12 赦しと未来
「天が見過ごすならばこの俺が拾おう。残酷な世界にも救いがあるのだと。一体、何を怒ることがある?」
光が溢れ出て、真っ赤な地を照らし出す。やがて閃光がおさまると、そこにはさらりとした日の光を集めたかのような金髪、長い睫毛に切れ長の瞳、透き通るような白い肌をした成長したカラクの姿があった。
『そなたは何者じゃ……』
「俺はカラク。ただのカラクだ。お前が捨て置いた人々が争おうとお前には関係ない。ただ、捨て置きながら、今となってその理不尽な力で、未来を奪おうと選択するのならば、俺は止めよう。なぜなら、俺はそれが残酷だと思うからだ」
カラクから溢れ出る光が、この地の神にも及んでいる。この地の神は圧倒されているかのように、その姿を陽炎のようにゆらゆらと不安定に揺らしている。
『なんだと……。なぜ、止める。この愚かな者どもをなぜ救う?』
「俺がそうしたいからだ。そして、お前をただの漂うだけの木霊に戻すことも俺には容易い」
『くっ……』
カラクの光が眩さを増し、禍々しい真っ赤な地を清浄な肥沃な大地に戻した。赤黒く変色した花々も可憐な彩りに戻っていく。そして、その光が、今まさにこの地の神をも包み込もうとした、その時、一人の人間が立ち上がった。
「神よ!! その御心を乱し申し訳ありません! されど、これは私が受け損なった傷。争いの傷ではありません!」
突如、震えながらうずくまる人々の中、立ち上がり朗々と響く声を上げたのは、ラスカ王であった。
『小賢しい者よ。人間如きが我を謀るか』
「いえっ! けっして、騙すなどということはありません。この傷が殺意あってのものでないことは証明できます。なぜなら、私はこのクロウ、いや黒焔王を愛しています! 互いに通い合う想いがあるのです! 私はこの祭りが終われば、求婚をしようと思っていたほどに」
ガッシャン!と隣の黒焔王は震える手で辛うじて持っていた剣を盛大に落とした。
『その愛する者は青天の霹靂といった顔をしておるが……』
「ええ、初めての告白ですから……ですが、互いに憎からず想っていることは分かっています。必ず、口説き落とします! ですから、この傷は私の不注意。憎しみの傷ではないのです!」
『むむっ』
「勝手に話をすすめるなっ」
黒焔王は顔を真っ赤して叫ぶ。耳の先まで赤くなっていく。その様子を見たこの地の神は目を細めて笑った。
『なるほど。全く脈がない訳ではなさそうだの……』
「ええ!! その通りです! 黒焔王! お前は私をあの時殺せなかっただろう? 憎しみは何も生まない。この私と新しい未来を歩もう」
黒焔王はこの地の神を見て、ラスカ王を見つめた。そして剣を拾い上げ鞘に入れて地面にそっと置くと、この地の神に拝跪した。
「我が神よ。私はその者を殺そうとしたのです。その者の国との争いが私の大切な人を奪ったために。もし、神が二国の融和を望んでいたのならば、私のしたことは神への背信です。この首を捧げます。どうか、私の命によって、その他の者達のこれまでの罪を赦し、これからも加護をお与えください」
『ふむ……』
「黒焔王!! ならば、このラスカの首もだ。古き王の首でこれまでの罪を贖い、新しき未来がやってくる。お前と二人であれば新婚旅行が死地への旅というのも悪くない」
「……ラスカ王。少し黙ってくれないか?」
黒焔王は、その若く美しい顔に覚悟を決めたような強い眼差しを浮かべて述べたのだったが、その後のラスカ王の言葉に疲れたように囁いた。
『ハッハッハッハッ!! 良いだろうっ! うんざりしていた争いがなくなり、平和のための婚姻が成されるのならば、全てを赦そう。そう……我は、豊穣の神であった。この地でよく生き、よく実れ』
そしてこの地の神は、カラクを真っ直ぐに見つめた。
『そなたに言われたことは、もっともだ。たしかに、我は、超越した力があるがゆえに、傲慢であったと思う。この者たちがなにを思い生きているのか、いつの間にか、気にもとめなくなっていた。これからは、我はこの地で生きていく儚き者を見ていこうと思う』
「ああ。俺は、力のある者にはその力ゆえに大きな果たすべき何かがあるのだと知っている」
そう言ったカラクはポンっと元の小さな姿に戻ると、にこにこと大きな黒い目を輝かせて声を上げた。
「お祭りの続きをしようっ! 踊ろう踊ろう!!」
わずかに大きくなっていた身体が生まれたばかりの頃の大きさに戻ってしまっている。その場で少しテンポの外れた動きで踊り出すカラクに、この地の神は大きな笑い声を上げた。
『さあ、踊れ!! 祭りの続きをして、我を楽しませよ』
のってきたカラクはとてとてと進み出て、リズムを外しながら小さな手足を動かし始める。イトラとレフもすぐさま、その両脇に並ぶと、カラクに倣って踊り始めた。華麗で神秘的な美男美女は、神々しいほどの存在感があった。……魔族であるのだが。
「妾も踊るのだー! カラク!!」
「うん、とっちゃん」
獣姿になった饕餮の黒い小さな手を掴みながら、カラクはよちよちと楽しく踊る。
「さあ、我々も踊ろう」
ラスカ王は、大きく声を張り上げると、持っていた剣を高く投げ上げ、くるりと一回転して掴む。そして、黒焔王を見て笑った。
「黒焔王よ。このラスカにもう隠し事はない。私はそなたが顔も心も美しく、とても好ましく思っていた」
「俺は……考えさせてくれ」
黒焔王はそう言うと割れた仮面を被り直し、また演武の続きを舞い出した。耳は紅くなったままである。
「凄いな……また、カラクは事をおさめてしもうた。まるで、神より神様みたいや」
「なにか不満なことでもあるのか?」
山王が、一人離れてカラクたちの様子を眺めながら、呟いていると、いつの間にか、踊りの輪から抜け出たイトラが問い掛けた。
人形のように美しいその銀色の瞳で、咎めるようにじっと山王を見つめている。
「いや、我らが魔王に祝福あれ。あの方の底知れなさは不思議と恐ろしくないんや。それが俺には奇跡のように思えるねん」
「魔王様はそういう方なのだ。誰よりも強くお優しい」
「生まれ変わる前の魔王はどうやったんや?」
その山王の言葉にイトラは表情を消し、ぞっとするような冷たい眼差しを向けた。
「詮索するな。お前は魔族でもなく、取るに足りない者。カラクが許すから付いてくることを容認しているに過ぎない。それ以上、要らぬことを言うのならば、消すまでだ」
「あぁ、怖い怖いで。もう、余計なことは言わへんから堪忍や」
山王はそう言って苦笑いすると、カラクたちの方へ向かい、混ざって踊りだしたのだった。




