた。すると目を真ん丸に見開いて、夢中で飲んでいる。こちらに尊敬の眼差しを向けるようになって、魔女の真似をしたがるか、くっついて離れるのを怖がるようになってしまった。

 仕方なく工房にくつろいで座れる場所を確保し、目の前で趣味の裁縫の様子を見せてみると、興味津々である。



「いやあ、本当にお疲れさまでした。助かって本当によかった、それで……」

「それが、戸棚の奥へ隠れてしまった」


 容体が安定したので、最近は後進に仕事を譲って手持無沙汰だとこぼしていた《おおいぬ座》に子供を迎えに来てもらった。庵で孤独に過ごす魔女ではなく、同年代の子供達と仲良く一緒に育った方がずっといい、と言い聞かせて既に荷造りも済ませてある。あちらで困らないように、靴下や肌着を山のように畳んで詰めてあった。


 ところが玄関先で聞こえた見知らぬ声を怖がったのか、子供は寝台を抜け出して工房の戸棚へ入り込んでしまったらしい。

 おおい、と呼び掛けたが返事はない。と思ったら猫の鳴き声がして、覗き込んでみると猫の目が僅かな光を反射している。どうやら庵で生糸を吐く虫を鼠から守るために雇ったうち、面倒見のいい白黒の猫を手懐け、毛布代わりに抱えているらしい。


「植物だけでなく、生き物を扱う魔法が得意なのでしょうか。これは将来が楽しみだ」

「……大きいサソリに変身して戸棚を揺らしたら出て来るだろうか」

「そういう夢に出そうな脅かし方はやめてください。……さて、どうしましょうかね」


 とは言いつつも、大の大人二人が揃って身を屈めて戸棚の奥を覗き込むという情けない光景が繰り広げられている。彼は指を軽く鳴らして簡単な結界を張って、音が外に漏れないようにした。今からどうするのか、子供の耳には聞こえないよう配慮したようだ。

 

「……落ち着くまででいいから、このままこちらで過ごせないだろうか」


 何度かの逡巡の末、《さそり座》の魔女は躊躇いながら口を開いた。


 子供は要求が通じた経験でしか、周囲の大人を信用するようにはならない。魔女が長い人生の中でそうした出来事を積み重ねられたのは、組織に入った後になってしまった。この子には自分のようになって欲しくない。


「庵の中なら、そばにいなくて危ない遊びをしないよう目を配れる。もちろん、大人しい女の子かもしれないが、仕事もきちんとやって、ちゃんと面倒を見るから……」


 たどたどしい説得の末に相手を窺うと、相手は微笑している。出会った時はそれほど変わらない見た目であったのに、彼はすっかり年齢を重ねていた。杖、といっても老人が歩行の補助に用いるのではなく、紳士の持ち物として使いこなし、比較的しゃんとしている。

 対する自分はほぼ変化はない。蟷螂を死なせてしまったあの時、きっと自分はそれまでとは違う何かに変わってしまったのだ。


「どうにか、慣れるまでの間でも頼めないか、説得しようと思っていたのですよ。あなたも随分変わりましたね。昔はもっと尖っていたのに」






「ほら、帰ったよ……。どこにも行かないし、勝手に連れて行かせないから」


 子供はまだ籠城している。小さなやせっぽちの身体を最大限に生かし、戸棚の奥へ隠れて籠城しているらしい。

 《おおいぬ座》は子供向けの説話集を残していった。頁の奥には様々な人々、王族の姫君から乞食、動物、魔女や精霊や神様の活躍まで網羅されているらしい。


「早くこっちへ出ておいで。お菓子を焼いてシロップを飲んで、まだ傷の治り具合も見なくちゃいけない」


 ね、と魔女は戸棚の奥へ手を差し入れた。木を触り、中へ押し込んであった様々な硝子の容れ物や陶器のカップ、古い鍋などを順番に辿って、ふわふわした毛皮の奥に、温かい小さな指先をとった。


「とりあえずしばらく私の弟子だ。名前を決めないと。そういえば私も神話に出てくるさそりにあやかっているのだった」


 女の子は花もいい、と魔女は続けて中身に目を通していく。世界に溢れる美しい物語と言葉の一つ一つを、頁を捲って吟味していく。物語は常に人々の輪の中心に教訓として残り、そして心を育てる役割がある。

 その中から一つ、これという名前を探し出した。


「……プシュケ、にしよう。蝶々や祈り、魂を指す言葉。神話に出て来る美しい子で、大変な目に遭っても最後は幸せになった物語から、名前をもらおうね」


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