黒ギャル先輩
俺、牧島蓮夜は死んだ、はずであった。
世の中には不思議な事がある。死んだと思った俺は、異世界へ転移していたんだ。
帝国の召喚儀式、魔法が使えない落ちこぼれの俺、他の転移者から馬鹿にされる毎日、それでも俺は努力をした、生きるために、いつか日本に帰るために。
召喚されて7年後、他の転移者は全員死んだ。女獣人を師匠にした俺だけが生き残った。そして、仲間たちとともに世界の敵である『魔王』と何度も戦った。
最後は俺と魔王の一騎打ち。俺は泣きながら魔王を討ち取り、世界に平和が訪れたはずだった。
『あははっ、あんたみたいなバケモンはこの世界にいらないのよ!』
俺に愛の言葉を囁いた聖女。
『てめえは目障りだったんだよ。そのうぜえ正義感は反吐が出るぜ』
親友だと思ったドワーフ女戦士。
『はぁ……、やっとお役目御免だね。笑っちゃうよね。自分の誕生日の日だけ不死身が解けるっていう弱点を言いふらすんだもんね』
俺の背中にいつも胸を押し当てていたエルフの弓使い。
他にも沢山仲間がいた。その仲間たちは全員……、俺を殺すために全力で襲いかかってきた。俺は世界の敵となった。
そして……俺は死んだ。二度目の死だ。
***
目を開けると――
「蓮夜……?」
懐かしい顔がそこにあった。正直、こんな顔だったかよく覚えていない。もう七年も前だ。
……まって、俺は本当に異世界から帰還出来たのか? 身体を起こす。少し痛むが問題なく動く。
スキルが稼働している? ここは現実世界なのに?
それにそこかしこに淡い魔力を感じる……。
現実世界に戻ったのに、ここは何も感じない。七年の月日が俺を変えてしまった。
色々情報を整理したい。どうなっているんだ? あの事故のすぐ後なのか?
鏡で自分の顔を確認したい。目の前にいる幼馴染がちょっと邪魔だ。……幼馴染でいいんだよね?
「……すみません、どなたですか?」
「え……」
何故か呆けた顔をしている幼馴染。腰をおろしているお姉ちゃんもいた。
鏡に写る俺の顔は……あの事故の当時と一緒で高校生に見える。ということは、俺は高校生で――
と、その時、身体に異変が起きた!?
「え、え、え、え、蓮夜!?」
「蓮夜……大きくなっている? せ、先生を呼んでくるわ!」
痛い痛い痛い痛い痛い!! くそ、尋常じゃない痛みだ。鏡に写る自分の顔が急速に大人っぽくなっていく。身体もデカくなり、筋肉も増えて……、肌着がパツンッと破けた。
その瞬間、俺の意識は遠のく……。
「蓮夜……私たち――――もう、自分に素直に……私……」
「プロレス……蓮夜に……私…………禁断……甘い……」
よく聞き取れない……とりあえずなんか疲れた……、起きてから色々考えよう……。
***
「い、いってらっしゃい。そ、その、身体は大丈夫……」
「行ってきます。見送りは結構です」
家に戻って数日が経った。
医者は身体を調べたいと言って俺を拘束していたが、面倒だったから医者と看護師の記憶をスキルで消して病院から脱走した。
両親は俺を腫れ物のように扱う。一日で俺が大人に成長していたからだ。大丈夫、きっとこんな事例は過去にあるはずだ。どっかの令嬢物語で見たことがある。突然大人に成長してしまって……。
ちなみに、髪は真っ白だ。俺が異世界で死ぬ前に、信じていた仲間たちに裏切られたからだ。
……なんだろうな、もうどうでもいいや。
きっと現実世界に戻れて、高校生の身体? に戻れて、精神年齢も高校生に戻れたんだろうな。張り詰めた糸が切れたみたいだ。
とにかく、一度異世界の事は忘れて、平穏な日々を過ごして心を休めよう。……ただ、もう誰も信じない、誰にも恋なんてしない。
俺は玄関で血のついたスニーカーを履いた。なんでそれを持っていたのかよく覚えていないけど、凄く気に入った。
スニーカーを履いて、家を出ようとしたら姉に話しかけられた。
「き、奇遇ね。お姉ちゃんと一緒にプロレスじゃなくて、学校に行こう! 頭悪くなっているから道がわからないでしょ?」
「……一緒に行く必要ないよ」
「あっ……しゅん……」
姉の顔には罪悪感が広がっていた。しゅんっ、じゃねえよ……。それにしたって、言い方が悪いだろ。
だが、俺にはどうしようもできない。特に気にせず、俺は家を出ようとした。
「蓮夜!! わ、私、あんたの事どれだけ心配したかわかってるの! め、命令よ! これからはずっと一緒にいなさい!」
扉を開けたら幼馴染の薫子が待ち構えていた。……おかしい、薫子はこんな感じではなかったはずだ。もっともっともっと高圧的でお姫様だった。
「幼馴染の薫子、でいいんだよね?」
「う、うん……。わ、私……、私のせいで、蓮夜が死んじゃったと思って……。もっと早く素直に……」
花山から発せられる異様なほどの罪悪感。正直、どうでもいい。俺はこれからの事を考えなければいけない。
そのまま通り過ぎようとしたら――
「ま、まって! 私たち、好きあってて付き合ってるのよ! か、彼氏なら彼女をエスコートしなさい!」
俺は立ち止まって振り返った。一日経って、この現実世界の事も思い出してきた。正直、異世界の経験が濃すぎて何もかも忘れそうになっていた。そんな設定もあったな……、懐かしい。
「……好きあってる? 悪いけど、俺と薫子は不釣り合いだよ。薫子にはもっとお似合いな人がいるでしょ? あとさ、俺は薫子の事は別に好きでもなんでもないし、薫子もちょっと前に、俺の事は軟弱で嫌いって言っていたよね。――それに男避けの偽彼氏なんて面倒はごめんだ」
と言って俺はその場を立ち去った。
背中から聞こえる薫子の泣きじゃくる声。
俺は疑問に思った。事実を述べただけなのに、どこに泣く要素があったんだ?
幼馴染が泣いているのに何も感情が浮かばない。
ただ、前を見て歩いた。
やはり、俺は……どこかおかしいのだろうか?
***
「ねえねえあの人って誰だろ? 超カッコいいね!」
「でかくね? 運動部で見たことねえな……。すげえ体つきだ」
「うわ……イケメン。ちょっと声かけてみよっか?」
「やめなって、うちらには大人っぽすぎるよ」
「いくつなんだろ? なんだか二十代半ばに見えるよ」
「白髪……地毛っぽいけど……すげえな」
そういえば、俺の二年生の教室はどこだっけ? それに俺は授業についていけるのか?
……まあどうにかなるだろ。
そして、俺は間違えて三年のクラスがある階段に足を踏み込む――
階段の先は――微かに魔力を感じた。それは儚くて、今にも消えそうで……。
心臓がトクンっとした。
なぜなら、俺はこの魔力の持ち主と知っているからだ。あの時、濃密な時間を過ごした大事な人。
『お主が最強の転移者か……。その生命私が貰い受ける』
『しぶとい男だ。……泣いているのか? ふふっ、気に入った。我が配下にならんか?』
『……まて、一時休戦だ。このダンジョンは悪神が作ったものだ。力を合わせないと』
『こ、こら! あっち向くんだ! この泣き虫が! 私の素肌を見るな!』
『……待つのじゃ。……その、貴様は本当に人を信じているのか? 魔族は……信用できないのか?』
『あははっ、貴様の話は面白い。……こんな安らいだ時間初めてだ』
『なあ、もう止められないのか? わたしは……お前を殺したくない。だから……』
『ごほっ……、馬鹿……、泣き虫君だな、お前は。良い男が台無しだ……。ふふっ……、お前に、殺されるなら…………また……どこかで……いつか……』
気がついたら涙を流していた。脳裏によぎったあいつとの思い出。俺はあの時、自分の力の半分をあいつにくれてやった。次の人生はどこか平和な国で過ごせるように、と……。
見上げた先には――見覚えがある大きな大きな太ももと形の良いヒップがあった。
小麦色に焼けた肌。派手な金髪、厚いメイク。着崩した制服に溢れんばかりのバスト。
甘い匂いが漂ってきた。人を狂わすそれは毒になりうる。
「……あ、あのさ」
コテンと横に倒した形の良い小さな顔。何度も呪詛を吐かれたぷくりとした綺麗な唇。
「――泣き虫君。あーしに気安く話しかけないでよ」
彼女はむくれながら答えた。
俺は心臓が貫かれた錯覚を覚えた。




