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小さな魔王は皆の推しになりました  作者: 光流
第二章 神々のサイコロ

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9 神の眠る場所


「ふぁっ……我が主のいとけない上目遣い」

「みゅっ……ぐるぐるぐる」

「くうっ……妾の小さな胸が張り裂ける。なんて破壊力なのだ」 


 イトラが涙目になって見上げてくる主のお願い攻撃に多大なダメージを受け、跪いた。レフや饕餮も悶えている。山王は興味深げにその様子を観察しながら口を開いた。


「そやけど、二国間の戦争を止めるなんて並大抵のことやないで。ここに眠る神が出てきて、人間たちに語り掛ければええんちゃうの?」

『それが、神様はお眠りになってからまだ一度も目覚めないのです。神様は以前も寒くなると眠ることがあったのですが、人間たちが盛大な祭りをすることでいつも目覚めておりました』


 カラクは起き上がると大きく伸びして、ゆっくりと息を吸い考えた。そして思いついた言葉を発する。


「うーん、じゃあ、皆にまたお祭りをして貰えば良いんじゃないかな?」


 カラクの思いつきにより、イトラが己の魔術を使った方法での考えを話し出した。それは、それぞれの国の王や中枢の者たちへ夢の中で神託を与えるという形で働き掛けることだった。




 イグナキ国の女王ラスカは続く戦争に疲弊していた。この国は遠い昔から隣国イスナミと争っており、平和を知る者は誰もいない。


 聖地を奪い合うという宗教戦争であるため、何十年も絶え間なく続いてきた争いだった。現在は、国境付近での小競り合いに終止している。始まったのがいつかも分からぬほどの長い戦は多くの禍根を生み、恨みが積み重なっていく事によって終わらせることがより難しくなっているのだった。


「ぷはーーっ! 最初のこの一杯は美味いな」


 ラスカはイスナミの王都にある庶民的な酒場でエールを一息に飲み干していた。短髪の赤毛で榛色の目をしたラスカは男装している。声も元々低く身長も高いため襟のある喉元を隠せる服を着ることで今まで女だとバレた事はなかった。


「おっさんくせーな」


 そう声を上げるのは金髪碧眼の王子のような姿をした少年、クロノである。その高い鼻梁に切れ長の瞳、透き通るような白い肌はラスカより少女のようだ。その繊細な少年らしい美しさを残しておきながらも、成人していると言い張るクロノはエールを飲みながら嫌そうにラスカを見る。


「なに、お前も直ぐにこうなる」

「ならねーよ」


 ぷいっと顔を背けられてしまった。だが、いつもラスカがこの酒場で飲んでいると、いつの間にか隣に座ってくるのはクロノの方からであった。ラスカは国王でありながらも戦争をしている隣国にたまに潜り込み情報収集をしているのだった。もちろん国の側近たちにも内緒で。


 ある日路地裏で複数人の男たちにクロノが襲撃されているところにラスカが出くわした。たまたま助けてしまってから懐かれたのかよく絡まれるのだ。


「ふむ……お前のような奴は異世界語でツンデレと言うらしいぞ」

「なんだよ!? それは?」


 ラスカは異世界人が書いたという書物を読む事が好きだった。まるで違う価値観や世界観、宗教観を知ることで、己が生まれてこのかた囚われている神への絶対的な信仰を客観視でき、息がしやすくなる気がするのだ。


「なあ、今度こそダンジョンに行こーぜ」

「うーん、私は長い間、家を離れる事は出来ないんだ。私は箱入りなのだ」

「よく言うぜ。腕の立つ複数人を赤子の手をひねるように倒していたくせに……」


 クロノは悔しそうに言いながら睨むように見つめてくる。


「ところで祭りが開催されるらしいな」


 ラスカはクロノに尋ね、表情を窺った。クロノは素っ気なく頷いた。


「そうらしいな。今さら隣国と仲良くできるとは思えないが」

「だが、二国共同での祭りで神が目覚めるとの神託が下ったのだろう? 神は二国の融和を望んでいるのだ」

「神は我々だけの神だ!!」


 クロノが激昂したように大きな声を上げた。


「そうでなければ……なぜ、今まで争っていたのだ……俺の兄はなぜ」

「お前の兄がどうしたのだ?」

「隣国との戦争で負った怪我が原因で苦しんで死んだ。……血には血であがなわねばならない」


 ラスカはじっとクロノを見つめる。


「もし私が隣国のイグナキの者だと言ったらどうする?」


 そう言ってラスカがどこからともなく小刀を取り出した。クロノは衝撃を受け、どこか傷付いたような顔をする。ラスカは小刀を振り上げるとそのまま突き刺した。

────己自身の左の手のひらに。


「血での贖いというのならば、この血で。足りねば私の心の臓を突きさせ。このような機会はもう二度とない。刺さぬのならば我々の神として永遠に平和を紡いでいこう。なぁ、クロノ」


 語り掛けるように乞い願うようにラスカはクロノに言葉を紡いだ。衝撃を受け呆然としていたクロノは、それでも顔を強張らせて言った。


「それは無理だ。殺された恨みが、積み重なった憎しみがある。……ラスカは俺を騙していたのか?」

「黙っていただけだ。秘密は多い方が良い女だろ?」

「…………。……はっ!?」


 その言葉にぎょっとして、ラスカから身体を遠ざけるようにクロノは反り返った。ラスカは襟を開き、喉仏を見せる。少しの悪戯心も湧き、ちらりと布を巻いた胸元も見せた。クロノはがたがたと盛大な音をたてながら椅子から転げ落ちた。


「……な、な、な!?」

「バレているかと思っていたが。私ほど美しい女、ましてや男はそうはいないだろう?」

「な、な!?」


 な、しか言えなくなってしまったクロノは、何も言葉を発しなくなると、みるみるうちに真っ赤になってしまった。さすがにラスカも度重なり暴露した事で、予想以上に大きな衝撃を与えてしまったようだと、反省する気持ちになる。


「すまない。驚かせてしまったか?」

「……俺を騙していたのか?」


 クロノは動揺を抑えると真剣な目をして言った。


「騙していた訳ではない。黙っていたのだ。お前も私に全てを話しているわけではあるまい?」


 ラスカはこれ以上は衝撃を与える秘密を暴露しない事にした。クロノも明らかにしていない秘密があることをラスカは知っている。


「考えてくれ。クロノ。私たちは国が違うということが新たに分かっただけだ。それはお互いを嫌悪しどちらかが死ぬまで戦い合わねばならないことなのか?」


 クロノはどこか辛そうに顔をしかめた。唸るように低く声を出す。


「もう言うな。俺には変えられない」

「そうだろうか。我々一人一人が考え続けなければ何も変わらない」


 がたっと耐えきれないと言わんばかりにクロノは席を立つと身を翻す。いつも帰っていく姿を残念そうに見送っていたのはクロノの方であったが、今はラスカが彼を見送る。


「私はそれでもお前に期待するんだ、クロノ」



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