5 転じる姿
「なぜ、あんな怖ろしいモノを人間ごときが操っている?」
イトラが顔をしかめて領主たちを睨みつける。領主は淡々と表情変えずに話し出す。
「我が家宝にはアレを操る不思議な宝珠があってな。この国に何かがあった時の最後の切り札と伝わっておった。私の代になり、試してみたくなったのだ。だが一度、アレを動かすと、アレは命を求め始めたのだ」
「あれはなに?」
カラクはイトラに囁き尋ねた。
「あれは過去は神獣と言っていいほどの力を持っていた存在を蘇らせたもの。死の呪いで穢れきっております。貴方様でも触れれば危ない」
「この石があれば私の思い通りだ。取るに足らぬ者たちの命などいくらでも捧げよう」
領主は真っ黒な石を取り出し前に掲げる。黒い怪物は恐れるように地の底から響くような唸り声を上げた。カラクにはそれが悲痛の叫びに聞こえる。
「取るに足らない者だって? どうしてそんな事をいうの?」
カラクの真っ直ぐ見つめる視線に、領主は酷薄に口元を歪め嗤った。
「お前たち獣人や貧しい者たちは私に何ももたらさぬだろう? 税も満足に納められん。ましてや獣人などは争いの火種にもなる。私はこの領地を守っているのだ! そして私にはやんごとなき血が流れておる。選ばれた者だ。この世には、いなくてもいい者がいる。選ばれし私のための糧となれるだけ感謝をせよ!」
「カラク……ここは引きましょう。あの穢れには触れてはいけない」
「ああ。あのクソもこいつらも俺たちには関係がない」
逃げようとするイトラとレフがカラクを抱き寄せようと手を伸ばす。だが、カラクは首を振ってそれを制した。イトラとレフはカラクの安全を第一に考えて命令に反しても逃げようとしていたが、身体が全く動かなくなった事に気づく。
カラクは一歩踏み出した。黒黒とした怪物の方に。胸元からイトラから貰った黒魔石を取り出し、バリンっと手の中で砕く。
貯められた魔力がカラクを取り巻く。薄い靄のようなものがカラクを覆うと、煌めくような光が覆いの中心から溢れ破裂した。
閃光に閉じた目を開いた人々が目にしたのは、黒猫の幼い獣人の姿をしていたカラクがいた場所に金髪金目の青年が顕現した神々しい姿だった。
「魔王カラ!?」
レフは驚愕のあまりに言葉を漏らす。その姿はかつての魔王と同じ色を持つ。だが、顔立ちは今の幼い黒髪黒目の幼児のカラクが成長したかのような面影が残っていた。
「天が見過ごすならばこの俺が拾おう。残酷な世界にも救いはあるのだと。はかなき命を嘆いても決して戻ることはない。軛を解き放つ。あるべきままあるように還るのだ」
カラクはそっと黒い悍ましい怪物に手を差し伸べる。
「カラク!?」
「魔王!!」
イトラとレフが悲鳴のような叫び声を上げた。
カラクがそっと触れた指先から黄金色の光が溢れ、怪物の闇に光が射し込む。そこに闇が変化したように色とりどりの花が咲き乱れ、金色に輝く蝶がいっせいに飛び立った。怪物の輪郭が薄れていき、ゆっくりと光となって消えていく。ふーっと安堵したような溜息が大地から響いてきた。
「ああっ!!」
領主は握りしめた黒い石が耐えきれぬほどの灼熱となり、手のひらが焼け爛れその場に落とした。カラクは振り返ると領主をじっと真っ直ぐに見つめる。
「己しか見えぬ哀しき者よ。この世にお前のような者がいるために哀しみが満ちるのだ。散る花のように儚き存在でありながら、それほど醜く成り果てて救いがたい。赦されぬ行いは己自身で報いを受けよ」
カラクの囁くような声音は、優しく慈悲深くも聞こえる。だが、その場を支配する空気は総毛立つほどの圧倒的な力に満ちいて、誰もが立っていられずひざまずく。
神々しいその場に満ちる気配に圧倒され、感情を処理できずにカラクを仰ぎ見ながら涙を流す兵士たちもいる。
「っ!! お前たち!! 行けー殺せーー!!」
震えながらも領主が兵士たちに命令するが、皆、剣を手放し地面に額づいていた。涙を流し、これまでの己の行いを震えながら詫びている。
「……なんだ……これは、なんなのだ!? 私が命じておるのだぞ! 私が選ばれた尊く偉い者なのだ!! 私に額づけ! 私を仰ぎ見よ!!」
ゆっくりとカラクは領主に近づいていく。優しいともいえる微笑みを浮かべ、その頬にそっと手をやった。びくり、と領主は大きく身体を震わせ、口はぴたりと閉じられた。
「そうか、ならば望み通り誰もがお前を仰ぎ見て感嘆のため息をつくようにしてやろう。その姿で見る者を癒やし、醜き魂を清めるがいい」
カラクの指から黄金の輝きが滴る水のように領主の全身を覆った。すると瞬く間にその輪郭は溶け、一本の大樹へと変わっていく。その枝には人の手のひらほどの大きさの真っ白い花が次々と開いていく。
「大樹に花であれば、決して何者も傷付けぬ。見る者を楽しませ、一時の憩いを与えるだろう」
カラクはその場に跪く人々に向き直る。
「弱き儚き者たちが生きづらい世の中で、天が見逃した悪行を俺が目にしたのなら、決して捨ておきはしない。そして──」
カラクが更に言葉を続けようとした時に、シュルシュルシュルと空気の抜ける音がしてポンっと黒髪黒目の幼児の姿に戻ってしまった。黒魔石で補充した魔力が尽きたのだ。
「ひどいことするのはイヤなのーーーー!! みんなも止めるのーーーー!!」
カラクは一生懸命、声を上げる。先程の場を威圧するような気配は消えていたものの、兵士は項垂れ、助けられた人々は感激にむせび泣いたのだった。
「……カラク」
レフは、かつての記憶を思い出しながら名前を呼んでいた。




