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勘違い令嬢の幸運魔法が王国を救うまで  作者: 九葉(くずは)


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第1話 無能と呼ばれた令嬢の行き先

ガタガタと、馬車が激しく揺れる。

豪華な装飾は施されていない、簡素な平民用の馬車だ。

公爵家の紋章すら入っていない。


私はその中で、小さく身を縮めていた。


「……終わったのね。全部」


ポツリと、誰にも聞こえない声で呟く。

窓の外には、見慣れない荒野が広がっていた。

王都の華やかな街並みは、もう遠い記憶の向こう側にある。


三日前。

私は王城の大広間で、婚約者だったエドワード殿下から婚約破棄を告げられた。


理由は明白だった。

私の「鑑定結果」だ。


この国では、十五歳になると鑑定の儀を受ける。

そこで授かった能力や魔力値が、その後の人生を決定する。

私の義妹は、華やかな「聖女の加護」と膨大な魔力を示した。


一方で、私の鑑定盤に浮かび上がった文字は、たった一行。


『能力:不明』

『魔力値:測定不能』


それは、この国において「無能」であることを意味する。

魔力が一滴も流れていない、欠陥品という烙印。

公爵家の誇りを汚した私は、その日のうちに家を追われた。


行き先は、北の果てにある聖マルグリット修道院。

表向きは「花嫁修行のための静養」だが、実態は一生そこで朽ち果てろという追放処分だ。


【ナレーション】

(聖マルグリット修道院。王国最北端の峻険な山脈の麓に位置する。古くから、罪を犯した貴族や身寄りのない者の受け入れ先として知られている)


馬車が止まった。

御者が扉を乱暴に開ける。


「着きましたよ。リリア様……いや、リリアさん」


皮肉な笑みを浮かべた御者が、私の荷物を地面に放り出した。

小さな革鞄が一つだけ。

それが、公爵令嬢として生きてきた私の、全財産だった。


馬車は私を降ろすと、砂埃を上げて去っていった。

見捨てるようなその速さに、胸の奥がチクリと痛む。


目の前には、石造りの古びた建物があった。

壁には蔦が絡まり、所々が欠けている。

けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。


「おや、あなたがリリア様ですね?」


建物の奥から、一人の女性が現れた。

灰色の修道服に身を包んだ、穏やかな表情の年配女性だ。

彼女は私を見て、驚く様子もなく微笑んだ。


「私は修道院長のマルタです。遠路はるばる、大変でしたね」


「……リリア・フォン・アルフェンです。今日から、こちらでお世話になります」


私は深々と頭を下げた。

迷惑をかけたくない。

嫌われたくない。

無能だと知られたら、この穏やかな微笑みも消えてしまうのだろうか。


「そんなにかしこまらなくていいのですよ。ここでは皆、等しく神の徒ですから」


マルタ様は私の手を取り、建物の中へと導いてくれた。

その手は温かく、少しだけ強張っていた私の体が緩む。


「お部屋へ案内する前に、一つ伝えておかなくてはなりません」


マルタ様が廊下を歩きながら言った。


「この修道院は、少し特殊な場所なのです。見ての通り、ここは辺境。常に魔物の脅威があります。そのため、隣接して騎士団の駐屯地があるのです」


「騎士団、ですか……?」


「ええ。彼らはこの地を守る要です。ただ、戦い続きで皆とても疲弊していて……。リリア様にも、彼らの手助けをお願いすることになるかもしれません」


手助け。

その言葉に、私の心臓が跳ねた。


「あの……マルタ様。私は、何もできない無能なのです。鑑定でも、能力は不明と出ました。お役に立てるようなことは、何一つ……」


私は俯いた。

正直に話すべきだと思った。

期待させて、後で裏切るのが一番怖い。


けれど、マルタ様は足を止め、私をまっすぐに見つめた。


「鑑定の結果がどうあれ、あなたがここにいることに意味があるのです。まずは、ゆっくり休みなさい。……おや、噂をすれば」


廊下の先から、複数の足音が聞こえてきた。

硬い金属がぶつかり合う音。

重厚で、整った足音だ。


曲がり角から姿を現したのは、数人の騎士たちだった。

その中心に、一際背の高い男がいた。


黒い軍服。

腰に下げた重厚な長剣。

短く刈り込まれた漆黒の髪。

鋭い眼差しは、獲物を見据える猛禽のようだ。


私は思わず息を呑んだ。

その男から放たれる圧迫感が、これまでに会った誰よりも強かったからだ。


「院長。補給の件で相談が――」


男の声は低く、よく響いた。

彼は私に気づくと、言葉を止めた。

その視線が、じっと私を射抜く。


「……誰だ、その女は」


「新しくいらしたリリア様ですよ。アレク団長」


アレク。

それがこの男の名前らしい。

彼は私の足元にある、みすぼらしい荷物に目をやった。

それから、私の顔をじっくりと観察する。


値踏みされている。

私は怖くなって、思わず一歩後退した。

王都の貴族たちが私を見てきた、あの冷ややかな蔑みの視線を思い出す。


「……王都から来た令嬢か」


アレクと呼ばれた男は、吐き捨てるように言った。


「こんな何もない場所で、何日持つか見ものだな。邪魔だけはするなよ」


彼はそれだけ言うと、私の横を通り過ぎていった。

風を切るような歩み。

残されたのは、鉄の匂いと、圧倒されるような威圧感だけだった。


「……リリア様、驚かせてすみませんね。アレク団長は口が悪いですが、悪い人ではないのですよ」


マルタ様がフォローしてくれるが、私の心は冷え切っていた。

やっぱり、どこへ行っても私は歓迎されない。


けれど、去り際のアレク団長の背中を見送ったとき、私は奇妙な感覚を覚えた。


彼の歩き方が、ほんの少しだけ。

さっきよりも、軽くなったように見えたのだ。


【ナレーション】

(アレク・グラント。地方騎士団『北天の盾』の団長。慢性的な魔力不足と、過労による体調不良に常に晒されている)


「リリア様?」


「あ……はい。大丈夫です」


私は慌てて返事をした。

気のせいだ。

無能な私に、誰かの助けになるような力なんてあるはずがない。


私は小さな革鞄をぎゅっと握りしめた。

明日から、どうやって生きていけばいいのか。

不安な気持ちを抱えたまま、私は修道院の奥へと足を踏み入れた。


この時、私はまだ知らなかった。

自分と目が合った瞬間、アレク団長を襲っていた激しい頭痛が、一瞬で消え去っていたことを。

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