消えちゃえ
俺、牧島蓮夜は子供の頃から人付き合いが苦手であった。女子だけではなく、同年代の男子の会話さえ緊張してしまう。家族にさえだ。わかるかな? あの変な汗がでてくるんだ。
言いたい事も中々言えなくて、教室のグループの輪に入れない。
だから、俺は子供の頃から要領も悪かった。努力しても勉強も運動も出来ない。好きなアニメや漫画は家族から否定される……
『あんたは馬鹿だから私に言う事聞けばいいのよ!』
『なんでこんなキモいアニメ見てるの? はぁ……、ちょっとこっち来なさい』
『なにってプロレスよ? あんたも強くなれば友達も出来わよ! きゃあんっ!? ちょっとエッチな手つきしないで!』
それでも、家族ではお姉ちゃんだけが俺と話してくれた。それが、パシリ扱いだとしても……、プロレスの練習台にされたとしても我慢できる。もしかしたら、お姉ちゃんは俺と仲良くなりたいのか、とも思ったけど、突き放される。
『私はあんたとは違うから。馴れ馴れしくしないでね! バカ弟!』
姉は綺麗で頭が良くて、強くて要領が良い。だから親から期待を背負っていた。自分をよく見せるために、俺が失敗をすると――
『お母さん! また蓮夜が馬鹿な事してるのよ』
『はぁ……本当に駄目な子だね。お姉ちゃんを見習いなさい』
親は出来の良い子を可愛がりたい。いつしか、俺は家族旅行に誘われなくなり、家族のイベントは知らされなく、誕生日は誰からも祝われなくなった……。
学校に通っている時だけはちょっとだけマシだった。要領も頭も悪くて、人と話すと緊張して汗をかいてしまう俺に友達が出来た。
幼馴染の花山薫子。子供の頃、近くの公園で一人で遊んでいる時に出会った少女。
薫子は内気なお嬢様だった。お家はお金持ちでいつもヒラヒラしている服を来ている。
俺達はずっと二人で遊んでいた。小学校になって、クラスも一緒になれた。
でも、その頃から薫子はだんだんと俺をいじるようになってしまった。
俺が……バカすぎて他の生徒から見下されるからだ。
それでも……それでも、話しかけてくれるだけで……嬉しかった。
『牧島って本当に馬鹿だよな』
『全部あいつのせいにしたらいいよ。先生〜! また牧島が壊しました!』
『ていうかさ、姫が花山さんが一番あたりきついよな』
『にしし、ほらよく言うじゃん。好きな人をいじめたくなっちゃうって』
『あれが? まあどうでもいいか』
これが俺の小学校の頃の思い出だ。灰色の記憶しかない。そして、月日が過ぎ、俺は高校生になった。
何か変わったか? 俺は変わらず要領が悪くて、クラスメイトから見下され、薫子からきついいじりを受けている。
授業も終わり、放課後になり俺は校門の前で薫子を待っていた。あいつは弓道部だ。帰宅部の俺は、ここで終わるまで待つように言われた。
今日、教室であった事を思い返す。
「蓮夜〜、ちょっとジュース買ってこいよ!」
「あ、俺も」「私も!」
「蓮夜、お前先に行って学食行って席取っとけよ!」
「おい、お前は遠慮しろよ? 自分の立場っていうもんを理解しろよ」
「てめえ、薫子さんと付き合っているからって調子乗るんじゃねえぞ」
「マジでなんで薫子さんはてめえなんかと……」
思わずため息が出てしまう。嫌な記憶しかない。心が沈んでいく。
俺を馬鹿にするやつらは冗談交じりにいじってくる。それが一番心が痛い。悪意のない悪意。たちが悪い。
それだけじゃない、高校になってから敵意というものも向けられるようになった。
なぜなら俺は薫子と付き合っている、という噂が流れた。本当に付き合っているわけではない。薫子は『ちょうどいいわよ、最近告白がうざいからね。べ、別にあんたと付き合いたいわけじゃないわよ! 付き合っているふりしなさい!』と言われた。
じゃあ他の人と付き合えばいいんじゃないか? と言ったら頭を殴られた。
正直、俺の心は限界に近かった。子供の頃は薫子に憧れた、好きだった。でも、この十年間、俺の心は荒んでいった。
『蓮夜! 私は赤福が食べたいの! 買ってきなさいよ! お金? そんなの知らないわよ』
『お姉ちゃんのお古のゲームを貰った? それ私に貸しなさいよ。あんたの代わりに私が楽しんであげるからね』
『なんで委員長と楽しそうに喋ってるの……。意味わかんない、あんたは私の許可取った?』
『安心しなさい、あんたはずっと私の下僕よ。あっ、大学も私と一緒の所入りなさいよね。これ大学の資料』
『……はっ? 委員長に告白された? あんたが? ふ、ふんっ、こんなキモい男を好きになるはずないわよ。それ、嘘告白よ』
振り返ると、痛い思いでしかない。薫子だけじゃなくて、委員長の嘘告白事件も思い出してしまった。返事をした瞬間――
『……え? 断る? ……あ、あははっ、本当に騙されてるの! みんな、ちょっと聞いてよ! 牧島がさ〜』
人から罵倒されると、心の何かが削れる。
人から殴られると、痛み以上の何かが削れる。
人から無視されると、消失感が湧き出る。
それでも、まだ、人の可能性を信じたかった。自分の性格を直そうと努力もした。でも、染み付いた怯えは消えてくれなかった。
ふと気がつくと、もう暗くなっていた。冬の空は凍りつくような冷気が薄着の俺に直撃する。
家族から疎まれている俺は、まともな服がなかった。アルバイトをしようとしても、家族と薫子から禁止されている。
コートなんてない、学生服と……自分で補修したボロボロのスニーカーだけだった。
実は、こっそり日雇いのバイトをして、俺はお金をちょっとだけ得ることが出来た。今日はそのお金でスニーカーを買おうと思っているんだ。
何かの目的があると、死んでいた心が生き返る。心からそれが実感出来た。店頭でずっと悩んでいたスニーカー。
「あんたなんでニヤけてんのよ。馬鹿になったの?」
楽しい気持ちがしぼんでしまった。薫子がいつの間にか俺の横にいた。とっさに話しかけれた俺は、「ご、ごめん……」しか言えないかった。
そして俺達は無言で歩く。珍しい、いつもなら薫子がマシンガントークをするのに、今日は凄く静かだった。
普段ならこのまま公園のベンチで少し時間を潰して帰る。薫子の気分で放課後の予定は決まる。
どうやら今日は公園で時間を潰すみたいだ。
……おかしい、やっぱり何も話しかけてこない。それに薫子の顔が赤い。荷物も今日は随分と多い。
それでも、今日はいつもよりも全然気が楽だった。話しかけてこないなら、落ち込まないし、今日はスニーカーを買いに行くんだし。そう思うと、心が弾む。
「ねえ、わ、私さ……、あんたに……、誕生日……」
薫子は大きな袋を抱きしめていた。立ち上がって、俺の前に立つ。
「べ、別になんでもないわよ! はぁ……、私はマジでムカつく。もっとはっきりしなさいよ! もう、あんたなんかムカつく、なんであんたを見るとこんなにイライラするのよ!! 消えちゃえばいいのに!」
そう言いながら、大きな袋を俺に投げつけた。痛い、痛い、心が痛い。
消えちゃえばいい、か。
そっか、消えちゃえば全部終わるのか。
そう思った瞬間――凄まじい音が聞こえた。車が公園の入口の柱を壊しながら入ってきた。暴走する車は遊具を破壊して、車体が宙に浮いて――
何も考えなかった。ただ身体が勝手に動いた。恐怖で固まっていた薫子の身体を突き飛ばした。
そして、車体が俺の上に……。
「蓮夜!!! 死なないで……死なないで……、私が、私が消えちゃえって言ったから……」
「離れてください、救助を行います!」
「蓮夜!! いや!!!」
意識はあった。感覚は無くなっていた。自分がどんな状況なのかわからない。ただ、助からない。それだけはわかった。
泣いている薫子の声。サイレンの音。
そして顔の横には、薫子に投げつけられた袋の中身、綺麗な綺麗なスニーカーが見えた。
真っ白だったスニーカーは……俺の血で汚れてしまっていた。
最後に喋ろうとした言葉は――汚してごめんなさい、という声にならない言葉だった――
本能で書きました!
読んでくださってありがとうございます。ブクマと★の評価の応援をおねがいします!
書き溜めないですけど、頑張ります。




