4 狩りと獲物
獣人と貧しい捕らえられた人々は森へ追い立てられる。領主は遊戯だと言って、森の奥の大樹の前にある白い布を取れた者には、体重ほどの黄金を与えると約束した。その遊戯から抜ける自由は与えられないままに。
震える人々が歩いていく中、そっと山王は保悠と春花に近付いて行って何かを耳打ちした。絶望と恐怖に震えていた瞳に光がともる。三人は目立たずゆっくりとカラクに近付いてくる。
「カラクはなんで助けてくれるんや? 魔族とは、獣人や人間等はゴミのように見ていると思っていたでー。カラクは魔族やんな?」
まるで散歩に行くように山王はにこにこと歩きながらカラクに囁いた。
(うん。魔王なのだけれど)
「分からないよ。連れて行かれている姿がとてもイヤだと思ったの。だから、感じたようにやりたいことをしてる」
「……あなたは魔族なの?」
春花はカラクに驚いたように問いかけた。カラクの魔法で生やした耳や尻尾を翡翠色の大きな目をくりくりさせて見ている。少女は十代前半くらいで母親の手を掴みながらも、頼るというより引っ張っているようで、強い光を瞳に宿している。
「うん。そーなの。だから安心して。俺は君たちを助けたいと思ってるの」
「どうして?」
「うん?」
「あなたには私たちの事は関係ないのに……」
「そーやんなー。人も獣人も魔族も、自分に痛みがなければ関係のない者の悲鳴など永遠に無視できるもんやのに」
山王は微笑みながらカラクを見て問い掛ける。山王の顔は笑っているのに、細められた目は見えず真意が分からない。カラクは己の心の内を探ってみた。たとえば、連れ去られた春花たちを放って旅を続ける事にしたとして……。
「それは胸の奥がもやもやするの……俺はしたい事をする」
グルルルルーっと背後から獣の唸り声と不穏な気配が迫る。猟犬が放たれたようだ。追われる人々からは怯える悲鳴が溢れる。猟犬はよっぽど飢えているのか涎を垂らしながら、目の前の獲物を食い破り貪ろうと追いかけてくる。
「レフ」
グォーーーーーッ!!
カラクの一声に森の奥から猛獣の怖ろしい唸り声がとどろいた。きゃうんっと一鳴きした猟犬たちは後ろ足の間に尻尾を入れ、地面に伏せぷるぷると震えだした。春花もその声に怯えたように耳をぷるぷると震わせている。
「あれは、カラクの配下の……。カラクは怖ろしい魔族に見えへんのに、あんなに強い魔族を従えてるんやな。カラクには実は強い力があるんか? それとも魅了してるん? もしかして淫魔なん?」
山王は冗談とも本気とも取れるような言い方で、にこにことカラクに問い掛ける。
「淫魔じゃないよ……俺は……」
(俺はなんだろう……前世は魔王だと思っていたけれど煮干しの一欠片でしかないのなら、全く違う存在なのではないか)
「みそしる……」
「うん?」
「彼等は俺を気に入ってくれてるみたい」
「そうかー、君は彼等の推しなんかな? 魔族をあそこまで魅了できる力なんて聞いたことあらへん。今までの魔王も圧倒的な力で配下を統制しているのであって、虎視眈々と配下は魔王の座を狙っていたと聞いてたで。でもカラクは忠誠を得ているように見えるもんな」
「推し?」
「そーそー。応援している人やモノのことや」
山王の調子に引きずられて呑気に会話をしながら歩いていたが、横手から殺気立った複数の気配が近付いてきた。右側面からパシュッという乾いた弦を強く引いたような音と大量の弓矢が空から降ってくる。
「うわ〜っ!!」
「キャーッ!!」
「イトラ」
人々が悲鳴をあげる。カラクのそっと囁いた声に、突然、落ちてきていた弓矢が重力を無視したようにピタッと止まる。そしてゆっくりと180度回転し猛スピードで飛んできた元の方向へと戻っていく。イトラがカラクの求めに応えてくれたようだ。
「ぐっ」
「ぐわっ」
木立の奥で呻く人の声があちらこちらで聞こえる。
「これは凄いな……その力があるならなぜこの遊戯にのったんや? さっき、領主が出てきた時に制圧してしまえば良かったやんか」
「ええっ……今のは貴方が助けてくれたの?」
山王の問いに春花はきらきらと瞳を輝かせて見てくる。
「俺の力ではないよ。仲間の力なの。ここに着いた時から森の奥から気になる気配と声が聞こえるんだ」
カラクはじっと森の奥を見つめ答える。苦しんでいるような悲鳴がカラクにはずっと聞こえているのだ。
「それが気になったの。促されるままに森の奥へ行けば分かるかと思ったんだよ」
しばらく歩いて行くと、開けた原野のようになっている場所が現れた。真ん中に大きな大樹が植わっている。その前には何本もの杭が地面に刺さっており、白い布が括り付けられていた。
「あれだ!」
「黄金を!!」
慌てて駆け寄ろうとする人々の前に、大樹の虚から真っ黒な悍ましい何かが現れた。
「ガガガグゥワ〜〜〜〜!!」
真っ黒なヌメヌメとした四つ足のそれは流動体のように蠢いており、昏く輝く紅い瞳が射抜く。ぞっとするような怖ろしい気配を纏い、辺りは息苦しく感じる程の圧に満ちていた。
「カラクっ」
イトラとレフが言いつけを破り、カラクとその悍ましい何かの間に立ち塞がる。
「あれはダメだっ! 逃げるぞ!!」
「カラク。あれは呪いです。悍ましい呪いを纏った死の者。迂闊に触れては我々でも穢れを受ける」
今にもレフとイトラはカラクを抱えて走り出しそうな様子であった。
「あー、今回の遊戯はつまらんな。ここまで獲物達の血が流れておらずぴんぴんしておる」
兵たちに囲まれた領主がカラクたちを黒い怪物側に押しやるように後ろから現れた。




