第12話:最終兵器は「お湯を注いで3分」で、聖王軍を無力化せよ!~ フリーズドライと白い粉の結晶「魔界カップヌードル」による兵站制圧~
魔王軍と勇者一行の間に、奇妙な「ハンバーグ休戦」が結ばれてから数週間後。
世界は平和になるどころか、かつてない緊張状態に陥っていた。
原因は、人類側の最高権力者――聖王ミカエルの激怒である。
「なんと……! 勇者アルカスが魔王に籠絡されただと!?」
聖王国の白亜の玉座。老王ミカエルは、アルカスからの極秘報告書『魔王軍は友好的であり、料理が美味いので和平を推奨する』を握りつぶし、床に叩きつけた。
「食い物に釣られて聖剣を置くなど、騎士の恥晒しめ! 魔族の出す料理など、幻覚魔法か、あるいは依存性のある毒に決まっておろうが!」
聖王は、極度の魔族嫌いであり、かつ「清貧こそ正義、美食は堕落」と信じる堅物だった。
彼は即座に号令を発した。
「勇者は当てにならん! 余が自ら軍を率い、魔王城を焼き払う! 全軍集結せよ! 兵力は10万だ!」
聖王国軍、10万。
それは、魔王軍の総戦力を遥かに上回る大軍勢だった。
彼らは、怒涛の勢いで魔王城へと進軍を開始した。
◇
魔王城、作戦会議室。
重苦しい空気が漂っていた。
「……聖王軍の先鋒、あと3日で城壁に到達します」
兵站局長のヴォルクが、胃を押さえながら悲痛な声で報告する。
「数は10万。我が軍の精鋭はリカの料理で強化されていますが、さすがに多勢に無勢です。……籠城戦しかありません」
魔王グラン・ゾードは、腕組みをして唸った。
「籠城か……。だが、せっかく美味い飯が食えるようになったこの城を、戦火に晒したくはないな」
魔王はチラリと私を見た。
「リカよ。貴様ならどうする? ……また『カレー』で敵を釣るか?」
私――味野リカは、白衣のポケットに手を突っ込み、首を横に振った。
「いいえ。カレーやハンバーグは『手作り』だから価値があるんです。10万人相手に給食を作るなんて物理的に不可能ですし、戦場で鍋を振るう暇はありません」
「では、どうする? 焼き払うか?」
「野蛮ね。……戦争の勝敗を決めるのは、剣の鋭さじゃないわ。**『兵站』**よ」
私は地図上の聖王軍の進路を指差した。
「敵は10万の大軍。その弱点は『食料補給』です。彼らは今、重い荷馬車を引き、硬くて不味い干しパンと、腐りかけの肉を食べて士気を下げながら行軍しているはず」
私はニヤリと笑った。
「もし、そんな彼らの頭上に……**『軽くて、保存が効いて、お湯を入れるだけで世界一美味しい食べ物』**が降ってきたら、どうなると思います?」
魔王とヴォルクが顔を見合わせる。
「……そんな魔法の食料が、あるのか?」
「ありますよ。私の前世が生んだ、20世紀最大の発明品がね」
私は宣言した。
「総員、戦闘配置! これより魔王城を『巨大食品工場』へ改造します! 作るのは最終兵器――**『カップヌードル』**よ!!」
私の号令一下、魔王城の全機能が「即席麺製造」のために再編された。
これまでの仲間たちが、それぞれのスキルをフル活用する総力戦だ。
【工程1:麺の製造】
農場エリア。
タイタンとゴズ率いる農業部隊が、経験を活かし、大量の「魔界小麦」を製粉・製麺する。
出来上がった麺を蒸して糊化させ、それを高温のラードで一気に揚げる。
「いい? **『瞬間油熱乾燥法』**よ!」
私が叫ぶ。
「麺の水分を油と置換することで、長期保存が可能になり、お湯を注ぐだけで元の食感に戻る『フライ麺』になるの! ガンガン揚げなさい!」
「オウッ! 」
【工程2:具材とスープの乾燥】
地下実験室。
ここを担当するのは、死霊使いのゼストだ。
彼の魔法が、ここで真価を発揮する。
「リカよ。食材を凍らせて、真空状態で水分を抜く……だと?」
「そう! **『真空凍結乾燥』**よ!」
私はゼストに指示を飛ばす。
用意したのは、サイコロ状にカットしたオーク肉、エビ、卵、ネギ。そして、「黄金スープ」を濃縮したペースト。
「これらをマイナス30℃で急速冷凍! その後、結界内の気圧を下げて氷を直接『昇華』させるの! 熱を加えないから、味も栄養も香りも、そのまま閉じ込められるわ!」
ゼストが杖を振るう。
「ククク……『永久凍土』の呪いと、『真空結界』の応用か……。面白い、やってやろう!」
カチンコチンに凍った食材から、水分だけが煙のように抜けていく。
残ったのは、軽石のようにスカスカになった具材とスープブロック。
これにお湯をかければ、生の状態に蘇るのだ。
【工程3:容器の量産】
鍛冶場。
ドワーフのガントたちは、金属ではなく「樹脂」を加工していた。
魔界の樹木から採れる樹液を発泡させ、軽くて断熱性の高い「カップ」を成形する。
「おいリカ! この容器、熱湯を入れても持てるぞ!」
「さすがドワーフの技術力ね! 蓋はアルミ箔……の代わりに、ミスリルの薄膜で密封よ!」
【最終工程:白い粉の調合】
そして、味の決め手。
私は、精製した大量の**「白い粉」、「核酸」**、香辛料、塩を、0.1グラム単位で調合する。
誰が食べても「美味い」と感じる、黄金比率の魔粉。
こうして、3日不眠不休の稼働の末、城の倉庫には10万食の**『魔王印・カップヌードル(醤油味&シーフード味)』**が山積みされた。
「……壮観だな」
魔王グラン・ゾードが、カップの山を見上げて唸る。
「これ一つ一つに、料理一皿分のカロリーと味が詰まっているというのか?」
「ええ。お湯さえあれば、雪山でも砂漠でも、3分でレストランの味です」
「よし。……では、出荷だ」
魔王がマントを翻す。
「空輸部隊、出撃! 敵の頭上に『慈悲』と『絶望』を降らせてやれ!
聖王軍の本陣は、魔王城から10キロ地点の平原に布陣していた。
10万の兵士たちは、長旅の疲れと粗末な食事で、士気は低下しきっていた。
「……腹が減った」
「今日も干し肉かよ……歯が折れそうだ」
兵士たちが焚き火を囲んで愚痴をこぼす。
聖王ミカエルは、豪華なテントの中で地図を睨んでいた。
「ええい、勇者はまだ戻らんのか! 姿をくらましおって! ……魔王軍の様子はどうなっている!」
その時。
上空から、バサバサという巨大な羽音が響き渡った。
「敵襲ーーッ!!」
見張り兵が叫ぶ。
空を覆い尽くす黒い影。魔王軍の航空戦力、ワイバーン部隊だ。
「迎撃せよ! 弓兵、構え!」
聖王が叫ぶ。
「来るぞ! 爆撃魔法か、火炎弾か!?」
兵士たちが盾を構え、衝撃に備える。
しかし。
空から降ってきたのは、炎でも岩でもなく――無数の、白くて軽い**「カップ」**だった。
バラバラバラバラ……。
乾いた音を立てて、地面に降り注ぐカップの雨。
さらに、パラシュートにつけられた**「巨大魔法瓶」**も投下される。
「……な、なんだこれは?」
兵士の一人が、足元に落ちたカップを拾い上げた。
パッケージには、魔界語と共通語でこう書かれている。
『魔王ヌードル ~お湯を注いで3分待て~』
「毒か? ……いや、なんか美味そうな絵が描いてあるぞ」
「おい! こっちのポットには熱湯が入ってる!」
「『食料』なのか……?」
極限の空腹状態にある兵士たち。
誰かが、好奇心と空腹に負けて、カップの蓋を開け、お湯を注いだ。
1分、2分、3分。
蓋の隙間から、湯気が漏れ始める。
その湯気に乗って漂い出したのは――。
フワァァァァァァ……!
醤油の香ばしさ。エビの香り。スパイスの刺激。
戦場の汗臭さと泥の臭いを塗り替える、圧倒的な「文明の香り」だった。
「……!!」
兵士が蓋をめくった。
そこには、黄金色のスープに浸かった麺と、ふっくらと戻った謎肉、卵、ネギが輝いていた。
ズルッ。
兵士が啜る。
「…………ッ!!!」
戦場に、絶叫が響いた。
「う、うめえええええ!! なんだこれぇぇぇ!!」
「麺だ! 温かい麺だ! スープが身体に染みるぅぅ!」
「この肉、なんだかわからんがジューシーだぞ!」
その声は、伝染病のように広がった。
「俺も食う!」「お湯を貸せ!」
10万人の兵士たちが、武器を放り出し、次々とカップにお湯を注ぎ始めた。
戦場は、一瞬にして巨大な「野外試食会場」と化した。
ズルズル、ハフハフ。
響き渡るのは、麺を啜る音だけ。
空から見下ろしていたワイバーン部隊が、呆れながら通信を入れる。
『こちら航空隊。……爆撃成功。敵軍、全滅しました』
テントから飛び出してきた聖王ミカエルは、その光景を見て腰を抜かした。
自慢の聖騎士団が、地面に座り込んでカップ麺を啜り、至福の顔で汁まで飲み干しているのだ。
「な、な、なんだこの有様はぁぁぁ!!」
聖王が絶叫する。
「貴様ら! 誇りはないのか! 魔族の餌だぞ!?」
「ですが陛下! これ、めちゃくちゃ美味いです!」
近衛兵長が、カップ麺片手に泣いている。
「干しパンなんてもう食えません! ……陛下も一口どうですか?」
「ええい、どけッ!」
聖王はカップを払い落とそうとして――その香りについ鼻を動かしてしまった。
魚介の濃厚なエキスと、クリーミーなスープの香り。
王宮のシェフが作るスープより、遥かに食欲をそそるジャンクな魅力。
「……くっ」
聖王の胃袋が、裏切りを告げる音を立てた。
そこへ、馬蹄の音と共に、勇者アルカス一行が現れた。
彼らは魔王城から帰還し、この事態を予期して待機していたのだ。
「……陛下」
アルカスが静かに進み出る。手には箸を持っている。
「お認めください。我々の負けです」
「アルカス! 貴様、魔王に魂を売ったか!」
「いいえ。私は『未来』を見たのです」
アルカスは、地面に落ちていた空のカップを拾い上げた。
「お湯さえあれば、いつでも、どこでも、誰でも、この温かくて美味しい食事がとれる。……これは魔法ではありません。『技術』です」
アルカスは聖王を見据えた。
「魔王軍は、この技術を確立しました。彼らはもう、我々から奪う必要がない。それどころか、飢えた我々に与える余裕さえある。……そんな相手に、剣で勝って何になるのですか?」
聖王は、麺を啜る兵士たちの幸せそうな顔を見た。
誰も戦意など持っていない。
ただ、満たされている。
「……兵站の革命、か」
聖王はガクリと膝をついた。
「我が国の魔法技術でも、これほどの兵糧は作れぬ。……経済的にも、文化的にも、完敗だ……」
聖王は、震える手で近衛兵長からカップ麺を受け取った。
一口すする。
塩分と旨味、そして白い粉の魔力が、頑固な老王の脳を優しく溶かしていった。
「……美味いな。……悔しいが」
その日、歴史に残る「カップヌードル停戦」が成立した。
戦争は終わった。
平和条約の条件は、たった一つ。
「魔王軍による食料支援と、技術提携」。
数年後。
魔王城は、その姿を大きく変えていた。
城壁は取り払われ、代わりに巨大な食品加工工場と、世界中から観光客が訪れるレストラン街が建設された。
その名も、『魔王フーズ株式会社』。
世界最大の食品コングロマリットである。
CEO(最高経営責任者)は、スーツを着こなした元魔王、グラン・ゾード。
彼はモニターに囲まれた執務室で、今度こそ有意義な激務に追われていた。
「ふははは! 今期の売り上げは過去最高だ! 聖王国への輸出が好調だな。……おい、次の新商品の企画書はどうなっている!」
開発部長のゼストは、フリーズドライ技術を医療分野にも応用し、魔法薬の保存技術で革命を起こしている。
広報部長のカーミラとローレライは、魔界アイドルユニット『ブラッディ・マーメイド』としてCMに出演し、商品を爆売れさせている。
そして、厨房。
そこは今や「中央研究所」と呼ばれている。
「チーフ! 新商品の試作、上がりました!」
白衣を着たオークやリザードマンたちが、データを手に走り回っている。
その中心で、指示を出しているのは私――味野リカだ。
「甘い! スパイスの配合が0.1グラムずれてるわ! やり直し!」
「イエス・マム!!」
私は、窓から見える平和な景色を見下ろした。
人間も魔族も、みんな片手にカップ麺を持って、笑顔で歩いている。
争いはない。あるのは「今日は何味を食べるか」という平和な悩みだけ。
「……ふぅ。世界征服、完了ね」
私はコーヒーを一口飲んだ。
その時、ドアがノックされた。
入ってきたのは、外交官として世界中を飛び回っている勇者アルカスだ。
「よう、工場長。忙しそうだな」
「あら、アルカス。……また『試食』に来たの?」
「いや、今日は届け物だ」
アルカスは、大きな木箱をテーブルに置いた。
箱には、遠い異国の土や植物の匂いが染み付いている。
「外交のついでに、未開の地である『極東の大陸』まで足を伸ばしてな。……そこで、見つけたんだ」
アルカスが箱を開ける。
中に入っていたのは――黄金色に輝く**「大豆」のような豆と、透き通るような「短粒種の米」**だった。
「……これ」
私は豆を手に取った。
魔界の豆とは違う。これは、私が知っている「大豆」そのものだ。
そして、このお米。粘り気と甘みを持つ、懐かしい品種。
「君が昔、寝言で言っていたんだ。『あぁ、納豆が食べたい……お味噌汁が飲みたい……』って」
アルカスが笑う。
「俺には味の再現はできない。だから、素材を探してきた。……これなら、君の故郷の味が作れるんじゃないか?」
私は、震える手で食材を握りしめた。
日本から取り寄せることはできない。
でも、この広い異世界のどこかに、似た食材があるかもしれない。
それを、かつての敵が、命がけの旅をして探してきてくれたのだ。
「……気が利くじゃない、勇者サマ」
「感謝してくれよ。……じゃあな、俺は次の任務がある。美味いもんができたら呼んでくれ」
アルカスは颯爽と手を振って去っていった。
後に残されたのは、私と、宝の山。
そして――。
「……リカ」
背後から、呆れたような声がかかった。
物流部長のヴォルクだ。
彼はいつの間にか私の後ろに立ち、苦笑いを浮かべていた。
「また厄介なものを持ち込まれたな。……その顔、何か企んでるだろ?」
「わかる?」
「ああ。付き合いが長いからな。お前の考えることくらい、お見通しだ」
ヴォルクは、私の隣に並んだ。
胃を痛めて転がり込んできた狼男。
私の無茶な実験に付き合い、毒見をし、文句を言いながらも一番近くで支えてくれた相棒。
「ねえヴォルク。これを使って、今夜は『本物の味噌』と『納豆』を仕込むわよ」
「納豆? ……あの、ネバネバして臭い豆のことか?」
ヴォルクが顔をしかめる。以前、失敗作を嗅がせた時のトラウマがあるようだ。
「ええ。でも今度は成功させるわ。この大豆があれば、完璧な菌糸培養ができるもの」
私は白衣の袖をまくった。
「手伝いなさい、ヴォルク。温度管理と撹拌、徹夜になるわよ」
「……はぁ。やっぱりそうなるか」
ヴォルクは深いため息をついた。
「いいぜ、付き合ってやるよ。お前が故郷に帰らずに、ここにいることを選んだんだ。……その責任、俺が最後まで持ってやる」
「あら、生意気ね。私の実験台のくせに」
私はニヤリと笑い、ヴォルクの背中をバシッと叩いた。
「さあ、行くわよ! 目指すは『究極の和定食』! 明日の朝には、魔王城中を納豆の匂いで満たしてやるわ!」
「魔王様に怒られても知らんぞ……!」
ヴォルクが笑う。私も笑う。
かつて孤独だった私の実験室は、今や騒がしく、温かい場所になった。
私の第2の人生は、まだまだ味がしそうだ。
旨味も、甘味も、時には苦味もスパイスにして。
最高の相棒と共に、次の実験を始めましょうか。




