表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

身に余ると、思い知らせてあげましょう。

作者: ぽんぽこ狸











 テレーゼは目の前で、病床人か幼児のように口を開けて給仕を受けている自身の婚約者を見つめた。


「ハイ、あ~ん」

「あーん!」


 そしてその様子を楽しそうに眺めながら口に食事を運んでいるのはユリアーナというテレーゼと歳の近い女性である。


 彼らはこの国中が忙しなく奔走しているときに、のんきに二人だけの時間を楽しんでいる。


「……」


 一方テレーゼはまだまだやることがたくさんある。夕食後にも、魔法使いとの打ち合わせもあるし、結界の指輪が無くなった宝物庫の現場検証だってまだまだ足りていないのだ。

 

 だからこそ優雅な仕草で素早く食事を終わらせる。


 こんな調子では味もしないのでもはや胃に食物を送り込む作業だった。


「さ、これでおしまい、じゃあ今度は私にもあ~んしてよぉ~」

「わかった、わかった可愛い奴め! あーあ、本当に女には可愛げという物が一番大事だな」


 婚約者であるベルンハルトがわざと声を大きくしてそう口にする。


 その行動にもテレーゼはまったく動揺せずに食事を続ける。

 

 それにしても、王太子という身分のくせになにを言っているのだか。


 可愛いだけの女が王妃の座につけるわけもない。可愛く美しく聡明で働き者が条件だというのならばわかるが、どう考えても目の前にいる黒髪黒目ユリアーナは可愛いだけの女だ。


「そりゃそうよ。可愛げのない女の子なんて、一緒にいる人も不快でしょぉ~? どこの誰とは言わないけれど」

「そうだな、どこの誰とは言わないけれど」


 言いながらテレーゼの方を見てくる二人に、テレーゼは食事を終えて口の周りを拭きながら真正面で見つめ返した。


「……」

「……」

「……」


 テレーゼと目が合うと二人とも窺うようにしずかになって、幼稚なことをするものだと思う。


 反応が欲しいからわざと煽ってみたり、目の前でわざわざ睦み合ってみたり。


 痴態を他人に見せてなにが楽しいのかテレーゼにはわからない。その意図も組んでやるつもりがなくて、適当に立ち上がって振り返った。


「あ、待て、おい!」


 すると背後から声をかけられて、テレーゼは体を少しひねって何か用かと視線を送った。

 

 それに将来の結婚相手をオイと呼びつけるなどどういう了見だろうか。


「……はい? なにか御用でしょうか」

「週末の舞踏会、必ず参加してくれ。たしかに、我が国は今、困難に直面しているだが、こういう時こそ楽しむ時間が必要だ!」

「……かしこまりました」

「民のことを想い気づかってやる私は偉大だろう、父上も早々に王位を継承したくなるに決まっている」

「そうですか、失礼いたします」

「あ、私がまだ話しているというのに!」

「や~なかんじ~!」


 彼らの言葉を気にせずテレーゼは歩き出す。


 ベルンハルトの言う通り、このままいけば王位継承は早まる可能性が高いだろう。


 しかしそれは決してベルンハルトが優秀だからとか、召喚された時空の聖女が素晴らしいからというわけではない。


 国王陛下がこれ以上、責務を放棄することに多くの人間が耐えられないからだ。


 王妃殿下の死はとても悲しいものだが、立場のある人間として、それでもやらなければならないことがあるはずだ。


 代々、王妃が受け継いできた宝物の管理や仕事だって、いなくなったからと言って穴をあけられるものではない。

 

 王太子の婚約者という立場のテレーゼだって王妃の地位を代行して仕事をするなど本来まったくふさわしくないのだ。身に余るとしか言いようがない。


 だからこそ問題も起きる。


 そしてベルンハルトはここぞとばかりに自身の権威を使って好き放題。国王陛下の代わりとしてこの国をささえることなどベルンハルトは考えていない。


 むしろ、父が気落ちして臥せたことによって、自分は禁止された魔法を使い、召喚の儀式によって聖女を呼び出した。


 召喚の儀式は呼びだされる者の尊厳を無視しているということで、前回の結界の聖女以降は行われていなかったというのに強行したのだ。


 幸い成功し友好的なユリアーナという聖女を召喚できたからいいものの、今度は彼女を王城へと招き入れて見るに堪えない逢瀬を重ねている。


 いよいよ、周りの貴族の不満も高まってきているときに起きたこの有事、それどころではないのに開かれる舞踏会。


 そんなことをして暴動につながる可能性があることはベルンハルトはまったく理解できていないようだ。


 考えつつもテレーゼは応接室へと向かう、するとテレーゼの護衛であるアルノーが歩幅を大きくして隣に進み出た。


「テレーゼ、大丈夫だった? 性格の悪いことばかりされて、まったく腹が立つね」


 彼の開口一番のセリフがそれで、テレーゼは少し視線をやって可笑しなことを言うなと目を細めた。


「大丈夫ではない可能性をあなたが考えていることが面白いです」

「普通は、あんなふうに当てつけみたいなことをされたら傷つくはず、少なくとも俺なら傷つく」

「あなたは婚約者いないでしょう?」

「いなくても気持ちはわかるってことだ」

「……そうですね。そういう人もいるのでしょう」


 不服そうな表情で言う彼に、テレーゼは彼の優しさに一応、理解を示すために同意した。


 しかし自分の中にある気持ちを考えてみる。


 彼らがああしているのを見たって、たとえベルンハルトがどんなに性格が悪いことを言ってテレーゼを貶めたとしてもテレーゼはさしてなんとも思わない。


「ですが私はそういう性格ではないので、心配しすぎないでください。アルノーは優しいですね」

「違う、俺は……そうでもない、本当に優しかったらこんな目に遭っている幼馴染をきちんと救い出すはずだし」

「高い理想をお持ちで」

「こんなの当たり前の価値観だ。だから心配することぐらいはめいっぱいさせて欲しい、テレーゼ」

「……そうですか」


 それだけするというのも疲れるだけではないだろうかとテレーゼは平然と思った、しかしアルノーがあまりにも真剣に言っている様子だったのでテレーゼは適当に受け流した。


 それから話を変える。魔法使いとの打ち合わせが終わった後でも話をする時間はあるのだが、あまり遅くまで彼を縛っておくのも申し訳がないので、さっさと話しておくべきだ。


「ところで、ベルンハルトが言っていた舞踏会ですけれど、丁度週末ですよね」

「ああ、ただきちんとした舞踏会ではないかもしれないし……侍女に確認を……」

「いいえ、必要ありません。出席しますよ。私」

「それは……あまりいい思いをしないんじゃない」


 アルノーはどういう嫌な目に遭うかは言わなかったけれど、先ほどのように見せつけられたり、ほかにもなにかベルンハルトたちは計画しているかもしれない。


 ただそれならばそれで構わないのだ。


 どうせ、その後にやらなければならないことが山ほどある。ならば多くの民衆の前で分かりやすく示すことが出来る機会はありがたい。


「でも丁度いいきっかけにはなるでしょう。ともかく出席しますので、ほかの騎士にも伝えておいてください」

「承知した。テレーゼの言う通りにするよ」


 騎士らしく了解するアルノーだったが、未だに隣を歩いてテレーゼが本当に大丈夫かどうかを窺っている。


 その健気な様子にテレーゼは、声を出さずに笑ってそれから少し高い位置にある頭に手を伸ばしてよしよしと撫でた。


「……なに、突然」

「いえ、特に意味はありません」

「びっくりしたんだけど」

「ええ、そうでしょうね」


 そう言いつつも少しかがむ彼にやはり健気だとテレーゼは思ったのだった。






 舞踏会当日、ベルンハルトが駄々をこねたことによってか、もしくはテレーゼが再三のお願いをしたからか、国王陛下はその姿を久方ぶりに貴族たちに見せた。


 中央の上段に置かれている玉座に、王が座ることによって舞踏会は厳粛な空気の中で行われた。


 しかし王族側の席に置かれている席順にテレーゼは疑問があった。


 というか王族ではない人物がホスト側の位置にいるのだ。それはおかしなことであると誰が見てもわかる。


 それどころか、ベルンハルトの隣を我が物顔で当たり前のように隣に座ったユリアーナと会話をしている。


 彼女は勝ち誇った表情で自身よりも下座にいるテレーゼのことを見やる。


 目が合ったので無言で見つめ返すと、しばらくののちに目をそらして「私ちょっと疲れちゃった~」と言いながらベルンハルトの元へと向かいしなだれかかった。


 緊張感のある舞踏会の席でユリアーナが動いたことにより、貴族たちの注目が集まる「もう少しの我慢だぞ? ユリ」と表情をほころばせて言うベルンハルトはユリアーナの頬を撫でる。


 その様子を見ていた貴族たちがざわりとして、テレーゼと見比べる。


 そんな状況に居心地の悪さは感じたが、それ以上でも以下でもなくただ軽やかなワルツとともに時間は流れていく。


 最終的に舞踏会が終盤に近付いたころ、満を持してベルンハルトは重たい腰を上げて立ち上がりユリアーナの手を取って、一歩前に進み出た。


「もう舞踏会も終盤になるが、この場を借りてお前たちに報告がある!」


 大きな声を張り上げて注目を集める彼に、楽師たちは演奏を止め、虚空を見つめてぼんやりとしていた国王は緩慢な仕草で息子の方へと視線をやった。


「たしかに今、この国は大変な事態に見舞われている。母上は突然、神の御許へと旅立たれ、落ち着いたと思えば今度は城を守る結界が崩壊し、結界の女神の加護も消えた!」


 ベルンハルトのそばにユリアーナが寄り添い、貴族たちは真剣に彼の言葉に耳を傾ける。


「今までにない危機、我が国始まって以来の有事だ! こんな時、私はどうしたらいいのか、深く、深く考えた! そして一つの正解を導き出したのだ!」


 力強く拳を握るベルンハルトは、ユリアーナの肩を抱き寄せて宣言する。


「ラングハイム公爵令嬢であるテレーゼとの婚約を破棄し、代わりにこの時空の女神の加護を受けた聖女であるユリアーナを王太子妃として迎え入れ、新たな時代を築きたい!」


 その言葉にテレーゼも立ち上がり、用意は整っているかと目配せをしてから、その隣へとすすみでる。


 まさかこんなきっかけになるとは思わなかったが、それでも絶好のタイミングである。


「お前たちにも私の新しい時代を見届けて欲しい、聖女の血筋を交えた王族はより強固な力を得るだろう! だからこそ━━━━」

「だとしても! ユリアーナがランベルト王太子殿下と婚姻関係を結ぶことをわたくしは賛成できかねます」


 彼の声にかぶせるようにテレーゼは大きな声で否定した。


 しゃんと背筋を伸ばして腹から出した声は多くの人に届いた様子で、貴族たちもテレーゼに視線を向ける。


 邪魔をされることは想像していたらしく、ベルンハルトはキッとテレーゼに視線を向けた。


「ハッ、嫉妬で反対するなんてらしくないな! テレーゼ!」

「そうよ! 単なる嫉妬で、こんなにすごい力を持ってる私よりも上の立場でいようだなんて欲張りなのよ~!」


 ユリアーナも応戦してまるで自分の方が王妃にふさわしいとばかりに声をあげる。


 けれどもその言葉にテレーゼは真っ向から向き合うつもりなどない。自分の方が優れているとか、王妃になるためにどれだけのものを犠牲にしたとかそんなことを口にするつもりはない。


 それに聖女の力というのはたしかに素晴らしいものだ。人知を超えているともいえる、人の手には余る魔法。


 王族の魔力量とその魔法を持った子供が生まれたら国は繁栄するだろう。


「ユリアーナが無事に召喚された時点で、お前は身を引くべきだった! 混乱のさなかにあるこの国の為にもな!」

「そうよ、そうよ~!」

「それを自分からしないお前の為に、私たちは計画をしてこうしてやっとお前に引導を渡すことにしたんだ! 大人しく受け入れろ、所詮聖女には敵わない、私の興味も引けない、お飾りの婚約者だったんだ!」


 彼は決めセリフのようにテレーゼにそう言い放つ。


 しかし痛くもかゆくもないのだ、テレーゼは端から彼らと同じ土俵で争い合ってなんていないのだから。


「……たしかに、ユリアーナの……時空の女神の聖女の力は素晴らしいです。王族と血を交えるべきかもしれません」

「なら━━━━」

「ですが、それはユリアーナになんの罪も穢れもない、潔白の令嬢だった場合の話。さあ、皆さまにやっとお伝え出来ますね。この国の結界が壊れた原因、王妃殿下からの引継ぎの不手際ではと言われた結界の指輪について! 今、この場で明らかにいたしましょう!」


 テレーゼは民衆の方へと目線を向けて、この舞踏会の司会者になったようなつもりで語り始めた。


「まず結界の指輪とは、百年以上前のこと、召喚の儀式が当たり前に行われていた時代に呼ばれた最後の聖女の残した物。そして彼女はこの世界にきたことをとても悔やんでいた」

「っ、なにを……」

「……」

「悲しみながらも多くの人に貢献し、私たちの願いを聞いてくださった偉大な聖女様です。そんな彼女の願いはもう誰も不幸にならないこと。この国を守るための巨大な結界をはって魔法具の指にして残し、これ以上は召喚の儀式は行わないでほしいと言い残しました」


 突然語りだしたテレーゼの言葉に一部貴族は驚きの表情を浮かべているけれども、大半はそんな話は知っているから早く続きを話してほしいと促すように鋭い目線を向けてきた。


「それを私たちは彼女の為に守ってきた、そしてその聖女様の恩恵である結界の指輪で城を守り国土を守ってきた。けれどもその指輪は先日効力を失い、国はまた開かれ攻め入られる余地を作ることになりました!」


 それがこの国が始まって以来の有事と言われて、忙しなくテレーゼが動き回っていた理由だ。


「それはなぜか、経年劣化によるただの自然現象か、将又、わたくしの管理不行き届きか、もしくは……長年の結界の聖女との約束を違えたからか」


 言いながら隣を見やる。ベルンハルトは言葉に詰まり、ユリアーナはすぐにテレーゼの言葉に切り返した。


「そんな、非科学的な話っありえない! 関係ないでしょぉ~?」

「はい、そのことは実は関係がありません」

「は? じゃあ、なにが言いたいわけ! もうこんな話っ、どうだっていいじゃない」

「なぜなら、そんなスピリチュアルな話ではなくただ、壊されただけですから」


 一歩、ユリアーナの方へと進み出る。

 

 彼女は、ヒクッと頬を引きつらせた。


「女神の加護がある魔法道具です。滅多なことがない限りと思うかもしれませんが、それは私たちの魔力と聖女の魔力が根本的に違うから。だから簡単に損害を与えられないというだけで、ユリアーナであれば簡単にむしろ、ふれただけでも百年も稼働している魔法道具を壊すことなど容易だそうです」

「……」


 ユリアーナは明らかに動揺している様子で、目を逸らす。それに気がつかずに、ベルンハルトは威勢よくテレーゼに返す。


「バ、バカな! 仮にそうだとしても、だからと言ってユリアーナが壊したという証拠などないだろう!」

「証拠ですか、王妃殿下から受け継いだ結界の指輪は厳重に管理されていました。わたくしが部屋の鍵を持ち、入り口は一時の間もなく騎士に守らせ、そこから指輪を持ち出せたのは時空の女神の加護を受けているユリアーナの魔法しか不可能です」

「それはユリアーナがやったという証拠にはならないだろう!」


 彼はテレーゼの言葉にすぐさまそう返し、威嚇するようにテレーゼを見つめている。


「状況としては彼女しかいません、それでも彼女の肩を持つのですか? ベルンハルト王太子殿下」

「当たり前だろ!」

「やっていないと信じるにしても、盲目的すぎてはいけません。ユリアーナと結婚することなど諦めたら、いかがですか」

「そうしてお前は私たち二人を引き裂きたいのだな! 罠にはまってたまるか!」


 ヒートアップしていくベルンハルトにテレーゼは合間を挟まず、さらにあおるように言う。


「罠だなんて滅相もない! その女はこれからもそうして疑われるようなことをするし糾弾されることもあるはず、それでも彼女を愛せるわけがない、その女はこの世界でたった一人家族も身寄りもない女なのですから!」

「本性を現わしたな、下衆め! それでも私は味方だ! たとえユリアーナがどんなことをしたとしても、私だけはユリアーナを守る! 私はそれだけユリのことを愛しているんだッ!」


 ベルンハルトは、ユリアーナのことを見ながら一世一代の告白のように口にする。


 愛しているし、なにをしていたとしても彼女の味方で、彼女を守る。


 そう、民衆の前で宣言した。


 それは、本当にユリアーナがなにもしていないと信じているからできたことだろうと思うけれども、もしかすると本当に彼女のことを愛しているから言えることなのかもしれない。


 それはテレーゼにはわからない。


 わからないけれども、これで準備は整った。


「ロホス、こちらへ。彼は協会所属の魔法使いです。ブローチを見ればわかりますね」


 民衆に紹介するように彼のことを示し、テレーゼの後ろにはぞろぞろと騎士が移動してくる。


「ベルンハルト……証拠なら、きちんとしたものがありますよ」


 テレーゼが笑みを浮かべると、ベルンハルトは目を見開く間抜けな顔だった。


 ロホスは、魔法使いらしいローブをよけ、書簡を広げる。


「ええ、魔法協会で宝物庫に残された魔法の残滓を追ったところ、我々とは違う、魔力が検知されました」

「我々とは違う魔力、というとさて、どういうことですか?」

「つまり、異世界から召喚された者の魔力です」

「つまり、ユリアーナ、犯人はあなたですね。……指輪を返していただけますか」


 結論を言えば、民衆たちはどよめき、その多くの攻撃的な視線にさらされたユリアーナはごくりと息をのんでふらりと一歩下がった。


「……っ、…………し、知らなかったのよぉ、いいでしょ~、別に、私だって、聖女で……」

「認めましたね」

「っ、だってずるいんだもの! 国で一番高価な指輪なんでしょぉ~?! 私のものにするべきよ!!」

「捕らえてください」

「っ、う、うっそだろお前! そんなことしたのか!?」


 テレーゼが合図を送ると騎士たちが次々と剣を抜いていく、ベルンハルトの後ろに隠れるユリアーナはヒステリックに叫んだ。


「どんなことしてても愛してるって言ったじゃん!! 守ってよぉ!! ちょっと、指輪が欲しかっただけじゃない!!」

「っ、く、まて、まて、私はこの国の王太子だぞ!? 剣を向けるなんて無礼な!!」


 バタバタとした足音、ユリアーナが魔法を使うと騎士の一人が会場の中心に転移し、被害が出る。それから貴族たちも自衛のために指示をするもの悲鳴を上げるものと様々だ。


 混乱する中で、ベルンハルトが騎士に攻撃をしたことにより、事態の収拾はつかなくなる。


 テレーゼに飛んできた魔法は、そばにいたアルノーが真っ二つに切り裂いて消失する。


 ありがたいことだ、テレーゼは攻撃魔法は得意ではないから助かる。


 それから適当に歩いて、国王陛下のいる玉座の前を通り過ぎる。


 彼は相変わらず虚空を見つめていて、周りを騎士が必死で守っていた。

 

 騎士の合間から、ふと目が合って、彼はこのままいつまで現実逃避しているつもりなのかと一瞬疑問に思った。


「……国王陛下、わたくしはこれにて失礼いたします。これ以上、国を支えることはできません。ベルンハルトにも婚約破棄を言い渡されたことですし、やっと身に余る重役から解放されることができます」

「……」

「あなた様は、いかがですか? あなた様の地位はあなた様の身に余るものだったのですか? 王妃殿下は間違いなくそうは思っていらっしゃらなかった」


 引継ぎを受けてお世話になった、彼女のことを想って言う。


 この人がどうなろうとも、もはやテレーゼに関係はない。けれども、国は安定していた方がいい、誰かが代わりにと手をあげるならそれでもいいし、戻るのならばそれもまた間違っていない。


 ともかく、それからテレーゼは危険地帯の舞踏会会場から飛び出して、適当にトランク一つに入る荷物を入れて王都からもおさらばしたのだった。






 その後、テレーゼの暮らしが安定するころになって噂程度にベルンハルトとユリアーナの末路について聞いた。


 ユリアーナは国を守る結界を壊したので国家反逆罪に問われ、ベルンハルトはそのほう助、それから聖女召喚の儀式を強行したことも罪に問われて彼らは国の果てにある監獄へと送られた。


 大罪人としてとらえられたからにはもう二度と顔を見ることもないだろう。


 その始末をつけたのは、ベルンハルトの父である国王陛下である。


 この国には王子は一人しかおらず、ベルンハルトを罪人としてとらえることには反対意見も出たそうだが、それを押し切って筋を通した彼は、忙しなく外交に身を投じている。


 結界が無くなった今、この国を守るのは軍事力と外交だけだ。


 随分と以前に比べて外交難易度も上がっただろうが彼は長い間ずっと休養を取っていたのだから忙しなく働くことだって問題ないだろう。


 テレーゼは王都のニュースを聞くごとにそう思って、ちくちくと針を刺して糸を通すことを繰り返す。


 最後の一針を縫い終えて、糸を結んで切ればあっという間に彼のシャツに魔よけの効果がある刺繍が出来上がる。


「もう、一枚終わった」

「はい、そうですね。まだまだやる予定ですから、このぐらいは早くなければ」

「あまり急がない方がいいと思う」

「なぜですか」

「針が指に刺さったら大変だし」


 わざわざ隣に椅子を持ってきてのぞき込んでいた彼は、そう心配した。


 相変わらず、心配性なようすに、テレーゼはすこし可笑しくて笑う。


「……血で汚したりはしません」

「そういう意味じゃない。女性が刃物を握っていると俺は気が気じゃない」

「刃物ですらありません」

「針も同じだ、血が出るから」

「何を言っているのだか。人間すこしくらい傷がついたっていいのですよ。身の丈あわない無理をしているわけでもあるまいし、酷い失敗は起こりません」


 もしテレーゼが無理をして剣を振り回していたら痛い目に遭うかもしれないが、縫い物をするぐらいは丁度いいのだ。

 

 縫物をしたり、たまに料理もしてみたり、あとは屋敷の管理とか。


 そういう仕事をするのがいい。


 今のテレーゼはとても深くそう思っている。


 けれども、アルノーはまた素早く動かされる針の先をじっと見て、隣から段々と頭が近づいてくる。


 自分は平気で危険なことをするし、むしろ危険に飛び込んで対処するくせに、テレーゼにはこの様子なのだ。まったく困った人である。


 あの後、王都を飛び出し、馴染みの侍女を一人だけ連れて、もう二度と戻らない旅に出るつもりだった。


 けれども、これ以上苦労をさせたくないとアルノーがなぜか奮起し、彼の案内で実家の方へと戻り、幸い得ていた彼の爵位と屋敷を使ってこうして暮らしている。


 関係性は妻と夫、領地も小さいし爵位も男爵なので特に相手にこだわりは無かったらしい。


 テレーゼとしては幼馴染ということもあって結婚をしたのだが、主従から関係が変わっても変わらずアルノーは困った人である。


「……私が怪我をするよりも、針があなたの顔に刺さる方が早いのでしょうね」

 

 あまりに近寄ってくるので言いながらその茶色い頭に手を乗せる。


「! 顔に傷がついたら歴戦の猛者みたいになるかもしれない」

「やめてください、せっかく……」

「せっかく?」

「…………丁度いい顔をしているのに」

「丁度いい!?」


 刺繍をやめて彼と向き合って話をする。しかしこんなことを言っている少し間抜けた彼を素直に褒めることは憚られて、テレーゼは照れ隠しに言った。


 ただテレーゼのその顔が赤くなるわけでもない恥じらうそぶりを見せるわけでもない照れ隠しはアルノーに伝わらずに、丁度いい顔かと自身の頬や鼻に触れてがっくりとした。


 その様子に言おうかなと思ったけれどもテレーゼは無言で頭をなでる。


 少しかがむ彼に、笑みを浮かべて思う。


 ……私の身の丈に合うのはこの程度、たった一人に慕われて、私も刺繍や料理で思いを返す程度。


 国母になって国を背負うなんて身に余る。そんなものはいりません。


「嘘です、とてもかっこいい顔をしていますね」

「……テレーゼの優しい言葉はいつも幼児に向けられているみたいに聞こえるんだよ」

「そんなつもりはありません、アルノー」

「ん?」

「私は多くは望みません、今はあなたさえいればいいとただ思っていました。あなたが夫として大切です」


 口にすると、彼は突然のテレーゼの甘い言葉に驚いて固まっていた。

 

 そのびっくりした顔がまた、可愛くてテレーゼはわしわしと頭を撫でて、忙しすぎない日々を過ごしてくのだった。









最後まで読んでいただきありがとうございます。


下の☆☆☆☆☆で評価、またはブクマなどをしてくださると、とても励みになります!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>ユリアーナは国を守る結界を壊したので国家反逆罪に問われ、ベルンハルトはそのほう助、それから聖女召喚の儀式を強行したことも罪に問われて彼らは国の果てにある監獄へと送られた。 この国に王子は1人とのこ…
全体として面白かった。 ただ、監獄の職員さんたち可哀想とは思うが。 > ユリアーナの……時空の女神の聖女の力は素晴らしいです。王族と血を交えるべきかもしれません が共通認識なら狙われるんだろうなぁ。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ