3 狐の獣人
この世界は、ある日神が現れて、力を与えたと言われている。魔族や獣人や人間のそれぞれの祖先は、とても弱くすぐに死んでいた生き物だったが、神の与えた力により、強くなり発展していった。そして、いつしか争いも種族間や種族内でも起きるようになっていったのだった。
村には兵士たちの襲撃から逃れた村人たちが戻ってきていた。様々な種族の獣人がいるようで、猫耳以外の犬耳や尻尾、鷲のような翼を生やしている者たちもいる。
「ありがとうございます。この者たちを助けてくださって」
そう言って頭を下げた壮年の男は獣人たちのリーダーで村長のようだった。洛凱と名乗った男は黄金色の耳と先がフサフサした尻尾を持つ獅子の獣人のようだ。
「あれ……レフと一緒?」
「獣人と一緒にすんじゃねーよ。俺は魔族だ。カラク。魔力量も腕力も象と蟻ほどに違う」
「まさか魔族の方が助けてくださるとは……」
そう言われてカラクは魔族が己の力のみを信じる傲慢で自己中心的な存在だという事を思い出した。カラクも魔族でしかも魔王のはずだ。己のありようが魔族のそれとは違っているような気がする。
「うん。この子たちが気になったの。なぜ、連れて行かれていたの?」
「この村の隣の領地の領主はひどく残酷な男で、領民や獣人を獲物に見立て狩りで殺していると聞きます」
「狩り?」
(なんだか、俺より魔王のような話)
洛凱は苦渋の色を浮かべ苦しげに話す。
「今までも森に行った村人が帰って来ない事がありました。しかし、昨夜、村は複数の人間の兵士たちに襲われ、多くの村人が連れ去られたのです。何とか抵抗しつつ村人を裏の山に逃がすも逃げ遅れた者が連れ去られ、私たちはどうやって助け出すか話し合っていたところでした」
「これからどうするの?」
「皆さまに助けていただき攫われた者たちは一部は帰って来ました。ですがまだ、帰ってきていない者もおります。私の妻や娘も……。戦える者たちで襲撃して必ず助け出します」
カラクは集まったそれほど多くない数の若い獣人たちと、子供たちや老人などの戦えない者たちを見た。
「父さん。どこかに行くの? 怖いよー」
金色の耳をピクピク、身体をぷるぷる震わせる幼女は猫ではなく獅子の獣人だったようだ。洛凱に身を擦り寄せる。
「乗りかかった船なの」
そう言ってカラクは少しだけ魔力を使いポンっと黒い耳と尻尾を生やした。どこからみても黒猫の獣人である。
「はうっ……」
「ふぁっ……」
イトラとレフが悶えている。二人が落ち着くのをしばらく待ってからカラクは尋ねた。
「俺はもう少しこの人たちを助けたいと思う。力を貸してくれる?」
「御意」
「御心のままに」
イトラとレフは先程の悶えていた姿は嘘のようにキリッと跪き、忠誠を捧げる。
「あーれー? 皆が戻って来とるやん?」
どこか間の抜けた場違いな声が聞こえ、カラクが振り向くと狐耳を生やした細目の男が樹の上から飛び降りてきた。独特な地方の訛りのある言葉を使っている。
「山王。今までどこに行っていた?」
洛凱に呼び掛けられた山王は狐の獣人のようである。飄々と、声に含まれた非難の響きにも動じる事なく笑みを浮かべる。
「いやー。隣の領地を敵情視察してきたんや。あの領主は大分やばそうやで。領地も荒れ、人の訪れも少なくなり、領民も何が起きてんのか知り始めて怯えてたわ」
「……山王は昔から各地を旅して回っている獣人なのです。この村にもよく訪ねて来てくれて数カ月前から滞在していました」
「はじめまして。どうやら我々に力を貸してくれるという奇特なお方。だが、相手は領主や。兵たちも多い。どうするつもりや?」
カラクは山王が隠れて聞いていた事に気付いたが、何も言わずにニコっと笑う。
「獲物になるの」
反対する洛凱を押し切ったカラクはとことこ歩いていく。獣人たちは山に隠し、イトラとレフは離れて付いてきている。洛凱は自分も行くと言い張ったが、山王がこのあたりの獣人の村々のリーダーである洛凱が現れると、囮作戦は成功しないと説得してくれた。イトラとレフも近くから離れる事に抵抗に抵抗を重ねたが、カラクのお願い攻撃に押し切られた。
ふと、近くに気配がある事に気付き、カラクは振り返った。
「山に隠れていた方が良いよ」
「ハハッ、すぐにばれたよーで」
隠す気はなかっただろうとカラクは思ったが、樹の上から飛び降りてきた山王をじっと見つめる。
「カラクのような小さな子供が一人で歩いているのは変や。俺が連れという事にしといた方が良い」
山王に手を差し出され、カラクは迷った。イトラとレフのいるあたりから凄まじい殺気が飛ばされている。
「う~~ん、一緒に来ると危ないよ」
「俺は危険には慣れてるんや。それに自分の仲間を助けてもらうのに、自分だけ安全なところに隠れてるってのは性に合わへん」
そう山王は言うので、カラクは仕方ないとその差し出された手を握った。イトラとレフの殺気が鋭くなり、かまいたちのようにそこら中を切り裂きそうである。
「おおー、こわー」
全く怖くなさそうに山王がにこにこと笑いながら言うので、カラクは胡乱げに見つめた。
気配のする方に近付いて行ったので、目の前に兵士たちが現れた時には、むしろ相手の方が驚いていた。山王と共に縄で拘束され連行される。
イトラとレフの歯軋りの音が聞こえてきそうだったが、何とか大人しく見守ってくれている。
ずっと歩かされ、領主の館の庭に引き出された時にはカラクは足が痛くなっていた。なにせ小さな子供の足なのだ。庭にはうずくまる獣人達が何人かいた。その中で黄金色の耳と尻尾を生やした母親とその娘らしき少女がいる。洛凱の妻である保悠と娘の春花であろう。
(どこか、遠くから悲鳴のような声が聞こえるの。あの声はなに?)
カラクは領主の館の裏手にある森の奥へと視線を向ける。その時、領主が館から出てきた。
お付きの者たちに囲まれ、庭に出てきた領主は見た目はごく普通の男であった。中肉中背で黒い髪に黒い瞳。ただ、カラクと山王を見つめた時に、その瞳の奥に粘り付くような凝った悍ましいなにかがあった。
「獲物はそれだけか?」
「はっ……魔族の襲来で捕らえた者を逃してしまい」
「……数が足りなければお前たちでも構わないんだぞ」
抑揚のないその声に、兵士の男はぞっとしたように身じろぐと、絞り出すような声で代わりに貧民を捕らえてきたと答えた。引き出されたのはボロボロの衣服を纏った者たちだ。
「うむ、ではいつもの遊戯をはじめよう。無事に遊戯を最後まで終えた者には黄金を与えよう」




