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㉒虫使いの魔女


ミハイルが城内にいる虫、特に蝶々の類は無闇に触らないように、という御触れを正式に出した。安全管理、という名目である。

そして飲食物の持ち込みは厨房への報告が義務付けられた。発表当初は煩わしさと不信感で溢れていたが、結局は一言報告を忘れるだけで呼び出され仔細の申し開きが必要になるとわかって、渋々受け入れたようだ。城で働く者の食事は厨房で用意しているため、それ以外で持ち込みはせいぜい差し入れ程度、というのもあってどうにか混乱は治まった。


 今も休暇明けの衛兵が一人、食堂を片づけていた司厨士見習いに声を掛けている。


「休みを代わってくれた同僚への単なる差し入れだ。何が目的かはよくわからないが、一応」

「ええ、あとで書き付けておきますから」


 ちゃんと聞いているよ、とプシュケは厨房の天井に張り付いた蜘蛛から情報を得ながら、持ち込まれたワインに何の細工もない事を確認した。記録を付ける事が目的ではなく、あくまで王城内の安全に寄与する意識が肝心である。



 規定が浸透するにつれ、プシュケも人間の世界で上手にやっていく要領を掴みつつあった。朝は厨房で持ち込まれた食材を検品、虫食い野菜を調べて注意を促し、酷い物は仕方なく弾いた。他に保存状態のよろしくない製品、時には決して口にすべきでないものが、悪意で以て紛れ込む事態も度々起きた。回収して証拠品を医官に回し、報告と出所を探るのがプシュケの仕事である。


「人間の世界というのは怖ろしいものね、ルクレティア」

『これほど厄介な毒見役がいるなんて、夢にも思わないのでしょう。武器を持ち込む危険を冒すより、仕掛ける側は安全な場所から高みの見物ができるもの』


 今日は特に大きな問題なく、納品が順調に行われたようだ。王城で働く大勢に食事を提供しているため、庵にいた頃とは量が文字通り桁違いである。プシュケは荷受け場に積み上げられた食糧を眺めた。

 蝶々の幼虫を助けてあげて、とルクレティアに頼まれ、プシュケは葉物の隙間から小さな命をそっと救い出し、持ち歩いている小瓶へ移ってもらった。後で自分の畑に放し、ゆくゆくは仕事を手伝ってもらう腹積もりである。  


「何かありましたか? ええと……」

「大丈夫ですよ、これは益虫なので外の畑に放すだけです」


 後方で見守っていた食材の下処理担当が不安そうな眼差しを向けて来たので、プシュケはできる限り愛想よく返事した。他は問題ない旨を伝えていると、早朝から仕事に励んでいる上級司厨士がこちらに声を掛けて来た。


「あんたが噂の毒見役だか魔女だったか……。どのあたりの出身だ? ここの飯は口に合いそうか?」


 おはようございます、とプシュケはできるだけやわらかい物腰を心がけている。最初はぎこちない挨拶程度の間柄から始まった。慣れてくると空模様や暑さ寒さについて短くやり取りするように、そしてついに友好的に話しかける者が現れた。


「西のあたりでしょうか。母さんと姉さんとずっと二人暮らしでした。ご飯が毎日美味しいと家族に報告したら、安心したみたいです」

「そりゃあよかった。……いつも何かあると、厨房は真っ先に疑われる。どれほど気を付けていても、分担作業が前提だから目を光らせるのには限界があってな。ゼルティス殿の話では、匂いでわかるそうじゃないか。頼りにしていいんだよな?」


 はい、とプシュケは真面目に相手の話に応じた。母さんと姉さんが養い親の魔女と蝶々である以外に嘘偽りはない。人数が集まれば、中には彼のように人当たりの良い者、面倒見のいい世話好きがどこにでもいるらしい。

 先ほどの相手はゼスが事前に声を掛けやすそうな相手、として名前を挙げてくれた人だった。ずっと厨房に入り浸っているわけではない彼が個々の為人まで細かく把握しているようで、プシュケはしきりに感心している。


『あのゼス君はそれが仕事ですもの』


 何故かルクレティアが自慢げに口を挟むのを適当にあしらいつつ、次に向かったのは医官や薬師達の畑と温室がある区画だ。プシュケはここでミハイルの要請、という形で栽培が難しいものを請け負い、収穫して持ち込んでいる。最初は半信半疑の目を向けられても、質の良い薬草の提供を根気よく繰り返した。


 あら、と顔を出すと声掛けて来た相手はちょうど師匠と同年代の女性薬師である。先ほど厨房にいたような気質の者はそれなりにいるものであるらしい。


「……あたしも昔教わったけれど、どうやったらこんなに綺麗に栽培できるの? どうやっても、虫が湧くでしょう」

「良ければ、よく効く忌避剤がありますよ。少し分けましょうか」


 プシュケが彼女に教えたのは、手に入りやすい材料、かつ人間の薬師でもさほど苦労しない配合である。

 彼女はこちらの受け売りを自身の手柄にしたが、代わり便宜を図ってくれるようになった。こちらもミハイルから動きやすい地盤を作るように仰せつかっているだけなので、単に薬草園に便利な伝手ができた、という成果である。






 そうしてプシュケが段々と仕事に馴染みつつある頃、王城にある放牧場が家畜を取り扱う商売人や隊商で溢れかえった。ミハイルが新たな馬を意欲的に求めている噂が広まって、品評会が開かれる運びとなった。敷地内の立ち入りには手荷物と身体検査が義務付けられ、プシュケも一通り妙な物を持ち込む者がいないのを入念に確かめた。


「すごく大勢に声を掛けたのね」

「ミハイルは元々、馬が好きで有名なんだ」

 

 食事も振舞われ、数日前から城の人間は部署を問わず忙しくしていた。混雑が予想される主会場に持ち込まれた食材や調理器具、皿に至るまで既に点検を終わらせている。プシュケの持ち場は、別の場所だ。


『こちらは始まったわ、プシュケちゃん。お馬さんは見た目と能力の高さが比例するのかしら。色々な飾りをつけて参加しているから面白い光景よ』


 プシュケは一番小さな姿の羽を選んだルクレティアを、主役のミハイルがつけた徽章に紛れるようくっつけておいた。もちろん周囲は近衛が固めており、ここで武器を手に仕掛けるのは分が悪いというのはわかる。殿下の一大事となれば加勢する人間が大勢いるためだ。


 早速、歓声の中をミハイルが護衛を引き連れ、繋がれている馬を順番に見学している。気になった何頭は実際に騎乗し、真剣な表情で能力や相性を試している。簡単な障害物にも挑み、いくどとなく歓声が聞こえた。

 仕事でなければすっかり愛着の湧いた生き物である馬が多く集まった場を、プシュケも興味深く見学したに違いない。ミハイルが馬を見定めている間、手隙の者達はあちこちで集まって情報交換や商売まで始まっている。


「……すごいな。この人数でも検知できるのか」

「数が増えたところで、薄まるわけではないのでね」


 ゼスが食事を運んで来てくれたので、プシュケはありがたくちょうだいした。合間に自分で作ったシロップを舐めつつ、自分の畑で今朝収穫した果物もある。

 二人は簡単な打ち合わせの後、衛兵の事務所机をありがたく拝借し陣取った。見取り図を広げながら早速、あちこちで交わされる会話に耳を傾ける。


「……新しい魔術師とやらはどうなのだ。疑われていないだろうな」

「……薬草畑と厨房をうろついているようだ。虫食いの野菜がわかるらしい」


 何だそれ、と小ばかにしたような会話をプシュケは盗み聞きした。食材の品質管理担当だと思わせておけば仕事も楽なので、悪口を適当に聞き流しておく。

 そうして、王城内で不審な動きをする者の炙り出しに取り掛かった。普段は業務中持ち場を離れる者は非常に目立つものの、今日は特別な催しがあるためその限りではない。また外部の人間も身元が控えられるとはいえ、堂々とはいかないものの敷地内に足を踏み入れる事ができる。

 

 城で働く知り合いを探してやあやあ、と挨拶を交わす一団もいれば、ぶらぶらと歩きまわっている者もいた。安全でなくてはならない場所なので、度を過ぎた物見遊山は看過できない。報告相手は、家で待つ家族ばかりではないだろう。


「……」


 プシュケは広げた見取り図と、敷地内へ放った虫達の情報を比べながら蜂を次々とけしかけた。耳元で羽音を響かせ、ゆっくりと周囲を飛び回る姿に慌てて立ち去る者が大半である。しかし中には人の多い場所へ戻ろうとせず、見張りの目を気にする素振りを見せながら、城の構造をじっと観察する者がいた。


「ここに一人。警戒しているみたい、慎重に」


 プシュケがゼスに様子を伝え、衛兵に向かうよう指示を出した。いくら人の気配に避けたとしても、壁に張り付いている蜘蛛や上空にいる蜻蛉まで注意を払う者はいない。

 覗いている先で、人がいない場所を選んだはずが衛兵の姿を認め焦った表情を浮かべた。


「……違います! 迷いました、すぐ離れます」


 嘘つくな、と取り押さえられ連行される一幕をプシュケは見届けた。捕縛したのは外部の人間ばかりではない。最近入ったばかりの下働きの人間などもいる。


 何人か捕縛した後、馬を連れて来た隊商の一人がそっと会場を離れ、一本の木にもたれかかって一息つく姿を見つけた。休んでいるふりをしながら、さりげなく何かを木の洞に忍ばせている。 


 相手が立ち去った後、プシュケは虫を使ってその場所を確認した。紙片らしきものが入っていたため、複数の蜂に頼んで手元まで持って来てもらった。体重より重い物を運べる上に飛行能力まであって頼りになる。ゼスや報告に来ていた衛兵も一緒に覗き込んだ。


「……読めない。私は見た事がない文字」

「取りに来る者が誰か気になる。元の場所へ戻せないだろうか?」


 近辺にある国で使われている言語でないようだ。符丁、もしくは暗号の可能性もある。プシュケは頷き、念のためゼスが内容をできる限りで書き写してから蜂に元の場所へ運ばせた。一連の流れを見守る衛兵は二人のやり取りに目を瞠っている。

 

 紙片を置いた者が合流したのは西から来た隊商である。ミハイルは彼らが連れて来た馬は見学だけだったが、落胆した様子はなく淡々と過ごしている。

 

 その後も見張りを続け、結局回収に来た者が現れたのは日が暮れた後となった。所属は文官で、勤めている期間もそれなりである。宿舎の部屋まで突き止め、監視に気付いた様子も逃げる素振りもなかったので、プシュケは翌朝報告した。

 王城内でこのようなやり取りができる、という事は内部にいる人間が、あらかじめ目立たない場所として目星をつけておいたのだろう。


「西の隣国と関りがあってもおかしくない」


 現在、差し迫った脅威の一つである。かつてこの国は属国として支配を受けていた。海の向こうにあった草原の帝国の影響が薄まった現在、再びこちらの動向を注視しているというわけだ。ミハイルの父が警戒し、同盟国の繋がりを強化し備えを進めている。

 怖ろしい魔女の噂も、あちらが表立った衝突を避けている理由の一つに違いない。


「どうする?」

「……この男を排除したところで、より巧妙に別の者を送り込んで来るだけだろう。それなら、泳がせた方が好都合かもしれない。ミハイルと陛下にはそう伝えてみようと思う。引き続き、目を離さないように、重要な情報を盗まれないように監視しながら」

「おお、朝から張り切っているな」


 ゼスの意見も一理ありそうなので、プシュケは承諾した。ここでの判断力は彼の方が数段信頼できる。

 そこへおはよう、と現れたミハイルは、昨日大勢と馬に愛想を振りまき疲れたらしい。新しい愛馬の候補を数頭まで絞ったのでしばらく様子見の上、一頭決めるようだ。それ以外にも騎士団が馬を複数頭購入していて、これから訓練を施すらしい。


「ああ疲れた。殿下、殿下と持て囃されるのも考え物だ」

「殿下は昨日一日、とても楽しそうでしたね。ちやほやされて幸せだったのでは」

「色々な馬を好きなだけ試して満足しましたか」


 打ち合わせに忙しい弟分と妹分が適当にあしらったためか、ミハイルは憤慨している。まあまあ、と宥めて彼を二人の輪に引き入れて、報告と今後の対策を詳しく話し合った。


 それが終わると気晴らし、とミハイルが新しい馬達を見せてくれた。新しい環境と、プシュケの魔力を感じて少し興奮した様子である。後でゼスに頼んで細工を施してもらえば、そのうち大人しくなるだろう。


「……親近感があるかもしれない。王城へようこそ、慣れるとここも楽しいよ」

「報告を聞く限り、プシュケは頼りになるな。私の目に狂いはなかった」


 二人はどの馬が新しい殿下御用達として採用されるか予想する遊びに参加しつつ、季節の移り変わりを感じながらゆっくり過ごしたのだった。




 


 プシュケはこの調子でゼスと協力しながら、王城での日々を過ごした。師匠に助言を求めつつも、一人前に仕事をこなしている。そう胸を張って自慢できる範囲のはずだ。

 ルクレティアや虫達の協力の下、衛兵や各所を預かる者達と連携を取って城内の警備、及び情報収集担当である。そして正式にミハイル付き宮廷魔術師の地位と称号が与えられる事となった。

 主人は予定通り、同盟国の末の姫君を王妃として迎えている。彼女の故国には宮廷魔術師がいるらしい。それに合わせる形でプシュケにも、正式な辞令が下る運びとなった。あの怖ろしい魔女の直弟子、という噂をミハイルも否定しなかったため、国内外で様々な反応があった。

 その気になれば距離やあらゆる障害を無視して迫る脅威を、人々はまだひどく怖れているらしい。


「謹んで拝命いたします」

 

 王城内での身分を地位と職責を表す徽章と呼ばれる飾りを身に着け、師匠から授けられた黒と銀の上掛け、そして杖代わりの扇を手に城内を油断なく見張るのがプシュケの役割である。


 隣国から移って来た妃陛下にはプシュケの能力と役割をミハイルがきちんと説明し、さほど抵抗なく受けられた。女官に全て見られているのと変わらないと判じてくれた様子である。

 まだ王城へ移って日が浅い彼女らへの配慮として、師匠が会費を払っている組織に相談し、プシュケは花と蝶々が描かれている絵を何枚か注文し飾ってもらった。生きている虫でなくとも、プシュケが同等の情報を得られる優れものである。


 そしてゼスも長年の悲願として、ミハイルの秘書官としての地位を確立した。自由に動けない主君の意向に沿って各所へ赴き、人員の調整や予算の割り振りを迅速に行い、様々な事案に対応するべく奔走している。

 彼の管理下において、プシュケは飲食物や薬品、馬の飼料や薬、香水や化粧品、布地によくないものを染み込ませ、と多種多様な悪意が迫ったが、感知して食い止めている。必要な場所へ出向いて指図するのにも、年数を重ねれば異を唱える者はいない。

  

 一向に成果が上がらないため、仕掛ける方は随分と苛立っているらしい。しかし表立って事を荒立てれば同盟国が黙っていないだろう。均衡は常に危ういけれど、一触即発とまでは言い難い。

 のらりくらりやるしかないとミハイルはよく口にし、ゼスはそれを否定しなかった。古今東西、全ての時代においてこうした争いを根絶できた話は聞いた事がない。人間の世界はそのように回っているのだ、とプシュケも納得し気を引き締めなければならなかった。

 





「思い当たりとすれば、火の通りが甘かったのかな、と……。しかし指摘しづらくて」

「なるほど、辛いのであればお腹を温めて様子を見ましょうか。薬を用意しますから、横になって待っていてくださいね」


 プシュケは適当にあしらって、具合の悪そうな患者を寝台へ押し込んだ。顔見知りの衛兵が、不審そうな眼差しを寝台の奥へと向けている。


「少しいいですか。あの男、どうしても、魔術師殿に診てもらいたいと主張して、使い走りに銀貨まで握らせたようですよ」

「……やはり?」


 王城に住む人々の体調不良に対応するのは医官の仕事である。しかし何だか様子がおかしい患者がいるので診て欲しいと医務室まで呼び出されたのだ。

 

 魔力をそっと忍ばせ解析すると、鶏肉を食べたのは事実のようだが、それが症状の原因ではない。何より、前々から目を付けつつ、泳がせていた文官である。継続して監視している中、隣国の間者とやりとりしているのはほぼ間違いない。彼が医務室で騒ぎ、プシュケをこの場へ引き付けておきたいようだ。

 その上、今日はゼスに客人がある。王都で勢いのある商会の会頭だが、こちらも厄介な後ろ盾との繋がりが度々噂になっていた。秘書官も気を付ける、とは言っていたけれど、どうやら仕掛けるつもりであるらしい。


「ええ、ゼス殿より魔術師殿に協力するよう、要請を受けていますから」


 この頃になると、衛兵達もプシュケを忌避するより一緒に仕事をした方がはるかに効率が良い事に気付いたようだ。

 プシュケが城内の様子を窺うと、既に歓談は始まっている。ゼスがミハイルの代理として応対していた。客人であっても飲食物を申告させる規定は無視したようだ。


『私が先に行くね』

 

 ここでの仕事は火種を踏み消し、波打つ水面を手で抑え込むようなものだと、プシュケは思っている。庵がある森の中も、静かに見えて実際は無数の生き物達による争いが絶える事はない。それと大きく変わりない世界である。


 かつてゼスが口にしたように、貢献できる役割があるのは大切で有意義だと自らに言い聞かせた。ルクレティアがひらりと飛び立って、ゼスの安全を確保しに向かう。医務室を衛兵に任せ、プシュケも足早に移動し始めた。


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